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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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閑話その10-2~不正発覚~


朝イチで執務室に届けられていた『報告書』に目を通したジュークは、最初しきりに首を傾げ、時間が経つにつれ険しい表情になっていった。王が決裁を下さなければならない案件は大量で、たかが報告書一枚放置していても良さそうなものであるが、太陽が地平線に近づく時間になっても、その報告書はジュークの執務机の上から離れない。ようやく大臣たちの訪問に一区切りついた夕方、ジュークはアルフォード以外の近衛騎士に退室を命じた。騎士たちが出ていくなり、ジュークは机の上の紙束に手を伸ばす。


「アルフォード、これを見てくれ」

「それ、朝見ていたやつだよな? 俺が見ても問題ないか?」

「報告書の体裁は整っているからな。問題ないだろう」


紙束をアルフォードに差し出すジュークの顔色は悪い。黙って受け取りざっと目を通したアルフォードは、――既に熟知している内容であることなどおくびにも出さず、軽く目を見開いてみせた。


「これ……見た感じ、過去五年間の内宮における歳入歳出費の推移みたいだが」

「あぁ、俺にもそう見えた。……どう思う?」

「俺の意見の前にジューク、お前の意見を聞かせてくれ。どう思ったんだ?」

「――妙だ。毎年、財政報告書に目を通しているが、こうして見ると…」


重い口調ではあったが、ジュークに迷いは見当たらない。アルフォードを見上げ、はっきり断言する。


「二年前は、父上が身罷られた年だ。当然、それに伴い多少の歳出増加が見られないとおかしいのに、この報告書からはそんな様子は見受けられない」

「だな。一応、葬儀費の名目が入っちゃいるが、こんなに少ないはずがないだろうって額だ」

「それに、今年もだ。後宮が機能し始めて、国庫の負担はかなりのもののはず。だが…」

「極端すぎるよな、増加の仕方が。一応後宮に人が増えたからって筋は通っているが、いくらなんでもこんなに突然請求が立て続くのは不自然だ」


かなり詳細に、かつ分かりやすく纏められた報告書を覗き込み、男二人は苦い顔になった。


「……で? この報告書を見て、お前はどういう可能性を考えた?」

「考えたくはないが……この不自然さを説明できる可能性は、一つしかないだろう」


公金、横領――。

重々しく呟いたジュークの言葉が、執務室内に響いて消える。アルフォードは舌打ちをした。


「一体誰の仕業だ?」

「俺まで上がってくる書類を操作していたとなると、かなり上の方だ。女官長、それから、もしかしたら財務省の大臣たち……」


もともと、執務に関しては勤勉で優秀なジュークである。違和感に気付けば、後は早い。


「とにかく、話を聞かなければ」

「話? 誰に何を聞く気だ?」

「女官長に……聞いても答えてはくれない、だろうな」

「女官長が犯人なら、しらばっくれられて終わりだろ。証拠があるならともかく、今の段階じゃ」


なんかコレ不自然なんだけど、と尋ねられて、それは私が不正をしていたからです! と答えてくれる悪党はいない。動かぬ証拠を突きつけられてもまだ足掻こうとするのが、正しい悪役の姿というものだ。


「だが、もしも公金横領が事実なら、放っておくわけには」

「そうだな。……そういえば、その報告書はどこから上がってきたんだ? 証拠固めなら、そいつらがもう動いているかもしれないぞ」

「そ、そうか、成る程!」


言われてばさばさ紙を捲ったジュークは、最後のページに記されていた名前を見て、訝しげな声を上げた。


「が、外宮室……?」

「あぁ、三省の補佐組織だな。国王執務室に直接上奏する権限はなかったはずだから、報告書って体裁を取ったのか」

「それは、つまり、外宮室が内宮の不正に気付いて、密かに調べているということか?」

「可能性は高いんじゃないか? あそこは仕事量ハンパないけど、その分有能な人材が揃っているからな」

「……お前、ひょっとして知り合いがいたりするのか?」


半信半疑で問い掛けたジュークに、アルフォードはよくできましたとばかりに頷いた。


「俺はこれでも顔が広いんだぞ。――外宮室室長補佐ならすぐ引っ張ってこれるけど、どうする?」





――国王執務室に入るのは初めてのはずのキースは、全く動じずスタスタ部屋の中央まで入り、臣下の礼を取った。


「外宮室室長補佐、キース・ハイゼット。お召しにより、只今参上致しました」

「あぁ、顔を上げてくれ、キース・ハイゼット。突然の呼び出しにも関わらず、よく来てくれた」

「陛下がお呼びとなれば、無視するわけにもいきますまい」


基本無表情のキースだが、纏う空気が誰よりも正直者なのもキースだ。二人の間に立ったアルフォードは、彼の心中を察して苦笑した。


「それで、お話とはどういうものでしょうか? できれば仕事が立て込んでおりますので、手短にお願いします」

「そ、そうなのか。それは悪かった」

「謝罪など結構ですので、お話を」


鈍いことには定評のあるジュークでさえ、キースが発している『忙しいんだよさっさと用件済ませろや』オーラを感じ取ったらしい。目線でアルフォードを呼び、小声で問い掛けた。


