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シャングリラ・フロンティア〜クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす〜 作者:硬梨菜

旅する狼よ、大志を抱け

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水晶の滝、孤高を通じてのシンパシー

 空中ジャンプ。いわゆる滞空中にもう一度ジャンプコマンドを行う事で、空中を踏んで(・・・)もう一度跳躍するモーションの事だ。
 やはり最大の特徴は地形に左右されないこと。それが水の上であろうがマグマの上であろうが関係なく跳躍を可能とする、これが意味するものは非常に大きい。

「空中での跳躍を可能にする、しかも他の跳躍系スキルの影響を受ける……最高だ、120%の成果と言っていいぞ」

 他にもいくつか新たなスキルを、進化したスキルを確認しているがそれを確認検証するのは後でいい。
 試しにスキルを発動して跳躍した足が虚空を踏みしめた感触に計画の成功を確信した俺は、天井に激突した頭をさすりながらも立ち上がる。

「エムル、ちょっとソロで出かけてくる。明日の朝、太陽が昇り切った頃にエイドルトの裏路地に迎えに来てくれ」

「分かりましたわ、サンラクサン何をするつもりですわ?」

「前と比べりゃ実にヴォーパル的なことさ」

 少なくとも俺は以前の様に蠍を避けるのではなく、これから水晶群蠍を倒しに行く(・・・・・)つもりだからな。









 そもそもだ、物理エンジンはゲーム内の全てに適用される。プレイヤーが走る事ができるのも、矢が真っ直ぐ飛ぶのも、モンスターが空を飛ぶのも、全ては物理エンジンという絶対の摂理があるからこそ成り立つのだ。
 もしも物理エンジンが不完全であったなら、人は歩くたびにバウンドし、放たれた矢は真下へ痙攣しながら落下し、モンスターは地面に沈んで行く。人はそれをバグゲーと呼び、それはそれとして楽しめる辺り大概雑食だとは思うがこのゲームにおいては関係のない事だ。

「林檎は地面に落ちるし、背中をぶっ叩けば前によろめく。覚悟しろ水晶群蠍クリスタル・スコーピオン、今からお前らはそんな当たり前(・・・・)に殺されるんだ」

 もはや見慣れた水晶平原、夜闇に静寂を保つこの場所には地雷の様に大量の死が埋まっている。だが今の俺は不可能を可能にしたブーストモード、重力と物理法則が俺に味方している。
 一切のためらいなく水晶地帯へと足を踏み入れ、一切のためらいなく堂々と水晶巣崖の中心へと向かって行く。
こういう時に限って良い乱数を引くもので、不自然な程にエンカウントの無いまま歩き続けるが、六つの弾倉に一つの弾丸、六回引き金を引けば必ず弾は放たれる。箱の中の一等賞は二等以下と外れを引き切れば必ず当てる事ができる。
 水晶を砕き、安眠を叩き起こされた水晶群蠍の姿は心なしか不機嫌そうにも見える。尤も、ヴォーパルバニーやケット・シーのようにストレートな感情表現のない無機物寄りの蠍故、全ては俺のイメージでしかないのだが。

「さぁ、最初からフルスロットルだ!」

 イグニッション、オフロード、ニトロゲイン、孤高の餓狼(トランジェント)、デュエルイズム。
 発動可能なバフスキルを全て発動し、死に体の半裸は迷う事なくさらに先へ。当然増援として出現する分も含めて連鎖的に水晶群蠍達がアクティブ状態になっていく。

「うははははは! スタンダップウェイクアップグッドモーニングだ蠍共! 祭りの時間だぁぁ!」

 月光に照らされる水晶の津波。自ら選んだ分かりきった結末ではあるが、いつ見ても背筋に冷や汗が流れるような怖さを感じる。月光を浴びながら駆け抜ける先、ついに俺は条件を達成した上で目的の場所へと辿り着く。前門の水晶群蠍、後門の渓谷……完璧だ。

「さぁ、チキンレースだ。ヘタれるような奴はいないよな?」

 こちらへと突っ込んでくる水晶群蠍、迫るステータスの怪物の群は単純に夜襲のリュカオーンを上回る絶望だ。
質も量も、強いて言うならAIが足りていない程度の強エネミー相手に俺が真正面から戦って勝つ可能性は万に一つもない。であればどうすればいいか、簡単な話だ。

「俺じゃ勝てないからな、自分で死んでくれ」

 ためらう事なく真後ろへバックジャンプ、夜闇に覆われてなお月光に照らされる瘴気が満ちた渓谷へとその身を投じる。
 浮遊感に内臓が持ち上げられるような独特の感覚を完全再現しているところに神ゲーの妄執じみた作り込みを感じる。泥堀り(マッドディグ)にぶっ飛ばされた時はそれどころじゃなかったからな。
 そして俺というターゲットに殺到する水晶群蠍達もまた、立ち止まる事なくこちらへと突っ込んでくる。であれば彼らの辿る末路は決まっている。

