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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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閑話その6~政務室での雑談~

連日、うじゃうじゃ沸いて出る厄介事を必死にやりくりしつつ、ジュークはここ四日間、連続で『名付き』の部屋を訪れていた。


部屋の中では基本、王と側室は二人きり。そこで何が行われていたのか、当人たち以外は知らないし、知ることもない。……というのはあくまでも建前で、現実は『天井裏』はじめ、様々な要因から、中での様子を窺い知ることができる者たちは存在する。

例えば――。


「解らぬ……。女とは、一体…」


国王の側近たる、近衛騎士団長アルフォード、とか。

常にジュークの側近くで彼を護るアルフォードならば、王の様子から間接的に側室たちとのあれこれを感じ取ることができる。ジュークもアルフォードをそこそこ信頼しているらしく(この王様の場合、人を疑うことを知らないとも言える)、彼の前では取り繕わないから余計だ。


「……陛下、少し休憩なさいますか?」


ジュークが政務を開始して約一時間。決裁書類が減らない状況を前にして、アルフォードは声をかけた。昨夜『菫の間』から帰ってから、ジュークは明らかにおかしい。いや、正確には三日前、『睡蓮の間』に渡ったときからか。


初日、『牡丹』へ渡った後のジュークは、少々疲れたような、難しい顔をして帰ってきただけで、そこまで急激な変化は見られなかった。内心ひやひやしながら送り出した近衛騎士たちは、戻ってきた王を見ながら一安心していたのだ、『一山越えた』と。後宮内が荒れた原因が『牡丹』にあることは、近衛騎士団内では周知の事実。残りの三人、『睡蓮』『鈴蘭』『菫』は、家も本人も過激派には属していない。訪れた陛下をそつなく流してくれるだろうと読んで。

ところが――。


「陛下、一体何があったのですか?」

「な、何がだ!?」

「……畏れながら。陛下のご様子は、側室様方へお渡りになる度に、尋常でなくなっていらっしゃいます。このままでは、ご政務にも支障をきたすでしょう」


女官が持って来た飲み物をジュークに渡しながら、アルフォードは切り出した。このままでは真面目に、政務室が決裁書類の海になりかねない。


そう、ジュークが突然始めた『名付き訪問』、問題なく過ぎるだろうと予想された『睡蓮』『鈴蘭』『菫』こそ、どうやら彼に何らかの衝撃を与えたらしいのだ。

二日目の夜、『睡蓮』へ渡ったジュークは、小一時間部屋で過ごしたかと思うと、真っ青な顔で部屋を出て来て、そのまま自室へ直行。そのあまりに異様な様子にアルフォードでさえ声をかけることはできず、その場は様子見と見送ったのであるが。

三日目の『鈴蘭』では、青くはならなかったものの何かに化かされたかのような、キョトンとした表情で部屋を出て来て、やはり自室へ。翌日の政務はまるではかどらず、決裁書類を持って来た宰相が『陛下はどうした?』と尋ねてきたくらいだった。


そして、四日目、『菫』を訪れた昨夜は。


「随分と衝撃を受けたようなお顔でしたよ、『菫』から出ていらっしゃった陛下は。『睡蓮』でも『鈴蘭』でも、何かあったのだろうとは思っていましたが……私では、陛下のご心労を拝聴するには力不足でしょうか?」

「聞いて、くれるのか?」

「無論のことにございます。陛下を公私ともにお守りすることこそ、私の役目にございますれば」


エドワードが懐いていることからも分かるが、次男な割にお兄ちゃん気質なアルフォードからは、頼れる人間特有のオーラが溢れている。彼に微笑んで手を差し延べられたら、大概の人は頼ってしまうだろう。

