閑話その9-2~団長の苦悩~
引き続き、アルフォード視点です。
それにしても不憫なポジションにいる奴だ……。
「やほーぅ。お坊ちゃまのご機嫌取りは終わった?」
庭へ出たアルフォードを待っていたのは、初っ端から痛烈な一撃。声のした方を見ると、クリスが木にもたれてこちらを眺めていた。
「よっ」
「よ、じゃねーよ。……そっち、どうなってる?」
クリスは軽く肩を竦めた。
「今、ディアナが女官たちに、ディアナと密かな協力関係にある令嬢方が側室たちに、それぞれ説明中。『陛下が『名付き』の部屋を回ったのは、後宮の現状を調査するためだった』『その結果、常駐の近衛が必要だとご判断なさり、女性ばかりの騎士団を創設してくださった』『我々の安全を第一に考えてくださった陛下に感謝しよう』って方向で、話を持っていくみたい」
「その場に団長がいなくて良いのか?」
「だーかーら、ボクたちが目の前に立ってもみんなが動揺しないように、わざわざ紹介前に説明するって二度手間踏んでるんじゃん。まーさかここまで、男側のほうれんそうがグダグタだとは、ボクも予想していなかったし」
『ほうれんそう』――言わずと知れた、報告、連絡、相談の略である。ディアナがこまめにそれらを行ってくれていたことは確かで、この件では外宮側の不手際を責められても仕方がない、というかディアナには責める権利がある。
「ディアナ言ってたよー。せめて警備計画上げたときに一言女性近衛のこと添えてくれてたら、もっと効果的な根回しだってできたのに、って」
「重ね重ね申し訳ない……、が。それを言うならお前だって、エドにも言わずに団長職引き受けただろう。せめてお前がエドに耳打ちしてくれていたら、エドからディアナに伝わったはずだぞ」
「読みが甘かったって反省してるよ。ボクは女性近衛の団長になったことを隠したかっただけで、女性近衛の存在自体を隠したかったわけじゃない。まさか外宮が後宮に、当日まで何も言わずに計画進めてたなんて思いもよらなかったし」
ディアナ真っ青だったからね、ボクから話聞いて。
改めて言われると、罪悪感が沸き上がってくる。
「悪かった。陛下から他言無用と命じられていて、」
「あ、いーのいーの。済んだことを今更言い訳されても生産性ゼロだし。大方リタと顔合わせるのが気まずくて後宮に顔出さなかったんだろうけどさ」
内心をずばり言い当てられて言葉に詰まった。エドワードが誰より愛し、誰より信頼するこの女性は、人の心の機微に恐ろしいほど聡い。読心術が使えると説明された方が納得できるくらいだ。クリスにかかれば、どれだけ隠そうがアルフォードの心中などお見通しなのである。
「外宮がここまでグッダグダだって分かってたら、ボクから話したんだけどねぇ。ホント男ってさ、くだらないことにこだわって状況を悪化させるの上手だよねー」
言い返せない。今回に限っては事実だからだ。素直に話しておけば良かったと、今更後悔しても後の祭り。
居心地が悪くなり、アルフォードはやや強引に話を変えた。
「それで、ディアナ嬢は大丈夫なのか?」
「あのさ、ディアナのこと馬鹿にしてる? いつまでもうじうじなんてしてるわけないでしょ、お坊ちゃまと違って」
変えた話題はどうやら薮蛇だった。
「大丈夫かと聞かれたら、大丈夫なわけないって答えるよ。けど、今ディアナが崩れたら、園遊会なんて開けない。大丈夫でいるしかないんだよ、ディアナは」
「ディアナ嬢は、そんなに……」
「――君たちはさ、間違ったよ」
クリスは木から離れ、静かに芝を踏んで、アルフォードの正面に立った。
「正直、園遊会が今日で良かった。これ以上は、ディアナがもたないから」
「それは、」
「今のディアナは、責任感と重圧に押し潰されそうになってる。あの状態のディアナを楽にしてあげられるのは、クレスター家の人たちだけだ」
ふぅ、と息をつくクリスの顔色は冴えない。彼女ですら、予想外だったのか。
「本人にも自覚はないけどさ。ディアナくらい優しくて不器用な子、ボクは他に知らないよ」
「ディアナ嬢が不器用?」
「そ。どんなに困難な現実にぶつかっても、とにかく頑張っちゃう。逃げるとか、遠回りするとか、そんな立ち回りを思い付けないんだよね。本人の能力が異様に高いから、頑張っちゃえば大概のことが何とかなる分、余計にタチが悪いよ」
なんだかんだ言いながら、それでも置かれた状況を受け入れて最善を尽くす。それがディアナだ。自分の力が何かの役に立つなら、黙って見ているわけにもいかない。ごく自然にそんな風に考えてしまう。
結局、お人よしなのだ、ディアナは。
「そんな人間に任せるべきじゃなかったよ、こんな役目。受け止めて抱え込んで、いずれ潰れるのが目に見えてるじゃない」
「だが、」
