明かされる〝獅子〟の名
いよいよ、彼にまつわる〝核心〟が明かされます。
考えたことは、本当になかった。――血の繋がった、実親のことなど。
カイにとっての〝親〟は、物心つく前から今に至るまで一貫して、ソラだけだった。血の繋がりがないことは最初から知っていた(おそらく、物心つく前から、ソラが話してくれていたのだろう)けれど、命を与えてくれたのも、慣れない子育てと必死に向き合い育ててくれたのも、……惜しみない無償の愛を捧げ、自分の命より大切な〝我が子〟として慈しんでくれたのも、ずっとずっと、ソラだけだったのだ。
ソラがカイを誰より愛してくれていることを、ある意味傲慢にも〝当たり前〟だと思えて、仮に世界中が敵となっても、ソラだけは絶対に味方でいてくれる。そんな、カイの中で揺らぐことのない〝真理〟を授けてくれる相手が、〝親〟でなくて何なのか。
世間的には養い親でしかないソラが、世間一般で両親が我が子へ与えるべきとされているものと同じ……否、それ以上のものをくれたから。
だからカイは、あの日、マグノム夫人から〝実母〟の話を聞かされるまで、本当の本当に、一瞬たりとも、実親のことを真剣に考えたことはなかったのだ。……せいぜい、「目の色が黒に近かったから捨てたんだろうなー。でもそれで父さんに拾われたんだから、結果的には幸運だった。たかが目の色で子どもを捨てるような親に育てられちゃ、間違いなく碌な人間にならなかっただろうし」と、ふとした拍子に何となく思う程度で。
……正直、自身の出生にまつわるあれこれを知った今、そんな自分がものすごく、薄情者な気がしてしまう。
(……いや、薄情者な気がするも何も、普通にそうなんだけど。さすがに、あのヤバい思考回路の男から命懸けで守ってくれた人のことを、そいつと同列に扱って存在を無視し続けてきたってなると、なけなしの良心が疼くというか)
カイにとっての〝実親〟は、父母ひっくるめて〝自分を作り、産んで、都合が悪いから捨てた連中〟認識だったのだ。……だから、マグノム夫人の話を聞いて最初に抱いたのは、どうしようもない決まり悪さ、だったかもしれない。
恨んでも、憎んでもいなかった。ただ、どうでも良かっただけだ。強いて言えば、作って産んで捨ててくれたことには冷たい感謝があったけれど、それ以上にカイは、実親に対してとことん無関心だった。
(だから……こんな風に〝親〟の目で見られても、正直、どう反応したら良いか、分からない)
分からない、けれど。
「……少しだけ、昔話をしても良いかしら」
穏やかに微笑む目の前の女性――マリアンヌのことを、何も知らなかった頃のように〝どうでも良い〟とは思えない。彼女が言ったように、気にする必要のない〝その他〟として切り捨てることが、自分にとってしっくり来る〝答え〟でないことは、分かる。
マグノム夫人の、話を聞いて。
ディアナと一緒に、シュラザードの土地へ赴いて。
彼女をよく知る人たちから、その為人と歩みを聞いて。
……マリアンヌの思いは、その生き様は、カイの人生にとっても無視できないものだと、実感してしまったから。
そして、何より。
「あなたが俺に話したいことは、聞く。……俺の〝唯一無二〟が、ずっと、そうするべきだって言ってるから」
――カイが心の底から、自分を産んだ人が本当は何を考えていたのか、どうして自分を手放すことを選んだのか、知りたくもないし興味もないって思うなら、それ以上を考える必要はないと思うけど。心のどこかで引っかかって、少しでも二十年前の真相に興味があるなら、向き合った方が良いんじゃないかしら。せっかく今、向き合えるチャンスがあるんだから。
カイにとっての、唯一無二――喪った瞬間に〝世界〟を終わらせる存在が、柔らかな言葉で、マリアンヌと向き合うよう、ずっと優しく背中を押してくれていた、から。