 落下死、人も怪物もプレイヤーもNPCも等しく殺す物理エンジンからの死刑宣告。
 少なくともフィジカルスペックで殺しにかかる水晶群蠍に落下ダメージを軽減するような能力はない、はず。
仮に突撃AIに「崖際で踏み止まる」知能があったとしても……

「お客様、後ろのお客様のご迷惑になりますので立ち止まらないようお願いいたします、ってな」

 水晶群蠍の結束力はそれはもう凄い、後から来た増援すら一匹残らず敵の排除に全力全霊を出すところなんて、人間でもそうそうできない事だ。
 だからこそ俺を排除するために、自分や味方の損害を厭わない水晶群蠍は迷う事なく、立ち止まった同胞を押し退けてでも前へと進む。全ては敵対者の排除のために。

「名付けて「蠍落とし(スコーピオンフォール)」……ところてん大作戦の方がいいかな? 【転送:格納空間(エンタートラベル)】!」

 水晶の津波がこちらへと迫る。後続に押し出された蠍が崖から飛び出し、後続を押し出してまで前に進んだ蠍もまた崖からフライアウェイ。津波というよりむしろ滝だな、二十メートルくらい距離を離して安全確保した上で見れば水晶の滝というのは中々にファンタジーなのかもしれないが、滝の着弾点真っ只中にいる俺からすれば現在進行形の死神の鎌である。
 このままではどう足掻いたところで大質量の物量に巻き込まれて死ぬ……ので、特権(インベントリア)を遠慮なく使わせてもらう。

「うべっ、いててて……」

 仰向けに落ちる姿勢のまま転移したため、強打した背中をさすりつつもMPを回復するためにポーションを呷る。

「やっぱりお手軽エスケープってだけでも大概ぶっ壊れ性能だなぁ」

 出待ちされる程度じゃこいつの有能さは損なわれない、確殺攻撃をスカせるというだけでもヘタな肉壁に護られるよりも安全なのだから。

「大体こう落ちて、こっちが壁で、水晶群蠍の落ちる時間と数で……よし、一回跳んでからの……【転送:現実空間(イグジットトラベル)】!」

 世界が切り替わり、俺は再び浮遊感の最中へと舞い戻る。ふと真下を見れば、キラキラと舞い散るポリゴンの輝きが瘴気と夜闇の帳の中でなお綺羅星のように輝いている。
 ふと、もしも真下にプレイヤーとかいたらどうなっているんだろうと不安になったが、晴れのち水晶群蠍クリスタル・スコーピオン……そんな天候があってもいいじゃないと責任も渓谷の底へと捨てる。

「さぁ、物理法則に反逆していこうか……!」

 スカイウォーク起動、さらに連続して七艘跳び、リコシェットステップ、オフロード……跳躍の助けとなるスキルを重ねていく。
 侘しい無装備のサンダルが虚空を踏みしめる。土や金属、木や石の感触とも異なる「空気」を踏みしめる感覚はなんとも不安を煽るが、しかしてそれを踏む俺の右足裏は跳躍の確信を俺へと伝達する。

空を歩く(スカイウォーク)というより月に跳ぶ(ムーンジャンパー)だな」

 跳躍。スカイウォークの前身、ムーンジャンパーこそ今の状況に相応しいなと一人笑いながら宙を跳ねる俺は遠く離れていた岩壁へと接近する。そして岩壁に足が触れた瞬間、リコシェットステップの効果が発揮される。
 跳弾(リコシェット)の名を持つこのスキルはスキルレベルに応じた回数だけ回避移動を可能とする。狭い場所で使用したならば、まさしく跳弾のように縦横無尽の動きを可能とするのだ。
 尤も、スキルが適用されるのはあくまでもステップ、つまり足のみであるため、足で着地しなければ効果が発動しないのは欠点といえば欠点だが……跳躍そのものを強化する七艘跳びを発動した事で、俺は擬似的にだが七度の壁走り(・・・)を可能とした。

「要練習だな……っとと危ぶべ!?」

 とはいえ、ろくに検証もせずにぶっつけ本番故にその動きには粗が多い。壁を蹴って「真上に登る」というのは中々に難しいのだ、その証拠に三歩目にして身体が崖から離れつつあることに、慌てて俺は湖沼の短剣【改二】を壁へと突き立てる。
 剣を用いた登攀に補正の入るグレイトオブクライムのエフェクトを纏う湖沼の短剣は豆腐……とまではいかないが体感では湿気ったクッキーのような岩の壁に突き立てられ、僅かに下へとずり下がったものの、俺の身体を確かに支える。
 少し無理矢理な動作だった為に、ギャグのような顔面激突した姿は第三者が見れば体操滑稽かもしれないが、顔の痛みだけで数十体の水晶群蠍を落下死させたのなら支払った額の数百倍のお釣りが返ってきたようなものだ。

