表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
73/237

閑話その17~従者たちの集い~


今回は第三者視点から、『闇』の皆さんプラスアルファでお送りします。


午前中にディアナの部屋を訪れた国王は、昼食を彼女と共にし、夕刻まで飽きることなく話し続けていた。明日の出発もあるとのことで、夕食までは居なかったが、これまでの二人からすれば信じられないほど、長い時間を過ごしていたことになる。

降臨祭の主日は、静かな心で神と向き合うと同時に、家族や友人など親しい人と穏やかにくつろぐことが模範とされている訳だが、期せずして暫定国王『夫妻』は、理想的な主日を過ごしたことになる。――もっとも、そう考えているのは国王だけで、『紅薔薇様』の方には、また違った考えがありそうだが。


国王が帰った後、ディアナは夕食も忘れて、侍女三人と話し込んでいた。内容は概ね、国王が彼女を『悪女』でないと気付いたこと、その上で協力を要請されたこと、これまで彼女が『紅薔薇』として行ってきた内容についての真意を尋ねられたこと、などだ。侍女たちは驚きつつ呆れつつ、けれど国王がディアナへの誤解を解き、もしかしたらこのまま味方になってくれるかもしれないという状況に、期待を隠せない様子だった。リタだけは、これで主の『見捨てられない人リスト』に国王陛下が加わったのではないかと、真っ当な心配をしていたが。

話を終え、少し遅めの夕食をつまみ、ディアナは早々に就寝した。明日の出発は早く、夜更かししては行列の迷惑になるからとのことらしい。想定外の襲撃で、結果的に迷惑をかけた分、ディアナはどうやら、今回はギリギリのところで妥協する方針を固めたようだ。


そして、主が寝入ったことを確認した侍女たちは、いつものように当番を組んで休憩に入り――。


「……ふむ、今代陛下が、ディアナ様が『悪女』ではないと気付かれた、と。間違いないのか、リタ?」

「ディアナ様のお話を伺った限りでは。それに、ディアナ様を悪人と思いながら、あれほどの長時間を二人きりで過ごされるのは無理があるかと。昼食の給仕をしたときも、特に険悪な雰囲気は感じられませんでしたし」


いつものようにリタは、休憩時間を利用し、シリウスと情報をやり取りしていた。

後宮にいるときは用心に用心を重ね、滅多に姿を見せることのないシリウスであるが、ここは旅先、しかも人の出入りも激しい一時拠点だ。更に、ディアナとはぐれて不安になりがちだったリタを気遣い、彼女と合流してからは、なるべく顔を見て話をするようにしていた。


「ディアナ様がはぐれられたときは、どうなることかと思ったが。こうしてみると、上手く回った、か? 陛下の意図が分からんから、何とも言えないが」

「実際にどんな言葉を交わされたのか、細かいところまでは分かりませんものね。ユーリさんとルリィさんは、これで陛下がお味方になってくだされば、と期待なさっていましたけれど」

「――……そう上手くいくかな?」


不意に、第三者の声がその場に響いた。声と同時に、それまではなかった人影が、二人の横に現れる。


「どうした、カイ。何か気になることでもあるのか?」

「ていうか、また盗み聞きですか」

「シリウスさんにはばれてたし、『盗み』聞きにはならないって。……まぁ、ちょっとクレスター家の人たちにも、知らせといた方が良いかなって思ってさ」


カイの言葉は、珍しく切れが悪かった。無言で先を促すシリウスとリタに、少し困ったように、彼は笑いかける。


「俺、今日はほとんどずっと、ディアナの部屋の近くにいたんだけど」

「早い話が、ディアナ様と陛下の話を大方把握している、ということでしょう?」

「想定の範囲内だな。お前がディアナ様を見ていてくれるから、我々も捜索に人手が割けて、なかなか助かっている」

「理解が早くて助かるよ。……もしかしてシリウスさん、俺からも話聞こうとしてた?」

「情報源は多い方が良いに決まっているだろう。当然のことを聞くな」


平然と答えるシリウス。常日頃から、「常識なにそれ食べ物ですか?」なクレスター家の面々と渡り合う『闇』の首領には、コレくらいの図太さは必需品なのである。

そんな彼にまた笑い、カイは話をひょいっと戻した。


「多分これは、シリウスさんもリタさんも、心配してることだと思うけど」

「――陛下がディアナ様の『本性』に気付かれたことが、必ずしもディアナ様にとって吉と出るとは限らない、ということか?」


シリウスの後ろで、リタが真剣な表情で頷いている。カイもこくりと首を縦に振った。


「クレスター家の人たちなら、やっぱりそう思うよね」

「ディアナ様は、ご自分の懐に入った人は、決して見捨てない方だもの。気にかけるべき存在が増えて、ディアナ様のご負担にはならないかと、話を伺ったときから思っていたわ」

