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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
74/236

閑話その18~側室筆頭不在の降臨祭~


大変長らく、更新お待たせ致しました。

今回よりしばらく、シェイラ及び後宮の皆様のターンです。



国王『夫妻』の馬車が襲われたり、『紅薔薇』が行方不明になったり、隠密少年が人知れず『ディアナ』サイドに加わったり、国王陛下が遂に『紅薔薇』の真実に気付いたりと、何だかんだでわちゃわちゃしていた礼拝組。その裏側では、後宮居残り組が、王国史上初とも言える『王宮内での降臨祭』を過ごしていた。

国王も、『紅薔薇』も不在の、側室たちだけの降臨祭。目立ったお目付け役不在の後宮で、祭りで浮かれた側室たちが集まって、何も起こらない……ワケがない。


時間は、ディアナたちが後宮を出発した、五日前に巻き戻る――。




***************


国王陛下が後宮に振るった『大鉈』は、後宮住まいの女性たちから、必ずしも好意的に受け取られたわけではなかった。

『牡丹派』が反発したのはもちろんのことであるが、主に人手不足を不満に思い、「何もあそこまで厳しくする必要はなかったのではないか」と発言する者が、『紅薔薇派』の中にも一定数、存在したのだ。

ディアナはそんな彼女たちを宥めすかし、「人員はいつでも補充できるが、マリス夫人の悪事は今しか暴けなかったのだろう」と外宮側に理解を示し、更には紅薔薇自らが人手の足りない状況に甘んじることで――元々『紅薔薇の間』には最低限の数の侍女しかいなかったが――不満を最小限で抑えてみせた。前女官長の事件に一切の関与をせず、後宮がどれほどの騒ぎに陥っても泰然と構え、冷徹な微笑みすら浮かべて事の経緯を眺めていた彼女は、『氷炎の薔薇姫』の名に恥じない側室筆頭であったろう。


噂が大好物の貴族令嬢たちは、マグノム夫人が新女官長に就任し、後宮がそこそこ落ち着くと、事の経緯を好き勝手に邪推して回った。


『前女官長が罷免されたのは、紅薔薇様の不興を買ったのが、そもそもの原因らしい』――真っ先に流れたのは、そんな噂だ。マリス夫人が、日頃『紅薔薇の間』にほとんど顔を出さず、代わりに『牡丹の間』に居座っていたのは有名な話で、それが紅薔薇様のお気に障ったのだろうと推測されるまで、そこまでの時間はかからなかった。

あるいは――『園遊会の準備中に、紅薔薇様が前女官長の不正に気づき、陛下に進言された』などという、ある意味間違ってはいないが、間の過程がすっぽ抜けている、なかなかに愉快な噂もあった。ある時期を境に、前女官長が紅薔薇様の命令に絶対服従状態になっていたことも、後宮に生きる者なら察していたわけで、信憑性は抜群である。


当然のことながら、このように好意的な噂ばかりでなく、悪意で塗り固められたものも囁かれた。『前女官長を手足のように使っていた『紅薔薇』だが、その悪事が外宮に感付かれたため、彼女に全ての罪を着せて後宮から追い出した』説がその代表選手だが、後宮でも、それ以前の社交界でも全く繋がりのなかった二人が『共謀』していたという話を信じる者は少ない。

『己に反抗的だった前女官長を目障りに思った『紅薔薇』が、ありもしない罪をでっち上げて彼女を追放した』などとも言われたが、前女官長一人ならともかく、これだけ大勢の女官と侍女が同時に処分された以上、やはり彼女たちは罪を犯していたのだろうと考える者が大半を占めている。


そして、好意的だろうが悪意に満ちていようが、『紅薔薇様が前女官長を潰した』という内容であることには変わりなく――更に、噂の真偽を直接確かめた猛者たちに、紅薔薇様が意味深な、ぞっとする笑みを浮かべたなどの話もあって、最終的には『紅薔薇様を敵に回してはいけない』という結論に落ち着いた、ようである。

