融ける雪
番外編~冬~
セシル×ミコト
セシル視点
本編と、まったく関係ないので読み飛ばしていただいて大丈夫です。
◇◇◇
「寒いね」
彼女が、赤くかじかむ手に向けて、はぁっと白い吐息を吐く。冷たくなった指先を擦り合わせ、寒さを誤魔化そうと試みている。
「冬なんだから、当たり前でしょ」
僕は、ため息をつきながら声をかける。寒いなら、諦めればいいのに。
『雪が降るかもしれないから、外にでてみない!?』
嬉しそうな顔をして、宿を出たミコトに付き合い、僕はこうして空を見上げている。
「そうだね。こんなに寒いんだもの。だからきっと……雪も降るよ」
少し曇った空を見上げ、彼女が笑う。
「……そんなに見たいの?」
「うん。きっと素敵だから」
「雪なんて降っても、何もいい事なんてないよ。冷たいし、濡れるし、風邪引くし……」
「セシル君は、雪……嫌いなの?」
「別に……好きじゃないだけ」
ほんとは嫌いだ。
雪は、白くて……暖かいのが苦手で……融けて消える。
『まるで、セシルみたいね』
そう言って、哀しそうに笑う母を思い出す。
温もりを感じて融ける雪でさえ……僕の#掌__てのひら__#では、融けずに残る。
まるで、『お前は、冷たく心のない人形だ』そう誰かに言われているみたいで……雪に触れるのが怖い。
「ふふふ」
ミコトが突然笑った。
「セシル君の好きじゃないって……苦手だ。って事だよね」
素直じゃないなー。と柔らかい笑みを浮かべる。見透かされているようで、ムカついたはずなのに…。わかってくれてる……という、喜びを感じる自分に戸惑いを覚える。
「ーっひゃ!」
「ちょっと、セシル君!なんでいきなり頬に手を!?」
冷たくてびっくりしたじゃない!っとミコトが怒る。
「ー僕の事、笑ったから」
つい意地悪をしてしまう。こんな事しても、振り向いて貰えないのはわかっているのに。
その目に僕を映して欲しくて。
少しでも、彼女に触れたくて。
ああ。僕はなんて馬鹿なんだろう。ガキ臭い行動に、笑えてくる。それでも自分を見て欲しくて、止めれない。
ほんと……馬鹿だ。
「ーっセシル君。手、冷たすぎだよ」
ミコトの言葉にはっとする。
だめだ。知られたくない……。雪さえも融ける事のない……冷たい……人形のような奴だなんて思われたくない……。
そう思って離した僕の手を、ミコトはぎゅっと握りしめた。
「ーっな!? 離して」
「だめ、こんなに冷たい手をしてたら、霜焼けになっちゃう」
「別に……僕は元々体温低いから」
「いいから、ほら。こうして繋いでたら暖かいでしょ?」
「離してって……あんたまで冷たくなっちゃう。」
困る。ミコトの体温を奪っても……きっと僕の手は、温かさなんて宿さない。
僕は、君と違うから。
暖かい。陽だまりのようなミコトとは、違う。
「ほら。温もりを分けっこしよう。ゆっくり温めあえば、霜焼けにもならないし」
無理だよ。ミコト。
分け合うなんてできない。
僕は、奪うだけだ。
ミコトから、優しさも温もりも……ただただ奪っていくだけ。『雪のようだ』そう言われた僕は、ミコトのように温もりなんて持ち合わせていない。
「あんた。馬鹿なの?ぬくもりを分け合うとか。台詞だけ聞いたら。過激すぎるんだけど」
こう言えば、きっとミコトは僕から離れる。ほら、顔を真っ赤にして、目をくるくるさせて。
「僕の事……誘ってんの?」
ミコトが、僕を男として意識してないのは、僕が一番わかってる。
意識して欲しくて、言葉で態度で示すのに…君は、何も気付かない。好きだと自覚して、僕だけ意識して、馬鹿みたいに嫉妬したり意地悪をしたり。
どうすれば、男として見てくれる?