もちろん、ジュークもその例には漏れなかった。


「アルフォード…」

「はい、陛下」

「――そなたは、女とは、女性とは、どのような存在だと思う?」

「……はい?」


アルフォードのマヌケな返答が、しんと静まった政務室に響いた。『質問の意味がワカリマセン』という空気が、部屋全体に漂っている。


「女性、ですか? いやしかし、女性にも様々な方がいらっしゃいますから、一口には……」

「そうだな、それはそうなのだが、」


何とか話を繋いでみたが、ジュークの口は重い。ひょっとして、とアルフォードは首を傾げた。


「陛下は、側室様方が、その……ご想像と違ったので、困惑していらっしゃるのですか?」

「そうだ、それだ!」


ジュークの表情がぱっと輝く。年相応より幼いその反応は、プライベートだと考えれば微笑ましいと言えなくもない。


「『牡丹』の令嬢……リリアーヌ・ランドローズだったか、あの娘は、私がよく知る『貴族令嬢』だった。性格が幾分強いような気はしたが」

「ランドローズ侯爵のご令嬢ですからね」


リリアーヌに対する相槌がそっけなくなったのは、この際致し方ない。ジュークは特に引っ掛かることなく頷いた。


「そうなのだ。ランドローズの娘は、私の知っている『女』だった。だが、『睡蓮』は…」

「ライア・ストレシア侯爵令嬢、ですか?」

「……情けない話だが、恐ろしかった」

「は?」


事前情報では、国王を怯えさせるような要素はなかったはずだ。先々代から続いたお家騒動で些か家格は落としたものの、現当主が上手く家を立て直し、穏健保守派として宮廷でも存在感を発揮しているストレシア侯爵家。その令嬢は、容貌、教養共に優れた『社交界の花』として、若い世代の社交をさりげなく盛り立てる役割を見事にこなしている。後宮においても、自らの立ち位置を十二分に理解して振る舞っているはずだが。


「彼女が、陛下に何か?」

「あ、あぁ…。『何か不自由はないか』と尋ねたら……彼女は答えた」

「何と、お答えに?」

「にっこりと笑って……『陛下にお気遣い頂くことなど、何一つ、ございませんわ』と」


彼女の迫力を思い出したのか、ジュークは再び青ざめている。さすがのアルフォードも相槌すら返せず、息を呑んだ。


「そ、れは…」

「『王宮よりの命で、春頃より住み慣れた家を離れ、後宮へと参りました。それから早半年以上が過ぎ……、その間、陛下が一体、私共に何をしてくださいました? これ程長い間お姿を見せてくださらなかったお方に、何を望めとおっしゃるのです?』……不思議だな、一言一句、はっきりと思い出せる」


(そうだよなー、頭は良いんだよな、陛下。記憶力高いし。単純な事務作業だけなら優秀だし)


ライアの予想外のパンチに、思わず現実逃避を試みるアルフォード。もちろん上手くいくわけはない。心なしか、政務室内の温度が下がったように感じてしまう。


「彼女は言った。望んで後宮入りした娘ばかりではない、自分もその一人だと。『――はっきり申し上げますわ。私は、陛下のご寵愛も、お気遣いも、何も望んでおりません。それがお気に障るようでしたら、どうぞ処刑なり、家を取り潰すなり、ご自由になさってくださいませ』……そう、言った」

「そ、そんなことが、あったのですか…」


それは青くもなるはずだ。ライアの発言は不敬極まりなく、その気になれば処刑も可能だが、本人がそれすらも覚悟で国王に物申したとなれば、当人にとっては相当な衝撃だろう。いわば官吏が命を賭けて国王に直訴するようなもの、そしてそんなことをされるのは、大概が暗君と相場が決まっている。

――まさか初対面の、しかも側室から、暗君扱いされるとは。ジュークにとっては正に青天の霹靂であっただろう。


「『睡蓮』から出ていらした陛下のお顔の色が冴えなかった理由は、理解致しました。その翌日、『鈴蘭』では何があったのです?」


とにかくこの空気を何とかしなければ、その一念だけで、アルフォードは言葉を捻り出した。ジュークはふっ、と表情を変える。本当に分かり易い。


「あ、あぁ。そうだったな……、『鈴蘭』は――『睡蓮』で何が起こったのか、恐ろしく正確に言い当ててきた」

「な、え?」

「私が声をかけて顔を上げるなり、やはり微笑んで――『ライアに随分と、当たられたみたいですね』と」


――おかしいな、ヨランダ・ユーストル侯爵令嬢は、穏やかで控えめなお人柄だったはずなんだけど。

意図的に相手の傷口えぐるような、惨いマネはしない人だと思ってたんだけどなー、アレかなー、やっぱり陛下と親友のライア嬢とだったら親友に天秤が下がるとか、そんな心境なのかなー……と、最早相槌すら打てず黙り込んだアルフォードを余所に、ジュークは語り続けた。


「『ライアが無礼なことを申しましたでしょう? 彼女は家族と仲が良くて、後宮入りを渋っておりましたから。家族とのやり取りすらなかなか思うようにできず、苛立っておりましたの』とか……そんなことを言っていた。ストレシア家とユーストル家は、親同士だけでなく娘たちも、仲が良いのだな」

