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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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冬の訪れ

今回より、新章スタートです!


書籍発売にギリギリ間に合った……!



後宮に巻き起こった嵐を、斜め上から高みの見物をしているその間に、季節は一気に冬へと加速していった。吹く風には木枯らしが混じり、朝夕には稀に、雪がちらつく。雪が本降りになるのは年明け以降だろうが、暖かさを求める人間にとっては、我慢の季節の始まりだ。


マリス前女官長が罷免され、後宮に勤める者たちに対し徹底的な調査と処分が下ったのとは対照的に、外宮にはほとんど変化が見られなかった、らしい。教えてくれたのは実家とクリス、そしてどこぞの自由な二重隠密だ。


『宝冠の件は伏せられるみたいだね。買った奴は裏から圧力かけられて、『自発的に』領地と職を返上したんだって』

『女官長さんと繋がってた人たちも、色々面白いことになってるよー。病気になったり領地運営に目覚めたり。あ、内務省の副大臣さん? が、持病を理由に職を辞したって言ってた』

『辞めさせられた女官さんの実家の中には、王様に直談判しに行って、すごすご引き下がったトコも、まぁ結構あったらしいね』


……以上、全て二重隠密談。

そろそろ真面目に、二重隠密の定義を考え直さなければならない。彼がくれる情報は、ここのところ『牡丹』側に留まらず、それどころか王宮内にも留まらない。こんなに都合のいい『二重隠密』がいて良いものかと、ちょっと悩む。

彼が何を考えて、『職務外』の仕事を積極的にしてくれているのか。ディアナは最近、考えることが多くなっていた。


「……ディアナ様? 聞いていらっしゃいますか?」

「あ……ごめんなさい、マグノム夫人。何の話だったかしら」


話の途中で思考を飛ばしていたディアナに、真面目で有能な新女官長、マグノム夫人が呆れの色を含んだ目を向けてくる。破天荒な家で育ったディアナは、夫人のような礼儀と常識を重んじる人に弱い。素直に頭を下げた。


「……ごめんなさい」

「考えごとは結構ですが、お話はきちんと理解してくださらなくては困ります」

「気をつけます。……それで?」

降臨祭(レ・アルメニ・アースト)の件です」


ディアナはこてんと首を傾けた。降臨祭のことならば。


「祭りの準備なら、マグノム夫人が万事抜かりなく、進めてくださっているのでしょう?」

「内宮に関しては、もちろん私の領分ですから、準備を進めております」


過去に女官として勤め、王宮のイロハについて熟知しているマグノム夫人だからこそ、この戦争のような慌ただしさを取り仕切ることが出来ているのだと、ディアナは本気で尊敬している。


降臨祭――レ・アルメニ・アースト。

神々の世界からこの世界に降り立ち、光をもたらし、知を授けて、人が生きる礎を築いたと語り伝えられている、全知全能の光の神、アメノス。彼の神が地上に降りた日に感謝し、祈りを捧げる祭り。それが降臨祭だ。

エルグランド王国は、あまり宗教色が強くない。一応主となる神様はアメノス神だが、豊穣を祈るときはリィアという神様が出てくるし、女の子が綺麗になりたいときは、フロディ神にお願いする。お願いしたい内容毎に、ご利益のある神様が違うのだ。実に大雑把かつ、適当な宗教感である。

ただ、その中でもアメノス神は、いつでもどこでも見守ってくれて、困ったときは支えになってくれる『光』という立場で、存在感が強い。各地の神殿でも、アメノス神は主神として祀られている。

そんな神様が降り立った日――として、年が変わる最後の月(一般的に『森月』とよばれている)の二十五日を『主日』とし、その前後の二十日から二十九日を祝祭期間と位置付けて、各地で色々な催しが開かれるのだ。具体的には、家や室内を飾り付けたり、特別な料理を作ったり、広場が連日出店で一杯になったり。農繁期も終わり、一年の締めくくりということもあって、毎年この時期は国中がお祭り騒ぎだ。


この騒ぎが唯一沈静化するのが、意外にも『主日』である二十五日。この日は祭りも騒ぎもお休みで、人々は朝から最寄りの神殿に赴き、アメノス神に祈りを捧げる。家族でゆったりと過ごして、お互いに贈り物を交換し合って、幸せな心地で一日を終えるのが、理想的な『主日』の過ごし方とされている。

あまり宗教を重視しないこの国の、ほとんど唯一と言っても良い『信仰日』かもしれない。普段は神殿など見向きもしない人でも、この『主日』だけはごく自然に神殿の門をくぐる。それが、降臨祭の謎なところだ。


貴族たちももちろん、この行事に参加する。

とはいえ、民に混じって出店を見て回ったりは(一部の変わり者たちを除いて)しない。貴族たちの降臨祭は、基本的に『昼も夜もどんちゃん騒ぎ』だ。夜はきちんと寝ている民より、ある意味タチが悪い。

