温室とギル様の訪問 sideフェアラウネ
最近、怪盗業の予告状の案がパターン化してきている気がする。“楚々と優美な、華麗で妖艶に美しい”が、いつも予告状を考える際に気をつけているモットー。でもそれのせいか何かで、パターン化しているような気がする。
もうすぐ、私達が怪盗を始めて五年なのよね……。毎回案も変えていれば、そりゃ案が尽きますよねぇ。
「本日の紅茶は、先日ロズフォート公爵夫人から頂いたロズフォート公爵領特産の茶葉を使った、ミルクティーとなっております。お嬢様」
「お茶菓子は三種のクッキーと、紅茶プリン、ハーブを練り込んだスコーンとなっています。スコーンには、生クリームやイチゴのジャム、オレンジのマーマレード他、全五種をそれえています」
さて、怪盗業については今悩んでも意味がないわね。ここにはツイスもいないし、今は午後のお茶の時間。美味しいお茶菓子を楽しみましょう。
ここは温室。我が侯爵家には庭にお母様とお姉様と私、そして共同用の四つの温室がある。それぞれそれほど大きいわけではない(といっても、一つ50メートル×100メートル×8〜18メートルはある)し、庭にはすっぽりと収まっている。
私の温室は全体的に和風になっている。温室といっても、私の温室は温かくして花や植物を咲かせるものじゃなくて、室内の気温を年中通して変えて四季を楽しむもの。温室は奥と手前(3分の2と3分の1くらい)に分けられていて、奥では中心に純日本家屋(説明が口頭だったから作るのに苦労した)が建っている。奥の部屋の入り口の方には紫陽花、反対の一番奥には椿、左手に桜並木、右手に紅葉の木が並んでいる。温室内には小川や池が流れていて、中では金魚や鯉、亀を飼っているの。手前の部屋では、綺麗な花畑や彼岸花、銀杏が植えてあるわ。この部屋にも奥から繋がった川と池があって、金魚ももちろんいる。あと他には、この部屋には家庭菜園だったり、自習・集中スペース的な空間を作ったり、鳥や針ネズミにもう一匹の亀がいるところもある。
今は春だから桜並木が綺麗ね。
初夏になると、奥の部屋ではよく魔道具で雨を降らせているの。紫陽花と雨の組み合わせって定番だけど、だからこそ美しいと思うのよ。
あ、私の温室って実は常に適温に保たれている場所があるんだけど、そこって雨とかは及ばないようになっているの。日本家屋へ行くまでの道とか、自習・集中スペースや鳥のところへ行くまでの道、それに自習・集中スペースがその場所にあたる。
……改めて考えると私の温室って、凄くお金がかかっているのよね。雨や雪を降らす魔道具に、温室内の気温を一年中通して四季を作り出したりとか。全部特注だもん。植物を揃えることも大変だったわ。どれも特定の場所でしか育たないのよ。この大陸に四季がないから……探すのも見つけるのも採りにいくのも運んでくるのも大変だったわ。フィーアのときの情報網とルミドシュの情報網、ツイスの情報網を駆使しまくりましたとも。ツイスの情報網はあまり役にたたなかったけれど。
日本家屋内の一室(もちろん和室)の縁側で座って飲む緑茶と和菓子……ではなく紅茶と洋菓子。何か違う……。
それにしても、とチラッと後ろにいる三人に目を向ける。皆ピシッと正座で座っていて、この大陸や世界には“和”な文化(正座やこの家、引き戸、緑茶や和菓子等)はないのにすごいわよねぇ。テスタとアナはまだ分かるのよ、もう三年くらいやっているから。でも、何故新しく侍女になったはずのルシェルが、綺麗に正座できているのかしら?テスタやアナよりも綺麗に美しく座っているような気がするのだけど。
でも、それよりも……。
「和菓子が欲しい……」
切実に、和菓子が欲しい……!!何故、何故!!和室、そして縁側にいるのに並んでいるのは紅茶と洋菓子なの!?緑茶と和菓子が欲しい……。
この温室を作る際、それはもういろいろと頑張って再現したわ!!それでも前世でここに植えてある植物や日本家屋、というか伝統に興味があって調べたことがあったのよ!でも、和菓子や醤油や味噌の作り方は調べたことはなかったし、もちろん作ったこともないのよ……。和食も少ししか作れないし……カレイの煮付けやその他もろもろ、魚を捌いたこともないのよ。だからツイスに渡しているものってだいたい和食以外なの。醤油や味噌の作り方はツイスが知っていてよかったわ。
とりあえず。和菓子と緑茶がほーしーいー!!
「お嬢様、これをどうぞ」
ルシェルが近くに寄ってきて、どこからかスッと何かのっている皿を出して来た。
何だろう……?
私は皿を受け取り、手に取ってじっくりと眺めた。
……!?こ、これはまさか……!!
