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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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10日後


ディアナが後宮入りして、10日が経過した。その間、ディアナがしたことといえば。


次々挨拶にやって来る側室たちへの対応と、お茶会での噂話。……のみ。


分かっていたことではあるが、後宮とはとことんヒマな場所のようである。






******************


ディアナが後宮に入ったことで、これまでゆるゆると水面下で起こっていた、側室同士の対立が表面化した。


古き伝統ある家柄の貴族を実家に持ち、『貴族の女性とはこうあるべき』と固い信念のもと動く保守派と。

新しい事業や業績が認められ貴族となった、いわゆる新興貴族や、家格はそう高くなくとも領地運営や国への奉仕の面で高く評価されている、そういった家から送り出された革新派。


保守派の側室たちは『牡丹』に、革新派の側室たちは『紅薔薇』に集まり、たった10日で『牡丹派』『紅薔薇派』と呼ばれる派閥が誕生したのだ。勢力的に見れば、今のところは『紅薔薇派』の方が有利ではある。


……ただし、『紅薔薇派』には一つ、致命的な弱点があった。


「……どうしてこんなことになったの」

「『紅薔薇の間』を与えられた時点で、こうなる運命だったのかもしれませんねー」


投げやりなリタの相槌も無理はない。後宮の人間関係は、ディアナが飛び込んだ時点で、もう修正不能なレベルの拗れようだったのである。


リリアーヌ・ランドローズは、建国当時から続く名門中の名門貴族の姫君だ。貴族としての自尊心は誰よりも高く、「新興貴族は貴族でない」と公言して憚らない。そんな彼女の周囲には同じく『名門』と呼ばれる家の姫たちが集まり、新興貴族や位よりも好待遇を受けている家の側室を、あからさまに蔑んでいたらしい。

そんな彼女に対する反発が高まるのは当たり前だ。しかし、彼女は『牡丹の間』を与えられた、後宮内で最も地位の高い側室。表立って反抗すれば、自らの身が危うい。結果、リリアーヌ率いる一派に対する反発心は、水面下でひたすら膨らんでいた。


そこへ登場したのが、『紅薔薇の間』を与えられた側室――ディアナである。伯爵家令嬢でありながらリリアーヌの上に立った彼女は、リリアーヌに反発している全側室の希望の星であった。しかも後宮入りしてすぐ陛下の寵愛を受け、翌日の茶会でリリアーヌをやり込めたという。


――このお方の下に集まれば、保守貴族共と堂々対抗できる。

そんな情報が電光石火の速さで伝わり、お茶会の翌日から続々と、側室たちはディアナの元に挨拶に訪れるようになったのである。


もちろん、焦ったのは誰あろう、挨拶された張本人だ。慌てて情報を集め、現在の後宮の複雑な人間関係を把握したものの、時既に遅し。ディアナの意志とは無関係に『紅薔薇派』は立派な派閥として成り立ってしまい、成り行き上、ディアナはその筆頭として立たざるを得なくなってしまったのだ。


「よく考えたら、ウチってかなり古くからある家だし、位だって伯爵だし。『革新派』を率いるには、かなりおかしい家柄よね」

「どうでしょう……。クレスター家が、その爵位に比べてかなり高い地位にあることは事実ですし。古くからの家、特に侯爵位の皆様からすれば、鼻持ちならない存在なのでは?」

「どちらにしろ……争いなんて面倒くさいし、派閥を率いるとか疲れることしたくないわ」

「致し方ないとはいえ、ディアナ様にとっては厄介な状況になりましたね」

「全く……お父様の調査も、肝心なところで役に立たないんだから」


ディアナとリタはひたすら愚痴る。ここは『紅薔薇の間』、しかも人払い済みとあって、遠慮も容赦もなく愚痴る。


――そう、僅か10日で『牡丹派』を凌ぐ勢力となった『紅薔薇派』の最大の弱点とは、派閥を率いる立場の『紅薔薇様』……ディアナのやる気がゼロということだった。わざわざ争わなくても、平和にいこうよ、と本心から考えている。


新興貴族をあからさまに差別するのはよろしくないと思う程度の良識は、一応ディアナにも存在する。王宮側が決めた序列が気に入らないからと嫌がらせするのは八つ当たりでしかないと考える、真っ当な思考能力と判断力もある。そして、置かれた状況を分析し、現状把握できる冷静さもディアナにはある。


しかし、しかしだ。

だからといって現状を受け入れられるかと問われれば、それとこれとは別問題だと突っぱねたくなるのが人間だろう。


「大体、派閥を率いるって何すれば良いのよ……。夜会で勝手に群がる馬鹿共とは勝手が違うのよ」

「基本は同じでしょう。ディアナ様自身に惹かれてではなく、ディアナ様に付けば有利になると考えてのことなのですから」「その『有利』の内容が深刻じゃない? 要は名門と言われる貴族に勝ちたいんでしょうけど……具体的にこうなれば勝ち! っていう展望がないもの」

「だからこそ、泥沼化の予感がひしひしとするのですけどね」


リタは軽く息を吐き、嫌そうに続けた。


「不本意ながら、具体的な『勝ち』の内容に、陛下の寵愛をどちらが受けるか、というのがあると思いますよ。要はディアナ様とリリアーヌ様、どちらが陛下の御子を授かるか、という」

「……その発想はなかったわ」


オマエ後宮の側室だろ、というツッコミが入りそうなディアナの合いの手。既に国王の寵愛を諦めている……以前に、国王と人間関係を築くことを放棄しているディアナにとっては、まさに盲点とも言える『勝利条件』だ。