ディアナは……世界の理不尽さを、残酷さを知りながら、それでも人を愛し、慈しむ道を選んだカイの最愛は、それだけ〝愛情〟に敏感で。だからこそ、マリアンヌの愛情が、叶うことならカイの〝世界〟を彩る一部であって欲しいと願っているのだろう。
(……もう充分貰ってるけどね、俺は)
元々、持ち物が多い方ではない。父から貰った〝親の愛〟と、ディアナがくれた〝特別な愛〟。その二つだけでも充分過ぎるほどだと、常々思っているけれど。
世界を慈しみ、多くの人から愛されているディアナには、きっと、カイと違うものが見えていて。そんな彼女が、一貫して、マリアンヌの思いを聞くべきだと、言ってくれているから。
「ちゃんと、聞くよ。……聞かせて」
未だ、自分の気持ちは定まらなくても。
マリアンヌと話をすることに、もう、迷いはない。
「……ありがとう」
静かに、ゆっくり、目を伏せて。
――マリアンヌは、口を開いた。
「エルグランドに旧くから伝わる、神話をご存知?」
「神話? 知らない、と思う。アルメニア神話とはまた別?」
「別のものよ。アルメニア神話は、ギアル帝国発祥のアルメニア教が、世界の成り立ちや摂理を神々の物語として説いたもの。多神教で自由度が高い宗教だから、エルグランド王国の風土に馴染みやすかったことは確かだけれど、エルグランド土着のものではないわ」
「ここで言う〝エルグランド〟って、ジュークさんの先祖が興した『湖の王国』一帯の地域を示してる感じ? だったら、マジで分かんない。俺、後宮に常駐するまで、この国の成り立ちとか歴史とか、本気で疎かったから」
ましてや土着の神話ともなれば、それはもうお察しというやつだ。信じる神もおらず、宗教は基本的に面倒くさいモノ扱いで、仕事の対象になったときだけ義務的に関わってきたような人間が、神話に詳しいわけがない。
カイの返事に、マリアンヌは苦笑しつつ頷いた。
「想像はつきます。――エルグランド神話は、アルメニア神話とはまた異なり、どちらかといえば〝神界〟という世界を舞台に繰り広げられる御伽噺、という趣が強いかもしれないわ」
「……アルメニア神話もそんな感じじゃなかった?」
「アルメニア神話の肝は、〝世界がいかに誕生し、どのような神々の恩恵によって成り立っているか〟という部分なの。だから必然的に、アルメニアの神々への信仰を集める〝道具〟の色が濃い。――ですが、エルグランドの神話に、そのような肝はありません。その神様がどんな恩恵を人へ与えるか、なんて一切語られることはなく、ただ神界で神々が超常の力を使ってああしたこうしたと語られているだけ」
「それ、面白いの?」
「オチの秀逸な話が多くて、私は好きよ。教訓になる話が多いので、幼子の寝物語に良いかもね」
「……そういうのって、神話というより寓話とか、説話とか、そう呼んだ方がしっくり来る気がするけど」
「だから、最初に言ったでしょう? 御伽噺だ、って」
マリアンヌの説明に、なるほど、と腑に落ちた。要するに〝エルグランド神話〟とは、登場人物が〝神界の神々〟だからそう呼ばれているだけで、その内容は幼子に教訓を婉曲に分かり易く説くための寓話――御伽噺なのだ。外見はひとまず見栄えよく整えておくが、その内実は実に泥臭い、いかにもエルグランド王国らしい話である。
「それで――そのエルグランド神話が、どうかしたの?」
「……えぇ。そのエルグランド神話の一つに、比較的旧くからあって有名な、『守護の獣』というお話があるの。有名といってもあくまで『湖の王国』を中心とした一帯だけの話だから、王国全体で見れば、それほど知られているわけではないのだけれど」
「守護の、けもの」
