奏でるは終焉の序曲
――エルグランド暦四百十六年、星月、三の週。
世間では、そろそろ貴族たちが王都から離れる準備を始めると、馬具職人や日持ちのする食品を取り扱う商人たちが忙しなくなり出す頃。
〝それ〟は前触れなく、王都の中央街道に現れた。
統一感があるとはお世辞にも言い難い、てんでんばらばらな武具に身を包み。
それでいて、一人一人は間違いなく屈強と分かる、いかにも戦闘職な男ばかりが揃い踏み。
一般人はそれが何かも分からない、スタンザ帝国の最新銃火器を手に持つ――。
見る人が見れば、百人を優に超える彼らが、明確な目的を持って蜂起した武装集団であることは明白であった。
「え、あれなに……?」
「どっかで芝居の興行でもすんのか?」
「ねぇ、何かのイベント? 告知されてた?」
いかにも怪しい集団が、路地裏などの暗いところでいかにも怪しくしていれば、人は嫌でも警戒する。〝怪しい〟と誰の目にも一目瞭然な分、通報だってし易いだろう。
しかし。いかにも怪しい集団が、明るい陽の光の下、大人数となって堂々と練り歩けば。
あまりに非現実的すぎて、「とても怪しい人たちだけれど、これほど堂々としているのだから、特に騒ぎ立てるようなことではないはずだ」と正常性バイアスが働いてしまう。「やましいことがある人は、コソコソと人目につかないようにするはず」という、ある種の常識と良識が、異常事態への危機意識を鈍らせるのである。
結果、百人越えの武装集団は、誰に妨害されることもなくスムーズに、王都の中央を歩き切り、いよいよ王宮が視認できる位置までやって来た。
ここまで来て、武器を持った百人超の集団が、このまま行けば王宮の正門と正面衝突することに気づいたらしく、歩みを遠巻きに見ていた王都民たちからヒソヒソと、「まずいんじゃね?」という声が上がり出す。
「お、俺、軍の詰め所に知らせてくる!」
何人かが軍の詰め所へ駆けていったが、もう距離的に、軍では止められないだろう。
王宮正門は、尋常でない集団が近づいていることを察知した騎士たちにより、いつもは緩く閉められているに過ぎない柵門の裏に立派な木製の門扉が現れ、強固に閉ざされていた。同時に、門横の物見塔を騎士たちが固め、突如現れた〝招かれざる敵〟を警戒する。
……ここまで来れば、もう、平穏に慣れきっていた王都民たちも、理解していた。
お日様の元を堂々と歩いてきた者たちは、やましいことがないから堂々としていたのではなく――。
「……へぇ。王宮の門って、ああいう風に閉まるんだ。銃で無理やり穴開けるのと、壁を乗り越えて中から制圧して開けるの、どっちが楽かな?」
武装集団の先頭で馬に乗る、見目麗しい、いかにも貴族風な装いの金髪少年が、どこか面白そうに声を上げた。……その態度からは最早、自分たちの目的を隠す建前すら、感じられない。
「クロケットの坊ちゃんよう。王宮があんな風に閉まるなんて、聞いてねぇぜ?」
「俺も知らなかった。まぁ、〝エルグランド〟が秘密主義なのなんて、今に始まったことじゃないけど」
「平和ボケした、のんびりのほほんなお国柄だと思ってたんだがねぇ……?」
「ホントに平和ボケしてるだけの国なら、とうの昔にスタンザや、山向こうの連中に蹂躙されてるだろ。この国が呑気にも見えるほど安穏としてるのは見かけだけで、実際は結構な牙と毒を隠し持ってるって、俺は睨んでる」
「それを分かってこんなことするんだから、アンタのイカれ具合も大概だよ」
「……この国がどんだけご大層だろうが、俺の〝大事なひと〟を囲うだけ囲って枯らしていくだけの〝花園〟の主なんか、死んでも認められない。それだけの話だろ」
堂々と、〝花園の主〟への叛意を口にして。
クロケットの坊ちゃん――クロケット男爵家の嫡男、ルドルフは、陶磁器の如く滑らかな頬を紅くし、宝石の瞳で、閉ざされた王宮正門を見据える。
「――さぁ。お手並み拝見といこう」
ルドルフを筆頭とした武装集団の歩みは止まることなく、じりじり、じりじりと確実に、王宮へと近づいていく――!!
■ ■ ■ ■ ■
(は、ははっ、ハハハハハハハッ!! やった、ついにやったぞ!!)
