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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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閑話その13~団長の本気~

王宮の行列を震撼させた襲撃事件は、国王の乗る馬車が襲撃を受けたことから始まった。

先頭を走っていた騎士の馬二頭が、突然足並みを乱して左右に揺らいだのだ。


「どうした?」

「今、目の前が何かを……?」


騎士たちの顔に警戒が浮かぶのとほぼ同時に、両側の森からぱらぱら矢が降ってくる。浮き足立ちかけた列を、アルフォードは一喝した。


「落ち着け! 敵の撃ち方はてんでなってない、充分に防げる。陛下を第一にお守りせよ!」


アルフォードの声が響き、列の歩みは完全に止まった。騎士たちが馬から降りると、待ち構えていたように、森からわらわら、剣を持った男たちが飛び出してくる。


「応戦!」


アルフォードの掛け声で、場の空気が引き締まった。

彼らは騎士だ。王を守り、国を守るため、日々厳しい訓練を積んでいる。この国の中で最も闘いに精通した軍人であり、そうであることに誇りを持っている。

こんな、どこの馬の骨とも分からぬ者共に、遅れを取るわけにはいかない――。


一致団結した騎士団の動きは素晴らしかった。今年は例年に比べ、格段に護衛の数は少ないが(つい先頃の騒ぎを鑑みれば仕方のないことだ)、その分腕利きを集めてある。

その中でも、王の近衛騎士団長である、アルフォードの闘いぶりは凄まじいものがあった。大柄な身体で、通常のものよりも長い剣を振るい、敵を効果的に戦闘不能へと追いやっていく。普通長剣使いは、剣を振り上げた時や降り下ろした瞬間に隙が出来るものなのに、彼には全くそれがない。一度など、一人を倒したまさにそのときを狙って斬りかかってきた敵を、さもあっさりと蹴り飛ばして悶絶させていた。……全身を使って闘う長剣使いなど、そうそういない。

この場にいる誰も知らないことだが、アルフォードのこういった闘い方は、ほとんどどこぞの見た目詐欺師に鍛えられたものだった。あの優男風戦闘超人は、こちらがちらとでも隙を見せたら、遠慮容赦の欠片もなく懐まで飛び込んでくる。そして奴の間合いに入り込まれてしまったら、アルフォードに勝ち目はなかった。エドワードと手合わせするうちに、アルフォードは自然と隙を見せない闘い方を覚え、自分の有利な間合いを保つことを覚え――使えるものは足だろうが手だろうが頭だろうが何でも使う、ちょっと剣士としては間違っているかもしれない戦闘方法を確立していったのだ。


襲ってきた者たちは、弓矢の腕もそうだったが、数だけ立派な素人集団だった。一応それなりに剣を持ったことはあるらしいが、それだけだ。王国随一の剣闘集団にかかれば、掃討はあっという間だった。

襲ってきた男は、ある者は逃げ出し、ある者は捕らえられ、最後まで締まりのない姿を見せていた。『ならず者』共を縛り上げながら、騎士たちは勝利に頬を上気させていたが――。


(何かが、おかしい)


アルフォードは、妙な違和感を感じていた。仮にも国王の馬車を、こんな素人が襲うか? 百歩譲ってただの貴族の馬車だと思ったとしても、こんな覇気のない、適当さ溢れる襲撃など、見たことがない。


「アルフォード。片付いたのか?」

「あ……。はい、陛下」


馬車の窓から、ジュークが顔を出している。外が突然緊迫したことに驚きはしたようだが、慌てふためきはしていない。


「一体何が目的だったのだ?」

「どうにも、それがよく分かりません。とにかく、捕らえた者から話を聞いて――」


アルフォードの言葉が途中で切れる。未だ警戒を解いていなかった彼は、背後から聞こえてきた複数の蹄の音を、敏感に捉えていた。


「アルフォード?」

「陛下、少々お待ちを」


言っている間に、蹄の音は大きくなり――。


「ご無事ですか、陛下!」


角を曲がった先から見えた姿は、ディアナにつけていた王宮近衛の騎士たちだ。アルフォードはジュークと揃って、目を丸くする。


「そなた、何故ここに? 紅薔薇はどうした」

「陛下が襲撃を受けたとの連絡を受けまして、紅薔薇様が我らに、陛下をお守りするようにと」


王宮近衛騎士の、その言葉を聞いた瞬間、アルフォードの背筋がぞっと冷えた。


――まるで統率のない、目的の分からない襲撃者たち。

王の馬車を襲った、こちらの方が『囮』だったとしたら……!