そして、彼女はそのまま、噂飛び交う後宮を後にして――。


「紅薔薇様が、王家の礼拝に同行されたそうですよ。それも……正妃代理として!」

「こらマリカ!」


新米侍女マリカが、朝食の席で不満そうにぶちまけたその言葉に、シェイラは固まるより先にポカンとなった。


「……それが、どうかした?」

「どうかしたってシェイラ様……アレ?」

「ご存知、でしたか?」

「えぇ、数日前に陛下からお伺いしていたから……」


王の訪れは、シーズン前より頻度は減ったものの、緩やかに行われていた。新しい女官長はシェイラへの理解も深く、レイとマリカも融通の利く侍女であり、シェイラが現在、唯一王に通われている側室であることを知った上で、後宮に下手な波風が立たないよう動いてくれる。

特にマリカは初めての王宮勤めだからか、『主』であるシェイラの役に立とうと一生懸命なのだ。


「今、この後宮で最も位が高いのは『紅薔薇様』でしょう? 正妃代理に選ばれるのがあの方なのは、当然のことよ」

「そ、れはそうかもしれませんけど。でもでも、シェイラ様がいらっしゃるのに、正妃代理なんて!」

「そんな、大袈裟に騒ぐことじゃないわ。第一その言い方は、紅薔薇様に対して不敬よ。……陛下のお心はともかくとして、紅薔薇様が後宮のために尽力してくださる、素晴らしい側室筆頭でいらっしゃることは、疑いようのない事実なのだから」

「……それ、いっつもシェイラ様仰いますけど。担がれてる、ていうか騙されてるんじゃないですか?」

「いい加減にしなさいマリカ!」


物怖じしないマリカは、いつでも言いたいことをズバズバ口にする。そして懲りずにレイに怒られしょぼんとするのが、ここ最近定着してきた、この部屋の会話の流れであった。

ただ、マリカの言葉に遠慮はないが、毒もない。

故にシェイラが、彼女の言葉に傷つくこともなかった。


「私、紅薔薇様に騙されるほど、お話ししたことはないのよ? そもそもお顔を合わせる機会なんてそうそうないし。紅薔薇様が素晴らしいお方だというのは、それこそ、私が勝手に思っているだけで」

「ですからどうして、あんな恐ろしげな方を、そこまでお慕いできるのか、私はとっても不思議、なんですけど」

「……ディアナ様って、そんなに怖い?」


前々から疑問に思っていたことを口にすると、マリカだけでなく、レイの口までぽかんと開いた。その反応こそ、シェイラには予想外だ。


「え? だって、確かに威厳には満ち溢れていらっしゃるけれど、牡丹様みたいに理不尽に他人を害することはなさらないし、むしろ『紅薔薇派』をまとめて、私みたいに立場の弱い側室を守ってくださるようなお方よ? 親切でお優しくて、誰かを守るために迷いなくご自分を犠牲になさる……そんな方を尊敬こそすれ、恐れる必要がどこにあるの?」

「ていうかソレ、どなたのお話ですか……」


マリカはどうやら、驚愕を通り越してあきれ果てているようだった。


「あたしの家はかろうじて貴族の端っこにぶら下がっているようなものですけど、そんな我が家にすら、『クレスター家』の悪名は聞こえてきましたよ。王国の悪を牛耳っている、裏社会の帝王、なんですよね?」

「彼らがまともな貴族でないことは確かでしょうね。貴族の中でも、悪事を働いて処罰された者たちは、かなりの割合でクレスター家と付き合いがあったようですし、知らずにいかがわしい世界と関わってしまった者が、そこでクレスター家の名前を聞いた、なんて話も多数あります」