王宮正門正面と、その先の中央街道を一望できる、王城の塔。
その屋根裏にある隠し部屋の一つに身を潜め、男は一人、策が〝成った〟高揚感に身を浸らせていた。……いくつかの想定外はあったが、やはり世界は〝あの方〟が視た『未来』の通りに進むのだ。
(愚か者たちめ……! 〝あの方〟がどれほどこの国を、世界を守りたいと、その身を捧げておいでかも知らず。目先の欲ばかりに囚われ、所詮泡沫の夢に過ぎぬ〝幸せ〟などを追い求めるがゆえに、何よりも重んじるべき大事を見過ごすのだ!)
今よりずっと幼い頃から、男は〝あの方〟に仕える霊力者の一人だった。数千年の長きに渡って独自の文化を築き、ときにはエルグランド王国を裏から支えもしてきた霊力者たちは、ある時期を境にその数を減らし、存在すらも忘れられていく。かろうじて過去の秘伝の継承だけは途切れさせずに来たが、最早誰が見ても集団としては風前の灯であった霊力者たちを――。
「どうか私を、皆様の仲間に加えて頂けませんか。――私は、王国が悲惨な末路を辿る〝未来〟を、何としても食い止めたい。そのためには、皆様のお力が、どうしても必要なのです」
あの日舞い降りた〝あの方〟が、甦らせてくださったのだ。
霊力者を前に、嘘のない、恐ろしいほど真剣な顔をして語った〝あの方〟は、当時、まだ十代半ばの幼さであった。それでも、その時点で、他の追随を許さぬ精度を誇る『未来視』の霊術を扱うことができたのである。
『未来視』の霊術は、時間に干渉できる霊力者の中でも一握りの、〝本物〟でなければ使えないと言われている。視えた〝未来〟が悲惨なものであれば、そこまでの道のりを変えることで本当の未来を変えることができる――いわば『未来視』は、運命を変える力があると神から認められた証なのだ、と。
それほどの霊力を引っ提げて現れた〝あの方〟が、年若い身ながら霊力者の頂点に立ち、自分たちを率いる立場になるのは、想定外の速さで。いずれはなるだろう、と呑気に構えていた男の眼前を、〝あの方〟は目にも止まらぬ風のようなスピードで、軽やかに走り抜けていったのだ。
「私の専属に、なる気はないか? 見たことのない景色を、一緒に見よう」
そうして――男は〝あの方〟専用の、手足のような存在となったのである。
「このまま、革新派をのさばらせてはいけない。彼らはいずれ王国を内側から食い潰し、悪気なく外敵を招き入れ、歴史ある王国の遺産を破壊し尽くすだろう。革新派の勢いを削ぐには、何よりももまず、保守派の力を高めないとね。幸い、ジューク皇太子殿下の教育は内務省が主導で行なっているそうだから、私たちは密かに彼らをバックアップしつつ、革新派のアラをせっせと叩いていこう。並行して、皆の霊術の修行もしていかねばね」
視えた〝未来〟を回避すべく、〝あの方〟の歩みは一時たりとも止まらない。大は王宮への干渉、小は仕事道具の手入れまで、一切手を抜かずに全力を注ぐ。
「ジューク王太子殿下の正妃がリリアーヌ・ランドローズになることは既定路線だ。あの年代は候補者が多いけれど、ランドローズと同格か、少し下の家の令嬢たちは皆、正妃として立つ野望を持っていない。早めに接触し、彼女を未来の正妃に相応しい娘へ育てていこう」
そんなことを唐突に言い出したかと思えば。
「小器用なお前なら、この『紋様』も使いこなせるんじゃないか? かろうじて残っていた文献の『紋様』を何人かに作ってもらって、ようやく形になったんだ。使ってみて、使用感や改良点なんかを伝えて、汎用性を高めてもらいたいのだけれど。お前ならできると信じているよ」
かの〝伝承〟に語られていた〝伝説〟をあっさり再現し、元は単なる使い走りに過ぎなかった男に、重要な役目をぽんと投げてくる。
学のない男でも分かるほどに〝あの方〟は聡明で、凡人の十も二十も先を見通していて、気まぐれにも見えるその行動には全て意味があった。いつしか男は〝あの方〟に心酔し、その命を受け、従うことに、至上の喜びを見出すようになる。〝あの方〟に従ってさえいれば未来は明るいと、そう思わせるだけのオーラとカリスマ性を、彼は持っていたのだ。
そんな、〝あの方〟の『未来視』の霊力を。
悲惨な未来を変えるという、切実なる誓いを。
……愚かにも邪魔する者たちが現れたのは、一昨年の春だった。