「戻れ!」


呑気に襲撃者捕縛を手伝いだした王宮近衛騎士たちに、気がついたら叫んでいた。国王近衛の団長が発した、悲鳴にも近い怒声に、近くにいた何人かがびくりとなる。


「聞こえなかったのか、すぐ戻れ! いや、お前たちだけじゃ足りない、俺も行く。こっちにいる半数も、俺と一緒に来い!!」

「お、おい、アルフォード、まさか……!」


青ざめたジュークの顔を見れば、彼がアルフォードと同じ結論に達したことは分かった。自分の馬を引き寄せながら、アルフォードは頷く。


「可能性としては、極めて高いかと」

「ここは良い、すぐに行け! 何をしているお前たち、団長の指示に従え!」


国王陛下の一喝である。訳が分からないながら、彼の言葉は絶対だ。

既に馬に乗って走り出していた団長を追いかけるように、いくつもの騎馬が続いた。




今回行列はいつもより短いものの、それでも後方にいるディアナの馬車は遠い。曲がりくねった森の中では、馬もそう早くは走れず、これなら自分で走った方が早かったかとアルフォードが後悔し始めた頃、予想はしても現実になることは断じて認められなかった光景が、しかし紛れもない現実として、彼の瞳に映し出された。

女性用の小振りな、しかし優美な馬車を襲う、数名の影――。


「――――っ!!」


怒りは声にならなかった。騎乗のまま猛然と突っ込み、一人に斬りかかる。相手は咄嗟に防御したが、アルフォードの勢いに敵うはずもなく、そのまま吹っ飛ばされる。

その動きだけで、分かった。――やはり、こちらが本隊だと。


その証拠に、アルフォードの姿を見た瞬間、男たちは身を翻して、森へと姿を消していた。アルフォードは後ろから追いついてきた部下たちに、振り返らないまま言い放つ。


「追え。――逃がすな」


地の底から響くような迫力を有しているのに、決して荒げることのないその声は、その分アルフォードの怒りを十二分に部下たちに伝えた。若いながらも優秀で、どんなときでも自分たちに気遣いを忘れない団長が、今本気で怒っている。

アルフォードも優秀だが、彼の部下も優秀だ。即座に馬から降りて、戻ってきた王宮近衛たちにも声を掛けて、二手に分かれ森の奥へと消えていく。


「その男を捕らえておいてくれ」


馬車の周囲で呆然と立ち尽くしている後宮近衛の女性たちに、アルフォードは静かに言った。彼の言葉で我に返った彼女たちは、ぎくしゃくとではあったが動き出す。


――ここで、アルフォードはやっと、向き合うべき相手と向き合うことができた。


「……リタ」


侍女姿でありながら黒曜石の輝きを持つ武器を両手に持ち、ここではないどこかを見つめていた彼女は、アルフォードの声にびくりと肩を震わせた。力なく項垂れたその背中を見るだけで――状況が、最悪であることが分かる。


