鳴り響いた闘いの鐘
「今まで一体、どこで何をしていたんですか!」
侍女専用の扉を開けて『紅薔薇の間』に戻った瞬間、待ち構えていたらしいリタに、開口一番、小声で怒鳴りつけられた。怒られるだろうなとは思っていたが、これは些か理不尽だ。
「わたくしにだって事情があるもの。いつもいつものんびり待ってはいられないわ」
「そういう問題ではありません! 全く、ここはお家ではないのですから、おてんばもほどほどにしてくださらなくては」
「ちょっと待ちなさいリタ。誰がおてんばですって?」
「ディアナ様以外にいらっしゃいます?」
リタの笑顔が本気で怖い。問答無用で衣装部屋へと押し込まれ、ディアナは侍女の服を剥ぎ取られた。
「リタ?」
「とっとと着替えてください。いつユーリさんが爆発するか、こっちはひやひやしているんですから」
「……ひょっとして、何かあった?」
「――陛下が、女官長を連れて、先程から、メインルームでお待ちです」
一言一言噛み締めるように告げられたディアナは、さすがに深く反省した。と同時に疑問にも思う。
「なぜ陛下が女官長とご一緒に?」
「さぁ、詳しいことは存じ上げません。ただ…」
「ただ?」
「あの様子から察するに、やはり女官長は、ディアナ様に自分の罪を、被せようとしているみたいです。ディアナ様がご不在の旨を伝えたところ、『やはり紅薔薇様はお逃げになったのです!』とかなんとか、叫んでいましたから」
「あら。じゃあわたくし、もう一回外に出て、ちゃんとメインルームの方から入り直した方がいいわね」
「早くしてくださいね。ユーリさんがさっきから、女官長のことを刺し殺しそうな目で睨んでいますよ」
言葉は冷静だが、リタが焦っていることは態度で分かる。無事紅薔薇仕様の服に着替え終わったディアナは、軽く身震いした。
「……陛下より女官長より、ユーリが怖い」
「お言葉ですがディアナ様、それを『自業自得』というのです」
「全部終わったら……全力で謝らないとね」
そう呟いて、ディアナは頭を切り替えた。
「――行きましょう、リタ」
侍女専用扉からこっそり抜け出して、正扉の前に堂々と姿を見せる。扉の前にいた騎士たちが、慌てて頭を下げてきた。
「紅薔薇様」
「陛下がお待ちと聞いたのですが?」
「はい、中にいらっしゃいます」
「ディアナ様?」
扉が内側から開いた。控えの間にいたらしい、ルリィだ。
「お待ちしておりました。どうぞ」
頷いて、中に入った、――そのとき。
「いい加減に白状したらどうなの! 自分たちの悪事を全てわたくしに擦り付け、危なくなったら逃げ出して! 紅薔薇様、いいえ、あの『氷炎の薔薇姫』、ディアナ・クレスターはどこにいるの!」
「控えよ、女官長!」
「陛下! この場にあの娘がいないということが、何よりの証拠ではありませんか!」
ルリィが、メインルームに続く扉の前で固まっている。向こう側から聞こえてくる、会話とも呼べない音声を聞くともなしに聞いて、ディアナはふう、と息をついた。
「どこかに、音を記録できる機械とかないのかしら。そうしたら、こういう面倒ごとは起こらないのに」
「そんな呑気なことを言っている場合ですか」
「いやだって……天井裏と、部屋の中からと。何人分の殺気と怒気よこれ?」
「ご安心ください。おそらく、ディアナ様と陛下以外、全員怒っていますから」
どれほど空気が読めない人間でも、本能で察して回れ右する程度には、メインルームが怖い。
(この中に飛び込むのか……)
物凄く怖いが、このままでは真面目に、誰かが女官長に飛び掛かりかねない。覚悟を決めるとディアナは、ルリィをとん、と横にずらし、自分でカチャリとノブを回した。
「あの娘は、危機に気づいて逃げたのです! 今頃は実家で謀略を練っているやもしれませぬ。どうか陛下、追撃令を!」
「――その必要はないわ、女官長」
パタンと扉を閉じるまで、その場の全員が、ディアナが部屋に入ったことにすら気がつかなかった。アルフォードとクリスまで気づかなかった辺り、やっぱり相当怒っている。
「わたくしの部屋で、一体何の騒ぎです? まぁ、お茶が冷めきっているではないの。ユーリ、すぐにおかわりを用意して」
ディアナはにっこりと、王に笑いかけた。
「ようこそおいでくださいました、陛下。お待たせ致しまして、申し訳ございません」