侍女たちの発言には、分かっていても首を傾げてしまう。


「私も、そういう噂を聞いたことはあるけれど」

「噂ではありませんよ。調停局の記録に残されている、れっきとした事実です」

「レイさん、調停局の記録なんてよくご存じですね?」

「父が調停局で働いているのよ。そういうわけですからシェイラ様、あまり紅薔薇様には関わらぬ方が」


調停局とは、主に貴族同士の揉め事、争いを仲裁し、貴族の犯罪を取り締まる、外宮の中でも特殊な機関だ。調停局に記されているのであれば、その事実は疑いようがないというのが、貴族間での常識でもある。

シェイラもそれは知っていたが、どうしても納得がいかなかったので、素直に頷く気にはなれなかった。


「……ご実家がどうだとしても、それはディアナ様ご自身を判断する材料の一つでしかないわ。実際、私はディアナ様に助けて頂いたわけだし」

「その件は、陛下のご寵愛を受けているという噂のシェイラ様を『牡丹派』に盗られてしまわないように、動いただけと言われております」

「それは、ディアナ様ご自身が仰ったの?」

「……そこまでは存じ上げませんが」

「なら、その話が本当かどうかは、ディアナ様ご本人に確かめてみるまで分からないでしょう」

「まさか、紅薔薇様に直談判なさるおつもりですか!?」


レイの、マリカの心配は、分からなくもない。本当にディアナが噂通りの悪人なら、彼女のもとへ赴くのはみすみす毒牙にかかりにいくようなもの。国王ジュークに「好き」だと日々囁かれている自分は、ディアナに、いや、後宮にいる全ての側室にとって、面白くない存在だろうから。

けれど、シェイラは信じたかった。ディアナのことを――そして、ディアナの瞳に誠実さを感じた、自分自身を。

もう、噂や立場に惑わされて、己の心に蓋をして逃げて、後悔したくはなかったのだ。


「紅薔薇様が……ディアナ様が礼拝から戻られたら。ご挨拶申し上げようと思っているの。ちょうど、年迎えの夜会があるわ。あの場でなら、私からディアナ様にお言葉をかけても、不敬には当たらないし」

「お待ちください。そのように人目につく場所で紅薔薇様とお話などなさっては、しかもそこでシェイラ様がへり下られては、シェイラ様が紅薔薇様の支配下にあると誤解される恐れがございます」

「支配ではないわ、庇護下にあるのよ。それに、側室筆頭でいらっしゃるディアナ様に、末端の地位の私がへり下るのは当然のこと。むしろ、これほどまでに守られているのにお礼一つ申し上げていない、これまでの私を恥じるべきだわ」


いろいろあって、遅くはなったが……シェイラは今度こそ、真っ直ぐな気持ちで、ディアナと向き合えそうな気がしていた。

そんな彼女の決意を感じ取ったのか、レイとマリカはそれ以上食い下がることはせず、空になった皿を片付けようと動き出す。

まさにそのタイミングで、扉が鳴った。


「シェイラ様。少しよろしい?」

「リディル様?」


聞こえてきた声は、よく知っている人のもの。

シェイラが立ち上がると同時に、レイが扉を開く。末端の側室に与えられている部屋は、古くは後宮専属だった女官に与えられていたものであるため、続きの間なんて高尚なものは存在しない。ベッドと小さな化粧台、衣装ケース、テーブルと椅子一式があるだけの、こぢんまりした一室だ。

そのため、扉が開いてすぐ、シェイラは客人と顔を合わせることになった。


「おはようございます、シェイラ様」

「朝ごはんはお済みかしら?」

「リディル様、ナーシャ様……どうなさいました?」


扉の向こうにいたのは、シェイラと同時期に、同じように新興貴族の家からやって来た、リディル・アーネスト男爵令嬢と、ナーシャ・クロケット男爵令嬢だった。シェイラの『寵姫問題』が立ち上がった後も、変わらず仲良くしてくれる、稀有な存在でもある。