「分かってる。――家柄、社交界での評判、父親の権勢、本人の資質。全てにおいてディアナ以上の適任はいなかったし、実際それで上手くいった」
そう。あのときはあれが最良の選択だった――政治的判断として。
「ディアナ嬢は有能だからな。期待されている役目を正しく理解して、それを果たしてくれた」
「そうだね。今も果たし続けてる。政治的判断としては、それが正しかったんだろうさ。……けど、それはディアナにとっては間違いだった」
クリスの眼光は鋭い。刺すような視線が、アルフォードを貫いてくる。
「アルだって、もう気付いてるだろ? ディアナが有能で、役割をこなせばこなすほど、外宮は甘えてグダグタになった。そのツケをディアナが支払うことになって、最後はディアナが抱え込む。そしていずれは、潰される」
容赦なく、突き付けられた。自分たちの卑怯さを。
「あの子だって、その矛盾には気付いてるよ。でも、蓋をして見ないフリ。そこに不満持っちゃったら終わるからね、全部」
「――俺、は」
「有能な人に頼るのは仕方ない、人間の心理だ。大事なのはそこで、頼り切ってしまわないことじゃないの? 何か問題が起こっても『紅薔薇様』がなんとかしてくれるだろう、なんて考えが上層部にあるなら、その甘えを今すぐ捨て去らないと国が滅ぶよ」
ボクは別にそれでも構わないけど、とクリスは冷たい言葉を吐いた。
「有能だろうがなんだろうが、一人に全ての負債を背負わせて成り立とうとする国なら、滅んだ方がいくらかマシだ。それってつまりは、その一人を犠牲にしているってことなんだから」
「――クリス、」
呼び掛けてはみたが、続きが思いつかない。クリスはにっこり笑った。
「しかもそれが、大半の貴族に悪者扱いされて見下されている『クレスター伯爵令嬢』だなんてね。ここまで来ると笑い話にもなりゃしない」
「……まさか、『クレスター家』は」
最悪の事態が思い浮かぶ。外宮側の甘さ、後宮への負担。それらがつぶさに、伝わっていたとしたら。
「残念ながら、外宮がここまでアンポンタンだってことは、まだご存知ないよ。『クレスター家』は政にはノータッチが原則、今のディアナが特例なんだから。……けど、ここまで『クレスター伯爵令嬢』に頼り切っているなんてバレたら、大変だろうねぇ」
大変だろうも何も、もうすぐバレる。クレスター家一同も当然、園遊会の招待客なのだから。
ぞおっと背筋が寒くなった。
「もう一度! あと一度だけ待ってくれ! 陛下も反省なさった、俺も自覚した! 頼む、最後の機会をくれ!」
「ボクに言われても。実際どうするのか、判断なさるのはデュアリス様だし」
「そこをなんとか、執り成してくれないか!」
「心配しなくても、最悪の結末にはならないと思うよ? やってディアナ強制回収くらいじゃない?」
簡単に言ってくれる。要は最悪一歩手前ではないか。
「ディアナ嬢が後宮から居なくなるのは、最悪と同じだ…」
「だから、そんな歪んだ状態をなんとかしろって言ってるの。ディアナ一人に全て背負わせている限り、クレスター家の導火線は燃えっぱなしだよ」
「簡単に言うな。なんとかできるなら、とうにしている」
「情けないねぇ。後宮の側室たちの方が、よっぽど肝が座ってる」
……全く、そのとおりだ。実質今のこの国は、女性たちに支えられているようなもの。このままでは、男としての立場がない。
「――分かった。最善を尽くす」
ぐ、と腹に力を込めて、クリスを見上げて。
覚悟を持って、言い切った。
一陣の風が吹き抜ける。やがて、クリスがふわりと笑む。
「うん、信じるよ。デュアリス様に意見求められたら、そう言ってたって伝えとく」
「……済まないな」
「謝罪するならボクじゃなく、ディアナにね。多分あの子は、謝罪より感謝の方が嬉しいと思うけど」
ふと、クリスが遠くを見る。振り返ると、そこには。
「……クリス、様」
――逢いたくて逢いたくて、けれど逢うのが怖かった、彼女がいた。
思わず踏み出そうとすると、クリスが肩を押さえてくる。
「リタ、時間かな?」
「は、はい。ディアナ様が、皆様を後宮の者に紹介したいと」
「分かった、行こうか」
リタを促して、クリスは歩き出す。半ば無意識に追い縋ろうとしたアルフォードに、クリスは小声で告げた。
「リタに恥じない自分になって、出直してきなよ。今のままじゃ拗れるだけだ」
彼女の言葉はいちいち的確だ。ド直球ストレート過ぎて、泣きたくなる。
「……クリス、今度呑みに付き合ってくれ」
「いーよ。グチぐらいならいくらでも聞くから。とりあえずは今日、乗り切らなきゃね」
そうだ、まだ園遊会は始まってすらいない。全てはこれからだ。
――ようやく気持ちを切り換えて、アルフォードは前を向き、たくましい女性たちを見送った。