「い、いや。そこまで長くは待っていない。……どこへ行っていた、紅薔薇?」
「今日は天気がよろしいですから、少し散策に。ですがやはり、風が冷とうございましたわ。そろそろ雪の季節ですわね」
話しながら自然な動作で腰かければ、王も釣られたように正面に座った。
「雪が好きなのか?」
「眺めるのは好きです。移動するには大変なものですので、好きとばかりも言えませんが」
「確かに。冬は視察に苦労する」
笑顔ではないが普通の顔で、ごく自然に『紅薔薇』と会話する王を見て、焦ったのは女官長だ。
「陛下! どうなさったのです、そこにいるのは『クレスター伯爵令嬢』ですよ!」
「であると同時に、『紅薔薇』だ。女官長、そなたは彼女に、礼を尽くす必要があるのではないか?」
「……何度も申し上げました! わたくしは紅薔薇様の命で、悪事を働かされていたのです!」
「その言葉が真実であれば、紅薔薇が部屋に戻ってくるとは思えん」
「彼女は『クレスター伯爵令嬢』です。何が起こっても自分は捕まらない、その自信があるのです!」
そういえば、クレスター家の伝説の一つに、『悪事の証拠を手に入れることができず、罪に問うことができない』とかいうものもあった。やってもいない悪事の証拠があるか、とデュアリスは笑い飛ばしていたが。
「――ところで、何の御用でこちらへいらっしゃったのか、お聞かせ頂いてもよろしいですか?」
このままでは、進む話も進まない。新しいお茶が入ったところで、ディアナは姿勢を正して本題を切り出した。
「今さら何を、白々しい!」
「お黙りなさい、女官長。先程からあなたは、陛下に対し、どれだけの不敬を働くつもりなの」
王が話している最中に割り込み、彼の言葉を否定する。それだけで、昔なら十分不敬罪だ。さすがに今はそれだけでは罪にならないが、不敬であることには違いない。
女官長を睨んで黙らせ、ディアナは王に向き直った。
「実は、紅薔薇。後宮の宝物庫にて、ある重大な問題が発生した」
「問題、ですか。それは一体どのような?」
「……宝物庫に納められていた宝飾品のうち、およそ三割が、模造品とすり変わっていたことが判明したのだ」
「まぁ……!」
涼やかな切れ目を大きく開き、ディアナはその表情だけで、驚きを示してみせる。真面目な顔をした王は、大きく頷いた。
「宝物庫に納められている物品は全て、国の財。王の命がなければ、王宮外へ持ち出すことすら、固く禁じられている品々ばかりだ」
「それらが……すり変わっていた、と? それは確かなお話なのですか?」
「あぁ。先程、直に赴きこの目で確かめた。……しかも、話はそれだけではないのだ」
事情を説明する王の顔に、激しい憤りが浮かぶ。どうやら本気で怒っているらしい。
「――宝物庫の奥にある、国宝保管庫を調べたところ。そちらにも、何者かが侵入した形跡があったのだ」
二重の意味で、ディアナは驚いた。王は、宝冠が模造品とすり変わっていることを、意図的に隠すつもりらしい。その事実と――、ジュークがそこまで考えているらしいことに。
「そ……れは、確か、なのですか? 国宝保管庫に、まさか、そんな……!」
「あぁ。……信じがたいことではあるが、真実だ」
「なんてこと……!」
気が遠くなりかけたディアナを、控えていたリタがそっと支えてくれる。――もちろん全部演技だ。
「……お話は、よく分かりましたわ。ですが陛下、何故そのように重大なお話をわたくしに?」
「そなたは……『紅薔薇』であろう」
「それはあくまでも、現後宮内における暫定的立場に過ぎません。わたくし自身は自らを、他の方々と同じ、一側室であると考えております」
リタに支えられつつ、なるべく衝撃を受けた風に声を装ってはいたものの、話した内容自体は本音だ。ディアナが本当の意味で『紅薔薇』ならば、この件は彼女にも深く関わることであるが、単なる側室でしかない彼女には、逆に全く関係ない。
もちろんディアナは、国王がここに来た、本当の理由に見当がついていた。ついてはいたが、敢えてそこには触れなかったのだ。
――果たして、国王陛下は言った。
「そうだ、そなたは、側室たちの中では最も高位ではあるものの、身分としては単なる側室に過ぎぬ。……ここに来たのは、宝物庫の件とそなたに関わりがないか、調べるためだ」
「わたくしと?」
「あぁ。――実は政務室では、一連の犯人は現女官長、マリス伯爵夫人の可能性が高いとして、調べていたのだが、」
