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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
34/235

戦闘開始


――夜。皆が寝静まった、真夜中。


後宮の奥の小部屋で、戦いの火蓋は切って落とされた。


「ミア、話したいこととは何? こんな真夜中に」

「申し訳ありません、サーラ様。わざわざご足労くださいまして」


真っ暗な部屋に、明かりが二つ。どこかそわそわした女官長を前にミアは、壁まで歩き室内灯に光を点した。

そこに照らされ浮かび上がったのは、複数の人影。女官長の顔色が変わる。


「――、これは……!?」

「いらっしゃい、女官長」

「ミア、どういうこと!?」

「あら嫌だわ、そんな血相を変えて」


くすくす笑いながら立ち上がったのはディアナだ。化粧はばっちり、ドレスは血のような赤い色。完全装備の『悪役令嬢』である。

ディアナの姿を認め、ドアを振り返った女官長は、ドア前に陣取ったリタを見て逃げ場を失ったことを知る。ディアナの傍に控えるのは、ユーリとルリィ。


――この狭い空間が『紅薔薇』に支配されていることを、この瞬間女官長は悟った。


「――これはこれは紅薔薇様。このような夜分に、一体何の御用でございましょう?」

「悪かったわね。まともに手続き踏んで面会申し込んだところで、いつ会えるか分からなかったものだから」

「……申し訳ございません、年末年始の王宮行事の準備で手が離せず、」

「それ、嘘よね? 王宮勤めの侍女たちに聞いたわよ、年末年始の準備はもっと後からだと」

「いえ、今年はこのように後宮が華やかになりましたので」

「また新たな行事が予定されている? それは、陛下勅命の、園遊会の準備よりも、優先しなければならないこと、なのかしら」


形勢は明らかに女官長が不利。彼女もそれは分かったのか、右腕のミアに矛先は向いた。


「ミア、説明なさい! どういうことなの!」

「紅薔薇様が女官長様とお話したいと仰せになったので、場を用意したまでですが」

「……そう、そういうこと」


無害そうな夫人の裏から一瞬、欲に染まった醜悪な素顔が表れミアを睨む。その後何もなかったかのようにディアナに向き直った面の皮の厚さには、呆れを通り越して感心してしまった。


「失礼致しました。それでは、ご用件を伺いましょう」

「ミアから全て聞いたわ」

「はて、何をでございましょう?」

「貴女が後宮に与えられている公金を、密かに帳簿をいじって横領していること。高価な備品を闇業者に売り払い、よく似た偽物を安値で仕入れて差額を懐へ入れていること。後宮の人事を自身の都合良いように操作していること。……まだ挙げた方が良いかしら?」

「覚えがありませぬ」

「あら、そうなの?」

「ミアが何を申したかは存じませんが、大方待遇に不満を抱いてわたくしを陥れようとでも、企んでいるのでしょう。ご聡明な紅薔薇様ならば、お分かりのはず」


大したオバサンだ。ディアナは内心感服する。

女官長のやりようは悪辣極まりないが、彼女がこの困難な局面で女官長に任官された理由は、ある意味分からなくもない。状況を判断するなり自分に最も有利な振る舞いを選択し、必要ならば憎い相手にすら愛想を振り撒いてみせるとは。要領の良さと演技力だけは、なるほど並外れている。


ここは乗るか。ディアナは軽く小首を傾げた。


「わたくしが何を分かるというの?」

「紅薔薇様。公金横領など、できるはずもございません。後宮予算は全て、厳正に管理されているのですよ? 少なくともわたくしが行うことは不可能です」

「……なるほどね」

「できるとすれば、実際に書類を作成する段階で、数字を偽ることだけです。ですがわたくしの役目はあくまで、出来上がった書類に不備がないか確認すること。――書類作成は、女官の役目です」