「これまでも国王陛下のことは気にかけておられたが、それはあくまでも『王』としてどうか、という見方だったからな。彼自身――ジューク陛下を大切な存在と認識なさったら、相手が相手だけにとんでもないことになる」

「ディアナだもんね、当たり前の心配だと思うよ。……けど、話を聞いていた雰囲気では、まだそこまで王様と仲良くなった感じではなかったかな。空気は和らいでたけど、あくまでディアナは『紅薔薇』として振る舞っていたし」

「そこはあくまで、線を引かれた、ということか?」

「王様にうっかり素を見られちゃったのは確実みたいだけど、だからって素で接するつもりはなさそうだったかな。相手が相手だし、あの人の前では基本的に『紅薔薇』でいるつもりみたい」


シリウスとリタは顔を見合わせ、ホッと息を吐いた。一番の懸案事項が今のところ大丈夫そうだと知らされ、肩の力が自然と抜ける。


「――でも、王様の方はどうだか分かんないけど」


だが、続けて放たれたその一言に、二人の視線は自然と緊張した。カイの方を向くと、彼は表情をすっと消し、ただ瞳に、冷たく激しい炎をちらつかせている。


「……カイ?」

「どういう、意味だ?」

「俺、正直ディアナの方は、あんまり心配してないんだ。王様に堂々と、『とっとと後宮から出ていきたい』って宣言してたくらいだし」

「……あぁ、ディアナ様らしいな」


そこまで本音をぶちまけるとは意外ではあるが、根が正直なディアナなら、話の流れ次第ではそこまで言い切っても不思議はない。


「でも、王様はね。あの人本当に反省してるの? ってちょっと疑いたくなった」

「それは、どういうことでしょう?」


もともと国王に良い感情を持っていないリタが、カイの言葉に間髪なく食いつく。シリウスは難しい顔のまま、言葉の続きを待っている。


「悪いことをした、って自覚はあるみたいだけど。ディアナが自分のことを怒ってないって知った途端、自分の力になることを、まるで疑ってないように見えたんだよね、俺には」


――そのときのことを思い出し、カイは唇の端に、冷たい微笑みを浮かべた。


『これから俺は、過去の愚かな俺と、否が応でもぶつかるわけか』

『そこはホラ、陛下お一人でというわけではありませんし』


単なる励ましでしかなかったディアナの言葉。客観的に聞いても、『私が手伝います』という意味には捉えがたかったそれを、国王は実に都合よく解釈した。


『手伝って、くれるのか?』

『あれだけ、そなたには酷いことをした。正直、許してはもらえないと思っていた』

『俺とそなたも、今からをもう一度、始まりにさせてくれないか?』


ディアナでなければ、叫んでいただろう。――ふざけるな、と。

少なくともカイは、穏やかな気持ちではいられなかった。


「俺、あの王様がこれまでどんな風にディアナと接してきたのか、断片的にしか知らないけど。園遊会のときの八つ当たりは、直接見てた。……アレって一般的に、謝ってチャラになる程度のもの?」

「なるわけがないでしょう。あのときのことだけじゃないわ、ディアナ様はそれこそ、入宮初日から、それはひどい扱いを受けてきたのよ!」

「リタ、少し落ち着け」

「陛下が後宮に無関心であったことで、ディアナ様がどれ程苦労なさってきたか、シリウス様とてご存じでしょう」


ここぞとばかりに、リタは、これまでの輝かしき国王陛下の遍歴を語った。

――ディアナが後宮に入った日の夜に部屋を訪れたかと思えば、それは『悪の帝王』クレスター家からやって来た娘に釘を刺すためでしかなく、そのとき寝不足が極限だった彼を案じたディアナが一晩寝台を貸せば、翌朝は礼を言うどころか暴言を吐く始末。それ以降は初めて見つけた恋に夢中になり、後宮がどういう状況にあるかなど一切考えず(それはその前からだったが)、毎晩のようにシェイラの部屋に通う。更には王国中の貴族が集まる夜会の場でシェイラの手を握り……エトセトラ。


