一件落着の裏側で
本日より、書籍化記念お祭り更新を行います!
トップバッターは、代わり映えなく本編で(笑)
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時は、少し巻き戻る。
ディアナたち後宮組が、髪を振り乱して駆け回っていた園遊会前日の夜。
王都の中でも平民たちが住まうその一画に、ごく普通の民家よりはほんの少し大きく、造りも他とは少し違う建物がひっそりと建っていた。表の扉には、『キーセンの鍵屋』の看板が揺れている。真夜中ということもあり、当然店は『Closed』だ。
一階も二階もしんと静まり返っていたが、実はその更に下、関係者以外立ち入り禁止の地下室で、三人の男が額を寄せあって唸り声を上げていたのである。
「今月も厳しいなー」
「新しい鍵の開発は、この分じゃ当分先か」
「そんな悠長なこと言ってられないだろ。窃盗犯の腕も、年々上がってきてるんだから」
「けど、今考案中のアレを試作するとなると、かなりの予算が必要になるぜ?」
図面と帳簿を交互に睨みつけている長兄ハンスの肩を、末っ子のロナルドがぽんぽん叩く。金庫番の次男、ジョンが苦笑した。
「諦めろよハンス。飛び入りの『裏』の仕事が入ってこない限り、試作は後回しだ」
「――『裏』の仕事、ね。多分明日辺り、入ってくると思うぜ?」
地下で唸っていた男たち――キーセン三兄弟は、突如頭上から響いた第三者の声に、一瞬警戒して身構えた。が、すぐに、そこにいるのがよく知っている人物だと気づく。
「エドワード様。どこから入って来たんです?」
「そこの天窓、留め具が緩くなってるぞ? 鍵屋なんだから、自分家の防犯くらいしっかりやっとけよ」
そう言いつつ、侵入者エドワードはひょいっと、三兄弟の側に降り立った。
「ほー、これが新しい鍵の設計図か。面白いな、ウチのも作って貰おうか」
「ウチは貴族の鍵の注文は受け付けてませんよ。ご存知でしょうに」
「融通利かせろよなぁ」
笑うエドワードに、三兄弟の視線がざくざく刺さる。代表でハンスが口を開いた。
「それで、エドワード様。明日入ってくる『裏』の依頼とは?」
その話をしに来たのでしょう? と目で雄弁に促され、エドワードは軽く笑った。
「お前らが相変わらずで何よりだ。――明日の午後、ここに『鍵開け』を依頼しに来る者が、高確率で現れる」
「その依頼内容は?」
「とある屋敷に忍び込んで、『コレ』の本物を盗み出して来い、ってトコロだろうな」
そう言って、エドワードが懐から取り出したのは。
――きらきら輝く、本物そっくりの宝冠の模造品だった。
『キーセンの鍵屋』が、三代続く王都の鍵屋だという話は、嘘ではない。
ただ彼らは、王都に店を構える遥か前から、『鍵開け師』として特権階級の依頼を受けてきた、正真正銘『裏』の世界に属する一族の末裔なのである。
『鍵開け師のキーセン一族』――彼らが放浪しながら仕事を受けていた昔も、拠点を持つようになった今も、変わらず裏の世界では、侵入と盗掘の玄人として、その名は広く知られている。
『キーセンの鍵屋』に鍵を注文する貴族はいない。創業以来『お貴族様お断り』の方針を貫き、どれ程金銭を積んでも、彼らは貴族に鍵を作らないからだ。
一族は、特権階級からの依頼は『裏』のものしか受けないと、昔も今も割り切っている。それは、ごく普通の一般人として表の顔を取り繕うことを覚えた今でも、彼らが自らを『裏』の人間だと定義している証明だ。
「良くできてますねぇ。コレ、正妃様の冠でしょ?」
あまりの眩さに一瞬言葉を失った彼らだが、切り換えは実に早かった。ロナルドが机に置かれた宝冠の偽物を眺め、しみじみ言う。
「バックスの爺さんに頼んだ。宝飾関係の複製なら、あの人の右に出る者はいないからな」
「しかし、コレの本物を盗んで来いって、要するに王宮に忍び込めってことですか?」
真面目なジョンが腕を組んだ。『世の中にはできることとできないことがある』と、その顔には書いてある。
「そうだよなぁ、いくら俺でも、さすがに王宮に忍び込むのは難しいぜ」
