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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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紅薔薇サロンでの茶会


シリウス、カイとの密談を終えたディアナは、部屋に戻ってとりあえずユーリに怒られ(よく考えなくとも単独行動をしていた)、慌ただしい昼食を終えた後、『紅薔薇サロン』でのお茶会の準備に取り掛かった。『紅薔薇』仕様の衣装、化粧、髪型を整えているその間に、ルリィ含む侍女陣がサロンの装飾をし、軽食を手配する。人手が足りていない中では、結構な重労働だ。


そうこうしている間にお茶の時間が近付き、サロンを任せているルリィからは、令嬢たちがちらほらやって来たという報告が入った。『紅薔薇仕様』が完成したディアナは、整えてくれたリタとユーリを振り返る。


「どうかしら?」

「完璧ですわ、ディアナ様」

「はい、素晴らしくお美しい『側室筆頭』でいらっしゃいます」


大勢が集まるような場では、見た目による威嚇も大切。母と叔母による『宮廷指南』は、ディアナの身にしっかりと根付いている。どこから見てもはっきり悪役、『氷炎の薔薇姫』に相応しい装いを身に纏ったディアナは、時間になるのを待ってから、リタとユーリを伴いサロンへと向かった。




――そして。


「お待ち致しておりました、紅薔薇様」


ディアナが現れるなり、既に集まっていた令嬢たちが一斉に立ち上がり深々と頭を下げる。一糸乱れぬその動きに内心若干引きながら、ディアナは鮮やかに笑ってみせた。


「出迎えありがとう、皆様。どうか楽になさってくださいな。皆様を招待したのはわたくしですが、ここは我が『紅薔薇』のサロンなのですから」

「は、はい…」


顔を上げた令嬢たちの雰囲気は、どこか不安そうだ。椅子に座りながらも、ディアナの言葉を今か今かと待っているのがありありと伝わってくる。

いつもの席につきながら、ディアナはくすくすと笑った。


「皆、どうなさったの? 今にもお葬式が始まりそうなほど、真っ暗な顔をしておいでよ?」

「べ、紅薔薇様!」


覚悟を決めて立ち上がったのは、確か実家が新興子爵家の令嬢。その筋では超有名な貿易商の娘だ。

ディアナはその娘の方を振り向き、婉然と微笑んだ。


「どうしたのです? そんなに思い詰めた顔をして」

「紅薔薇様、今朝から騒がれている噂は(まこと)なのでしょうか?」

「噂?」

「陛下が『牡丹』へ渡られたと。その美しさに一目で心奪われたと、専らの評判ではありませんか。そのようなことになったら……」


令嬢の言葉は、ディアナの笑い声に阻まれた。


「ふふふ……、皆、そのような噂を信じておいでなの? 陛下が『牡丹様』に心奪われたと? そのようなこと、あるはずがないではありませんか」

「で、ですが!」

「仮に本当であったとしても、取るに足らない問題ですわ。陛下のご寵愛がどなたにあっても、わたくしの立場は揺るがなくてよ」


ディアナはあくまでも悠然と、どこか楽しげな面持ちで、噂をあざ笑ってみせた。もちろんわざとだ。


後宮内を飛び回っている噂については、ディアナも一通り把握していた。その中で信憑性があるのはただ一つ、『陛下が『牡丹』に渡られた』ことだけ。他は全て、『牡丹』を優位にして『紅薔薇』を劣勢に追い込み、更に『紅薔薇派』内部分裂を狙った『牡丹派』による情報操作と思われた。噂を信じてじたばたすればするほど、『紅薔薇派』の基盤は揺らぐ。

しかしそれを馬鹿正直に告げたところで、ここにいる側室たちの不安は無くならないだろう。例え真実でないと信じたくとも、もしかしたら本当かもしれないという疑念は常に潜む。疑念を無理に押さえ付けては、新たな負の感情を生み出しかねない。それでは後々厄介だ。

故にディアナは、噂を真正面から否定するだけでなく、『真実であっても問題ない』と泰然と言い切る『紅薔薇』の姿を見せたのである。今重要なのは、噂の真偽を晒すことではない。噂によって不安になり揺らいでいる『紅薔薇派』の側室たちを、落ち着かせて安心させることなのだから。


悪戯っ子のような、その実『何か『娯楽』を見つけた』と言われる笑みを、ディアナは浮かべた。


「わたくしは側室筆頭たる『紅薔薇』ですわ。仮に『牡丹様』が陛下のご寵愛を受けられても、わたくしの立場を越えることがおできになるかしら?」

「し、しかし……もしもお世継ぎを授かるなどという事態になれば」

「国母であるということと、正妃の座につくということは、必ずしも同一ではありませんわよ。わたくしがここにいる限り、何が起ころうとも『牡丹様』のお好きにはさせませんし、夏以前の後宮には決して戻しません」