「らしい、ですね、えぇ。ライア様とヨランダ様お二人で、『社交界の花』と称されることが大半ですから」


明るく華がある美貌で社交の中心に立つのがライアなら、楚々とした優しげな雰囲気で場を和ませ、社交の潤滑油となるのがヨランダだ。彼女たちは大概二人でワンセット、個性の全く違う美女二人が一緒にいることで、お互いの美点を引き立てあっている。

だがそれはあくまでも結果、そもそもの始まりは。


「ストレシア侯爵とユーストル侯爵は、学院時代からの親しいご友人であったと聞き及んでおります。ストレシア侯爵がまだ爵位を得ておられなかった頃から、ご令嬢を連れて、頻繁に互いの屋敷を行き来していたと。ライア様とヨランダ様の仲がよろしいのは、当然といえば当然でしょうね」

「そうらしいな。『鈴蘭』でもそのような話になった。いかに『睡蓮』が家族思いで、友人思いな娘かということを、延々語られてな」


『鈴蘭』が『睡蓮』を深く慕っているということはよく分かった……としみじみ呟くジューク。側室同士が元々友人で、王様とよりも仲が良いってどうなんだろう、と思わず遠い目になってしまいそうになる。


「それは……目が点にもなりますね」

「だろう? 『鈴蘭』が言うにはだ、『睡蓮』の不機嫌の大半は家族と会えないことから来ているだろうし、側室たちも皆家族と会えずに寂しい思いをしているだろうから、いっそ一斉里帰りか何か企画したら、少しは彼女の苛立ちも収まるのではないかと」

「いや、それは難しいでしょう」

「あぁ、そう言われて考えてみた。私は一向に構わないが、内務省と女官長が許可を出すとは思えない」


昨日の政務がはかどらなかったのは、主にその考え事が原因だったらしい。なるほど、これまで全く縁のなかった女性のあれこれについて考えていたとなれば、考え過ぎて思考がドツボに嵌まってしまうこともあるだろう。


それはともかく。


「ヨランダ様は何故、そのような提案をなさったのでしょうね。聡明なあの方らしくもない。一度後宮に妃として入宮なさった以上、そう簡単に出ることはできない。それくらいの規則はご存知でしょうに」

「『睡蓮』の機嫌を直すには、それくらいの規則破りは致し方ないと考えたのかもしれぬ。もしかしたら、苛立つ『睡蓮』を、『鈴蘭』は宥めてくれていたのかもしれないな…」


おぉ?

何となく続けた話で、アルフォードはジュークの変化を敏感に察知した。――側室一人一人を『個人』として、その内実を知ろうとし始めている。これまでの、『後宮』イコール『シェイラとその他側室がいるところ』という、無茶苦茶な認識を改め始めているのだ。


(ひょっとして、それが狙いか?)


ライアとヨランダが、着飾って噂話をするだけしか能がない、そんな貴族令嬢ではないことくらい、アルフォードは当然知っている。美人なだけで『社交界の花』にはなれない。揉めに揉めた『名付き側室選抜会議』で、『牡丹』をランドローズに取られてしまったそのとき、宰相その他の小数が必死に捩込んだのが、誰あろうこの二人だったのだから。

『社交界の花』二人なら、組んで芝居をし、ジュークに強烈な個性を印象付けることで、後宮、引いてはそこで行われている勢力争いに、目を向けさせることくらいは画策しそうである。


(うわぁ、無茶するなぁ……)


一歩間違えば首が飛びかねない芝居をここまで思い切って行うとは、並の度胸ではない。ディアナもそうだが、漢らしいにもほどがある。


「――そうだ。里帰りは難しいが、後宮に側室たちの家族を招くくらいのことならば、できるのではないか?」

「え?」


思考の渦に呑まれていたアルフォードだが、ジュークの一言で浮上した。どうやら彼は彼で、何やら考えていたようだ。


「側室様方のご家族を、後宮にお招きする、ですか?」

「そうだ。夜ではなく昼に、そうだな、後宮の東の庭園を使い、側室たちに近い親族だけを招いて、ガーデンパーティを開くのだ。それならば、規則違反にはならないだろう?」

「なるほど…」


里帰りはできないが、招くだけなら可能ではある。本来国王以外の男性との接触を避けるためにある『後宮』という場所だが、社交シーズンは唯一の例外。王宮で開かれる夜会や茶会に招待されれば、側室たちが後宮から出たり、逆に男性が後宮に入ることもある。シーズン初めの舞踏会など、その最たる例だ。