「……よく、持ちこたえてくれた」


掛けるべき言葉が見つからない。探しに探して、ようやくその言葉を捻り出した。

途端、リタの肩がわなわな震え出す。


「もちこたえた……? 誰が、どう、持ちこたえたんですか。こんな――こんな、ことになって、」

「リタ」

「早く、探さないと。ディアナ様は、この土地には不慣れなのに」

「リタ、落ち着け」

「ディアナ様、今行きますから。待っていてください、すぐ助けに」


リタの瞳は、完全に生気を欠いている。彼女が眺めているのは、冬にも緑を絶やさない、針葉樹の支配する森。

……まさか、ディアナが森に。アルフォードがぞっとしたのと、リタがふらふら歩み出したのは同時だった。反射的にアルフォードは、彼女の腕を掴む。


「リタ! 彼女が森に入ってから、既にどれだけ経った? 五分か、十分か? それだけ彼女を自由にしたら、俺たちが見つけることは不可能だ!」

「離して……ください。私は、行かないと」

「お前は、彼女ほど、森に慣れていないだろう。下手に動いたら、お前が遭難する!」

「じゃあ、このまま放っておけと言うんですか!」


滅多に声を荒げないリタが、切り裂くような悲鳴を上げた。


「私の……私のせいなのに。私の力が及ばないばかりに、ディアナ様を行かせてしまった。なのに、何もするなと言うの!?」

「そんなことは言っていない、すぐに捜索隊を出す。だけどリタ、彼女が……『ディアナ・クレスター』が森で本気を出したら、お前一人じゃ見つけられない。そんなこと、俺に言われるまでもなく、分かってるだろ」

「知らない、そんなこと! ディアナ様、ディアナ様、ディアナさま――……」


悲痛な声で、リタはディアナを呼び続ける。力を失った彼女の手から刃が落ち、カランと力ない音を立てた。

リタの絶望が、触れた腕を通じて、アルフォードに流れ込んでくる。リタにとってディアナは生きる意味そのもの、生涯唯一の主だと知っているからこそ、守りきれなかった絶望は深い。

……以前は、その気持ちの本当の意味を、きちんと理解してはいなかった。何も知らないまま、ただ分かったような気になっていた。

けれど――今は。ジュークという、命に代えても守りたい『主』ができたアルフォードには、今のリタの絶望は我がことのように痛い。もしも、自らの力不足ゆえにジュークを守りきれず、目の前で喪うなんてことになったら……自分も、正気でいられる自信はないから。


「リタ――、ディアナ嬢は、無事だ」


そっと腕を引き寄せ、耳元でリタにだけ聞こえるように、アルフォードは囁いた。泣くこともできず、震えていたリタは、囁かれた言葉に顔を上げる。


「ディアナ嬢は、自分で森の中に入ったんだろう? なら、必ず生きている。お前でも森の中のディアナ嬢を捕まえられないのに、あんな奴らに捕まると思うか?」


言葉を紡ぐにつれ、リタの体温が戻ってくるのが分かる。アルフォードは、見えないように微笑んで――。


「……それに、ここで死んだらお前が独りになるって分かっている状況で、あの子が死ぬわけがない」


彼にとっての真理を、そっと落とした。


リタの震えが止まる。身体に、呼吸に、――瞳に、力が戻ってくる。

アルフォードは気付かれないように、腕と、身体を離した。


「――……そう、ですね」

「あぁ、絶対だ。……ところで侍女殿、ここで何があったのか、詳しい話を聞かせて頂いても?」

「――もちろんです、スウォン団長様」


落ち着いたリタから改めて状況を聞いたアルフォードは、内心怒りに震えながらも、表面上はあくまでも冷静に、事態を速やかに解決させるべく、采配を振るった。


(――よりによってリタを囮にディアナ嬢を外に誘い出し、殺害しようとしただと?)


敵の狙いを敏感に察した彼女は、仲間たちを守るため、自ら馬車から離れ囮となったのだ。アルフォードが到着したのは、そのすぐ後だったらしい。

リタは自分を責めていたが、己を責めたいのはアルフォードも同じだ。せめて、あと数十秒、敵の狙いに早く気付けていたら。ディアナが逃げ出す前に、リタが敵に狙われる前に、助けに入れたかもしれないのに。


敵に狙われた森の中にいつまでも留まるのは、危険極まりない。アルフォードは、護衛に必要な最低限の人数だけを行列につけて先に進ませ(ジュークは反対したが、『安全な場所に捜索隊の拠点を作る必要があります』と言い含めて送り出した)、この土地の治安警備隊に連絡、捕らえた者たちの拘束と取り調べを頼み(もちろん部下を見張りにつけてだ)、騎士たちを再編成して『紅薔薇』捜索に乗り出した。


――ディアナ嬢、無事でいてくれよ。


そろそろ日も傾きかけてきた旅行四日目。

誰もにとって、最も長い夜の、始まりだった。



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