010 祝いと呪い
聖女の誕生に村は活気付いていた。祝いの宴が開かれ、辺りは歓喜に染まる。けれどわたしはとてもじゃないけど一緒になって喜ぶ気になれない。そうしてほどなくして、わたしはお母様に抱かれ自宅に戻った。当事者など居らずとも構うことなく祝宴は続いているようだった。
国境近くに位置するこの村『モスフォレスト』から王都まで、馬を使っても片道で二週間。つまり聖女誕生の報せを聞きつけて使者が遣われるまでにはまだ一ヶ月ほどの猶予がある。
「もしもイヴが本当に聖女なら、この村で一緒に暮らすことは出来なくなるだろう」
ベッドの寝かされたわたしの隣の部屋で、村長と呼ばれる老人が苦々しく両親にそう告げたのが聞こえた。どうやら予期していた通りに事が運びそうだ。とても悪い方向に。
「聖女の誕生。その噂が王都にまで届けば、審神者と呼ばれる者たちがこの村にやってくる」
審神者。初めて聞く言葉だ。
「審神者はこの国が信奉する聖教の信徒の中でも特に神に近いとされる力の持ち主。イヴと同じく特別な能力に目覚めた者たちの呼び名だ」
聖教。それはこの国の中枢にまで食い込む国教。王族貴族は元より、国民の九割は聖教徒。わたしもルーシィも生まれた際に聖教の洗礼を受けている。最も聖教に関するわたしの知識は乏しく、比較的穏やかな宗派という程度の認識しかないけれど。
「聖教は聖女を管理下に置きたがるだろう。赤子となれば尚更、聖女という強い影響力を持つ存在に対し国や宗派にとって都合の良い教育を施すことができるからな」
青白かった両親の顔色が更に蒼白になっていく。家族というかけがえのない間柄が権力によって引き裂かれ、散り散りになる。そんな想像を膨らませて。
「どうにか・・・・どうにかイヴを引き渡さずに済む方法はないでしょうか」
震える声を絞り出すように、お父様はゆっくりと言葉を紡ぎ出す。けれど返す言葉は無慈悲だ。ささやかな希望さえ抱くことの出来ないほどに。
「難しいと思う。仮に我らが聖女の引き渡しを拒めば、国と聖教は話し合いより村を消し去ることを選択するだろう」
恐ろしいと思った。生まれ変わったこの世界でも、特別な力を巡って争いが起こる。前に居た所と何も変わりはしない。選択を誤ればわたしは再び家族を、妹を失うことになるかもしれない。また、奪われる。そんなの絶対に嫌だ。
『種子』
手のひらに目一杯の魔力を集める。生まれてからこの一年間で溜め込んだ魔力の全て。それを魔力制御でひとつの種に変えていく。前世で奪い取った龍の魔力も併せて、大容量の魔力を吸収可能な魔法の種に。
「これは呪い」
魔力感知を起動する。隣のベッドで寝息を立てるルーシィ。その表情は安らかだった。まだこの世界の痛みも苦しみも悲しみも知らない、真の無垢。そんな穢れなき妹に、わたしが最初の苦痛を与える。
種子をルーシィの胸元に押し当てると、それはゆっくりと身体の内側に入り込んでいった。きっとまだ、痛みはない。この種子は生命の巫女の魔力を吸って少しずつ成長していく。体内に張り巡らされた魔術回路に寄生して、容量が満たされるまでそれは永遠に続いていく。その影響でルーシィは自分の意思で魔力を行使することが難しくなる。生命の巫女としての力を発揮することが出来なくなる程に。
「あなたを愛しているわ」
ルーシィの体内で種の寄生が始まる。魔力回路に根を張って、徐々に魔力を奪っていく。体外に放出されていた生命の巫女の魔力が急速に薄まって、魔力感知を起動したとしても最早なにも感じ取れない。わたしの世界は真っ暗で、冷たく寂しい。
この世界の何処にも光はない。これは呪いだ。ルーシィにとっても、わたしにとっても。




