011 春が来る前に
ようやく歩けるようになったばかりのわたしとルーシィを両親は頻繁に散歩へ連れ出すようになった。目が見えないわたしの手を引いてくれるのはお母様。覚束ない足取りで、だけどわたしは一歩ずつ、ゆっくりと大地を踏みしめていく。もう片方の手を握るのはルーシィで、そしてそのルーシィの手をお父様が固く握ってる。ルーシィはとても穏やかな子で、どんなに時間がかかろうとも決してわたしを急かそうとはしなかった。いつだって手を握ってじっと待っていてくれる、とても優しい子。
「今日は風が気持ち良いね」
お母様がつぶやく。日差しを浴びて熱を持った肌に風が優しく触れた。平穏な日々は続いていく。例え仮初めであろうとも、優しく穏やかな日々が。
ルーシィの体内に種子を寄生させたあの日から二週間が過ぎた。その一件でほぼ使い切ったわたしの魔力は回復傾向にはあるけれど、まだまだ本調子とは言えない。いま現在の保有魔力はせいぜい最大量の二割と言ったところ。ルーシィの魔力を抑え込んだことで魔力感知もほぼ機能しなくなった今、以前と同じように魔術を行使することはかなり難しくなってしまった。大切なものを守り抜くために戦う力をほとんど失ってしまった。
お昼、お母様が用意してくれたお弁当をみんなで食べた。大きな木の根本は日陰になっていたようで、このまま眠ってしまいそうなほど居心地が良い。どうやらルーシィは一足先に微睡みに落ちたようで、お父様に抱えられたまま小さな寝息を立てている。魔力を抑制された今、ルーシィは普通の子どもと何ら変わりはない。
このままの状態が続くのであれば、きっとルーシィは自分が“生命の巫女”であることにさえ気が付かずに平穏なまま生涯を終えるだろう。もう少し大きくなったらお母様のお手伝いをするようになって、学校に通うようになれば友達もたくさん出来る。いろいろなことを学んで、他の子と同じように卒業して。そのうちお仕事をするようになればそれが生きがいとなり、だけれどいつかは誰かと恋に落ちる。結婚して家庭を築き、子どもが生まれる。気が付けばその子もすっかり大きくなって、あなたは歳を取り。だけどいつまでも幸せ。そうして最期は大勢の家族に看取られて眠りにつく。文句のつけようもないくらい幸福な未来予想図。想い描いたその世界に、しかしわたしの姿はない。ありふれた幸せな物語。その登場人物の中に“聖女”なんて役柄は必要ないのだから。
『あなたを守りたい』
それがわたしの願い。それがわたしの幸福。わたし達は唯一無二の双子の姉妹。けれど関係性なんて物はさほど重要じゃない。わたしにとって大切なのはあなた自身。あなたが幸せで居てくれるのなら、わたしは必ずしも姉である必要はない。聖教の元へと連れられた姉のことなど知りもせず、この村で平穏に暮らしていてくれたらそれで良い。それで充分なのだから。
もしも審神者が来るのなら、わたしは彼らに付いていこう。誰かが深く傷つく前に。