「いや、あんな魔窟まで行く必要はない。精々どっかのバカ貴族の屋敷だろう」
「そこにコレの本物があるってことは……ははぁ」
裏の世界で生きてきて長い彼らは、滅多なことでは驚かない。このときも彼らは、別段驚きはしなかった。――ただ、呆れ返った表情になっただけで。
「俺たちも、そう詳しいことを知ってる訳じゃないんですけどね。コレの本物って確か、国宝じゃありませんでした?」
「紛れもない国宝だな。しかも、建国以来続く由緒正しい財宝だ」
「……盗んだ奴、売った奴、買った奴。全員馬鹿でしょう」
「だからさっきから言っているだろ、『バカ貴族』って」
「そこまで分かってるなら、俺たちなんかより『闇』の方々が出た方が、早いし確実なのでは?」
「それが出来たらとっくにやってるよ」
エドワードはため息をつくと、用心深く模造品の宝冠に触れた。
「国宝の盗掘、横流しなんて、バレたら即効で本人たちの破滅だからな。奴等、この件だけは、関わる人間を最小限に減らして、証拠も残さないように立ち回ってやがった。俺たちも限界まで動いたんだが、分かったのは、奴が手に掛けた国宝が宝冠だったことと、その時期くらいでな。誰に売ったか、どういう手を使ったのかまでは、探り切れなかったんだ」
「……だから、俺たちの出番、ですか?」
「お前たちは、『裏』の中でも比較的知名度が高いからな。売った相手にバレないように、本物を偽物とすり替えるとかいう仕事なら、まず間違いなくお前らに依頼が来るはずだ」
「それはそうかもしれませんけど、売った相手と共謀して、秘密裏に本物を元通りにする可能性だってありますよ?」
「それはない」
エドワードはニヤリと笑った。
「こいつを作ったバックスの爺さん曰く、貴族相手に盗品の模造と横流しを専門にしているヤクザな連中が、最近滅茶苦茶忙しいらしい」
「あー……。十中八九、偽物作りに精を出してますね、それ」
「そういうことだ。都合が悪くなったから宝冠を返せ、なんて馬鹿正直に言おうものなら、じゃあ払った金を返せ、って話に当然なるからな。国宝を流した見返りの金が幾らなのかは考えたくもないが、それだけの手持ちがない、あるいは返す金が惜しい、となれば、気付かれないように取り返すしか、方法はない」
「しかし、そんなに焦って取り返す必要がありますか? 王様はまだ正妃様を決める様子はないし、宝冠の出番はまだまだ先でしょうに」
「必要があるんだよ。――ディアナが、奴の悪事を知っているからな」
三兄弟は一様に、納得の表情を浮かべた。
「そういえば、今ディアナ様、後宮にいらっしゃるのでしたね」
「あの顔で揺さぶりを掛けられたら、そりゃ焦って、一番ヤバイ悪事だけでも隠さないと、って気になりますよね〜」
「……ってことはひょっとして、さっきからエドワード様が言っている『奴』って、後宮のお偉いさんですか?」
「女官たちの長、だな。偉いといえば偉い」
「いやそれ、フツーに偉い立場ですから」
混ぜっ返すロナルドの横で、兄二人は渋い顔だ。よりにもよって女官長が国宝に手を出すなど、世も末だと思っているのは間違いない。
「つまり話をまとめると――明日の昼頃、女官長側の誰かが、ヤクザな連中に作らせた宝冠の偽物を持って、それと本物をすり替えろとかいう『依頼』をしに来ると」
「あぁ。ほぼ間違いなく、な。ついでに言っとくと、ここまで出向くのは、女官長本人の可能性が高い」
「何故です?」
「本物と偽物のすり替えは、この計画の肝だぜ? 確実を期すためにも、依頼を人任せにはしないだろ。第一、人任せにするなら、もっと早く動いているはずだ」
「と、言いますと?」
「例のヤクザ連中が手掛けた品、中身までは確認できてないが、数日前には完成して、女官長が密かに隠れ家にしている屋敷まで届けられたらしいからな」
その屋敷には、女官長が手足のように使っている人間もいる。その人物が動かない以上、女官長自らがここまで来ようとしていると考えるのが自然だ。
エドワードの説明をふむふむ頷いて聞いていたジョンが、ふと首を傾げた。
