014 勝利の価値
攻撃的な熱を孕んだ紅蓮の聖女の魔力が収束して、そしてそれに伴ってわたしの視界も徐々に暗く染まっていく。暗い、暗い、暗い。何も見えなくなって。ルーシィの浮かべる笑みだけがまぶたの裏に張り付いて、そうしてわたしの世界は再び閉ざされた。
ふわりと体内から魔力が抜け落ちていく感覚。無理やり成長させていた体が縮んで、元の赤子の姿へと戻っていく。体力的にも魔力的にも、実を言うと限界が近い。
紅蓮の聖女との戦いは大きな賭けでした。聖教から審神者を差し向けられた時点でわたしに残された選択肢はふたつ。カラミティに従って王都へ向かいルーシィと別れるか、カラミティと戦い異論を挟む余地のないほどの圧倒的勝利を挙げるか。それ以外の方法では今後ルーシィに危険が及ぶ可能性があった。そうしてわたしが選ぼうとしたのはルーシィと別れる生き方。けれど、あの子はそれを拒んだ。その瞬間、ルーシィの内面から溢れた生命の巫女の魔力は拒絶の意思を纏って、わたし達ふたりが共にある未来を望んでいた。
故にわたしは全力を持って“勝利”を演出してみせた。自身にかけた『成長』も魔力操作も無数の薔薇もすべてが虚仮威し。いま使える魔力を余すことなく使い切って、相手に「勝てない」と思い込ませるため清廉かつ派手に、強く美しい最強の巫女の姿を体現してみせた。瀬戸際の瀬戸際。そこにありもしない『完全勝利』の幻想を作り出したのです。
「どうやら私の全力を持ってしてもあなたを御することは出来そうもありません」
赤子の姿で地べたに寝転がったわたしを拾い上げて、紅蓮の聖女は言葉とは裏腹にどこか満足げに笑う。赤子を抱く腕は心もとなく震えていて、いかに聖女と呼ばれようとも年頃の少女であることを実感させられる。そこにほんの少しだけれど親近感を抱きそうになる。
「そしておそらく他の審神者が束になろうとも、あなたには敵わない。それだけの力の差を見せつけられました。けれど」
ほんの僅かな間、逡巡するように沈黙が覆いかぶさった。それは憂いか、憐れみか。わたしに向けられた感情の名はきっと彼女さえも知らない。
「それだけでは聖教があなたを諦める理由にはなりません。強大な力を秘めているのなら尚更、全勢力を上げてあなたを手に入れようとするでしょう」
「ですから次に会う時も、私たちは敵同士です」
彼女がどんな表情を浮かべてそう告げたのか。わたしにはそれを知ることが出来ない。無言のまま数歩だけ進んで、紅蓮の聖女はお母様にわたしを託した。
「また、会いに来ます」
寂しげな響き。泣き出してしまいそうで、もろく危うい。何がそんなに悲しいのと、思わず問い質したくなるような。とても敵にかけるような言葉ではないと、分かっていながら。
『お待ちになって』
それでもわたしは彼女を引き止める。綺麗な理由や感情なんてこれっぽっちもない。ただの打算で。わたしとルーシィの幸せな未来を実現するためには彼女の―――カラミティ・フレイムの協力が不可欠だから。