「陛下! どうか、どうか毒婦に惑わされませぬように、お気をつけくださいまし! わたくしは、ただ、命じられていただけなのです――!」
「と、本人がこのように申すのでな。真偽を確かめに来た」
そう説明する王の表情は、特に気負いなく、さらりとしたものだった。ディアナを疑っているわけではないが完全に信用してもいない、本当に『真偽を確かめたい』だけの顔。
少し前までなら問答無用で女官長の言い分を『真』だと確信していたであろう彼は、自分で宣言したとおり、自ら考え答えを掴もうと努力している。その姿は、どこか気高くすら見えた。
ディアナは、演技ではない微笑みを、口の端に昇らせた。
「――陛下のお考えを、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……私の?」
「はい。これほど必死に女官長が訴えているにも関わらず、陛下はわたくしを即座に拘束するわけでもなく、ただ待っていてくださいました。わたくしの勘違いでなければ、そこに陛下のお考えがあるように思えるのです」
義憤に猛る表情を取り繕っていた女官長は、ディアナの言葉を聞いて、僅かに不安の色を瞳に乗せた。当然だろう、女官長も保守派の人間、これまで『考えて動くジューク王』とは無縁だったはず。王が考えないことを利用して、散々悪事を働いてきたのだから。
それはつまり、王が頭を使い出したら、色々まずいということだ。
「私の見解になるが、構わぬか?」
「はい」
「では言おう。そなたが関わった可能性は、あり得ないとは言えぬが、かなり低いと考えている」
「その理由を、お伺いしても?」
「もちろんだ」
いつの間にか、室内の空気は一変していた。ジュークの語る言葉に、皆が真剣に耳を傾けている。女官長への怒りが消えたわけではないものの、この局面で語られる王の考えに気持ちが引き寄せられているのだ。
「そもそも今回の発端は、宝物庫ではなかったのだ。内宮の歳入歳出費についての報告書を見て私は、上の立場にある『何者か』が公金横領している可能性に気づいた。その件について調べていくうちに、女官長と、後宮の宝飾品が密かに売り出されている疑惑が浮かんだのだ」
「――ですから、それは紅薔薇様が!」
「二年も前、からか?」
ジュークがここで、初めて真正面から女官長と向き合う。その瞳の色は、ひどく険しかった。
「そなたは先程、言った。自分のしてきたことは『全て』、紅薔薇の指示であったと。だが、公金横領は少なくとも、二年前から始まっていたことだ。当時は先代王もご健在で、後宮の主は我が母、現王太后であったのだぞ。そして当然、ここにいる紅薔薇は、後宮とは何の関係もない、一貴族の娘でしかなかったはず。その彼女がどうやって、王宮の中でも最も機密性が高いと言われる後宮で、公金を横領することができた?」
「陛下! 彼女はただの貴族の娘ではありません。お忘れですか? 彼女はあの悪名高き『クレスター伯爵家』の直系姫なのですよ!」
「であれば、そなたはこう言いたいわけか? 自分は『ディアナ・クレスター』と昔から知り合いで、彼女の悪事に荷担させられてきたと」
「はい、そのとおりでございます」
女官長はここで、顔を歪めた。俯き、肩を揺らして、袖口に目頭を当てる。
――迫真の泣き真似だった。
「国王陛下にお仕えする身でありながら、このような大罪に荷担したことは、到底赦されぬでしょう。それは、わたくしも、重々承知しております。……ですが、どうか、これだけは信じてくださいませ。わたくしは、『クレスター家』に弱味を握られ、逆らいたくとも逆らえぬまま、今日に至ってしまったのです。諸悪の根元は、『クレスター家』なのでございます!」
「……と、言っているが?」
これほど分かりやすく罪を擦り付けられたのは、クレスター家の歴史を遡っても、なかなか見つけられないのではないだろうか。半ば感心して女官長の演技に見入っていたディアナではあったが、当たり前のことながら頷く要素は欠片も見当たらなかった。
肩を竦めて国王陛下に視線を向ける。
「お疑いなら、どうぞお調べを。我が家のどこを叩いても、女官長との繋がりは出て参りませんから」
「えぇ、そうでしょう! 何しろあなた様は、『クレスター伯爵令嬢』なのですから。いつものように、わたくしとの繋がりも消せば良い、そうお考えなのでしょう!」
