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シャングリラ・フロンティア〜クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす〜 作者:硬梨菜

旅する狼よ、大志を抱け

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大志の灯火を抱いて 其の九

剣が重い、鎧が重い、身体が重い。
それらは全て仮想、実際に質量として存在しているわけではない。
だが確かにそれらはこの仮想現実シャングリラ・フロンティアにおいてサイガ-0(斎賀 玲)に重く重くのしかかっていた。
その身に纏う「双貌の鎧」はその手に握る「神魔の大剣(アンチノミー)」と同時運用する事で真価を発揮する防具だ。大剣が聖なる力を宿せば鎧は魔の力を帯び、剣が魔に反転すれば鎧は聖なる力を宿す。
そして剣が魔、鎧が聖の場合はステータスに防御寄りの補正が付与され、並のモンスターであれば真正面からの突進すらも体力を三分の一も減らす事なく受け止めることができる。

だがこの場にあって荒ぶる黒狼は尋常ならざる夜襲のリュカオーン。防御強化された今のサイガ-0ですら当たり方が悪ければ一撃でHP全損は免れず、そしてそんな必殺を軽々と連撃で繰り出してくるただ一頭の最強種。
直撃は避けたものの、蓄積した擦り傷だけでHPが危険域に達したサイガ-0はフルフェイス故に液体ポーションを飲むことが困難なため、少々値は張るものの、砕くだけで体力が回復する結晶状の回復アイテムを砕きながら、それを見つめる。

「凄い、なぁ……」

黒い暴風、分身を絡めた幾度とない必殺の嵐の中心で、八面六臂の対応で「無傷」を通すプレイヤー。あの空で入道雲を吹き散らす機械の鳥を操る為か、目力の強い鳥の覆面ではなく、サイガ-0がこれまでに見て来た鎧装備のどれよりも洗練された技術で鳥を模した機械仕掛けのヘルムを被った半裸の男がリュカオーンを相手にひたすら時間を稼いでいた。

その身に背負うは二つの「呪い」、サイガ-0はそれを知っている。何せ自身もかつてはそれを胴体に刻まれていたことがあるのだから。だからこそ、「該当部位装備不可」がどれ程厄介なデメリットであるかを重々承知している。
そもそも、このゲームにおいてプレイヤーの「防御力」は数値だけで結論づける事はできない。如何に防御が高くとも素肌を晒す胴体に攻撃を受ければ大きなダメージを受ける、数値を補強するという役目以上に実際にアバターを守る装甲として、防具は極めて重要な役割を担っている。
如何に男の姿(アバター)とはいえ、胴体だけ半裸という姿を開き直る程に恥を捨てられなかったサイガ-0は慈愛の聖女イリステラによって呪いを解いたのだが、プレイヤーの中には呪いを保持し続ける事で何らかのフラグが立つと考え、あえて呪いを抱えたままの者もいるにはいる。
だがそれにしたって、二箇所はあまりに非常識である。最早半裸と呼ぶべき胴体と足の素肌を露出した姿で立ち回るサンラクは、いつ爪が引っかかってHPを削り切られるか分かったものではない。
本人は「それ故かスキルが立ち回りに特化している」と言っていたが、それにしても限度というものがある。

だからこそ、自分が前に立ってサンラクをリュカオーンから守らねばならない。そう決意したのもどれ程前か、既にサイガ-0の集中力は風前の灯火であった。
本人は自身の力不足を恥じているが、実のところを言えば極論攻撃を当てる必要のないサンラクと、条件を満たすために合計十度の大振りな攻撃を当てなくてはならないサイガ-0では精神的な負担は若干サイガ-0が上回る。
序盤はサンラクとのヘイトのキャッチボールは上手く回っていた、だが今では僅かでもサイガ-0が攻撃のそぶりを見せたのならば、リュカオーンは猛烈な勢いでそれを潰さんと狙いを絞る。

あと少し、あと少しで条件は達成される。だというのにそこまでが異様に遠く感じる。
パラメータとして存在する空腹を解消するために一旦頭装備だけを取り外し、携帯食を口に入れようとしたサイガ-0は、サンラクの悲鳴のような叫びによってそれに気づく。

「分身がそっちに!」

迫る黒い影に、サイガ-0は己の油断を自覚する。
度重なる攻撃の起点を封殺せんとする攻撃に、いつしか勝手に「攻撃に反応してリュカオーンはヘイトをこちらに向ける」と錯覚していた。
狼はもっと狡猾で、この場においてメインの火力となるサイガ-0が体力を回復しようとする行いを見逃すはずがないというのに───!

