プリティプリンセス
「ん……」
目を覚ました耀は、自分が寮の自室にいることに気付いた。
カーテン越しに届く夕陽が、簡素な部屋を照らしている。
耀は横になったまま、ずきんと僅かに疼いた胸の辺りをゆっくりと擦った。
斬り裂かれたように、少し痛む。
その痛みが、今朝の決闘は現実だと突き付けてきた。
「……また勝てなかった」
耀はぎゅっと唇を噛み、枕をぎゅう~っと抱きしめ、ベッドの上をローリングしようとしたが、ごろんと半回転したところで何かにぶつかる。
「ふぁあ……神動、寝るときは静かなんだな」
「……ぇ?」
隣で上半身裸で寝ていた剛羽を前に、耀の表情が呆けたものになる。
服を着ているときは分からなかったが、すごく逞しい身体をしている。
流石は闘王学園から来た生徒。肉体も――ではなく!
「ど、どうして・裸・ここに・ですか!?」
半裸の不審者から逃げるように、ザザザッとベッドの隅まで後退する耀。
しかし、
「えっ、ま、蓮さん!?」
事態を呑みこめない耀に畳みかけるように、のそっと身体を起こした剛羽が近付いてきた。
すごくダルそうだ。
「さっさと済ませるぞ」
「だ、ダメです、不埒――はうっ」
間もなく、剛羽に押し倒された耀は、可愛らしい声を漏らした。
目を大きく見開いて、自分に覆い被さった少年を見詰める。
控え目に言っても、誤解されかねない光景だ。
「お前の執事が約束してくれたんだ。勝った方はなんでも命令できるって」
「え、しおんが!?」
そんな話聞いてない! と、絶大な信頼を寄せている従者のまさかの離反に、じわっと耀は涙を浮かべる。
「ちょ、ちょっと待ってください。な、なんでもは……なんでもはぁ」
「心配するな。なんでもはしない。できることだけする」
「まったく安心できませんよ!?」
「大丈夫だ。任せてくれ」
剛羽は安心させるように声を掛け、「は、はい」と緊張しながら頷いた耀の身体に優しく触れる。
女の子らしい撫で肩、細くしなやかな腕、上着からちらりと覗くきゅっとくびれた脇腹、もっちりとしたぷるるんと揺れる太腿……少女の肢体は上等なものだ。
「いい身体だ…………たまらん」
「あっ……はうっ~~~~~~」
とはいえ、女性の域を出ない身体付き。
先程の試合で耀が超人的な反応速度をみせていたのは、別に理由がある。
おそらく、彼女の《心素》が細胞レベルで体組成に影響を与えているからだろう。
一般的に血液中を流れる《心素》は本人が意志を示すまで活動しないが、耀の場合は無意識下でも《心素》が反応し合い、《心力》となって血肉に浸透しているのだ。
言うなれば《心力》を編み込まれた身体である。
筋肉は力強く、弾力性に富び、骨や内臓器官なども一般人より遥かに丈夫だ。神経系の鋭さも常人を超えている。
企画段階から人とは違う存在。
人でありながら、人を超える人体。
(あんなタイヤ使って無茶苦茶な練習してるのによく怪我しないなとは思ったが……こいつ超人だったのか)
超人。
《心力》によって身体機能が著しく上昇した人間の呼称だ。
鎧臓器官の発生確率が九割を超える剛羽たち第五世代の中でも稀有な存在である。
「ま、蓮さん、もみもみし過ぎです、ッ~~~~~~」
「予防だ。ちゃんと、しっかり、きちっと揉ませてもらうぞ」
異性相手にも動じた様子がない剛羽に、のぼせ顔の耀はいじけたように呟く。
「……わたしのこと、まったく意識してくれないんですね」
うつ伏せのまま首を少し逸らし、流し目の耀。
上気した肌にぺたりと張り付く髪やとろんとした瞳があまりに扇情的で、無関心だった剛羽も思わずどきっとしてしまう。
剛羽は耀から逃れるように視線を逸らしたところで、ベッド脇のテーブルに「練習日記!!」と書かれたノートに目を留めた。
「神動、これって……?」
「あ、それは練習帳です。何の練習をしたのか、残しておきたくって」
「マメなんだな。こういう細かいことができるやつは強くなれるぞ」
「わあ、本当ですか!?」
「ちょっと見ていいか?」
