いつか夢辺が開く時まで
ひとりの修道女が中庭に面した廊下を歩いている。
石造りの歴史ある教会、その中にある療養のための部屋が並ぶ場所へと向かっていた。
目的の部屋の前にたどり着いた時に声を掛けられる。
「クリスティーナ、熱心ですね」
「そんな……私なんてまだまだです」
声を掛けてきたのはクリスティーナと呼ばれた修道女の目上にあたる修道女だった。
クリスティーナが修道女となった時から何かと目を掛けてくれていた。
「心療術士様もいずれ目をさますとおっしゃられてましたからね。きっともうすぐですよ」
「はい。ありがとうございます」
修道女が去っていくのを見送ってから、改めてクリスティーナは扉をノックする。
返事が来るとは思っていない。
いや、そう思いながらもいつも返事があるのではないかと期待してしまう心もどこかにあった。
少しの間待ってみたものの、やはり部屋の中から返事はなかった。
扉を開けて中に入ると、部屋の中にはひとつのベッドがあり、そこにはひとりの少年が眠っていた。
両腕が肩から無い少年。
クリスティーナは近づいて呼吸を確認して、何も変わりが無いことを確認する。
「ねえ、ブラド。君はいつになったら目を覚ますのかな」
眠ったままの少年、ブラドは答えない。
「ねえ、もうすぐあれから1年になるよ。お父さんもお母さんも、ペーターもいなくなっちゃった」
寂しい。
そう口にしようとして、唇を噛む。
それは言ってはいけないことのような気がした。
クリスティーナにとって、あのことが起こった日はいつもと変わりない1日だった。
ブラドとペーターと釣りに行って、ペーターが大きな魚を釣ってブラドはとても悔しそうだった。
家に帰って両親の手伝いをして、眠りについて、起きればまたいつもの朝が来るはずだった。
それが夜中に起こされて、訳も分からずお父さんと逃げ出した。
あの夜、村に魔物が溢れかえって、多くの人が亡くなった。
ゴブリン、そうとしか思えない魔物の群れ。
たくさんの人が襲われている中をお父さんと逃げた。
不意に思い出す。
その中にお母さんと同じ服を着たゴブリンがいたことを。
あれはいったいどういうことだったんだろうかと、何度も思い出す度に考えてしまう。
お父さんは私を守って死んでしまった。
もう村は廃村になってしまって戻ることもできない。
いろんなことをいっぺんに思い出して不意に涙がこぼれる。
「ごめんね。泣いてたって何も変わらないのにね」
サイドテーブルに置いてある石を見る。
なんの変哲もない石だ。
最初は子供のいたずらかな、と思った。
外に捨てても気がつくとブラドの直ぐ側にいつも落ちている。
サイドテーブルに置くようになってからは特に増えたり、動いたりもしていない。
生き残った村のみんなで避難した隣村、そこで落ち着いた時になってブラドとペーターのことを探してみた。
その時にはもうブラドは今の姿だった。
両腕のない、でも血が流れるでもなく、苦しむでもなく、穏やかに眠っている。
ペーターはどうなったのか分からない。
もしかしたら別の村に避難しているのかもしれないけど、多分きっと駄目だったんだろうと思っている。
いろんな事があったけど、ブラドは相変わらず眠ったままだ。
食事を摂るわけでもないのに、やせ細ることもなく、ほんの少しの水分だけで生きている。
こういうことは珍しいことではないらしいと周りは言う。
それでもクリスティーナは不安だった。
あの時みたいにいつか突然、何もかもが変わってしまうのではないかと。
窓の外を見ると少し欠けた真昼の月が見えた。
彼方の天窓。
それを見ると不安になる。
最近、満月になる度に夢を見る。
「ねえブラド。最近、私、おかしな夢を見るんだ。そこには君もいてね……」
思い出すだけで頬が、身体が熱くなる気がした。
いけない。
こんなことは考えてはいけない。
いけないんだけど、それは私が望んだ夢なのかもしれない。
いつかブラドは目を覚ます。
その時に私がこんな夢を見ていると知ったら、ブラドはどんな顔をするだろうか。
「ごめんね。もう行かないと」
部屋から出る時にすこしだけ振り返ってブラドを見た。
目を閉じて眠ったまま。
「また来るね。ブラディス」
ブラドは眠る。
穏やかに。
まるで死んだように。
ブラドは死んで、死んで、死んで、死んで、そして。