「えぇ。つまり?」

「女官ならば、残念ながら、公金横領は可能です。そう、例えばそこのミアですとか」


名指しされたミアは少し表情を変える。ディアナは考えるそぶりをしながら、女官長に近づいた。


「そう。要するに貴女は、公金横領の事実があったとして、それは自分ではなく女官がしたことだと。そう言いたいのね?」

「申し訳ありません。監督不行き届きでした。……今思えば何人か、心当たりがございます」

「聞くわ」


女官長が挙げた名前は、ほぼ予想どおりだった。ユーリが紙に書き留める。


「……では、ミアが他に告げた不正も?」

「虚偽の不正を申告するときには、現実感を持たせるために、実際行われているものを挙げることが一番です。もしかしたら、いざというときのためにわたくしの名を使っているかもしれません。紙の上の名前に騙されませぬよう」

「全て、ミアや他の女官が行ったことだというのね?」

「よりによってわたくしに罪をなすりつけようとは。とんでもない娘たちです」


女官長がミアを睨みつける。ミアがディアナの方に向いた。


「いいえ、いいえ紅薔薇様! 私は決して、嘘は申し上げておりません。女官長が行った不正です、証拠もあります!」

「黙りなさい! この期に及んで往生際の悪い。してもいない悪事の証拠などあるはずがないでしょう」

「女官長の執務室をお調べになってください。そこに裏帳簿があります、本当です!」

「いい加減にしなさい! 紅薔薇様、このような小者の発言に惑わされませんように。帳簿などございません。百歩譲ってわたくしが不正を行っていたとして、わざわざ証拠になるようなものを作るわけがないことは、紅薔薇様ならお分かりのはずです」


無表情でミアと女官長を見比べる。今にも泣き出しそうなミアと憤怒と誠実さを全面に出して身を乗り出す女官長。

……なるほど、こんな顔をされては、疑うことすら難しい。


ディアナは女官長に頷いてみせた。


「――そうね。冷静に考えたら、貴女の言うとおりだわ」

「紅薔薇様!」

「左様でございましょう。紅薔薇様なら分かってくださると信じておりました」


女官長は優しく、晴れやかに笑った。ミアが座り込み、啜り泣き始める。


「さぁ、後はわたくしにお任せを。紅薔薇様はお部屋へお帰りくださいませ」

「あら、わたくしもくだらない流言に躍らされたのよ?」

「お怒りはごもっともですが、事が公になれば外宮をも巻き込みます。どうかここはお心を鎮めて、わたくしに預からせては頂けませんか」

「紅薔薇様! 私、嘘はついておりません!」


ここだ。ディアナは気合いを入れて、婉然と微笑んでみせた。


「……そう。なら、これだけ聞かせて。ミアの処分はどうするの?」

「当然、後宮から追放致します。国宝にまで手を出した罪、いっそ死罪でも良いくらいですわ」


――釣れた。

ディアナはにっこりと、おそらく周囲からは悪事を働くに違いないと思われるような、満面の笑みを浮かべた。


「……えぇ、そうね。それほどの罪ならば、死罪が妥当でしょうね。家を取り潰すこともできるかもしれないわ」

「左様でございますね。……さぁ紅薔薇様、」

「…………ふふ、女官長。まだ気付かないの?」


女官長が困惑した表情になる。ディアナは一歩、踏み出した。


「――わたくし、『高価な備品を売り払い』とは言ったけれど、それに『国宝』が含まれているとは、一言も口にしていないのよ?」


人の顔色がこんなに劇的に変わる瞬間を、ディアナは初めて目撃した。狼狽した女官長は一歩、後ろに下がる。


「……い、いぇ、それは、」

「さっきみたいに納得いく説明をしてもらいたいわね。何故ミアが、国宝に手を出していたことを、貴女が知っていたのかを」

「こ、言葉の綾です!」

「かなり苦しいわね。普通、備品と国宝という言葉は、即座に連想されるものではないでしょう。確かに後宮に保管されている国宝もあるけれど、それは文字通り『宝』として、大切に仕舞われているはずだから」


ディアナは再び、一歩踏み出す。女官長はその分後ずさった。


「貴女の言うとおり、もしも国宝が売り払われて、模造品にすり代わっているとしたら、それはとんでもないことだわ。発覚した時点で外宮に通達し、国宝の行方を捜索する必要があるはず。貴女が国宝を偽物だと気付いていながら何も手を打っていなかったのだとしたら、それは免職ものの職務怠慢よねぇ」