「おい。こんな男が、外宮室室長補佐なのか?」

「愛想だけは決定的に欠けていますが、有能なことでは他の追随を許しませんよ。キースが外宮室に入ってから、あの部屋の回転率がどれだけ上がったか」

「――陛下。お話をお願い致します」


ジュークのみならず、アルフォードも軽く飛び上がるほど、キースの声は冷え冷えしていた。特にアルフォードは、外宮室まで出向いて声を掛けた瞬間に『朝一番で渡した書類の話がどうしてこんな時間帯になるんです、我々がもっとも忙しいのは今ですよ、何を考えているのですか』と叱られてしまっただけに、彼のちくちく刺さる視線が痛い。


「ひとまず陛下、さっさと本題を済ませましょう」

「そうだな、そうしよう」


二人で頷き合い、ジュークは改めてキースと視線を合わせると、外宮室が寄越した『報告書』から導き出された不正の可能性を話した。

王の言葉を黙って聞いていたキースは、彼の言葉が終わるのを待って、大きく息を吐く。


「――ようございました」

「キース?」

「この報告書を上げても、陛下が内宮の――女官長の不正に気付いてくださらなければ、我々にはどうすることもできませんでしたので」

「では、ではやはり……!」

「はい。現女官長、サーラ・マリスは、職についた二年ほど前から、横領と不正を繰り返しております。帳簿の不自然さからそれは明らかでしたが、我々が気付いた端から書き換えられ、一年単位で見るだけでは分からないように細工されていたのです」


キースの言葉は淀みない。この件に関しては、外宮室にも『気付いていながら報告しなかった』不正があっただけに、何としても自分たちで事件の全容を明らかにしたいという強い思いがあるのだろう。


「サーラ・マリスの素行不良は、それだけに留まりません。調べたところ、彼女が女官長の職についてから、身分の低い侍女や女官がかなりの数、王宮から去っております。その何人かに話を聞いたところ、女官長の差し金で王宮内に居づらくなり、半ば追い出される形で辞めざるを得なかったと」

「何だと!? 我が王宮に仕える者に、一介の女官長が個人的感情から危害を加えていたというのか?」

「はい。表には出していないようですが、側室方への対応にも、随分な差をつけているとか。侯爵家令嬢でいらっしゃる牡丹様には毎朝毎晩の挨拶を欠かさぬのに、側室の頂点であらせられるはずの紅薔薇様には、伯爵家令嬢というだけの理由で、ろくに挨拶もしないそうです」

「馬鹿な……!」


ジュークの顔に、本物の怒気が昇っている。ディアナに癇癪を起こしていたときとは比べものにならない、それだけの迫力が今の彼にはある。


「我々には、捜査権限はございません。故に調査は全て非公式に、秘密裏に行っております。現在交代制でサーラ・マリスの周辺を洗っているのですが……聞き捨てならない報告もありまして」

「……今の話以上に聞き捨てならぬと? どのようなことだ」

「いいえ、陛下。これはまだ証拠がございません。確たる証拠が見つかり次第、追って報告致しますので」

「構わぬ。――話せ」


真横でやり取りを聞いていたアルフォードは、ジュークが無意識のうちに、『王』の顔をしていることに気付いた。公金横領だけではない、女官長が自らの『民』を苦しめている、その事実を告げられて、ごく当たり前に彼は憤っているのだ。

キースもアルフォードと同じことに気付いたのか、眼鏡の奥で、僅かに王を見る目が変わった。


「――陛下。たとえ陛下であっても、証拠もなく人民を裁くことはできないのですよ」

「そのようなことは分かっている。だが、民の血税で成り立つ王室の財を着服し、それだけでは飽き足らず身分で他者を踏みつけるような真似を繰り返すような輩を、放置するわけにはいかぬ。余罪があれば全て明らかにし、罪の重さに応じた罰を与える必要があるはずだ。証拠がないならばこれから揃えれば良い、今は知ることから始めねば」


いつの間にか、キースの周囲で渦巻いていた不機嫌が消えている。その目はただ真っ直ぐに王を見つめ――やがて深々と頭を下げた。


「はい、陛下。御心のままに」

「それで、聞き捨てならぬ報告とは?」

「あくまでもその者が見ただけですので、確かとは言えぬのですが――後宮宝物庫に納められているはずの品が、彼女の屋敷を通してやり取りされているようなのです」


黙ったままただ目を大きくしたジュークに、キースは続けた。


「外宮室は、三省の補佐が職務です。春に後宮が設置されるとなったとき、後宮の備品点検に、我々も同行致しました。私は不勉強にして美術品に対する造詣は浅いのですが、普段はなかなか見ることのできない後宮の宝物を間近で拝んで喜んだ者もおりまして。……その者が女官長の屋敷を見張っていたときに、たまたま物品のやり取りがあったそうなのです」

「見張っていた者の目は確か、なのか?」

「官吏の試験に落ちたら鑑定士になれと言われていた程度には」


有能だが変人が多いのも、外宮室の特徴だったりする。ちなみに、官吏より鑑定士の方が実入りは遥かに良い。

話が途切れても、ジュークは言葉を発しなかった。指を組んで、執務椅子に座ったまま、目を閉じて考え込んでいる。そんな彼を、アルフォードとキースは、ただ静かに見守った。


「――アルフォード。後宮近衛のグレイシー団長に連絡はつくか? ……誰にも知られぬように」

「は。直ちに」


顔を上げて一点を見据えたジュークは、アルフォードも見たことがないほど、大人びた表情をしていた。




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[良い点] こういう作品見る度思うけど、どんな人にも自分が見てるその瞬間が訪れる前の過去があって今があるんだなと思った。 人間生活を続ける上で苦手な人との出会いの度思い出すようにする [一言] こうも…
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