「しかし、何故明日の昼なのです? 普通こういった依頼の主は、夜間に来るものですが」
「あぁ、それは……」
ふっと息を吐き出してから、クレスター家の跡取り息子は、実に麗しい笑みを浮かべた。彼のこの微笑みが、獲物を捉えた肉食獣の笑みだと、知っているのは『裏』の人間だけだ。
「――明日の昼から、『園遊会』だからな」
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今回の園遊会には、いくつかの隠された目的があった。
一つはもちろん、側室の側室による側室たちのための、『王様しっかりしろよ』計画。成功率は、前後の王の様子から察するに、想像以上のものがあった。
貴族たちが大勢集まる以上、笑顔の裏で諜報活動が行われていたのはいつものこと。『牡丹派』は、それこそ鵜の目鷹の目でこちら側の粗捜しに必死だったし、そんな彼らと『紅薔薇派』の側室たち全員の様子をくまなく探っていたクレスター家一同とて、側室とその家族のみが集まるという特殊な環境を、最大限利用していたという点で違いはない。
――そして。
「……本当に、皆様、お疲れさまでした」
マリス夫人を連れ、ジュークと近衛騎士たち、外宮室の面々(但しキース除く)が退室した『紅薔薇の間』にて、関係者一同はようやく脱力していた。職務に忠実な王宮侍女たちが、お湯を貰いに静かに出ていく。
室内に残ったのは、ディアナとリタ、ミアとキースとハンス、そして謎の女性の六人のみだ。一息ついたディアナは、ソファーから立ち上がると、まずは謎の女性に向かって頭を下げた。
「助かりました。ありがとうございます、マグノム夫人」
「あのままでは、サーラ――マリス夫人も、引き際を見誤っていたでしょうからね。礼の言葉は必要ありませんよ」
マグノム夫人と呼ばれた彼女は、そこで初めて、口元を綻ばせた。
「フィオネから突然、『姪のために一肌脱いでくださいませんか』なんて言われたときは、何事かと思ったけれど。……こういうこと、だったのね」
「女官長職を、引き受けて頂けますか」
背筋を伸ばし、同じくらいの高さにある彼女の目をしっかりと見て、ディアナは問い掛けた。マグノム夫人は、柔らかく頷く。
「フィオネの頼みなら、断れないわ。それに、この状態の後宮を放置することはできません」
「感謝致します」
そう、彼女こそ、フィオネが探してきた『後任』の人物。マリス夫人と同時期に王宮に上がり、女官として優秀に務めを果たしていたものの、婚姻を期に職を辞し、やがて社交界からも遠ざかって、今では貴族の間からすら忘れ去られていた女性、シャロン・マグノムだった。
微笑んでいた彼女は、ふと表情を引き締める。
「まさか、サーラがここまで堕ちていたとは……綱紀粛正を徹底せねばなりませんね」
「女官長に荷担していた女官と侍女については、分かる範囲で調べ上げています」
「助かります、ハイゼット室長補佐。――『紅薔薇様』、私はすぐに、調べに入りたいと思いますが」
「正式な任命勅書が降りるまでは、慎重になさってくださいね」
「お気遣いに感謝します」
完璧な礼を取ったマグノム夫人は、すっとミアに視線を向ける。
「ミア・メルトロワ。手を貸してください」
「え……」
ミアが目を丸くする。理由はどうあれ、前女官長の下で悪事の片棒を担いできたミアは、全てが終わったその後は、裁かれる側になることを覚悟していた。――それなのに。
「あなたのことは聞いています。マリス夫人の一番近くにいたあなたの証言があれば、調査も速やかに進むでしょう」
「……私のことを信じる、と?」
「現段階では、なんとも言えません。話には聞いていましたが、私はあなたとは初対面。あなたが信じるに足る人物がどうかは、これから共に仕事をする中で、見極めたいと思っています」
声の調子や選ぶ言葉は優しいが、その内容は、ミアにとってこれ以上はないほど厳しい。信じて欲しければ態度で示せと、夫人は突き放しているのだ。
ミアは一瞬青ざめたが、すぐにぐっと顔を上げた。