「――昔々、神様たちの住む世界に、心優しい姫神がおりました。優しい姫神は幼い頃から弱った者を放っておけず、傷つき、苦しむ者がいれば、自身の宮へ招き入れ、手当を施しておりました」
徐に、マリアンヌは語り出す。――『守護の獣』の、物語を。
「ある日、姫神は、他の幼い神々が、見知らぬ、ちっぽけな獣を追いかけて遊んでいるところに行き合いました。ちっぽけな獣はボロボロで、今にも倒れそうでした。姫神は幼い神々から獣を庇い、宮へ連れて帰って傷を癒やし、必死で看病したのです。ちっぽけな獣は元気になりましたが、玩具を取られたと思った幼い神々は、それ以降、姫神のことを仲間外れにするようになりました」
具体的に物語が始まれば、より分かる。これは、登場人物を神にした、まさしく御伽噺だと。
「月日が流れ、幼かった神々も成長し、立派になった頃。神々の世界に、一頭の、それは雄々しい獣が現れました。隆々とした身体は金色に輝き、風に靡く鬣は眩いばかりの光を放ち、その背に宿した力強い翼は、世界を超えてどこまでも飛べる、特別な神力を宿しています。その姿はまさしく伝説の〝獅子〟そのもので、誰もが心を奪われました」
……これは、確かに、面白いかもしれない。少なくとも、アメノス神スゲーばかりが延々語られているアルメニア神話より、個人的にはこちらの方が好みだ。
「獅子は誇り高い獣で、神といえど従えることは滅多に叶いませんが、唯一と認めた主には、絶対の忠誠を尽くします。そう知っている神々は皆必死に獅子の忠誠を得ようとあの手この手を使って近づこうとしましたが、獅子は見向きもせず、一直線にどこかへ向かって飛んでゆきました。獅子の行き先を知るべく、神々が獣を追いかけた先には……かつて自分たちが仲間外れにした姫神の住まう宮が、ポツンと建っていたのです」
静かなマリアンヌの語りに、いつしかカイは引き込まれていた。これが御伽噺なら、話の筋は概ね見えたけれど、オチはどこへ向かうのだろう。
「獣の咆哮に応え、宮から出てきた姫神は、とても美しく成長しておりました。神々から仲間外れにされても、その優しい心は少しも曇ることなく、傷ついた者に心を寄せ続けてきた彼女は、纏う衣こそ粗末でも、その内面の美しさが溢れ出ていたのです。誰もが目を疑う中で、姫神は嬉しそうに獅子の頭を抱き、鬣を優しく撫でで、言いました。『お前は、昔、いじめられて怪我をしていた、あの獣ね。こんなに大きく、立派になって……元気な姿を見せてくれて、嬉しいわ』」
「……」
「姫神の言葉を聞いた獅子は、喜びの声を上げ、姫神を主と認める誓いを述べました。『翼も生え揃わぬ幼い頃、うっかり神界へと堕ち、見知らぬちっぽけな獣だと馬鹿にされ、誰からも厭われ、追われ、傷つけられておりました。そんな私を助けてくださったのは、ただ一人、あなた様だけ。たとえ戦う力はなくとも、そのお心で多くを救われるあなた様こそ、私がお仕えしたいと願う、至上の主なのです』――と。かつて獅子を弄んだ神々は、あまりの決まり悪さに視線を逸らしました」
「……」
「獅子は、姫神へ希います。『姫様のお傍をお許し頂けるのであれば、どうか私に、名をお与えください。私を、姫神様の眷属として、お求めください』と。姫神は、獅子の言葉に応えます。『あなたがいてくれれば、わたくしはもっとたくさんの、傷つき、苦しんでいる者たちを、助けることができるでしょう。どうか私の、皆の守護者となってください。勇敢な翼――〝カイルジーク〟よ』。姫神が獅子に〝名〟を与えた瞬間、二人の姿は虹色に輝き、分かち難い絆が結ばれたことを、見守っていた神々へと知らしめました」
「――……カイル、ジーク」
……以前、シュラザードにてデボラの話を聞いたディアナが、意味深なことを言っていたのを思い出す。
――ならば当然、〝獅子〟に関する詳細もご存知ない、のですよね?