「はい。えへへ、蓮さんに褒められちゃい――」
「こんなんで強くなれるわけないだろうが!」
「えぇ~~~~~~!?」
「何だ、この「3月30日、ラン50キロ」って。もっと書き込まないと意味ないだろ。ペースは? どんなコース走った? 走行時間は? 走った時間帯は? 天気は? 気温は? どんな目的で走ったんだ?」
「ペース、コース、分分~~~~~~」
剛羽に捲し立てられ、耀は目をぐるぐると回す。ぼふんと頭の回線がショートした。
「っ……すまん、ちょっと熱くなった。ちょっと気になってな」
「い、いえ、貴重なアドバイス、ありがとう……うぅ……ありがとうございました」
口ではお礼を言ったものの、身体も心も激しく責め立てられた耀は涙目だ。
「そ……それにしても、マジでいい身体してるな」
取り繕うように空咳をした剛羽は、耀の太腿をぎゅうぎゅう揉みながら、感嘆の溜息を漏らす。
「蓮さん、またそんなこと言って、ッ~~~~~~」
「へ……変な意味じゃなくてだな。勿体ないって思ったんだ。神動、《心力》の練習ちゃんとしてるか?」
「はい、しおんとういか先生と一緒に」
「あれは民族舞踊だろ……」
微妙な顔になる剛羽。
あの指導じゃ、何年経っても上達は見込めない。
「耀様ぁあああああ!」
とそこで、主を賭けの材料にした執事が、耀の部屋に雪崩れ込んできた。
工事用ヘルメットと警棒で武装している。
「耀様、僕が来たからにはもう安心です! 覚悟しろ、蓮剛羽!」
臨戦態勢に入った執事に、剛羽は冷めた視線をぶつける。
「おい、俺がいいって言うまで入らない約束だろ?」
「ふ、そんな約束、僕が守ると思ったか?」
「いや守れよ」
じっと睨み合う剛羽と侍恩。
一触即発のその雰囲気に、耀が堪らず待ったをかける。
「タイム、タイムです!」
「くっ、耀様……あなたというプリティプリンセスは、こんな蛮族にまで情けをかけるというのですか」
「プリティ、プリセンス……?」
そのワードを剛羽が復唱したことで、耀の中で羞恥心のメーターが振り切った。
かーっと顔を真っ赤にした耀は、ぽこぽこと侍恩を叩く。
「しおん、プリティとかプリンセスとか人前で言うの止めてよ、恥ずかしいよ! じゃなくて! 蓮さんはマッサージしてくれてただけなの、悪いことなんてしてないよ」
「そうだぞ。試合終わってからずっと寝てたから、整理体操を――」
「嘘を付けぇい! マッサージであんな淫らな音が出るかぁ!」
「淫らなのはお前の妄想力だろ!?」
とんだ言いがかりに、激怒する剛羽。
クールキャラをセルフプロデュースする身としては、エロイやつだと思われたくない。
「てか、マッサージするのは普通だろ」
「男の子と女の子でやるのは普通じゃないかと……き、気持ち良かったですけど」
「ひ、耀様がメス顔に!? 己、蓮剛羽!」
「いや俺のせいか?」
「そうだよ! そもそもこうなったのは、しおんがわたしを売ったから!」
ほんとに恐かったんだよと、耀はぶーと不満そうに頬を膨らませた。
「うぎっ……も、申し訳ございません」
肩を落とした侍恩は「で、ですが」と目をぎゅっと瞑り、拳を握り締める。
「このままでは……」
その一言で何かを察したのか、耀は侍恩の手を取った。
「しおん……」
「ん? どうかしたのか?」
二人の雰囲気に只ならぬものを感じた剛羽はそう訊ねるが、侍恩はふんと不機嫌そうに鼻を鳴らし、びしっと掌を突き出してくる。
「貴様には関係ないことだ。それより、蓮剛羽、マッサージとやらは終わったのだろう? だったら、さっさとコーチしてもらおうじゃないか」
(こいつ……)
剛羽は態度のデカイ執事に眉をぴくぴくさせる。
「しおん、そんな意地悪な言い方ダメだよ」
「くっ、耀様、あなたというプリティ――」
「その下りはもういいからぁ!」
「いいか、蓮剛羽。貴様はチームの一員だ。その自覚をもって、遊ぶ時間も睡眠時間すらも捧げて、耀様をコーチングするのだぞ」
「お前にだけはとやかく言われたくないな。まあ、指導するからにはきちんと合理的に……ん、チームの一員? なんの話だ?」