「しまっ……」

時既に遅し、もはや回避も防御も間に合わない。死から蘇生する手段はあるが、それを自らが死んだあとに使う事などできない。
おそらく本体であろうリュカオーンに阻まれながらも、こちらを見るサンラクの表情はヘルムでうかがい知れない。だが向こうも手一杯であろうにこちらを気にかけてくれている事に心が暖かくなると同時、申し訳なさで胸が満ちる。

(ごめんなさい陽務君……結局、私が足を引っ張ってしまいました……)

その関係は一方的に認知されたもので、手落ちの謝罪は心の中でしか言うことができない。狼の牙が迫る、口腔の中まで影で作られたそれは光すらも喰らうと言わんばかりに夜よりなお暗い闇が奥へと続いており、あれに噛みつかれれば最後、アニマリアと同様の末路を辿ることになる。
無残な死を恐れるわけではない。ゲームをプレイする中で一通りの「死」を経験してきたサイガ-0にとって、噛まれて死ぬくらいは喜ばしいことではないが慣れたものだ。尤も、咀嚼されて嚥下されるのは気分の良いものではないだろうが。

だからこそサイガ-0はそれが実行されるまで気づかなかった。こちらを見るサンラクの驚愕の表情がヘルムで隠れていたこともあった、リュカオーンという視覚的にも聴覚的にもインパクトの塊が眼前にいたこともあった。だからこそ、サイガ-0はそれが実行され、自身が巻き込まれて初めて後ろに人がいたこと(・・・・・・・・・)に気づいたのだった。

刃隠心得(はがくしこころえ)……【空蝉(ウツセミ)】!」

「へ?」

気の抜けた声が出てしまうのも宜なるかな。なにせ音程の高い少女の声とともに肩を誰かに叩かれたかと思った瞬間、さながらラグを修正するために強制的に数秒前の座標に戻るかのように……サイガ-0の身体は先ほどまでいた場所……今はリュカオーンの牙がガチンと噛み合わされた場所から数メートルほど後方に「瞬間移動」していたのだから。そして断頭台に頭を押し付けられていたサイガ-0に変わって、リュカオーンの牙の餌食となった哀れな代理人は…………

「丸太?」

「やっぱり変わり身の術といえば丸太ですよねっ!」

食感に怪訝を感じたか、咀嚼を止めたリュカオーンの口からこぼれ落ちる粉々に砕け散った木片は、全てをかき集めて正しい形に組み立てれば木を雑にカットした丸太であることが分かるだろう。そしてもう一つ、丸太を変わり身として、直前に指定した座標に転移する「魔法」を駆使する職業、サイガ-0には一つ心当たりがあった。
それは職業「盗賊」から派生する上位職にして、本来の……自身のヘイトを減少させ、様々な悪路を軽々と走り抜けるスキル主体の上位職「隠密」とは異なる、実にジャパニズムを感じずにはいられない摩訶不思議な「魔法(忍法)」を駆使する魔法主体(・・・・)の隠し職業……

「忍者?」

「はいっ! ところでつかぬ事をお聞きしますが貴方はサンラク……さんではないですよね?」

「え、あ、はい。サイガ-0です」

「やっぱり! 人間的に割と頭の(・・・・・・・・)おかしい格好の鳥頭(・・・・・・・・・)と聞いていましたので! なんだか聞いた話より頭が物理的に硬そうですけどあの人ですね!」

振り返った先、そこには全体的に地味目な……言い換えれば目立たない配色によって隠密を想定した二の腕や膝下を大きく露出した軽装を身にまとい、何故か顔に狐の面を付けたプレイヤーがそこにはいた。確かあの狐面は頭装備ではなくアクセサリの一種であり、兜の上から装備すると相当滑稽な姿になることから時折ネタやファッション目的で装備しているプレイヤーをサイガ-0は知っていた。
アバターの大まかな輪郭と、声からして姿と中身が一致している彼女の頭上を見れば、そこには「秋津茜(アキツアカネ)」の文字。サイガ-0は絶賛リュカオーンが大暴れしている最中でありながら、日本では古くは蜻蛉を「秋津(アキツ)」と呼び、それに「(アカネ)」の色を足したのならばそれは即ち「アキアカネ」を指しているのだろう、とその名が中々に古風であるなと場違いな感想を抱く。

「ちょっとご挨拶してきます!」

「あ、あの!」

こんな時に聞くべきではないということはわかっている。だがサイガ-0の……斎賀 玲の心の奥底で燃え盛る何かが聞かねばならぬと強い衝動を以て口を動かしていた。

「その、サンラク……さん、とはどのような、ご関係で………」

「えーと………尊敬すべき先輩、でしょうか! ではっ!」

そう言うなり実に美しいフォームで走って行った秋津茜の後ろ姿を見送りながら、サイガ-0は震える唇をなんとか動かして思わずつぶやく。

「セン、パイ?」

なにか、ヤバい。












一体、ホップ! 何が、ステップ! 起きた? ジャーンプッ!
レイ氏が分身から逃げ切れないのを目撃した瞬間「あ、終わった」と確信していたのが、物凄いスピードで走ってきた何者かによってレイ氏が救出された。そしてその人物(プレイヤー)は何故かこちらへと猛スピードで走ってくるのだ。これがオイカッツォやらペンシルゴンならまだ分かる、いや分からないが納得はできる。
だがそれが全く面識のない他人であれば分かりもしないし納得もできない、そして身体はめまぐるしく動きながら思考をかき乱す「疑問」は、プレイヤーの頭に浮かぶ名前を目撃することで「驚愕」へとトランスフォームする。

