二十二、影が動く
子馬、と言ってもわたくしよりもずっと大きいのですが、そのうちの一頭が脚を引きずっています。母馬が必死にその脚を舐め続けています。遊んでいて傷付けたのかもしれないと、騎士の詰所へと走ります。
「すみません!」
「リンベルダリア様!」
何故か隊長とシス兄様以外の騎士の皆さまはなかなか親しく接してくださらないのが悩みです。今も詰所の中にいた方は全員気を付けをしています。
「子馬が怪我をしたみたいです。獣医を呼んでいただけますか?」
「はっ!」
若い騎士が一人、詰所を飛び出しました。他の騎士を何人かつれて子馬の元へと戻ります。その中の一人が叫びます。
「チェルシー!」
母馬が嘶きます。その声にわたくしは驚きました。竜騎士隊へ通いはじめてから一度も竜が鳴く声を聞いたことがなかったのです。お腹の中まで響くような声にいつものような鼻を鳴らすだけの声とは違う、焦ったような気持ちになりました。それはわたくしだけではなかったようです。
「リンベルダリア様、今すぐ詰所へお戻りください!」
「何故ですか?」
「竜が鳴くのは戦う時です」
わたくしは息を飲んで立ち止まりました。チェルシーと呼ばれた母馬の主が、子馬の脚を診ています。チェルシーは興奮したように子馬と騎士の周りをぐるぐる回り、時々いらついたように嘶きます。
「どうだ?」
詰所へ戻るように言った騎士が問いかけると、首を振りながら脚を診ていた騎士が立ち上がります。
「吹き矢だ。毒があるかも知れないから抜いただけではなんとも」
「リンベルダリア様」
すぐに騎士がわたくしの名前を呼びます。プランセッスがいつの間にか隣に来ていました。クラウンは母子のところにいます。
「プランセッス、リンベルダリア様を頼んだぞ!」
ぶる、と返事をしてプランセッスが詰所へと鼻を向けます。わたくしは頷いて詰所に歩きます。扉を開けて、中へ入るときにプランセッスへお願いします。
「プランセッス、わたくしのことはよいですから竜たちを守ってくださいね、お願い」
ぶるん、と鳴くと踵を返しました。ドアを閉めて、詰所に残っていた騎士へと向き直ります。チェルシーの嘶きが聞こえたのか、騎士たちはまるで睨み付けるようにわたくしを見ています。わたくしは自分を落ち着かせるために一呼吸します。
「チェルシーの子馬は、吹き矢が刺さっていたそうです。毒があるかも知れないとのことでした」
騎士たちが驚きの表情を浮かべます。
竜に攻撃をすることなどあり得ないのです。その力が驚異であることは誰もが知っています。今回は子馬ですが、その親が報復をすれば騎士などひとたまりもありません。
「吹き矢ですか……」
「子馬の脚を狙って?」
「いくら普通の馬より大きいと言ってもあの太さの脚を的にしたのか」
「偶然、ではないな」
「弓矢の的は二宮の反対側だ、騎士ではないぞ」
吹き矢ということは、その場に犯人はいなかったのです。いくら竜でも、いない者を攻撃できないでしょう。
年長の騎士が指示を出します。
「おい、隊長と副隊長を呼んでこい!リンベルダリア様、本日はお帰りください」
「はい、お邪魔はいたしません」
子馬の怪我が人の手によるものであれば、捜査が開始されます。わたくしは足手まといです。下手をすると人質として捕まったりすれば迷惑にしかなりません。そもそも、竜を狙うことによって、いったいどのような目的を遂げたいのかがわかりません。
それに、わたくしは第一王子の婚約者なのです。わたくしに何かあれば、騎士の皆さまに咎があるかもしれません。以前と同じことはわたくしも繰り返しませんわ。
一人が隊長とシス兄様を呼びに外へ出ていったのと入れ違いに、すたん、とどこからか人が落ちてきました。騎士の皆さまが強ばります。ゆっくりと立ち上がった人を見て、わたくしは肩の力を抜きました。
「兄様」
諜報部の兄様です。しかし、片手の手の平を見せてわたくしを止めると、竜騎士たちを振り返ります。
「遅い。不審な者だと認識した時点で剣を抜くか守護対象の前へと回り込め!」
「は!セドリック隊長!」
兄様はわたくしに向き直ると、送る、と一言おっしゃいました。しかし、シス兄様ではなくセディ兄様のお仕事はよいのでしょうか。
「ありがたいのですが、暗殺隊はよろしいのですか?」
「吹き矢だろう?諜報部の管轄だ」
「どういうことですの?」
「吹き矢は暗殺のための武器だ。近距離型だが身を隠したまま相手を攻撃できる」
わたくしはなんとも言えず、兄様に頷き返します。竜騎士たちは騎士でもありますが竜の使い手という部分が大きく、確かに吹き矢には対応しきれないかもしれません。
「あぁ、シスが来た」
「あ、暗殺隊が動いたか」
セディ兄様の呟きの直後に、ドアからシス兄様が顔を出しました。
「ダリアは連れて帰るぞ」
「頼む」
いつも楽しい三つ子の雰囲気はそこにはなく、知らない騎士が二人、顔を合わせていました。