「……あれ、妙だな」

 圧倒的大勝利の余韻に浸っていた俺だったが、短剣をピッケル代わりに崖を登る最中、ふとそれに気づく。

「レベルアップしない?」

 まさか落下死はモンスターの自殺扱いで経験値が入らない? いやそんな馬鹿な、だったら毒で殺しても厳密には自滅だろうに。それに俺が水晶群蠍と相対した時点で戦闘状態になっていたはず、であれば水晶群蠍が死んだ時点で戦闘は終了し、経験値が入ってくるはず。
水晶群蠍を排除して安全に採掘するという初期目標自体は達成しているが、原因と理由の考察は止めない。

「考えられる可能性は二つ」

 一つはインベントリアの格納空間に入った時点で「逃走」扱いになって経験値が入らない説。正直これの可能性は大きいし、例えそうではなくても次に修正されるとしたらそうなるだろう。
 そしてもう一つの可能性は………

「よう、随分とご機嫌なカラーリングだな……イメチェン?」

 戦闘がまだ終わっていない。シャングリラ・フロンティアでは戦闘終了時点でレベルアップするシステムだ、それ故に九十九体のモンスターを倒しても最後の一匹を倒すなり逆に倒されるなりしない限りは経験値は1すら入ってこない。
 視線の先、水晶群蠍の屍に囲まれるようにして明確な存在感を放つそれ(・・)に対して俺は話しかける。

「レアエネミーなんだろうが……随分とまた殺意の高そうな」

 いわゆる「突然変異」モンスターなのだろうそれは、水晶群蠍クリスタル・スコーピオンに分類されるモンスターなのだろう。だがその体を構成する水晶は他の個体のような透明なものではなく、鋼色の骨格に金色の水晶を生やしたような、比較対象となる通常の水晶群蠍を見続けてきたからこそその異様さをより強く理解できる。
 通常個体の時点で大概殺意の高いデザインではあったが、目の前のそれはその上を行く。ハサミの代わりに前肢から生えているのは、盾の縁を刃にしたような生物としての利便性を削ってまで殺意に特化したような武器(・・)であり、頭部から生えた水晶はさながら鬼の角のようにも見える。尻尾に至っては切り取って持ち手を取り付けるだけでそこらの武器を遥かに凌ぐ性能になる、素人目でもそう確信できるだけの凄みを帯びている。
 同胞の亡骸から前肢を引き抜いたそれ(・・)は、同胞を踏み躙り砕きながらこちらへと向き直る。追加の水晶群蠍が来る様子も、目の前の金蠍と同じタイプの増援が来る気配もない。成る程、一匹狼ってことか。

「奇遇だな、俺も一匹狼(トランジェント)なスキル持ちでな……!」

 この瞬間、俺の中から逃走の選択肢は消えた。少なくとも、ご馳走(レアエネミー)の挑戦権を与えられて、それを使わないままでいるなんて性に合わない。こいつがどういう行動をするのかは未知数ではあるが、格納空間に引きこもって戦闘を終わらせられる可能性も低いだろう。かといって走って逃げれば通常の水晶群蠍に囲まれて死ぬ結末が今からでも見える。
 目算だがここら一帯の水晶群蠍は大体が崖から落ちたか、金蠍によって死んだ。非アクティブ状態の個体を起こさないように戦うとして、戦闘フィールドとなる広さはおおよそ半径20メートル。

「死ななければ理論上はどんな相手にだって勝てるんだよ……! あ、物理無効は勘弁な」

 思い出すのはあの日、レッドキャップと俺の間に現れた夜よりなお黒い最強の狼。永き時の間誓いを守り続けた鎧武者。隔絶した実力は変わらず、されどこちらの手札は遥かに増えた。ユニークモンスターに挑む以上、ただレベルが隔絶している程度で怯んでいてはお話にもならない。
 経験値と、アイテムと、採掘権を賭けて俺は黄金の蠍へと勝負を挑む。
一定以上数の水晶群蠍が集まると出現するレアエネミーが金晶独蠍ゴールディ・スコーピオン
それとは別に一定以上数の水晶群蠍がキルされると出現するレアエネミーがいたりいなかったり

どうしよう、水晶群蠍好きすぎマンになってしまった……蠍とか別にそこまで好きじゃない筈なのに小一時間くらい水晶群蠍の設定語れそう……これが恋?
ちなみに金晶独蠍のカラーリングのイメージは「パラサイト隕石」で検索していただけると分かりやすいと思います
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