高校生は子どもです!
決闘翌日、寮脇の空き地にて。
期間限定のコーチを務める剛羽は早速、耀の指導に当たっていた。
「今日から争奪戦まで《心力》の練習をする。きちんと扱えるようになってもらうぞ」
「あの、蓮さん! 一つ質問が!」
ぴしっと挙手する耀。
背後には、執事の侍恩はすまし顔で控えている。
「球操手の練習はしないんですか?」
「するけどメインじゃない。それより一戦力として戦えるようになったほうが合理的だ。最悪、球は袋に詰めて腰に下げとけばいいしな」
「ふ、そんな適当な対策で勝てるほど、九十九学園は甘くないぞ」
「でも、そうするしかないだろ? 神動の技術じゃ、サポートする俺たちの身が持たない。地面に置いといたほうがまだマシだ」
「あの、わたし泣きそうなんですけど!?」
「球速はプロレベルだ。そこは自信もってくれ」
「プロ!!」耀は両手を組んで、それはもう嬉しそうに目をキラキラさせる。「ありがとうごさいます!」
「それじゃあ早速《心力》の基礎練だ。これを使う」
剛羽は円筒形の物体を耀に手渡す。
大きさは手の平に収まるほどで、握りやすいように側面が指の形に凹んでいる。
「待て、蓮剛羽。それは園児が使う代物だろう? 耀様に恥を掻かせるつもりか」
「なに言ってんだ。高校生にもなって《心力》使えないほうがよっぽど恥ずかしいだろ」
「え? え? え?」と、剛羽たちの会話に右往左往していた耀は、おずおずと訊ねる。「これなんですか?」
「補助武器庫。使ったことないのか?」
「見たことないです」
「……見たことない?」
剛羽は怪訝な表情になる。
「小学校に上がる前とかに、普通に使ってたろ?」
「あの、わたし中学生になるまでお家で勉強してたので」
と、眉を八の字にしながら耀。
剛羽は探るような視線を向けるが、少女の表情に影はなく、補助武器庫を知らないことに対して申し訳なさそうにしているだけだ。
「そう、なのか……?」
なんかまずいこと聞いちゃったかなと、剛羽は反応に戸惑う。が、
「この話はここまでだ!」
侍恩が一喝したことで、話の流れは完全に遮断された。
余計な詮索はするな。
そんな圧力を言外にひしひしと感じる。
剛羽としても、コーチする相手の事情に深入りするつもりはない。
気を取り直して指導を再開する。
「じゃあ始めるか。補助武器庫は使用者の《心力》を引き出して、武器をつくってくれる……こんな感じに」
不意に、剛羽の握っていたホルダーが柄となり、白い刀身がびゅんと伸び出る。
「普通、錬成するときはつくるものをイメージしながら出力するんだ。でも、これがあれば力を起こす意思を示すだけで、予め設定した武器をホルダーが代わりにつくってくれる。錬成するものを上手くイメージできない園児向けの道具だな」
「ばって入れるとぷーって膨らむんですね! なんだか風船みたいです!」
耀は目をキラキラさせながら拍手する。
ウイカたちの間違ったコーチングに犯されたせいか、表現が感覚派のそれだ。
剛羽と同じ「刀」に設定し、耀はホルダーを握る。
そして、
「わあ! なんだか今、ずずずーって! 持っていかれました!」
赤い刀身を錬成した耀は、興奮した様子で身に起こったことを言葉にした。
「その感覚、忘れるなよ」
「はい! しおん、しおんぅ! わたし武器つくっちゃったよ!?」
「さ、流石ですね、耀様……」
歯切れの悪い侍恩は引きつった笑みを浮かべる。
その表情に焦燥感のようなものが滲み出ていた。
「園児でもできることだからな。調子に乗るのはまだ早いぞ」
剛羽は耀を窘めた後、急に元気がなくなった侍恩にちらりと視線を送る。
「てか達花、お前は練習しなくていいのかよ?」
そう言えば、決闘のときこの眼鏡の少年は一度も《心力》を出していなかったなと、剛羽は振り返る。
それにしては異様に堅かったが。
「ぼ、僕のことはいい。貴様は余計なことなど考えずに、耀様をコーチすればいいのだ。僕のことはいいからな! 僕のことは――」
「分かったから3回も言うなよ。神動、今度はホルダーなしで刀つくってみろ」
「刀じゃないとダメですか? もっと楽しそうなものつくってみたいです! 魔法のステッキとか!」
「子どもか」
「高校生は子どもです!」
(都合いいなお前!)