「……ジューク陛下に、後宮? 正妃の選定と、世継ぎの確保を兼ねて? なるほど、そう来たか」
始まりは、とても小さいもの。視ていた〝未来〟には姿こそなかったけれど、その帰結を思えば、あっても不思議はないものの、存在から。
――そして。
「ディアナ・クレスターが入宮、『紅薔薇』に!? 馬鹿な、何故……っ」
表向きは『王国の悪を牛耳る、裏社会の帝王』であり、その実『王国の影軍師』であるクレスター家が介入してきたことで、完璧だった〝あの方〟の計画が、どんどん、どんどん、崩れていく。
「ジューク王とクレスター家は、間違っても近くはなく、だからと遠すぎもしない、そんな距離感であったはず……かの家は、かの家の〝真実〟を知らぬ王と、深く関わることはない。『アズール内乱』でも、たまたま先代の血筋が在野に逃れ、クレスターの跡取りと絆を結んでいなければ、王家の自滅を冷めた目で見るだけだったろう。なのに、ディアナが、どうして――」
「……ここには、宰相の策に抗い切れず、とありますが」
「あり得ぬ。当代伯爵は、その生き様も、冴え渡る頭脳も、まるで初代の写し身と名高い、あのデュアリスだ。本気を出せば、ヴォルツ如きの謀略から逃れるなど、造作もないはず」
「であれば、クレスター家が、ディアナの後宮入りを望んだと……?」
「かの家に、国の中枢を狙うような野望は、芽生えぬはずであるが……」
そのとき、〝あの方〟が感じた不穏は正しく。
入宮したディアナは、〝あの方〟とは決して相容れぬ思想で、〝未来〟を引っ掻き回していく。
「シェイラ・カレルドが〝正妃〟だと――! そのような〝未来〟、破滅へ直通ではないか!」
ある朝、〝あの方〟が視た〝未来〟は、その心を酷く惑わし。
「側室家族を招き、後宮内で園遊会を開くだと……? 王宮の者たちは、何故されるがままになっている!」
もたらされる知らせに、あからさまな苛立ちを見せ。
「サーラ・マリスの汚職の数々が、『紅薔薇』に知られた可能性がある? あの女が女官長でなければ、後宮を牛耳り、リリアーヌを正妃にすることが叶わなくなるではないか!」
〝味方〟の無能っぷりにも足元を掬われ、何もかもが砂上路の楼閣の如く、崩れゆく。
――王宮の保守派は使えない者がほとんどであるけれど、圧倒的に人数の少ない霊力者にとって、敵の敵は味方だ。彼らは頭が足りない分本能が鋭いのか、〝ディアナ・クレスター〟が邪魔者であるというのは、かなり早い段階から、自分たちの共通認識となっていた。
そのため、〝あの方〟のお力で、彼女が一人になるタイミングを『未来視』ては、何度か直接的に、その命を奪う策も立てた。……立てたが、いつも、どうしてか、躱される。
その理由は――昨年の冬、ちょうど一年前に、明かされた。
「た、大変だ! 『千里眼』が……っ、『千里眼』が、〝死〟んだ!!」
千里の距離をないものとし、王国中のあらゆる〝今〟を覗き見できる霊力者――『千里眼』は、男たちの強力な切り札の一人であった。自身の持つ『千里眼』の霊力と結界系の『紋様』を同時に操り、〝見える〟範囲であれば距離を超えて『紋様』の霊術を発動できる彼女は、〝あの方〟からの信も厚い、有能な霊力者だった。『時間読み』の宿命として、戦闘能力は皆無であったため、間違っても敵方に危害を加えられぬよう、普段はマミア大河を挟んだ西側、半島の果てにいたはずなのに。
「どうして!? 連中の仲間は今、全員が王都近郊にいるはずだろう! 襲撃の暇など、あるはずもない。まさか、急な病で……」
「違う、病じゃない! ……正確には、〝命〟が消えたわけじゃ、ないんだ」
「命が……消えたわけじゃない?」
「報告に、よると。『千里眼』に外傷は一切なく、ただ『核』だけが、粉々に砕かれている、らしい」
「『核』が砕かれただと!?」
『核』は霊力者の源――自分たちを霊力者たらしめる、その根幹だ。魂の〝器〟でもある。
霊力者にとって何よりも守るべき『核』が破壊されてしまったら、もう二度と霊術を扱えないのはもちろん、魂の〝形〟を保つことも困難になり、廃人同然となってしまう。
そして、やがては生きるための本能的な行為……呼吸や食事すらもできなくなり、死を待つばかりの肉塊と、成り果てるのだ。
命は、奪われておらずとも。