「い、一大事でしたから、密かに捜索を」

「あら女官長、さっき『高価な備品』を『国宝』と言ったのは、言葉の綾だと言わなかった? それって要するに言い間違えたってことよね? だとしたら貴女は、国宝のことなど知らなかったはず」


一歩、一歩。語りながら、ゆっくりと。ディアナは歩を進めていく。女官長はじりじり後ずさり、遂には壁に背中をつけた。


「この矛盾を説明できる解釈が一つだけあるわ。やはり貴女は、国宝がすり代わっていることを知っていた。知っていながら何もせず、わたくしに問い詰められてもしらを切り通そうとした。何故なら――貴女が国宝を売り飛ばした、張本人だから」

「違います!」


張り上げた声が、室内にこだまする。女官長が大きくかぶりを振った。


「いくら紅薔薇様とはいえ、無礼にも程があります。わたくしは内宮を総括する女官の長ですよ。貴女がた側室も、わたくしは監督する立場にあるのです。確たる証拠もなく女官長たるわたくしに嫌疑をかけたこと、すぐさま陛下にご報告申し上げ、処分を検討して頂きますわ!」

「……あくまでも、罪を認めるつもりはないわけね?」

「まだおっしゃいますか。このようなこと、本来ならば即座に首が飛んでもおかしくないものを」

「もう一度だけ、言うわ。……認めなさい、貴女自身が行った、不正を」

「そのような事実はないと、先程から申し上げているはずです」


ディアナと女官長の視線が交差する。互いに目を逸らさず、譲らない。

一拍、二拍、三拍。沈黙が舞い降りる。痛いほどの緊張感が、その場を支配した。


「――分かった」


ふ、と力を抜いたのは、ディアナが先だった。くるりと振り返り、椅子まですたすた戻る。


「ルリィ、あれを」

「はい、ディアナ様」


それまで一言も発さず、微動だにしなかったルリィが、そこで初めて動きを見せた。エプロンの下から紙束を持ち出し、ディアナに手渡す。


「どうぞ」

「ありがとう。……さて、女官長。これをご覧なさい」

「嘘の証拠で落とそうとしても無駄ですよ」

「嘘かどうか、見れば分かるわ」


差し出した紙の束。女官長は毅然とした顔になると、ディアナからそれを受け取り、ぺらりとめくった。

一枚目は平然と眺めていた女官長。しかし二枚目、三枚目とめくるにつれ顔色が徐々に悪くなり、やがては手が、わなわなと震え出す。紙をめくる手は段々と速くなって、最後の頁を読み終わった瞬間、最早取り繕うことを止めた顔で、紙束をぐしゃりと握り潰した。


「ちなみにソレ、単なる写しだからね。原本と裏付け証拠品は、別所にて厳重に管理中」

「有り得ない!」

「コレ全部陛下に提出したら、多分女官長、免職処分じゃ済まないでしょうねー」

「黙れ、この雌狐が!!」


リタと天井裏から殺気が放たれた。しかも本気のだ。

ディアナは苦笑して、ようやく本性を表した女官長と対決姿勢に入ることにした。


「雌狐はどちら? 国庫を食い物にし、国宝すらも私物化してやりたい放題、自分の意に沿わない女官や侍女はいじめ抜いて追い出し、挙げ句その罪を全て部下へ被せてトカゲの尻尾切りを目論む。わたくしなんかより余程、素敵な狐振りだと思うけれど」

「いいえ、いいえ! 有り得ない、証拠が残っているはずがない、わたくしの仕業だと示す具体的な証拠など何一つないはず!」

「あのね、民はしたたかなの。貴女みたいな貴族が、危なくなったら自分たちを切り捨てようとすることくらい、ちゃんと分かってる。いざ切られそうになったとき、自分の身を守る保険を掛けていないわけがないでしょう」


クレスター家が本気で埃を叩く『標的』を定めたら、一切の容赦をしない。表から裏から手を回して、徹底的に、しらみ潰しに暴き出す。社交界に流れる噂を拾い(今回は急を要したので、女官長や女官たちの噂が飛び交っていそうな社交の場を狙って潜り込み、巧みな話術で話題を誘導して情報量を増やした)、仕入れた噂を整理し繋ぎ合わせ、矛盾点がないか探る。