彼女らが本当に不安に思っていたのはそこだろう。事実、ディアナの宣言を聞いた側室たちは、あからさまにホッとした顔になった。『紅薔薇』仕様の笑みを纏ったディアナは、サロン全体を見回した後、言い切った。


「無いとは思いますけれど、もしも『牡丹派』の方々に嫌がらせなど受けましたら、すぐにわたくしまでおっしゃってくださいな。わたくしの『お友だち』に手を出すというのがいかに愚かなことか、あちら方に教えて差し上げますから」

「は、はい!」

「ありがとうございます、紅薔薇様!」


はっきり言って、『悪役』にしか見えない表情であり台詞である。しかし今の『紅薔薇派』の側室たちにとっては、これほど心強い言葉はないであろう。空気が完璧に緩んだのを見て取り、ディアナは内心胸を撫で下ろした。


(ひとまずは安心……かしらね?)


これだけ言い切っておけば、ちょっとやそっとの噂で『紅薔薇派』がびくつくことはないだろう。ディアナは優雅にカップを持ち、リタに紅茶を注いで貰いながら視線を上げた。


「皆様、せっかくのお茶が冷めてしまいますわよ?」

「そ、そうですね」

「紅薔薇様がご招待くださったお茶を飲まずしては、帰れませんわ」


サロン内は打って変わって、和気藹々としたお茶会へと移行した。思い思いにお茶を飲み会話を交わす令嬢たちを眺めながら、ディアナは僅かな違和感を感じる。


(……何かしら。何か、変)


具体的に何がどう、とは言えない。上手く言えないが、とにかくディアナの勘が、しきりと違和感を訴えるのだ。何かがおかしい、と。


(でも、何がおかしいのかしら。お茶会での側室方のご様子は、大体予想どおりだったし。会話の流れも……)


そこまで考えて、気付いた。


――スムーズ過ぎる、と。


サロン内を改めて見れば、『紅薔薇』内でも過激派に分類される側室たちの姿が、軒並み見当たらない。思わずリタとユーリを振り返ると、二人も気付いていたらしく険しい視線が返ってきた。

過激派の彼女たちがこの場に居れば、もっと会話は混乱したはずだ。何しろ彼女たちの目的は、『牡丹派』と戦って完全勝利すること。『守りますから大丈夫』の一言で納得してくれるわけがない。


「……ディアナ様、どうなさいます? お呼び致しましょうか?」

「いえ、良いわ。彼女たちの目的も分からないのに、下手は打てない」


リタの小声にディアナも小声を返す。後ろに控えていたユーリが、ぴくりと眉を動かした。


「ディアナ様、あちらをご覧くださいませ」

「え?」


ユーリの視線の先を追ったディアナ。――そこには。


「皆様、お待たせ致しましたわ!」

「まぁ、ソフィア様。……あら、そちらの方は?」

「ご存知ないかしら? こちら、シェイラ・カレルド様よ」


ざわり。和やかな雰囲気だったサロンが一斉にざわめいた。シェイラの友人や『隠れ中立派』の側室たちは心配そうな眼差しになり、何人かが立ち上がる。


「シェイラ様? どうして……シェイラ・カレルド様は、『紅薔薇派』ではございませんでしょう?」

「あら、けれどもシェイラ様とて、紅薔薇様の庇護を受ける身でしてよ? 一言ご挨拶申し上げるのは、人として当たり前の道理ではないかしら。……そして、ご自分の不始末をお詫びなさるのもね」


一段低くなった声。過激派の側室たちに囲まれたシェイラの肩が、びくりと揺れた。特にシェイラと関わりのない、『隠れ中立派』でない側室の中には、冷ややかな視線を隠さない者もいる。シェイラに好意的な側室が予想外に少ないことに、ディアナは密かにショックを受けた。


今ざっと見た感じ『紅薔薇派』内は、『隠れ中立派』四割、『過激派』二割、残り四割は特にどちらという訳でもなく、ただ『牡丹派』に負けることだけは嫌だという一点だけで纏まっているようだ。通常ならばそこまでシェイラに対する反発もなかろうが、今は『牡丹派』との関係上、シェイラに不利な噂が流されているのだ。残り四割のうち、シェイラに否定的な視線を向けていない側室はほとんどいない。


「シェイラ・カレルド様……。良い機会だから、確かめておきたいわ。貴女が陛下からのご寵愛を受けていらっしゃったというのは、本当なの?」

「貴女の存在があったから、陛下は紅薔薇様を顧みてはくださらないとも囁かれていますわね」

「おまけに、紅薔薇様に助けて頂きながら、保身のために『牡丹』に尻尾を振ったとも聞きましたわ。本当なら、この場で紅薔薇様に手打ちにされても文句は言えませんよ?」


側室たちの言葉は鋭い。シェイラを疑い、怒りに震えている様が、遠くで成り行きを見守るディアナにまで伝わってきた。このままでは、昨日の再来になりかねない。しかも今度は『紅薔薇』のサロンで。