「そういえば、あの噂って今でも健在よね? 陛下の側から訂正入るかと思ったけど、それもないし」

「あぁ、なんか寵愛する側室ができたみたいですよ」

「へぇ、そうなの」


三軒隣の家の犬が一週間前に子犬を産んだ、という世間話レベルのテンションで交わされた、後宮という場所においては何よりの重大事件。噂にすらなっていないその情報をあっさり入手しているリタもリタだが、その情報を相槌一つで流すディアナもディアナだ。とことん、国王のことはどうでも良いらしい。


それでも一応、細かいところは確認しておかなければならない。後宮という女の戦場で、情報は何よりの武器なのだ。


「で、その側室はどなた?」

「シェイラ・カレルド男爵令嬢様です。御歳16歳、月の光のように淡い金髪が印象的な、清楚な雰囲気のお方ですね」

「カレルド男爵家……って確か、ついこの間、ご当主様がお亡くなりになってなかったかしら?」

「はい、シェイラ様は亡くなられた男爵様のご息女です。男爵位を継いだのは男爵様の弟君、シェイラ様にとっては叔父に当たるお方ですが、その方が酷い人のようでして……。シェイラ様は半ば売り飛ばされるように、後宮に入られたそうですわ」

「不遇な境遇ながら健気に明るく振る舞う身分低き娘が、ある日国王の目に止まり、やがて愛を育むようになる……。巷で流行りそうな恋物語の筋書みたいねぇ」

「ちなみに今は、陛下からの一方的な好意矢印状態みたいですけどね」

「シェイラ様には、是非粘って頂きたいわね。陛下はどうも、相手の気持ちを考えて発言するとか、あらゆる事態を想定するとか、立場によって違う真実を紐解くとか、そういうスキルがまだまだ足りないみたいだから。片想いして恋に悩めば、少しはマシになるんじゃないかしら」

「私としましては、散々悩んでシェイラ様に告白、フラれて凹んでざまぁ! という展開を切に希望しますが」


一国の王も形無しな容赦ない会話である。割と重要な情報のはずなのに、この二人からはそんな気配は微塵も感じられない。実際、雑談程度にしか思っていないのだが。


「それはともかく、陛下はどこでシェイラ様を見初められたのかしら?」

「10日前の、『紅薔薇の間』からの帰り道らしいですよ。何でも、建物の陰で小鳥にエサをやっていたシェイラ様に、陛下は一目で心奪われたとか」

「ありがちなパターンね。物語のセオリーに則るなら、その事実を知ったわたくしは怒り狂って二人の仲を邪魔し、二人の恋が盛り上がるのに一役買わなきゃいけないってことになるけど」

「まさかなさらないでしょう?」

「するわけないじゃない、面倒くさい」


手をひらひら振りながらディアナは答える。道端の小石並に国王のことがどうでも良いディアナには、そもそも怒り狂う動機がない。


「それより問題は、この情報がいつまで隠せるか、よね」

「今はまだ私たちしか知りませんよ。ちょうどディアナ様との噂が立っていることもあって、陛下はそれを隠れ蓑に、こっそりシェイラ様のもとに通っておられますし。私たちがいつもの調子を崩さなければ、しばらくは洩れないと思いますが」

「わたくしたちはそれで良くても、王宮から来た侍女たちはそうもいかないでしょう。わたくしが後宮入りしてもう10日。噂とは裏腹に、初日以来陛下の訪れがないことは、誰より彼女たちがよく知っているわ」

「彼女たちがそれを洩らすとも思えませんけどね。実際は陛下の訪れがないことが広まったら、ディアナ様の恥になると考えているでしょうから」


その発想はなかった、再びである。確かに普通に考えれば、寵姫と噂されている主が現実にはそうでもないという『真実』は、仕える者にとっても辛いことだろう。本人気にしていないどころか万々歳なので、思考がそこにはまらなかった。


「じゃあとりあえず、わたくしが噂と現実の違いを嘆いていると、それとなく侍女たちに伝えれば……」

「しばらく噂はそのままになるでしょうね。ただしディアナ様も、陛下の訪れがないことを嘆く振りをなさらなければなりませんが」

「あぁ……そうね。うん、頑張るわ」


基本自分に正直に生きているディアナは、『演技する』という行為が実は苦手だ。素のままに生きて誤解される、それがクレスター家のクオリティなのである。

しかし、こればかりはそうも言っていられない。ただでさえややこしい後宮の人間関係を更に拗れさせないためには、非常に不本意だがディアナが上手くことを運ぶしかないのだ。


「できればシェイラ様にお会いして、人となりを把握しておきたいけれど……難しいでしょうね」

「そのうち機会もあるでしょう。ちょうど社交のシーズンになりますし」

「あぁ、もうそんな時期か……」


社交シーズンには、あまり良い思い出はない。『クレスター』の家名、ディアナの外見に釣られて寄って来る俗物共の、中味のないおべっかをあしらうのにひたすら苦労した一年目、その結果『悪評』が高まり、二年目からはまともな人脈すら築けなくなった。現在『睡蓮』と『鈴蘭』の名を冠している二人の側室は、実は貴重な例外なのだ。


仮にも『紅薔薇』の名を与えられた身、夜会をサボるという選択肢はない。そして夜会に出れば、『クレスター伯爵令嬢』として、側室のトップとして、そして後宮の一大派閥を率いる存在として、王宮の嵐に巻き込まれることは避けられないだろう。


ディアナは深々と息をつき、リタに言った。


「紙とペンの準備をお願い」

「旦那様にご報告ですか?」

「えぇ、もうシーズンということは、領地から出て来ているでしょうし。『闇』の者の負担にもならないでしょうから」

「畏まりました」


リタが持って来てくれた紙に、ディアナは後宮入りしてからのあれこれを、すらすら書き綴るのだった。




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