矛盾点が見つかれば、次は『裏』の役目だ。情報網をフル稼動させて、女官長個人の邸宅、取引のある商店、そこから繋がる盗品売買ルートまで探れば、後はもう芋づる式だった。女官長が関与しているという証と引き換えに見逃してやると囁くと、面白いくらいに証拠は出揃ったらしい。いかに彼女が信用されていなかったか、よく分かる。


もちろんクレスター家の面々は、僅か十日ほどの間に、これらの作業を後宮勤めの女官、侍女全員分行ったのだ。そこから女官長との繋がりやどんな関係かもある程度割り出し、実家や親族が加担しているか否かまで調べ上げた。そこには当然、連日資料室に篭って膨大な調査報告書と格闘した、デュアリスの努力が隠されている。

その結果を分かりやすくまとめたものが、先程女官長に見せた紙束。一枚目には後宮内で行われてきた不正が、二枚目からは証拠品の目録が、ずらりと並んでいる。約二年間に及ぶ後宮内の不正を暴けるだけ暴いたのだ、枚数は嵩張り当然束になった。


――まぁ今は、紙屑と化したわけだが。

その紙屑を握り、呆然と立ち尽くす女官長へ、ディアナは静かに語りかけた。


「貴女の不正の証拠は、民の協力によって出揃ったの。それをまとめたものが、そこに記されている。……これでもまだ、知らないと言い張るつもり?」

「……こんな、こんなこと、起こるはずがない。仮に証拠があったとして、どうしてそれがこんなに出揃うの? そう、そうよ、これも罠!」

「これでも信じないの? 貴女が売り飛ばした備品の数々も次々と発見されているし、模造品を作っていた職人も自白しているのよ」

「信じられるものか! 後宮から出られもしない者が語る戯言など!」


――憐れだな。

必死な女官長を見ながらふと思った。欲望に塗れ、不正に走り、権勢に溺れて。その真実を突き付けられても、己が犯した罪と向き合うことができない。その愚かしさは、とても、とても、人間らしい。


彼女を眺めながら、ディアナはゆっくり、ゆっくりと、右腕を上に伸ばした。


ばさり。


――闇色の空間から、空気を裂いて、一冊の冊子が落ちてくる。右手で受け取ったそれに、ディアナはざっと目を通した。


「……決定的ね」

「それは……! それが、何故ここに!」

「貴女がつけていた裏帳簿ね。貴女の執務室から見つかったわ、筆跡も貴女のもの」

「馬鹿な、どうして!?」


女官長が突進してくる。ひらりとかわし、彼女の背後へ回った。振り返る女官長を制しながら追い詰める。


「なるほど確かに、不正の証拠を犯人がわざわざ残すはずはない。そんな心理を逆さに取って、疑われたときは逃げ切るつもりだったんでしょうけれど。くすねる額が高くなればなるほど、つじつま合わせのために裏帳簿は必須になってくるわ」