――そのうち分かることだと思うけど……あなたがずっと愛されていた、その証明みたいな話。
(……そっか。ディーは、分かってたんだ)
ディアナもまた、『湖の王国』と近しい、旧き血筋の末裔だ。宗教的なものに興味を示さない彼女だけれど、エルグランド神話は神話という名の寓話で、文化的に結構な財産だろうから、たぶん普通にディアナの知識欲の守備範囲内である。『守護の獣』の詳細まで知っていて、むしろ当然なのかもしれない。
数日越しの答え合わせが完了したカイの前で、マリアンヌは、物語を結びにかかる。
「それから先、姫神の御許にはいつも、カイルジークと名付けられた獅子の姿がありました。獅子という守護者を得て、宮の外へ出られるようになった姫神は、自ら苦しんでいる者の元へ赴き、救って回ります。勇猛果敢な獅子を従えた美しい姫神の話はいつしか神界にあまねく広がり、二人はどこへ行っても、大歓迎されたということです」
「……」
「一方で、幼かった獅子をいじめて遊んでいた神々の話もまた広く知られ、獅子を助けた姫神を仲間外れにしたことも知られた彼らは、それ以降、他の土地の神々から、お付き合いを断られるようになりました。仲間同士で『あの獅子を手に入れられなかったのはお前のせいだ!』と諍いも起こし、いつしか彼らはそれぞれの宮で、引き篭もるようになったそうです」
「……」
「姫神を守護する獅子の勇姿は、神々の心に強く灼き付きました。姫神が与えた〝カイルジーク〟の名は、〝最強の守護者〟の代名詞として、今も、語り継がれています。――おしまい」
即興の語り手となったマリアンヌに、カイは惜しみない拍手を注いだ。
「面白かった。御伽噺として楽しめたし、何というか、すごくエルグランドっぽい内容だったね」
「そうね。姫神は獅子の恩返しを期待して助けたわけではないけれど、助けられた側はその恩義を忘れず、彼女を唯一無二の主と慕った。身勝手な神々の逆恨みを受けても心根を腐らせることのなかった姫神は、結果としてより広い世界から受け入れられる存在となった。そして、獅子を甚振り、姫神を迫害した神々は、自分たちの行いの報いを受けた――」
「実際の世界は、御伽話みたく、単純明快には回ってないけどさ。エルグランドの歴代王様たちが、なるべくならこの話のように、真っ当な振る舞いをした人が真っ当に報われる国になるようにって思って仕事してきたことは、何となく分かるかな」
単純な感想だったが、マリアンヌとマグノム夫人は、カイの言葉を聞いて、無言で頭を下げてきた。
苦笑して、カイはゆるゆると首を横に振る。
「それで――この話が、どうしたの?」
敢えて見えるように投げた会話のボールを、マリアンヌはしっかりと受け取って。
「私は、かつて宿した我が子を、そう名付けたことがあるのです。腹の子が男児であれば、伝説に語られる〝最強の守護者〟にあやかれるよう――カイルジーク、と」
「……カイルジーク、ね」
「えぇ」
ゆっくり、はっきりと頷いたマリアンヌは、その紫水晶の瞳を、ひたとカイへ向けた。
「……正直に、言うとね。決して、望んで授かった子ではなかった。あの子を宿すことは科せられた義務の一つしかなく、私の進みたかった未来とはかけ離れていて。腹の中で日々大きくなっていくあの子を、厭ったことがないと言えば嘘になるわ」
「……うん」
「どれほど選びたい道があっても、女に、貴族に生まれた以上、逃れられない宿業がある。あの子はまさしく、その体現者。存在自体が厭わしく……堕胎薬の原材料とされている薬草に手が伸びかけたことも、一度や二度じゃない」
「まぁ……だろう、ね」
腹の中で一年近くも新たな命を守り育てることがどれほどの重労働か、少し考えれば想像はできる。多くの女性がその重労働をこなせているのは、自ら望んだ愛する男との間にできた子だからであり、その愛する男が、家族が、周囲の人々が、彼女らを支えているからだ。