「あら、シェイラ様! まだお着替えがお済みでないの?」

「え? いつもの普段着ですが……」

「まぁ。まさかシェイラ様、今日から降臨祭(レ・アルメニ・アスート)だということをお忘れ?」


リディルとナーシャに代わる代わる話し掛けられ、シェイラとしては唖然とするしかない。

部屋の奥で、「そういえば、」とマリカが手を打った。


「今日から主日を除いた十日間、中庭で出店やってるって、あたしお話しし忘れてました?」

「……聞いてないわね」

「ご、ごめんなさい!」

「申し訳ございませんでした、シェイラ様」


マリカに続いてレイも頭を下げてくる。よくよく聞けば、各部屋付きの侍女は、主日初日の朝にそれぞれ担当の側室に、降臨祭の催しについて説明するよう、通達されていたらしい。

侍女の仕事に関して抜かりのないレイまでもが、その件についてすっぽ抜けていたということは、それだけ彼女たちにとって『紅薔薇様が正妃代理に収まった件』が衝撃だったのだろう。


「それじゃあシェイラ様、早くお支度をしてくださいな」

「まさか後宮で、降臨祭の出店を楽しめるとは思いませんでしたわ! もちろん王宮の中ですから、王都のものように賑やかにとはいかないでしょうけれど」

「お誘いはありがたいのですが……私のような者が顔を見せては、皆様ご不快でしょうから」


紅薔薇サロンでの一件、園遊会での叔父叔母の振る舞いを通じて、シェイラは軽く、人前に出ることがトラウマになっている。位の高い側室方とは、顔を合わせたくないのが正直な心境だ。

そんなシェイラの気持ちを察したのか、ナーシャが笑った。


「シェイラ様、そんなに構えることはありませんわ。どうせ、牡丹様やソフィア様のような『お嬢様』な方々は、それぞれのサロンで貴族の降臨祭を過ごされるでしょうから。中庭の出店は、私どものような庶民に近い側室のために、マグノム夫人が用意してくださったの。あの場に、シェイラ様を攻撃するような方はいらっしゃいませんよ」

「……そう、なのですか?」

「侍女のみんなの話では、中庭の話を聞いた『牡丹派』のご令嬢方は、鼻で笑っておしまいだったそうですからね。シェイラ様、最近気疲れすることも多かったし、お祭りくらいは楽しみましょうよ」


恐らくは園遊会をきっかけとして、後宮は大嵐となった。前女官長による不正発覚事件により、園遊会でのシェイラの『両親』の態度はすっかり霞み、側室たちの間で取り沙汰されることは免れたが、だからといって二人の行いが無かったことになるわけではない。

シェイラは謹慎の意味も兼ね、ここしばらく、堂々と廊下を歩くことは避けていた。数日に一度、レイとマリカの目を盗み、こそこそディーとの待ち合わせ場所に行ってみたくらいだ。

どうやら同じく末端の側室らしいディーにとって、後宮の嵐は完全に他人事らしく、たまに待ち合わせ場所に行くとディーの方がぼんやり佇んでいたりした。いつ見ても侍女のお仕着せを着ているのは、単に目立ちたくないから、らしい。


閑話休題、そんなわけで、公には引きこもっていたことになるシェイラを、リディルとナーシャは気遣ってくれたようだ。


「……そう、ですね。せっかくの降臨祭ですもの。楽しまなければ損、ですよね」

「そう来なくっちゃ!」

「レイ、マリカ、ちょっと出掛けてきますね」

「その前に、後宮内とはいえお祭りなんだから、ちょっとはおめかしなさいな」


勝手知ったるなんとやらで、リディルとナーシャが部屋に入り、衣装ケースからドレスを取り出す。


「これなんかどう?」


顔を見合わせ、少女たちは笑う。

――降臨祭が、始まった。







更新が遅くなりましたお詫びに、ちょっとしたプラスアルファをご用意しております。

詳しくは、活動報告をご覧くださいませ。


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