ふんふん聞きながら、どんどん笑みを増していくカイが怖い。


「……と、ここまでのことが、謝罪一つで許されると思う!?」

「思わないねー、全然、まぁったく、一欠片も思わない。そこまでのことしといて王様、あの態度だったんだ。へー」

「カイ……。まさかとは思うが、そのまま国王陛下の寝室に直行したりはしないだろうな」

「あはは、まさかー、そんなことしないよ。今あの人が死んだら、ディアナの苦労が倍増するじゃん。やるとしたら、ちゃんと死んだ後の段取り整えてからだって」

「そういう台詞を目が笑っていない笑顔で言うな」


シリウスは深々とため息をつく。普段は常に冷静なカイも、ことディアナの話になると、沸点ががくりと下がるらしい。クレスター家の人間は自分のことではまるで怒らないが、その分周囲の人間が怒る。

――先程から、カイの瞳に変わらず揺れている、冷徹な炎。それは混じり気なしの、怒りの感情だ。


「冗談はともかくさ。俺にはどうも、あの人が自分のしたことをきちんと分かっているか、怪しいなと思ったわけ。そもそも、王様が後宮なんてものを作ったのが、このばか騒ぎの発端なんでしょ?」

「実際に作ったのは、内務省を筆頭とした重臣たちらしいが」

「臣下がやったことでも、王様の名前で行われている計画な以上、定期的にそれがどんな風になっているか確かめるのは、ごく当然のことじゃない? 王様が後宮を放置せずに、ちゃんと真正面から向き合っていれば、ここまでひどい派閥争いには発展しなかったはずだよ」

「えぇ、まったくその通りです。カイ、あなたよく分かってるじゃない」


これまでカイのことを、自分の目を盗んでディアナに近づこうとする不届き者、くらいにしか認識していなかったリタだが、彼が心情的にも状況把握の仕方も自分に近く、徹底してディアナの側に立つ姿を見て、味方認定を出したようだ。表情が僅かながら明るくなる。

嬉しそうなリタにシリウスも苦笑しつつ、注意はカイの方に向けた。


「正論だが、正論だけで全てを図るな。少なくとも、陛下が『ディアナ様』に気付かれたということは、噂や見た目だけで人を判断せず、自分の目で見て、感じて、考えることを覚えられたという証だろう。過去の反省なら、これからいくらでもできる」

「その『反省』に、問答無用でディアナを巻き込もうとした態度が引っ掛かるんだってば。俺なら、いくら勘違いとはいえ散々酷いことした相手に、あぁもあっさり手のひら返して、あっさりすり寄れないけど」


ジュークが単に恥知らずなのか、それとも恥を忍んでなのか――あるいは無意識のうちに、『王』の傲慢さが顔を出したのか。

いずれにしても、彼がディアナをどう扱おうとしているかで、クレスター家の対応も自ずと変わってくるのだろう。


「そりゃさ、ディアナは王様を手伝うとは思うよ? だってあの子は『紅薔薇様』だし、彼の王様業が上手くいかないことには、ディアナの大切な人たちの幸せだって遠のくわけだし。けどさぁ、それって実は、ディアナが絶対やらなきゃいけないことってわけでもないよね?」

「まぁ、もともとクレスター家は内政外政関係なく、表立って関わることはしない、という家だからな。文書できちんと取り決めされているわけではないらしいが、長年の慣習でそうなっている。今回のディアナ様入宮は、経緯(いきさつ)上その『慣習』を盾に取ることが難しく、避けられなかったのだが」

「だったら尚更、ディアナに負担かかってる今の状況って、クレスター家としても良くないんじゃないの?」

「ディアナ様が本気で『もう嫌だ』と仰ったら、デュアリス様はいつでも引き上げさせると思うぞ? デュアリス様が動かれないのは、ディアナ様がご自分の意思で、後宮に留まっていらっしゃるからだ」