「どうしてです、一体どうやって、」

「どうやっても何も、執務室に入って探す以外に、手に入れる方法がある?」


女官長の顎が落ちた。


「ど、泥棒猫!」

「あら人聞きの悪い。心配しなくても、不正の証拠以外は回収していないわ」

「……貴女は。貴女は、一体、」

「――ディアナ・クレスター」


音高く、ディアナは歩み出る。女官長が怯んだところへ、畳み掛けた。


「わたくしは、クレスター伯爵令嬢です。それが何を意味するかお分かり?」


『王国を裏から牛耳る影の帝王』。それが、上流階級の人間ならば、誰もが知っている『クレスター家』の姿だ。


「我が家の手に掛かれば、貴女の悪事を暴くことくらい、造作もないことなの。――貴女、甘く見すぎたわね、『クレスター家』を」

「あ、あ……!」


がたがたと震え出した女官長は、しかし次の瞬間、がばりと平伏してきた。部屋の空気が変わる。


「お許しください、紅薔薇様! どうか、命ばかりはお助けを!」

「あら。国宝に手を出した罪は、死罪にしても良いくらいなのではなかった?」

「お望みならば、紅薔薇様の所望されますものを、いくらでも差し上げます。そうだわ、美しい宝飾品などを」

「遠慮しておくわ。そんな賄賂、欲しくないもの」


すっぱりばっさり切り捨てると、女官長は泣きながら這い寄ってきた。


「お見逃しくださいませ。わたくしも、上の方々から利用されていたのです。内務大臣様や財務大臣様に」

「で、しょうね。あれだけの不正、内務省や財務省が不審に思わないわけがない。内政室で帳簿の手伝いしてた人が気付くくらいなんだから。大臣級の方々と、繋がっていないと無理でしょう」

「でしたら!」

「けれども残念ね。貴女と彼らが繋がっていたという物的証拠が、今のところ一つも見つかっていないのよ。貴女一人が彼らの関与を訴えたところで、状況証拠だけじゃしらを切り通されて終わりだわ」

「わたくしが証人になります!」

「たった一人の証人じゃ、証拠には弱い。……ねぇ女官長、もう分かっているのでしょう?」


衣擦れの音さえさせず、ディアナは屈み込む。女官長の耳元で、留めを放った。


「――貴女も所詮、『トカゲの尻尾』だったのよ」


自分の身を守るために、より下の者を犠牲にする。犠牲にしてきた人間は今初めて、犠牲にされる側に回ったのだ。因果は廻るということか。


「わ、わたくしは……」

「貴女の逃げ場はもうないの。逃げたところで、捕まるのは時間の問題よ」


国宝の件から、問題を発覚させることは今すぐにでも可能だ。犯人探しに国が動けば、女官長にはすぐ、たどり着くだろう。トカゲの尻尾切りを目論んでも、ディアナがミアを含む『尻尾要員』の保護に動くことくらい、女官長ならば悟っているはずだ。

――女官長は、完璧に詰んだ。


カタカタ音がする。女官長の震えが装飾具に伝わり、床といびつな音楽を奏でているのだ。

ディアナはすっくと立ち上がった。


「わたくしの要求は、三つ。それさえ守ってくれたら、わたくしから貴女の犯行を暴くことはしないと約束するわ」

「はい、はい紅薔薇様! 何なりとお申しつけくださいませ!」


女官長がとても素早く動いた。顔を上げ、ディアナを神でも拝むかのような目で眺めてくる。


「一つ。これより後、『紅薔薇』からの要求には、速やかに応じること」

「は、はい!」


一つ目の関門クリア。これで園遊会の準備がスムーズになるだろう。


「二つ。『紅薔薇』付きの侍女、女官に、一切の手出しをしないこと」

「もちろんです」


女官長の言はいちいち信用できないが、これで一応二つ目もクリアだ。国王に直接目通りできる立場の女官や侍女は、女官長にとって脅威のはず。追い詰められた人間は、何をするか分からない。


「三つ。今日のことは他言無用」

「御意に」


『牡丹』と結託される確率は低いが(あのリリアーヌが危ない橋を渡ってまで女官長を庇うとは考え辛い)、万一ランドローズ侯爵が動いたら厄介だ。今はまだ、あの親父と対決できるだけのカードがない。


「以上を厳守してください。約束を違えたら、その時点で貴女の不正を告発します。後宮から逃げたり外の人間動かしたりするのは自由だけれど、どこに『裏』の目があるか分からないからね。余計なことはしない方が身のためだと思うわ」

「わ、分かりました…」


女官長の言質を取って、ディアナは笑った。今までで一番、晴れやかに。


「有意義な時間が持てて良かったわ。これからよろしくね、女官長」

「――は、紅薔薇様」

「リタ。女官長をお見送りして」

「畏まりました」


リタに連れられ、女官長が小部屋を出ていく。足音が完全に消えるのを待って、ディアナはようやく、力を抜いた。


「――じゃ、わたくしたちも帰りましょうか」


いつもの笑みを見せた彼女に、侍女たちは明らかに安堵したようだった。



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