「何を勘違いしているのか知らないけれど、わたくしたちは、お付き合いしている方々との繋がりを消したりはしませんよ? 当家とお付き合いがあった方が、残念ながら悪事を働いていらしたことは何度もありますが、そのときとてお付き合いを否定したりはしておりません。お疑いなら、調停局に記録が残っているでしょうから、調べてみると良いわ」
「詭弁です、そのような!」
「――どちらが詭弁?」
いい加減、見苦しい。仮にも王宮女官の長たる人物なら、去り際くらい潔くあってほしいものだ。
「この際だから、はっきり申し上げましょうか。あなたとわたくしは、わたくしが『紅薔薇』となるまで、出会ったことすらありません。『紅薔薇』となってからも、必要最低限の事務的なやり取りしか、交わさない仲だったわね? そんなわたくしがどうして、あなたの悪事を『指示』できるの?」
「あなたが、『クレスター伯爵令嬢』だからですっ!」
いっそ清々しくなるくらい、きっぱりと断言された。開いた口が塞がらないという言葉が、これほど相応しい場面もないだろう。
「あなたは『クレスター家』の方です、どんな悪事も思いのままに行える、違いますか!?」
「違います」
うっかり反射的に、馬鹿みたいな否定をしてしまった。後ろでリタが頭を抑えている。心境的には、ディアナも頭を抱えたかった。
(いつの間に、当家の人間は『超人認定』されたの? 顔がちょっと怖いだけで、他はごく普通なのに)
普通という言葉が盛大に遺憾の意を表明しそうなことを考えつつ、ディアナはあきれ果てた眼差しを女官長にぶつけた。
「先程からあなた、自分の発言が矛盾だらけだと気付いてます? 陛下はただ、以前から『ディアナ・クレスターと知り合いだったのか?』と尋ねられただけなのに、あなたは『クレスター家』を持ち出した。クレスター家は確かにわたくしの実家ですが、わたくし自身ではありません。そして、わたくしがあなたとの関係を否定すれば、その内容には一切言及せず、まるで『クレスター伯爵令嬢』であれば、どんな不可能も可能になると言わんばかりの非論理的な飛躍。それ、間接的に、あなたとわたくしの間には何もないと認めていることになるわよ?」
「白々しいことを。この期に及んで往生際が悪うございますよ!」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
ディアナはソファーから立ち上がると、掛け値なしの本気で、女官長と向き合った。
「もとから悪評高いわたくしを『黒幕』だと言い張れば、陛下のお心が動くと、本気で思っているの? 『クレスター伯爵令嬢』なら、どんな悪事に手を染めていても不思議ではないから? ――あなたはどこまで、陛下を侮れば気が済むのですか!」
そこにあるのは、純然たる怒り。ようやく前を向き、歩き始めたジュークを、こんな下らないことで躓かせてなるものか。今も、女官長とディアナを交互に見つめ、必死に『真実』を見つけようとしている彼を、これ以上侮辱することは赦さない。
「あなたが真実を偽れば偽るほど、それは国王陛下に対する冒涜になると、何故気づかないのです。今のあなたが唯一できること、それは自らの罪を認め、心から悔いる、ただそれだけのはず。欠片でも貴族としての自尊心を持つならば、それこそがあなたの誇りを守る最後の綱であると、分かるはずよ」
そう、それは真理。僅かでも良心が残っている者なら分からない方がおかしい、それは真っ当な言葉だった。
――けれど。
「黙れ! 『クレスター家』などに、説教される筋合いはない!」
良心を捨てきった人間には、響くどころか雑音にしかならない、単なる言葉の羅列に過ぎなかったのである。
ここに至って、ディアナは怒りよりも、哀しみの方が大きくなった。……何がどうなれば、ここまで人の心は歪んでしまうのだろう。一生かかっても使いきれないほどの財、つけきれないほどの宝石、そんなものが、それほど大切なのだろうか。
「――マリス伯爵夫人」
ジュークが、最早『女官長』と呼ぶことすら放棄した。厳しく、同時に痛ましい目で、彼女を眺めている。
「誰が言おうと、その言葉の正しさが、否定されるわけではない。紅薔薇は確かに、『クレスター伯爵令嬢』だ。だがそれは、彼女の言葉を、宿る心を、否定する理由にはならぬ」