「娘の意思優先、ってワケか。ご当主さまらしいね」


デュアリスは、子どもたちが『やりたい』と言ったことを、昔から止めたことがない。したいことをさせ、その後始末も自分でさせるという、甘いんだか厳しいんだか分からない教育方針を貫いている。


「王様が、ディアナを何だと思ってるのか、実際のところは本人しか分からないことなんだけど。話を聞いた俺としては、あの人がディアナの便利さに味をしめて依存しないか、それがものすごーく、心配なわけ」

「ディアナ様ほど有能で、ご自分の立場を十二分に理解しつつも地位を欲していなくて、しかも王の『寵姫』に好意的な側室筆頭なんて、おそらくこの先、手に入らないでしょうからね」

「ふむ。確かに……王にとっては、都合が良すぎる、か。協力関係であれるならば良いが、ディアナ様が一方的に頼られるだけにならぬよう、注意しなければならないな」


王が、弱いだけの人間だとは、シリウスもカイも、おそらくはリタも、思っていない。本当に弱いだけの人間は、自らの弱さに立ち向かおうとはしない。

けれど、それでもやはり、人は弱い生き物なのだ。楽に流され、自分自身の心すら、ちょっとしたことで見失ってしまう。

ディアナが『味方』になったことで、王が己の過ちをディアナに被せ、使って使って使い潰さない保証など、何処にもないのだ。


「――難しいな。陛下の変化が、吉と出るか、凶と出るか」

「『凶』にさせないように、俺もできるだけ、立ち回ろうとは思うけど。今はまだ俺の存在は、王様側には知られない方が良いと思うから、あんまり派手なことはできないし」

「そうだな。少なくとも国王陛下を見極められるまでは、お前はあちら側とは関わるな。せいぜい覗き見程度に留めておけ」

「うん、そうする」


『闇』の首領と隠密少年の打ち合わせに、リタが少し、首を傾げた。


「……アルフォード様には、どうします?」

「……って、俺のこと?」

「えぇ、まぁ」


カイはシリウスと、再び顔を見合わせた。


「あの人ねー、難しいんだよね、立場が」

「立ち位置だけを言うなら、完全に陛下側なのだが。我々のことも、ある程度は把握していらっしゃるからな」


現在外宮で、クレスター家の『闇』が後宮に常駐していることを知っているのは、アルフォードを含め片手の指で足りるほどの人間だけだ。クレスター家を知り、余程親しくなければ、『闇』のことは明かせない。

――だが。


「ううん、リタさん。まだ言わないでおこう」

「彼は信用できませんか?」

「そうじゃなくて、やっぱり立場の問題。アルフォードさんは今のところ、ただ一人の絶対的な王様の味方だから。クレスター家の人のことなら黙っていられても、俺は完全な不法侵入者だもん。秘密にさせるのは可哀想だよ」


アルフォードは、国王陛下を裏切れない。それは彼が国王の近衛騎士団長だからではなく、彼自身が王を大切に思い、臣下として王の支えになりたいと、心の底から思っているからだ。

今でさえ、クレスター家と王との間で、居心地の悪い思いをしているだろう彼に、これ以上の隠し事は背負わせるべきではない。


「……驚きました。よく、見ているのね」

「アルフォードさんのこと?」

「だけではないけれど。……そうね、分かりました。アルフォード様にあなたのことは、もうしばらく黙っておくわ」

「うん、ありがとうリタさん」


リタの言葉は遠回しに、しばらく途絶えていたアルフォードとの情報交換が再開されることを示しており、カイもそれには気づいたが、彼はそこには触れなかった。軽いノリで場を引っ掻き回すことも多いカイは、だからこそ茶々を入れてはいけない空気くらい読める。


「――さて、私はそろそろ交代の時間だな」

「帰りは『闇』も増えるのですよね?」

「当然だ。あのようなことが二度も起きてはたまらない」


襲撃事件が起きてすぐ、各地に伝令を飛ばし、一家の残りの視察の行程を調整し直してディアナの護衛に十分な人数を割いたシリウスは、さすが非常事態にも慣れている。


「ではな、リタ。ゆっくり休め」

「そうだね、ディアナには俺がついとくからさ」


類い稀なる慧眼の持ち主たちには、リタが実はこの二日間、ほとんど一睡もしていないことなど、お見通しなのであった。





ここで外出組はしばらくお休み。

次回より、後宮居残り組のターンに入ります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