「いも、よう…かん……!!」
御丁寧にも懐紙まで添えて……!!お皿は、この家に完備されている漆の小皿だ。
「テスタ、アナ!!見て、見て!!和菓子よ、芋羊羹だわ!!」
思わずルシェルに何故あるのか聞くのも忘れ、テスタとアナに両手に持った小皿を見せびらかす。
「これが、芋羊羹……」
「黄色っぽくて四角いですね。これは出来たものを四角く切っているのでしょうか?」
アナは食べたそうに目をキラキラとさせ、テスタは初めて見る和菓子を不思議そうに見ている。ルシェルはその横で私達に向かって微笑んでいた。
「ありがとう、ルシェル!!ずっと和菓子を食べたかったの!!」
「いえ。それより、申し訳ございません。緑茶も用意したかったのですが、急須と湯呑みがまだ入手できていないので、手に入ったら入れさせてもらいますね」
うん?急須と湯呑み……?そういえば。
私は〈拡張空間〉から、湯呑み数個と急須を取り出した。
これは、この前、ツイスと一緒に小屋で作ったもの。たまにこうやって、ツイスと食器や家具を増やしていっているのよね。ここに置いている食器は、だいたいツイスと作ったもの。私が怪盗やっていることを知っているからか、見たことのないもの(この家だったり食器類だったり調味料だったり)を取り出したり増やしたりしても誰も何も聞かない。まあ、小さい頃からこうだったからかもしれないけど。
「はい、これ。すっかり忘れていたわ。これで緑茶、お願いできる?」
ルシェルは自分に手渡されたものを見て驚いた顔をして、けれどすぐに顔を輝かせて部屋を静かに、けれど少し急いで出ていった。
ルシェルがどうして和菓子を持っていたのか分からないけれど、これでようやくこの縁側で緑茶と和菓子を片手に花見をする夢が叶うわ!!
そうね、緑茶と和菓子が揃ったことだし、丁度今は桜が見頃ですし、お父様やお母様、お姉様を呼んでお花見をしましょう!!今までこの家にいる私とテスタ、アナ、ルシェルの四人しか温室に入れたことなかったし。温室や魔道具の点検は私が出来るし、皆には最高に綺麗な時にお披露目したかったのよね。外から見えない謎仕様の魔道具(私とツイス作)を使用しているから、中に入らないと見えないし、特定の人(今のところ私だけ)の許可を取らないと中に入れない機能が温室についているので、徹底的に中は分からないという……。やっぱり私の温室、お金かかりすぎじゃない?
「お嬢様!!今、奥様から連絡が……」
「落ち着きなさい、ルシェル。服装が乱れているわ」
いきなり部屋へと駆け込んできたルシェルに、テスタが冷静に指摘する。
ちなみにこの温室内は、ほぼ完全に外から隔離されているため、この家の中には屋敷(母屋)と連絡できる魔道具が設置されているの。
ルシェルはハッと自らの格好を眺め、ササッと服をなおしていく。私はそれを確認し、ルシェルに問いかけた。
「それで?何があったの?」
「それが、王太子殿下の先触れが来たと」
「まあ……」
それはそれは……急なお知らせね。恐らく、何らかの理由で時間が空き、急遽決まったことなのでしょうね。急いで準備しなければ……。
「ということは、早かったらあと十分でくるわね。……ここから部屋へ行って準備をするとなると、十分程では出来ないわ。共同用の温室へ案内するわ。そのつもりで準備してくれる?」
温室から出ると、温室の外で待機していた数人の侍女を連れて部屋に行く。私専属の侍女の三人はただ今、共同用の温室で指示通り駆け回っているはず。
部屋へついたら急いでメイクをしなおし、紺色のアフタヌーンドレスに着替えた。髪型はハーフアップのまま変えず、リボンだけドレスと共布のものに変えた。ドレスを変えたことで、アクセサリーも一から考えなければならない。面倒だけど、マナー的にも、礼儀的にも、しなければ相手の失礼にあたってしまう暗黙のルールだから仕方がない。
玄関フロアへと向かうと、靴を変えたからか先程よりも音が廊下へと響き渡り、その忙しない音でより心が急いてしまう。
ああー、もう!!令嬢としては、これ以上早く動いたらいけないのに!!
途中でテスタ達と合流して確認すると、やはり間もなくしてギル様が訪ねてきた。
「マジア侯爵家へとようこそ、殿下」
「急に来てしまってごめん。急遽時間が空いたから来たんだけど……時間もなかったし、きちんと準備できなかったんじゃないかな?」
我が家へと訪ねてきたギル様は、プライベート(?)ということもあり、先日よりも随分とラフな格好だ。そのギル様の後ろには、執事らしき20代半ばの男が控えていた。きっとこの人がルシェルの想い人でギル様付きの執事というロウェンだろう。
「ああ、フィーア嬢は初めて会うよね。僕付きの執事のロウェンだよ。ロウェン」
ギル様が合図すると、ロウェンが手土産らしきものを渡してきた。
ルシェルに無言で目配せして、手土産を受け取ってもらう。ルシェルとロウェンの接点を増やすために、私の侍女になって手伝ってもらっているんだからね。少しでも私も協力しないと。
「私も紹介しますね。右から順に、テスタロッサ・ウェイト、リアナ、ルシェル・シェルフォレーヌです。皆、私の専属侍女ですわ。
もしこれから私に御用の際は、まずこの三人の誰かが対応に向かうと思いますので、よろしくお願いしますね。
……ところで。本日はどのような御用向きでしょう?もし時間がそれなりにかかるのでしたら、先に温室へと御案内させていただきますわ」
「そうだね。頼もうかな」
「では、こちらへ」
私は外の方を指し示しながら、温室へと足を向けた。