ーため息が溢れ落ちる。
「セシル君……ごめんね」
「は? 何が?」
「無理矢理付き合わせて……」
ああ。ため息をついた理由?そうじゃない。そうじゃないんだよ。
でも、きっと君は気付かない。
「やっぱり……雪は…好きじゃない……」
「そう?そうかな……」
「なんで、そんなに#雪__それ__#にこだわるわけ?」
こんな寒い想いをしてまで。
「好きだからだよ」
ーっ。
その一言に、ビクンと胸が弾けそうになる。
雪が……好き。
「真っ白で、儚くて、触れた瞬間融けてしまう」
「雪はね、きっと優しさを知ってるの。小さな温もりも優しさも敏感に感じて教えてくれるの。素敵でしょ?」
キラキラした瞳で、そう笑う。
「それに、雪が融ければ……春がくるじゃない」
そうやって笑う君は、眩しくて暖かい。
「は? なにソレ。結局、あったかい方がいいんじゃん」
「ちっちっち。甘いなセシル君。違うのだよ。春の暖かさを知って、冷たかった雪が融ける。そういう情緒がいいんじゃない」
「ジョウチョ?」
指先を振りながら力説する。ミコトの言う事は、よくわからない事が多い。でも、その言葉はいつも僕の心を喜悦させる。
「そんなに好きなら……僕が見せてあげるよ。」
魔力を解放し、身体に冷気を纏う。氷魔法は得意だ。大気を震わせ、氷の粒を造り上げていく。小さな小さな粒子が、風に乗り光を反射し、キラキラと零れる。
「ーダイヤモンドダスト……」
ミコトが、感嘆の声を洩らす。頬を蒸気させ、目を見開いて。僕の魔法で顔を綻ばせる。
「ありがとう! セシル君! すごく綺麗!」
はしゃぎながら、飛び付いてくる。
ちょっと……あまりくっつかないでくれる?
心臓に悪いんだけど。
「失敗した。粉雪くらいにはなるかと思ったのに」
動揺を悟られたくなくて……僕は顔を背ける。
「ううん。十分だよ! 綺麗! ありがとう!」
「あんた……ほんとこどもだよね。」
こんな事ひとつで、大喜びして。
ープッと思わず笑いが込み上げる。
「ちょっと! セシル君、年上に対してその態度は……」
「なら、もう少し落ち着いたら?」
君は、そのままでいいよ。そのままでいて。僕が追い付くまで。
そんな気持ちを込めて、ミコトを見つめる。
「ーあ」
フワリと鼻先に落ち。それが形を崩し、つっと顎先へと零れた。
「ゆき?」
見上げると舞い降りる白い雪。
「ー降ってきたね」
「うん」
「セシル君が、魔法を使ったからだね」
大気を冷やしたのが、よかったのかな………。嫌、偶然な気もするけど。
「そ。僕のお陰。魔法使ってあげたんだから、ご褒美頂戴よね」
そう言って、ミコトの顔を覗き込み、寒さで震える唇に口付けを落とす。ーちゅっ。
「ーっ!?」
「何驚いてんの? いつでも、分けてくれるっていったじゃん。魔力。あんたに合っても仕方ないでしょ」
真っ赤になって、狼狽える顔に少し満足する。
「ほら。雪、好きなんでしょ。ちゃんと堪能しなよ」
意地悪く笑い。ミコトをからかう。こうやって少しずつ。君の中に、僕が刻まれればいい。
「ー雪みたい」
ミコトが、ぽつりと呟く。
「え?」
「セシル君って、雪みたいだよね」
「白くて、キラキラしてて、凄く綺麗」
「綺麗って……僕、男なんだけど」
「あっ。ごめん! 嬉しくないよね。ほんとごめん」
ー嬉しくないわけ、ないじゃん。
「……雪。好きなんでしょ」
「え? うん」
「それじゃ……」
僕の事も……。
なんて馬鹿な事を口にしかけて、笑う。
「うん。雪も悪くないかもね」
「あんたと一緒に見る雪は……嫌いじゃない」
かじかむ手を繋いで。
降り注ぐ雪を見つめる。
ーうん。
嫌いじゃないよ。
君が好きなモノ。
だって僕は、君が好きだから。
いつか、また一緒に見よう。この日の雪を。
その時は、背伸びなんてしなくても……君に口付けできればいいな。
なんて、ひとり心で呟いた。
fine