「――陛下!」
女官長が青ざめた。ジュークの言葉は、はっきりと、ディアナの肩を持つものだったからだ。
「陛下、騙されては、」
「――少々よろしいでしょうか?」
新たな修羅場の始まりか、と一同が息を呑んだタイミングで、扉からかけられた声。振り返るとそこには、紙の束を抱えた、いつでもどこでも冷静沈着なキースがいた。
状況が読めない後宮組を置いて、アルフォードがすたすたと彼に近づく。
「どうだった、ハイゼット室長補佐」
「はい。陛下のご指示により、ざっとではありますが、二年前のディアナ・クレスター様の行動を調べて参りましたが……」
「まぁ、そのようなことを?」
非難の声を上げたのは、恐らく怒りがとうの昔に臨海点突破していたユーリ。ぱっと見いつもの無表情、しかし瞳には、ひと一人くらいは余裕で刺し殺せそうな鋭い光を宿して、どこまでも激しく怒っている。ここに来て、遂に黙っていられなくなったようだ。
「紅薔薇様が今回の首謀者だなど、追い詰められたマリス伯爵夫人の苦し紛れの言い逃れ。そのようなこと、どう考えても明らかでしょう。紅薔薇様に何の非もないこの状況で、ご本人の許可もなく、過去を暴くような真似をなさったと?」
「控えなさいユーリ、わたくしは気にしないから」
「いいえ紅薔薇様、いかに陛下のご命令とはいえ、無礼が過ぎるというものです。紅薔薇様にお話を聞きにいらっしゃる前から、首謀者だと決めつけられるような振舞いですよ」
「だから、少し落ち着きなさい。外宮の考えも伺わないうちから、そのように決めつけるものではないわ」
ディアナはそのまま、キースに視線を滑らせた。
「ご説明願えますわね?」
「紅薔薇様のご了承なく、無礼を働きましたこと、お許しください。マリス伯爵夫人の主張が真実かどうか、我々は調べねばならなかったのです」
言いたいことは分かる。ディアナは鷹揚に頷いた。
「マリス夫人の言が事実なら、わたくしは過去に夫人と出会い、横領を働くよう指図せねばなりませんものね。それも、夫人が女官長職に就くと分かった後で」
「――はい。調べたところ、マリス伯爵夫人が女官長に内定した頃、紅薔薇様は遠く離れたクレスター領にいらっしゃいました。夫人が女官長として王宮入りするまでの短期間に、紅薔薇様――当時のディアナ・クレスター様が人知れず彼女と会うことは、現実的に考えて不可能です」
「あり得ません!」
切り裂くような叫び声が響き渡った。青ざめた女官長が、王の足下に倒れ伏す。
「あり得ません。陛下、これは罠です。何者かが、わたくしを陥れるために仕組んだ、罠なのです!」
「見苦しいぞマリス夫人!」
アルフォードの一喝にも、女官長は怯まない。むしろ、正義は己にあるとばかりに、きつくアルフォードを睨みつけた。
「見苦しい? 真実を訴えることの何が見苦しいのです。……騎士団長、あなたもわたくしを邪魔に思う一味の一人ですか? いいえ、あなただけじゃない。室長補佐も、紅薔薇様も、皆!」
――ある意味、正解だ。ここにいるのは、マリス伯爵夫人の排除に動いた功労者たちなのだから。
しかし、彼女が堕ちた沼は、彼女自身が育て上げたものに他ならない。それを『罠』と呼ぶのは、筋違いである。
「わたくしを、罰しますか? 確たる証拠もない、この現状で、わたくしを罰することができますか? ――なら、やってみればいい。証拠もなしに心証だけで『罪人』を作る、そんな世の中にしてしまえばいい!」
証拠は、いくらでもある。女官長と取引をしていた店から押収した証文、貴族たちの証言や、扱われていた現物。
――しかしそれらは、『女官長が関わっている』ことを示しているだけで、『女官長が主犯』である証拠にはならない。
まだ、粘るのか。ここまで来てもまだ、自分の罪を認めることができないのか。
頑なな心が、いっそ憐れだ。……彼女はもう、負けているのに。
誰も動かない、膠着しきった空間で、ジュークが瞳に覚悟を乗せ、一歩踏み出す。何かを言葉にしようと、口を開いた――その瞬間。
「陛下! 今すぐ執務室にお戻りくださいませ!」
控え室にいた国王近衛騎士が、血相を変えて飛び込んでくる。
全員の視線をもれなく浴びながら、彼は叫んだ。
「――後宮宝物庫にて保管されているはずの国宝が、王宮外で発見されたそうです!!」