この時期、貴族たちは各々の屋敷で、一日中宴をしている。仲の良い友人の家を次々巡っては気が済むまで楽しんで、限界が来たら眠る。大貴族の屋敷になると、家族全員が別々の家に出掛けているのに宴は続行されており、見知らぬ他人同士がメインルームでどんちゃんしている、なんてよく分からない事態になったりする。

そして、やっぱりここでも謎の『主日』効果で、二十五日は大人しい。王都の貴族たちが住まう区画にも、独立した神殿が建てられており、彼らは二十五日になるとそこで神妙に祈るのである。


――ちなみに、これら一連の騒ぎに、クレスター家は不参加だ。本当に仲の良い友人を尋ねたりしたら双方可哀想なことになるし(『社交』と違い降臨祭の宴は、あくまでも心を許せる友人たちと楽しむもの、とされているため)、『悪の帝王』と積極的に仲良くしたい人たちは、自分たちから拒否したい。徹底して不参加を貫くことが、結局一番波風立たないからだ。

そして、この空いた期間にクレスター家一同は密かに各地の領地へ飛び、お祭り騒ぎが高じて問題が起こらないか見て回っている。……という名目で、民の祭りに混じって楽しんでいる。二十五日だけは本拠地であるクレスター地帯の屋敷に戻って、やっぱり近所の神殿に行ってお祈りだ。年末最後の日、森月三十日には、王宮にて貴族全員参加の夜会(年が明けた新年、星月の一日まで続く)が行われるため、それに間に合うよう各々王都に戻る。これが、クレスター家の『降臨祭の過ごしかた』だ。


――つまりズバリ言ってしまうと、ディアナは一般的な貴族の降臨祭について、非常に希薄な知識しか、持っていないのである。


「降臨祭で王宮がすることって、そんなに大変だった?」

「降臨祭のみについて申し上げれば、大したことはございません。精々、宮殿の飾り付けと、王族の方々のお世話、特別な献立を用意するくらいで、最中の十日間はむしろ暇なくらいです。勤めている者も、この時期交代で休暇を頂きますし」

「あ……でも、今年は後宮があるから」

「それ以前に今年は、その後の年迎えの夜会の準備が、まるで終わっておりませんので。働いている者たちには、休暇を与えられるのは年が明けてからになると、もう伝えてあります」


流石、実にもの馴れた采配である。ディアナの付け焼き刃『紅薔薇様』など、足元にも及ばない。


ディアナがマグノム夫人に惜しみない称賛を送っている理由もここにある。彼女が女官長を正式に拝命したその時点で、年末まで半月強。ここから人心を掌握して降臨祭と年迎えの夜会(日付を見れば察してもらえるだろうが、この二つの行事は連続している)の準備を終えることなど、普通は不可能だ。

マグノム夫人は、この難局に眉ひとつ動かさず対処した。ただでさえ大勢が処分され、人手が足りない中で、どんな手を使ったのか彼女は驚くほどの速さで準備を整えていき、今では後宮全体が美しく飾り付けられて、きらきら光り輝いているように見える。


「降臨祭の用意は間に合いましたが、何分人手と時間が足りず、夜会に関係する諸々までは手が回らなかったのです」

「それは……仕方ないと思うわ。けれど、大丈夫? 今年は後宮がある分、あなたたちが準備に取れる時間が少ないでしょう」

「ご心配なく。降臨祭中の当番は既に組み終えてございますので、十日もあれば間に合います」

「なら、良かったわ」


必要ならば、国王陛下に側室の一時帰宅を要請しなければならないのではないかとまで、危ぶんでいたディアナである。彼女たちとて、特にすることもないまま降臨祭を過ごすのは寂しかろう。


「……てことは、後宮での降臨祭行事は、主日の礼拝以外特になし?」

「今日は、そのことも含めて、お話に上がりました」


何事にも隙のない新女官長は、一つ頷くと、改めて口を開く。


「降臨祭の期間、後宮のサロンや茶室に軽食や菓子などを用意し、側室方が思い思いに楽しめるよう、取り計らう所存にございます。東の中庭には、王都の商人たちを招き、小さいながらも市の雰囲気を楽しんで頂ければと」