「――ディアナ様」
「構わないわ。行ってらっしゃい、ミア」
「はい」
女官二人が退室の挨拶の後下がると、室内は更に静かになった。二人の気配が消えるのを待って、ディアナはやっと、今回一番の功労者の方を向く。
「色々迷惑をかけてごめんなさい、ハンス」
「大した手間じゃないですよ。それに、白昼堂々王宮に入れる機会なんて、そうそうないですからね。こっちにも利があることなんだし、あんまり気にしないでください」
そう言って笑うハンスは、先程までの『貴族に囲まれてびくびくしている善良な小市民』の皮を、綺麗さっぱり脱ぎ捨てていた。もともと彼は貴族相手にも互角に渡り合う『裏』の人間、王宮だろうが王様だろうが、畏れ敬う神経は持ち合わせていない。
「あなたたちの手を煩わせてしまったのは、わたくしたちの力不足だもの」
「クレスター家の皆さんの悪い癖ですよ。俺たちは散々あなた方に頼ってるんだから、俺たちにできることがあったら、今回みたいに遠慮なく言ってくれたら良いんです」
「その意見には同意します」
キースが言葉少なに、実感を込めて頷いた。実に頼りになる協力者たちの姿に、ディアナとリタは顔を見合わせ笑った。
――マリス夫人が、単なる美術品だけでなく、国宝までもを横流ししていることを、ディアナ含むクレスター家は、あの夜の直接対決まで本当に知らなかった。間に幾つもの流通経路を挟んでいたら別だが、物がモノだけに、その取り扱いには細心の注意を払っていたのだろう。取引の証の書面すら、残してはいない徹底ぶりだった。
女官長から言質を取ったディアナは、いかにも余裕の風情を取り繕いつつ、内心実は相当に焦っていた。国宝が横流しされたなどと公になったら、単なる女官長の暴走では済まない。『長』たる人物が国宝すら蔑ろにしている、それは則ち、王家の威信の崩壊に繋がる大事。
――下手をすれば、コレをきっかけに、保守派と革新派の全面戦争に突入しかねない。ディアナはあの一瞬で、そこまで考えた。
ディアナから報告を受けたクレスター家とて、結論は同じ。できるだけ早期に国宝を取り戻し、王宮による大々的な捜索だけは避けられるように、『闇』を総動員しての調査に乗り出した。……が、結果はいずれも芳しくないもので。
最後の手段、『国宝保管室侵入』という危険を犯してようやく、女官長が手を出した国宝が宝冠であることを突き止めたのだ。
この時点で、女官長が誰に宝冠を売ったか割り出し、そいつの弱味を握って宝冠を自発的にお返し願うという、最も穏便な手法は、ほぼ実行不能だった。『裏』のルートをいくつか辿って買い手を探すには、今回圧倒的に時間が足りない。
女官長の様子を見張っていた『闇』からの報告で、女官長が国宝の偽物を作らせ本物と入れ換えて、せめて国宝横流しの件だけはしらばっくれようとしていることは分かっていた。取り返したい宝冠の所在地が割り出せない一同は、不確定要素は数多く残るものの、彼女の計画を逆手に取る作戦に賭けたのである。
『紅薔薇』とクレスター家に見張られているという警戒心を抱いている女官長が、唯一動ける日があるとすれば。それは、ディアナもクレスター家も後宮内に留まる、園遊会の日をおいて他にはない。そう睨んだ一家は、『闇』を通してたった一言、ディアナに指示を出した。『園遊会当日、女官長を自由にしろ』――と。
指示を受けたディアナは、女官長をわざと裏方の、しかも目立たない立場に置き、その周囲も彼女の取り巻きで固め、仕上げとばかりに『紅薔薇』側の女官と侍女を大忙しの配置にして(それが結果的に最も効率よく園遊会を回せる連携を生み出したことは副産物だ)、女官長が動きやすくなるよう舞台を整えた。これで彼女が動くかどうか、それだけが賭けだったが、焦りもあってか、女官長は見事に嵌まってくれた、というわけだ。
「俺は、あのご婦人が本当に俺たちの店に来てくれるかどうか、実に不安でしたけどね」
「そこは心配する必要ないでしょう? 『王都の外れにある枯れ井戸を辿ると、鍵開け師の隠れ家に着く』……割と有名な噂だもの」