「東の庭園でしたら、十分な広さがございますね」

「あぁ。警護がいささか手薄になるかもしれんが……、アルフォード、例の隊の具合はどうだ?」

「はっ。準備は進んでおります」

「茶会を開くとしたら……そうだな、一月ほど後か。間に合うか?」

「間に合わせます」


頭の中でざっくり計算し、アルフォードは答えた。それだけ時間があれば十分だ。


「よし。勅命を出すか」

「それがよろしいかと。内務に打診してしまったら、シーズン中に行えない可能性もございますし」

「……確かに」


現内務省の仕事の遅さ、雑さは、さすがのジュークも何となく感じているらしい。頷いた彼に、アルフォードは首を傾げた。


「しかし、随分と思い切った案を出されましたね?」

「ん? あぁ、ガーデンパーティか。『菫』で出された茶が、実に香り良く芳醇な味わいでな。そうだ、キール伯爵領で栽培されたものだと言っていた。茶会には、伯爵領から茶葉を取り寄せよう」

「畏まりました。そのように手配致します。……そういえば、その『菫の間』では何が?」


ほんの昨夜のことだ。部屋から出てきたジュークは、『睡蓮』のときとは別の意味で、衝撃を受けたような顔をしていた。


「あぁ、それか……。何と言うべきか、どうも、貴族の令嬢と話しているとはとても思えなかったのでな」

「と、申しますと?」

「穏やかに笑って茶を出す様や、話し方そのものはごく普通の令嬢のようだったのだが……内容が」

「内容?」


レティシア・キールは伯爵令嬢だ。代を重ねた家柄には珍しく、彼女の父は領地運営を積極的に行い、莫大な財を成している。その功績もあり、彼女は『名付き』に迎えられた。……これまた特筆すべき事前情報もない、ごく普通の貴族令嬢だったはずだが。


「会話の内容ほとんどが、財政管理と事業運営、経営方針や雇用者としての心構えなどだったのだ」

「……はぁ?」


思わず、素で返答してしまった。


「茶が美味かったのでそう言ったら、『我が領地の特産品でございます』と。そこから茶葉の生産方法から始まり、キール伯爵領独自の特産品である理由、需要と供給の関係から大きな利益を上げたこと……と話が膨らんでな。『経済成長を促すためには、民に課す税率はどの程度が良いと思われます?』と尋ねられたときには、思わず本気で討論しそうになった」

「えーと…」


コメントに困る話題だ。色気ムンムンで迫られても困るが、若い男女が二人っきりで部屋にいて、政治経済討論会なのもどうかと思う。


「私は若い女性と深く話をする機会など、これまでほとんどなかったのだが……彼女たちはどうも、私が想像していた女性像と大きく掛け離れていた。世間一般の女性とは、あのようなものなのだろうか?」

「いえ、それは――…たまたま『名付き』の側室方に選ばれた方々が、個性豊かなだけだと思いますよ」


それとなく遠回しに失礼なことを言ってみた。これが酒の席なら、『変わった女たちだな』とぶった切るところだ。ついでに言えば、『紅薔薇』たるディアナも一筋縄ではいかないし、『牡丹』のリリアーヌとて毒が強い。結論を纏めれば――。


(『名付き』全員、大人しくじっとしてるタマじゃない、と。うわー俺、こんな後宮の主人になんかなりたくねぇな)


こんな後宮を御せる男がいるなら、お目にかかりたいものである。『坊ちゃん陛下』と揶揄されるジュークには、まず無理だろう。


「大変ですね、陛下……」

「うむ。だがこれで、『名付き』たちを一通り回ることはできた。不満も減ることだろうし、シェイラへの風当たりも和らぐだろう。ガーデンパーティが行われたら、また気分も変わるだろうしな」

「そう……だとよろしいですね」

「なんだアルフォード、どうかしたか?」

「いえ。茶会の準備は誰に一任致しましょう?」

「そうだな、女官長……いや、」


言葉を切ったジュークは、しばし考え込み、顔を上げた。


「我が名で行う茶会だ。準備は、『正妃』の立場にある者に一任するのが妥当だな」

「では…」

「あぁ。『紅薔薇』、ディアナ・クレスターに、茶会の総指揮を任せる」


善は急げとばかりに立ち上がって勅命書を取り出したジュークを見ながら、またディアナの気苦労が増えると、アルフォードは彼女のこれからに思いを馳せるのであった。




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― 新着の感想 ―
[一言] ここの話好きだったのに、漫画だと無いのかな……? 漫画だと牡丹の行って直ぐに園遊会になったから王が突然意味のわからない行動を始めたように見えてしまう
[一言] おいバカ辞めろ国王www
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