「なるほど、素敵ね」


現後宮には、昔ながらの風習を重んじる貴族の娘も、庶民に近い感覚を持つ娘も、両方暮らしている。そのどちらもが祭りを楽しめるようにとの、マグノム夫人の心遣いだろう。

ディアナは微笑んで頷いた。


「わたくしはそれで異論ないわ。そのまま進めて頂戴」

「かしこまりました。――それから、『紅薔薇様』」


夫人の声音が、はっきりと変わった。そもそも彼女は、滅多なことでディアナを『紅薔薇』とは呼ばない。

嫌な予感がする――とディアナが腰を引きかけたのと同時に、果たして彼女は放った。


「降臨祭ですが、『紅薔薇様』には陛下と共にミスト神殿まで赴き、儀式に参加して頂きます」


……超特大の、爆弾を。


正気に戻ったのは、ディアナよりも、これまで後ろに慎ましく控えて話に耳を傾けていたリタの方が早かった。思わず、といった風情で身を乗り出す。


「どういうことですか? 何故ディアナ様が、陛下とそのようなことをする必要があるのです?」

「……まさかとは思いますが、ディアナ様もリタも、降臨祭における王家の役割を知らないのですか?」


リタと、頑張って現実に戻ってきたディアナは、お互いの目を見交わす。言葉を交わすまでもなく、その視線のやり取りだけで、相手が知らないことは分かった。


「……不勉強で申し訳ありません」


暗に教えてほしいと促すと、勘の良いマグノム夫人は、困ったように苦笑した。


「前提としてお尋ねしますが、この国の王家がアメノス神よりこの土地を託され、国を作った英雄の子孫だという伝説は、ご存知でしょうか?」

「流石にそれは知っています」


よくある神話だ。もちろんディアナは信じていない。昔々の王家が国を纏めるために、自分たちは神様からこの土地を授かった、選ばれた人間なのだと豪語して、箔をつけたかっただけだろうと踏んでいる。


「つまり、エルグランド王家は、アメノス神とは切っても切れない間柄だということです。故に、彼の神を讃える降臨祭の主日には、王自らが主神殿であるミスト神殿まで足を運んで礼拝することが、通例なのです」

「わざわざミストまで出向いて……というか、アルメニア教の主神殿がミスト神殿だって、わたくし今、初めて知ったわ」

「……それは、一般常識として、知っておいて頂きとうございました」


見た目冷酷悪女なディアナは、自身を守りつつ攻撃もできるよう、広く浅く、様々な知識を吸収するよう、日々心がけている。が、何事にも例外は存在するもので。

ディアナが唯一敬遠しているのが、宗教関連なのである。理由は簡単、神様に祈ったところで現実は変わらない、変えたければ自分が動くしかないと、徹底した現実主義がこれまでのディアナを形作ってきたからだ。

ちなみにこれはディアナだけでなく、クレスター家全体に見られる傾向である。『悪人顔』に生まれつき、本人の意思とは関係なく誤解される宿命を背負った彼らは、基本的に超現実主義(リアリズム)の中で生きている。故に、神様に祈ることも――それこそ年に一度の主日を除き、ない。


あっけらかんとしたディアナにため息をつきそうになったマグノム夫人ではあったが、彼女とて、もとクレスター家フィオネと長年親交を深めてきた人物だ。一般常識はこの一家には通じないときっぱり割り切っているらしく、説明の続きを口にする。


「降臨祭初日の森月二十日に、王家の一行はミスト神殿へと向かい、五日間をかけて王国を北上します。二十四日に目的地に到着した後は、礼拝のために心身を浄め、翌二十五日にアメノス神を祀る儀式を行い、二十六日から再び王宮に戻る行程に入ります」

「……もしかして、降臨祭の十日間、国王陛下はほとんど馬車の中?」

「左様でございます。往路はまだ余裕がございますので、各地の祭りを見物なさったりもするようですが」


とはいえ、国王陛下が民に混じって祭りに参加するわけにもいくまい。毎年行われる盛大な祭りは、まさかの王様不在だった。


「王様するのも大変ね……」

「他人事ではございませんよ。今年はディアナ様も、それに随行なさるのですから」


逃げようとしていた現実が、より直接的な言葉で戻ってきた。今度こそ、ディアナは叫ぶ。


「だから、何故わたくしが!? これは、国王陛下の責務でしょう?」

「私は一度も、『陛下のみ』とは申し上げておりません。『王家の』とお話ししたはずです」


これまでの会話を思い返す。……確かに、マグノム夫人はそう言っていた。

――だが。


「わたくしは、正式な王家の人間じゃないわ!」

「ですが、『紅薔薇様』です」


返ってきたのは、近頃忘れていた事実。言い返そうとして、しかし反論の言葉が見つからず、結局ディアナは黙り込んだ。


「正妃様ではないにしろ、後宮に『紅薔薇様』がいらっしゃる現状で、陛下お一人に参拝頂くわけにも参りません。降臨祭は、アメノス神に感謝すると同時に、日頃側にいてくれる家族や友人と心を交わすという意味合いも込められているのですから」

「……肝心の陛下は、どうお考えなの。わたくしと心を交わしたいと思っていらっしゃるとは、とても思えないけれど」

「正妃代理として『紅薔薇様』に随行頂いて良いか、という内務省の問い掛けに、否とは仰いませんでしたから。ご了承なさったものと思われます」


……そこは是非とも以前のように、『何故私が『紅薔薇』などと!』と撥ね付けて欲しかった。国王陛下が異議を唱えていないのに、一側室たるディアナが拒否するわけにもいかないではないか。


完全に反論できなくなったディアナを見て、マグノム夫人は、彼女が納得したと判断したらしい。正式な礼を取り、無情に告げた。


「出発は、明後日の午前中です。旅の用意を、お願い致します」


――人生最大に厄介な降臨祭になりそうな予感を、ひしひしと覚えるディアナであった。




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