「別に俺たち、宣伝してる訳じゃないんですけど」
時間の無い中で女官長が『仕事』を依頼するとしたら、実績と共に語り継がれている『枯れ井戸の鍵開け師』だろう。王都はキーセン一族の縄張り、他の鍵開け師もいない。
そしてキーセン一族は、かなりの昔から、クレスター家と懇意にしている『裏』の人間であった。彼らなら、腕も人柄も度胸も申し分ないと分かっていたからこそ、エドワードは今回の作戦に助力を願い出たのだ。
その内容は、二つ。『依頼通り、女官長が持ってきた偽物と本物をすり替えた後、女官長にはクレスター家が用意した模造品を渡してほしい』と。
――合図をしたら、手元にある本物を、王宮の門まで持ってきてほしい、だった。
「俺なんかが宝物を王宮に持ち込んで、どうなることかと思いましたけど。外宮室……でしたっけ? なかなか手際が良かったですね」
「この機会を逃しては、マリス夫人を追い詰めることはできません。我々とて、気合いの入りようが違います」
ハンスが宝冠を持ち込んだまさにそのとき、門の付近にミアの弟、クロードが通りかかったのは、偶然でも何でもない。計画通りに姿を見せ、何となく興味を引かれた風を装い「どうしました?」と声をかけ、ハンスが持ってきた包みを覗き込んで、すぐさま彼を外宮室まで連れていった。その途中で国王近衛騎士とすれ違ったため、「行方不明だった国宝が見つかった」と耳打ちし、外宮室についてすぐ、姉との連絡経路を使って『国宝と証人保護』の一報を送って。
後宮からの迎えが来るまでの僅かの間に、ハンスが宝冠を持っている、『表向きのストーリー』を伝えたのである。場馴れしているハンスは、クレスター家が自分に与えた役割を正しく理解して、王の前でも全く臆することなく、見事な演技を見せてくれた。
――女官長から国宝を取り戻し、尚且つ彼女の罪を王とその側近のみに伝える。そのために、クレスター家と外宮室は、園遊会前から今日まで、必死で動いたのである。
ちなみにディアナがこの件で実家から言われたことは、例の『女官長を自由にしろ』のみであった。外宮室がジュークに対して釣糸を垂れることは、女官長との対決前から知っていたが、他は完全に即興芝居だ。国宝の件は、『とりあえず任せろ』と言ってくれた実家に甘えて全面的に任せた。
……にしても。
「何か企んではいるだろうな、とは思っていたけれど、まさか、園遊会自体を巨大な囮に使うなんて」
「ディアナ様には知らせない方が、精神衛生上良いと、デュアリス様が」
「それもあるけど、一番の理由はそこじゃないわ。女官長を油断させるためには、わたくしが何も知らずに、園遊会準備に奔走することが、絶対条件だったのよ」
女官長にとって、最も身近で、最も警戒すべき敵は、ディアナ本人だ。ディアナが園遊会で女官長を嵌める計画を知らされていたら、あそこまで無造作に彼女を自由にできたかどうか怪しい。正直あのときのディアナはいっぱいいっぱいで、園遊会時に女官長に回す人手が足りないと頭を抱えてすらおり、実家からの指示を深く考えずに(むしろ渡りに船とばかりに)実行した節があった。ディアナにあそこまで余裕がなかったからこそ、女官長も油断して、クレスター家の思惑通りに動いたのだ。
「自分の家族にこんなこと言うのもなんだけど、立てる作戦が鬼ね」
必死で園遊会を乗り切ろうと奔走する後宮全体が、クレスター家が仕掛けた『罠』だったのだ。……企画した本人たちすら、知らないままに。
「……ま、何はともあれ、無事に終わって良かったわ」
「後は、この件を陛下が、どのように決着するか、ですね」
「国宝の件は伏せるにしても、他の余罪で充分、女官長を免職にできますが……我々もそろそろ、戻った方がよろしいでしょうね」
キースがそう言ったのとほぼ同時に、廊下に面した扉が開いた気配がした。ディアナが頷く。
「人気のないところを帰れるように、ユーリに送ってもらうわ」
「助かります」
平常営業に戻ったユーリの『失礼致します』の声に、ディアナはやっと、ようやく、一山越えたことを実感していた。




