経験者視点から見る半裸の変態
そのプレイヤーは名をレイジと言う。
苦節三ヶ月、懸想する女性と何とか仲良くなるべく手回しと賄賂(スイーツを奢るなど)の駆使が身を結び、遂に意中の女性がシャングリラ・フロンティアを始めるにあたって経験者たる自分にビギナーへのレクチャーをする、という流れに持ち込むことができたのだ。
「じゃあ山本くん、今日はよろしくね?」
「お、おう。とりあえず基本的にゲーム内では本名は呼ばないのがマナーなんだ。」
「あ、ごめんね!えぇとじゃあ……レイジくん。」
プレイヤーネームとはいえ、今まで苗字呼びだったのが名前呼びになったことにレイジ……本名山本 礼司は心の底からプレイヤーネームを本名のカタカナ表記にしてよかったと内心で狂喜乱舞する。
「ごほんっ、とりあえず……ミーアは犬系のモンスターをテイムしたいんだったよな?」
「うん、私のマンションだとペットを飼えなくて……友達からこのゲームのことを聞いて興味が出たの。」
RPGをするにはいささか平和的過ぎる理由ではあるものの、シャングリラ・フロンティアは化け物じみた自由度を誇るゲームであるため、戦闘以外にやりがいを見出すプレイヤーは多い。
レイジのパーティに加入したことで半ば寄生に近い形で跳梁跋扈の森を通り抜けたミーアだが、犬型のモンスターはセカンディル以前のステージには出現しないために致し方ないことだとレイジは割り切っていた。
「じゃあテイムの手順を……」
「………ぉぉお………」
「ん?」
と、その時だった。
丁度跳梁跋扈の森からセカンディルへと入る入り口にいた二人は吊り橋のかかった渓谷の方面から何やら声がしたことに思わず視線を向ける。
そしてレイジもミーアも、この場にいた不幸を呪うことになる。
「ゔぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」
あれは確かキャラメイクで選択できるマスク装備(初期装備の頭装備と入れ替えることができるが防御力が0)だったな、とそれの首から下から意識を逸らすようにそんな事を思うレイジ。
凄まじい速度で爆走する半裸の変態は頭の上にプレイヤーネームがなければランダムエンカウントの珍獣モンスターと間違えるところだった。
「あ、あれモンスターなの!?」
「いや、プレイヤーネームがあるしプレイヤーだ、それに攻撃しちゃダメだ。」
レイジは何となく半裸の変態プレイヤー……名前はサンラクなる人物が焦っている理由を察する。
(貪食の大蛇は毒フン攻撃してくるからなぁ……きっと薬草が尽きた状態で食らったんだろうな。)
サービス開始時に結構な数のプレイヤーがあれの被害に遭ったものだ、とサービス開始時からのプレイヤーであるレイジは当時の混沌っぷりを懐かしむ。
厳密にはホームレス生活から舐めプかまして回復手段皆無の状態で挑んだツケを支払わされているのだが、まさかそんなアホな理由だとはレイジは思いもよらないのだった。
なぜ半裸なのかはこの際気にしないことにして、レイジはミーアがPKペナルティを受けないよう構えた弓を降ろさせつつ、爆走するサンラクなるプレイヤーに叫ぶように告げる。
「宿屋は真っ直ぐ進んで白い屋根の建物だぞーーー!!」
「ああああああありがとおおおおおおおおううううううううううっっ!!!」
一瞬で走り去っていくサンラクに、大凡のステータス配分を察したレイジは心の中で同情する。
(その育成は駄目だって早く気付くといいが……)
かつての自分と同じようなAGI偏重のステータスにしているのだろうサンラクを見送りながら、レイジはセカンディルから三つ目の街「サードレマ」に行くために倒さなければならないボスを思い出す。
「あいつ……かったいんだよなぁ……」
「レイジくん……なんだか凄くベテランって感じだったよ!かっこいいね!!」
「」
しばし、フリーズ。
そして正気に戻ったレイジは期せずして幸運を運んできた半裸の鳥頭に感謝するのだった。
結論から言えばサンラクはHP全損で死亡したものの、親切なプレイヤーのおかげでリスポーン地点更新に成功し、セカンディルの宿屋で目を覚ますことが出来た。
「あっ…………ぶなかった………」
セカンディルの入り口に差し掛かったところで「宿屋の場所を知らない」という事実に気づいてしまった時は最早これまでと諦めかけていたが、親切なプレイヤーのおかげで本当に助かった。
実際に初期リスポーンに戻された場合ゲットしたアイテムがどうなるのかは分からないが、進んで試してみたいものでもない。
ステータス画面を開き、アイテムがそのまま残っていることを確認して漸く安堵のため息を吐いた。
「確か……レイジ、だったかな。」
今度会うようなことがあれば感謝しないといけないな。
暫くステータスを弄っていたが、どうもこのゲームのデスペナルティは一定時間ステータスにデバフ補正が入るようだ。
「そろそろいい時間だし、寝るか。」
夏休みは始まったばかりだ、一度寝てから改めてやり込むことにしよう。
「毒状態に焦ってセカンディルまで全力ダッシュ」は攻略が充実していない初期では割と見慣れた光景でした。
今でも攻略サイトを見ないプレイヤーが同様の光景を見せてくれます。