「秋津茜……アキツアカネぇ!?」

今の今まで「刹那的享楽」と額に紙が貼り付けられた、デフォルメされた俺に踏みつけられていた「策略的理性」の張り紙をつけた同様の俺がアッパーカットで前者の俺を殴り飛ばすイメージが思い浮かぶ。
アキツアカネ、秋津茜。その名は俺の中で最重要懸念事項として燦然と輝いていたプレイヤーの名前であり、エムルに銘じて足止めを狙っていたのだが、まさか「今」この場で会うことになるとは思わなかった。やけに整ったフォームでこちらへと全力疾走してくる秋津茜に、リュカオーンすらも対応に迷っているように見える。正直その気持ち、凄いよく分かるがその隙は最大限に活用させてもらう。
【ウツロウミカガミ】でヘイトをその場に置き去りにして、リュカオーンの攻撃圏内から脱出。仮面で顔は見えないが全身から喜色の雰囲気を発しながらこちらへと走ってくる秋津茜と合流する。

「え、なん、とりあえず何故ここに!?」

「お初にお目にかかります! その、単刀直入に聞きますがベルセルク・オンライン・パッションというゲームをプレイしていたりはしませんか!?」

「何故ここで「便秘」!?」

なんだろう、カレーライスのど真ん中にソフトクリームを投下されたような場違いな単語に、思わず俺は声を荒げる。よりにもよって神ゲーの対局、クソゲーでの中でも中々に最北端を征く便秘の名前を出されたことに思った以上に感情を乱してしまった。だがその答えは秋津茜にとってはなんらかの確信を得るには十分だったらしく、仮面の奥の目にこれ以上ないほどの喜びが充填される。

「やっぱり! もしやと思っていましたがやっぱり「サンラク」さんなんですね!」

「え?まぁ基本的にゲームじゃサンラクで統一してるが……」

「私です! 「ドラゴンフライ」です! あの時お世話になった!!」

数秒の沈黙、そして物凄い勢いで過去の記憶を遡った俺の脳裏にガタイとむさい見た目とは真逆の態度で、新たなバグ技を発見して見せたプレイヤーの姿が想起される。

「ドラゴンフライ!? あん時の!?」

「はい! まさか別のゲームで再会できるとは!」

蜻蛉(ドラゴンフライ)、秋津茜……なるほど、カッツォと同じで共通のテーマで名前を決めるタイプか。いやそんなことよりもだ、いくらなんでも先制パンチの威力が高すぎるだろう。まさか向こうから俺へと会いに来るとは、それも薄い繋がりとはいえ面識がある人物だったとは。
狐の面を付けた盗賊と思しき装備の秋津茜は、なんの裏もない純粋に再会を喜ぶかのようにぴょんぴょんと跳ねており、肩に巻かれている妙に見覚えのある柄のマフラーもそれに連動するかのように揺れて……揺れて……

あれ、これマフラーじゃなくて兎だ。

「きゅう……」

「エムル!?」

「あ、はい! どうせならとご一緒してもらいました!」

いやいや「どうせなら」じゃないよ「どうせなら」じゃ。秋津茜の首元にかろうじてしがみついているエムルは、まるで何時間もシェイクされたかのようにグロッキーな状態であり、鳴き声を上げなければ本当に兎皮を使ったマフラーと見間違うところだった。

「いや、待て待て一体どうやってここに?」

「はい! 私、初めて間もない未熟者でしてイレベンタルを訪れたことがなかったので……ええ、頑張ってサードレマからここま(・・・・・・・・・・)で全力で走ってきまし(・・・・・・・・・・)()!!」



さて弱った、こいつもしかしなくてもカッツォやペンシルゴンとは別の方向で「バカ」であらせられるな?
ここにきて「タイムアタック型体育会系後輩ポジお面忍者少女」のエントリーだ!
属性盛りすぎな気もするけど多くて損することはないだろう、多分。


・職業「忍者」
前提条件として職業「盗賊」であること、ある程度の魔法(種類は問わない)を会得している必要がある。
前提条件を満たした上で隠しパラメータ「忍者度」を一定値まで満たした場合、盗賊ギルド内に特殊NPCが出現する。
そのNPCから受注できる「三番勝負試験」をクリアすることで隠し職業「忍者」にジョブチェンジする権利(・・)を得る。
そのジャパニズム溢れる忍法……もとい「刃隠心得」系列の魔法は熱狂的なファンが多いが、それらを行使するために様々な前準備が必要になるため、結局普通の上位職である「隠密」の方が総合的に使いやすいのでは……馬鹿野郎! 忍者なんだからそういうのはどうでもいいんだよ!
ちなみに特筆すべき点として「刃隠心得」系列の魔法は「詠唱」ではなく「印」を結ぶことで発動する。ニンニン。
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