『千里眼』は最早、自分たちの仲間でなく。長く生きることも、叶わない。
「……誰だ?」
地を這うような声が、己の喉を震わせる。
「いったい誰が、『千里眼』を殺した!? 『核』を砕くなど、残酷な……いっそ一思いに、息の根止めれば良いものを!」
「……確かなことは、分からない。だが、『核』を砕かれる前の『千里眼』は、〝シェイラ・カレルド殺害作戦〟のフォローを、任されていたはず」
「あぁ、あの」
何度殺そうとしても、まるで不死の呪いにでもかけられたかのように、その命を現世に残す、ディアナ・クレスター。
その彼女を後宮から自発的に去らせるため、〝あの方〟が密かに仕組んだ〝策〟こそ、『紅薔薇派』の策略に見せかけて、寵妃のシェイラ・カレルドを後宮から連れ出して殺害するというものだった。
そもそも、〝あの方〟が見ていた〝未来〟の中で、男たちの望みを阻む最も大きな障害となる存在であったシェイラ・カレルドは、遅かれ早かれ消すつもりなのだ。予定を早め、シェイラを消すことによってディアナまでもが後宮から去り、リリアーヌに正妃の宝冠が渡るのであれば、紛れもない一石三鳥。〝あの方〟もその〝未来〟の先が最も望ましいと、全面的に王宮保守派を支えるべく、『千里眼』をつけた――、
はず、だったのに。
「ちょっと、待て。『千里眼』が死んだと、いうことは。死ぬはずだった、シェイラ・カレルドは……」
「……あぁ、生きている」
「何故!?」
「直前で、邪魔が入ったのだ。『千里眼』の『紋様』でどうにか覗き見た者によると……」
「よると――?」
「裏社会で、まだ年若い存在ながら、畏敬を込めて『仔獅子』と呼ばれる稼業者……カイという男が、シェイラ・カレルドを守ったと」
「『仔獅子のカイ』だと……!?」
その男は、確か。
降臨祭の礼拝旅の途中、ディアナを殺そうとしたとき……貴族に連なる〝仲間〟、マナ・コルトを上手く後宮近衛へ潜ませ、千載一遇の機会を作ったあのときも、〝あの方〟が視た〝未来〟を破り、邪魔をしてきたのではなかったか。
彼が、ディアナ・クレスターに特別な情を抱いていることは、分かっていた。そして、無自覚ながらディアナも、彼を深く想っていると。
大切な親友と、愛する男。その二人を両天秤にかける事態となれば、ディアナは確実に、動けなくなる。シェイラを助けてとカイへ縋れば、自身の身勝手で男を死地へ送ることになるからだ。それが分からぬ娘ではなく、だからこそ動けなくだろうと、〝あの方〟は読んでいた。
それを。〝あの方〟の『未来視』を、またしても――!!
「……『千里眼』の『核』を砕いたのは、霊力者――それも、非常に強い『武』の霊力の持ち主で、間違いないらしい。だとすると、」
「状況的に、『千里眼』を殺したのは、『仔獅子』というわけか。そもそも、我らが霊力で張った数々の罠をものともせず、この短時間でシェイラ・カレルドまで辿り着いたのだから、只人ではあり得ない」
「距離を超えて『核壊』した謎は残るが……『仔獅子』が霊力者であるなら、どのような特殊能力持ちでも、不思議はないな」
――ただでさえ厄介な〝敵〟であるディアナとクレスター家に、優秀な霊力者の援護がついている。
そう判明した瞬間の、〝あの方〟の決断は早かった。
「クレスターにも霊力者が……それも相当な実力者がついているというのなら、我々の霊力を出し惜しみしている場合じゃないね。私たちも王都へ赴き、より近い場所で王宮の覇権争いを裏から手玉に取ろうじゃないか」
〝あの方〟が霊力者の集団に声をかけてから、早いもので二十年近い月日が過ぎている。その間、主に『武』の霊力を持つものを中心に人数だけは増えたが、ただ命じられた通りに戦うことしか脳のない下っ端の〝仲間〟と違い、〝あの方〟の直属となってその意を汲み、手足となって動ける霊力者は期待したほど増えなかった。……〝未来〟を司り、運命すらも操る霊力を持つ〝あの方〟を補佐するには、それ相応に特別な霊力を使いこなす必要がある。そんな才能の持ち主が、そうそう転がっているわけもないので、仕方ない話ではあるのだが。
ゆえに〝あの方〟は、昔から馴染んだ霊力者の本拠地を放棄し、仲間全員を連れて、王都近郊へとやって来た。
そうして――反撃の狼煙を上げたのである。
次回も引き続き、謎の人物視点でお送りします!