「うん? 耀様、まだ言ってなかったのですか?」
「し、しおん!」
耀は「しーっ!」と人差し指を口元に当てる。
「その話はまだ早いというか、物事には順序というものが……」
「あ、そうだったのですか。身体を触らせたのは籠絡させるためだとばかり」
「ま、マッサージって言って! わたしをなんだと思ってるの!?」
怒るというよりか、懇願するような耀。
さっきから主従関係が怪しい。
「で、チームの一員っていうのは?」
合理的に話を軌道修正した剛羽は、耀をじっと見詰める。
「えっと……1週間後、入学式のあとに争奪戦があるじゃないですか」
争奪戦。
正式名は新戦力争奪戦。
学内にあるチーム同士で試合をし、自分たちのチームを新入生や編入生たちにアピールする場だ。
参加対象は既存のチームだけに留まらず、希望する新入生や編入生はいずれかのチームの仮隊員として参戦することが認められている。
それ故に、新入生や剛羽のような編入生にとっては言わば入隊試験。
自分という選手の価値を示す絶好の機会だ。
「それで、ですね。その……蓮さんに、わたしたちのチーム、チーム神動に仮入隊してもらえたらな~って思いまして……」
と、耀はちらりと不安そうに視線を送る。
「チーム神動って……お前、キャプテンだったのか!? 嘘だろおい」
「えへへ、よく言われます」
「照れるところではありません! 己、耀様を馬鹿にしたな!」
「いや今のは……まあ、そうだな」
「普通に認めた!」
「で、俺をチーム神動に入れたいと」
侍恩の抗議をさらりと流した剛羽は、耀を見詰める。
「あ、いや、その! 争奪戦のときだけでもお願いできないかなぁ~なんて!」
少年の反応の薄さに慌てた耀は、目をぐるぐる回しながらそう付け加えた。
ころころ表情の変わる少女に、剛羽はくすっと小さく笑ってから答える。
「じゃあ、とりあえず争奪戦までよろしくな。コーチも含めて」
(……って、何言ってんだ俺)
自分はプロになるために九十九学園に来たのだ。
こんなところで遊んでいる暇はない。
そう、思っていたのに――
(まあ、争奪戦までならいいか)
結局、納得してしまった。
当初の予定では九十九学園の最有力チーム――チーム九十九に仮入隊させてもらうつもりだったが、それを取り止めるほど、剛羽の中で少女は興味深いものとなっていた。
「お、男に二言はない、ぞ?」
「ああ」と、剛羽は何故か涙目の侍恩に答える。
「っ、蓮さん……ありがとうございます」
侍恩を慰めていた耀がぺこりと頭を下げ、顔を上げてからにこっと笑った。
そのどこか儚げな笑顔が印象的だった。
「ところで」
剛羽は純粋な疑問を口にする。
「できれば明日にでも神動たちのチームメイトに会えないか?」
合理的に考えて、チーム神動の現有戦力をすぐにでも確認し、積極的にコミュニケーションを取り、選手の特徴や性格をできる限り把握しておきたい……と思っていたのだが。
「それなら大丈夫です。わたしと侍恩の二人で、全員ですよ!」
「……は?」
あまりの衝撃に、剛羽は言葉を失うのであった。
剛羽が争奪戦までチーム神動に参加することが決まった、その夜。
一般寮の一室には、二つの影が。
「――まずいです。これはとてもまずい展開ですよ」
「なんのこと?」
「あの男です。やつの顔、見ましたか? 僕たちのチームが2人だと聞いたとき、うわぁって顔してましたよ」
「そ、そうだったかな? 全然気付かなかったよ……」
「このままでは争奪戦の後――いや、争奪戦が始まる前から見切りをつけられてしまいますよ!?」
「そ、そんな……そんなこと!」
「あると思います。巷でよく聞く「上げてから落とす」というやつでは?」
「上げてから……落とす……!?」
ごくりと喉を鳴らした少女は、《IKUSA》を手に立ち上がる。
「一体何を?」
「ここが……キャプテンの腕の見せ所だよ!」
少女はきりっと決意に満ちた顔で宣言する。
「救援要請です!」




