三十四、お説教
元恋人が大広間を出ていってから第二王子はしばらくして落ち着きました。大きく深呼吸をすると、申し訳なさそうに笑いました。
「……誰かが牢から逃がしたと聞いて心配はしていたんだ。あれもパルマの一部だったんだろう。でも」
途中で口を閉じて、言葉を探すように視線がさだまりません。救って差し上げた方がよいでしょうか。それとも追い詰めて差し上げた方がよいでしょうか。どちらも今までの第二王子には響かなかったことはあの頃の様子を見れば容易に想像できます。愛される自分を認めない言葉、正しいことをしているはずの自分を非難する言葉、善いことをしてあげている自分を止める言葉、とある一面を信じる自分を揺るがす言葉は第二王子の恋とそのお相手の恋人によって故意に取り除かれていたと思われます。誰にでもあることなのでしょうが、微塵もおかしいと思わなかったのは異常とも考えられますし、恋人がどのように言葉を尽くしたのかも今後のために調べるべきですね。
あぁ、また今はそれどころではないのに他のことに気をとられてしまいました。第二王子へどうお声がけしようかと、そばに控えている執事のフィッツナーへと視線を送ります。すぐに気が付いてにっこりと微笑んでくれました。そして、一歩進んで膝をつき、第二王子を見上げます。不安げな顔で白髪のフィッツナーを見つめます。
「発言をお許しください」
頷く第二王子は話を聞く姿勢を持ったようです。彼女のおかげ、と言ってしまってもよいでしょうか。
「マルーム殿下、彼女に恋されたことは尊いことです。ただ、ご自分たちの幸せだけがすべてとなってしまって、他の方を蔑ろにしましたね。そのために、他の方から見えていた先ほどのような彼女に気付けませんでした」
「そうだな……その通りだ」
「恋人に愛されたいと自分を偽ることもあると聞きますが、彼女のそれは愛されるためではなく、自分の快楽のためのものでした。困ったことに、悪意を持って殿下に近付いたわけではありません。殿下も、秋波を送られていた他の男性たちも、彼女にとっては快楽を得るための道具であるため、好きではあったのでしょう。お気に入りの道具ですね、嫌いであれば近付かない方でしょうし」
第二王子は黙ったまま、傷付いたように顔を歪めました。わざわざ口にしているということをご理解なさっているのでしょう。反論はありません。
「人ではなく道具に悪意を持つことが無いのです。役立たずという言葉は、周りに人がいなくて彼女しか使ってくれない道具である殿下が、彼女が使おうとしたにも関わらず快楽の道具として機能していないことを示しています」
フィッツナーは一拍おいて、くすりと笑いました。
「殿下が道具ではない上に、わたくしたちがお側にいることが見えなかったのです。つまり、そもそも、殿下は道具ではないので役立たずではないのです。むしろ、奴隷商らしき組織に道具にされたのは彼女です。恋人として情けをいただいていたことを強みにして殿下に取り入るための道具でした。そこに愛はありません」
きっぱりと言い切ります。もちろん、殿下以外の人にはそれも含めて彼女のことをわかっておりましたが、第二王子はしっかりと頷きました。
「恋しいと思ったのは彼女だからではなく、人が周りにいなかったからでしょう。側室様にしても、両陛下も、エドガー様もマルーム様のおそばにはいらっしゃいませんでした。しかし今は違います。そうでございますね?」
「あぁ、兄上も父上も、リンベルダリア嬢も、話をして、気にかけてくれている。パルマを気にかけても、罪を無視してでも牢から救い出そうとは思えなかった。確かにあの時、リリーを陥れて自分は同情を得ようという欲を見てしまったからな、仕方がないと思ったし反省をするべきだとも思った。わたしも、あんな形でつれられていったことに腹を立てたが、冷静になって招待されていないことを何故無視したのかとあとで不思議だったんだ。パルマの話しか聞く耳を持っていなかったからなんだな」
第二王子は認めました。認めることは自分を傷付けもしますし、愛してあげることにもなります。すっきりとした顔は、最近よく拝見するもので、穏やかな国王陛下の微笑みでした。それを見て、差し出がましいまねを、と謝罪しフィッツナーは元の位置へと戻ります。
逃げましたね。わたくしは咎める気持ちでフィッツナーを見ますが、目が合いません。先ほどはすぐに気が付いていたのに!
フィッツナーは彼女が第二王子の恋人ではいけない理由を一つ申しませんでした。彼女が貴族教育を受けていないことです。誕生会に招待されていない理由までを考えることも、まだ第二王子にはできないようです。わたくしよりもずっと年上ですのに。これでは身分など関係ない、とおっしゃることが出てくるのでしょうね。それまでに我が家の使用人たちや孤児院の現状をお見せし、王族とともに暮らしていけないことをわかっていただくしかありませんね。あとで意地悪なフィッツナーではなく息子のフィートへと頼みましょう。
フィートへ目配せして、話を進めるように促しました。