目を閉じた耀は、身体の内側に意識を傾け、ホルダーに引き出された感覚を自分で再現する。
鎧臓――心臓を覆うように存在し、《心力》を生成する内臓器官――から生み出される《心素》が全身を巡り、意思によって結合し、それぞれの型に変色し、イメージした形をとって大気へと放出される。
「……できました」
すっと目を開けた耀は穏やかにそう言った。
「いやできてないぞ」
「あれ!? でも今確かにこの右手に……」
「それ脳内イメージな。武器つくるのはまだ早いか。まずはちゃんと出力するところから始めるぞ。よく見とけよ」
剛羽は足を開いてゆったりと構え、鎧臓を意識する。
すると一瞬で、全身が満遍なく白色の陽炎のようなものに包まれた。
「白い《心力》、初めて見ました!」
「異型(タイプ=ユニーク)というやつですね、耀様」
ぱちぱちぱちと手を合わせていた耀は、次は自分の番だと足を肩幅程度に開く。
「……は! ……ふん! ……あれ? ……ふんぬぅううううう!」
「顔を紅くしてどうする。オーラを出せ、オーラを」
しかし、耀はうんうん唸るばかりで、一向に出力することができない。
「ぅ、ひっく……出ないです」
「ひ、耀様!?」「お……おい、泣くなって」
「…………わたし、才能ないんでしょうか?」
「いいか、蓮剛羽! コーチなら、馬鹿でも分かるように説明しろ!」
「お前それ、主のこと馬鹿にしてるぞ!」
思わず叫び返してしまった剛羽は、耀がやけに落ち込んでいることに気付く。
ほんの少し前の発言といい、その反応は意外なものだと感じた。
「まだ始めたばっかだろ。凹み過ぎだ。ホルダー使ったときの感覚、覚えてるか?」
「はい、覚えてます。ずずずーって」
「そのずずずーって感覚を身体に覚えさせるんだ。ホルダーで何度も出力してれば、そのうちホルダーなしでもできるようになる。努力した分、上手くできるようになるぞ」
「ッ、はい!」耀はごしごしと涙を拭い、嬉しそうに笑う。「ファイトります!」
一生懸命に練習する耀の姿に、剛羽は小さく笑った。
懐かしい。
自分が小学生の頃を思い出す。この調子でいけば――
(争奪戦には間に合わないかもしれない。でも、その後なら……ッ)
そこで、剛羽ははっとなる。
(その後は……こいつと違うチームに行くんだろ)
九十九学園の最有力チームに入って、最高の設備と最強の選手たちがいるこれ以上ない環境で、プロになるために己を磨くのだ。
「何を浮かない顔をしている、蓮剛羽?」
「……そんな顔してたか?」
剛羽は侍恩の言葉に首を傾げる。
「それより、争奪戦だ。試合相手探さないとな」
「そのことなら問題ありません!」
「え、マジで?」
「マジです」
一旦練習を中断した耀が、ふふんと得意顔になる。
「ねむりちゃん……わたしの友達が試合してくれるって言ってくれました!」
「流石です、耀様! これも耀様の人徳あってこそ。感服しました」
「あと、エイツヴォルフさんのチームも参加してくれるみたいです。三つ巴ですよ、三つ巴!」
「ッ……エイツヴォルフって、アリスティナ=エイツヴォルフか?」
「はい、わたしたちの学年ツートップです!」
(大物じゃねえか……)
どうだと自信満々に胸を張る耀を余所に、剛羽は頭を抱えたくなった。
相手が強過ぎる。
とてもじゃないが、今の戦力では太刀打ちできない。
勝つために準備をしなければ。
剛羽は「う~ん……」と内心の葛藤を表現するように唸る。
そして、どこか気の進まない顔をしながら、耀たちに申し出た。
「俺も九十九学園の知り合いがいるから当たってみる」