止めに入るか。立ち上がりかけたディアナは、肩を震わせながらも毅然と顔を上げたシェイラを見て、動きを止めた。美しい瞳は強く煌めき、その視線は真っ直ぐ側室たちを見据えている。


「陛下のご寵愛がどなたにあるかなど、私ごときが知れるはずもございません。ですが、一つだけはっきりしております。世界が終わろうとも、私が『牡丹様』につくことはありません」


噂の方が、間違いです。シェイラは堂々と、冷たい眼差しの中でも怯むことなく、言い切った。


儚げな風情で、いかにも守ってあげたくなる外見をしているシェイラだが。その芯はこんなにも強いのだと、思い知らされる。

ただ強いだけでなく、自分に不利になる『真実』を隠す賢明さも併せ持った娘。さながら、地面にしっかりと根を張りながら風を受け流す、強かな野の花だ。あらゆる逆風に勝つことは難しくとも、決して負けることはない。


今も。シェイラの強い眼差しに側室たちは怯み、過激派の側室たちですら驚いたように一歩引く。このまま収束へ向かうかに見えたそのとき、過激派の中でも一番身分の高い――ソフィア・タンドール伯爵令嬢が、シェイラの前に踊り出た。


「生意気な口を! 少し自分の立場をお考えになったらいかが?」

「私の立場、ですか?」

「紅薔薇様に庇護して頂いている身で『牡丹』にしてやられるなんて、恥を知りなさい!」

「――そこまでになさいな、ソフィア様」


凛と張る声を響かせて、ディアナは立ち上がった。ゆったりと、しかし一直線に、シェイラの前まで歩を進める。


サロンは静まり返っていた。この状態で取れる最良の策など、ディアナにはいくつも思い浮かばない。


「……シェイラ・カレルド様。わたくし貴女に、今日のお茶会のこと、お知らせ致しましたかしら?」

「い、いいえ…」

「そう。ならば、こちらにいらっしゃる道理もありませんわね」


なるべく淡々と、感情が入らないように。おそらく周囲には、冷徹にすら聞こえるだろう。

分かっていても、今は。こうするしかない。


「感謝も謝罪も不要ですわ。わたくしは、わたくしのしたいようにしただけですもの。貴女はお部屋に戻ってお休みなさいな。何かと気疲れしておいででしょうし」

「紅薔薇様!?」

「わたくしが『不要』と言っているのです。……意味はお分かりかしら?」


切れ長の瞳がすっと流され、過激派の側室たちは固まった。彼女たちが黙ったことを確認して、ディアナは再びシェイラを見る。


「さぁ、お帰りなさい」


シェイラに悪い噂が流れている今、シェイラを受け入れることは得策ではない。ならば追い返すしかないが、思いやったような言い方でも、つっけんどんな言い方でも、敵に回しかねない一派がいる。

ならばここは、なるべく感情の篭らない話し方で言うしかない。しかしディアナの声は、感情を削れば削るほど、冷たく酷薄な響きを宿してしまうのだ。


このような声では、シェイラを傷付けるかもしれない。分かっていても『紅薔薇』仕様の今、これ以上の策は出せない。祈るような気持ちでシェイラを眺めたが――。


「申し訳ございません。ご不快な思いを『紅薔薇様』にお与え致しましたこと、深くお詫び致します」


シェイラは深々と頭を下げ、表面上は動揺もなく返してきた。

だが、『ディー』として接してきたディアナは、ごまかされない。シェイラが気丈に振る舞い、その実無理をしていることが分かってしまう。


……傷つけてしまった。せっかく『ディアナ』に好意的であったひとを。守るために傷つけることしかできないなら、自分は国王と、なんら違いはないではないか。


堂々とサロンを去ったシェイラを見送りながら、ディアナは荒れ狂う感情を必死で抑え、無表情を保った。『紅薔薇』として、ここは動揺してはおかしい場面だ。


「……紅薔薇様」

「――頼んでもいないことにまで、気を回す必要はありませんわ。ソフィア様、以後お気をつけくださいませね」


最後に、少々強く『過激派』に釘を刺し。

見た目は優雅に、胸の内の痛みを隠し、ディアナは『紅薔薇』の座へと戻るのだった。




「これからの展開迷ってるんだー」という話をしたら、そのリアルの友人から、「もう内乱で行こうぜ!」と言われました(笑)

主人公の苦労ガン無視ですよね!


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