政略婚が常の貴族とて、愛云々は置いても嫡子を宿した正妻の立場は保証され、健康な子が生まれるよう万全の体制が敷かれるものだと、以前ディアナがチラッと言っていた。だからこそ、貴族女性たちは、夫への愛情が仮になくとも、嫡子を産むことに躊躇いはない、と。
それはつまり、裏を返せば。
「ど底辺の更に下みたいな男に騙し討ちで嫁がされて、正妻とは名ばかりの屈辱的な仕打ちを受けて、後継を宿してもろくな支援を受けられなかったんでしょ? 嫌悪しかない男の子が腹の中にいるってだけでも最悪だろうに、その状態に対する気遣いすらほとんどない状況で、腹の子を無条件に愛せって方が無理あるよ」
「……随分と理解があるのね」
「理解というか、俺だったらこうかなって思っただけだけど」
カイの言葉に、マリアンヌは薄く笑って頷いた。
「……あなたにそう言ってもらえると、あの頃の私が、ほんの少しだけ報われる気がするわ」
「いや……思ったこと、言っただけだから。それに、えっと、堕胎薬に手が伸びかけても、実際に手に取って、飲むことはなかった、んだよね?」
「えぇ。……不思議なものでね。腹の子のことを厭わしく思うと同時に、これほど不出来な母親を選び、宿ってくれた我が子のことを、愛しく思っていたこともまた、事実なの。この子は私の大切な子で、命を賭けても守りたいと、そう願っていたわ」
「俺には、そこがよく分かんないんだよね……。あんな、人間のなり損ないみたいな野郎の血が流れてる子を、よくそこまで大事にできたよなぁって、単純に不思議なんだけど」
「デボラや領地守護職たちからシュラザード侯爵家の興りと歴史を教わって、かの家そのものは王国にとって害毒ではないと思えていたからね。これはエルグランド古参貴族特有の感覚かもしれないけれど、〝当主〟とはあくまでも〝人生の何割かを、代表者として家に捧げる者〟と考える節があるの。当代当主がどれだけボンクラでも、それは家の歴史のほんの一部でしかない。私を孕ませた男は確かに醜悪極まりないけれど、彼に流れる血筋は、代々彼の地で〝正しき神の騎士〟を継いできた。その末裔が宿っているのだと思えば、父親はいっそないものとして、心穏やかに我が子のことだけを考えられたわ」
「ふぅん……分かるような、分からないような」
ある意味、一種の逃避思考のような気もするけれど、それを指摘するのは野暮なのだろう。思考を少しズラしてでも、彼女は〝我が子〟を慈しもうとしてくれた。大切なのは、たぶんそこだ。
「そう。私は、あの子を、守りたかった。紛れもない我が子として、できることならこの手で守り、育てて……ジューク殿下を支える次世代の一人として、育て上げたかった。そうすることで、私は遠く離れても変わることなく、陛下と妃殿下の忠臣であると、信じたかったのかもしれない」
ぽつり、ぽつりと。
囁くほどの声音で紡がれたマリアンヌの言葉は、どこか自嘲を含んでいた。自身の愛情は、多分に打算が含まれたものであったと、悔恨するかのようであった。
静かに控えているだけだったマグノム夫人が、さすがに黙っていられず、口を開こうとする気配を察したのか。マリアンヌは、視線だけで、敬愛する姉に黙っていてほしいと懇願して。
「世界へ新たに生まれ出る命はまっさらで、どのような道を選ぶか……貴族であるか否かさえ、本来は、当人が選ぶべきなのに、ね。お金も権威もないくせに『開国以前から続くお家柄』であることに拘って、領民を守る度量も知識も得ようとせず、ただ貴族であり続けようとした両親を、幼い私はあれほど疎んじていたのに。疎んじて、できることなら貴族であることを辞めたいと、どうして自分には家を捨てる自由すらないのかと、嘆いていたのに。大人になって、〝親〟になったら、あの頃の気持ちなんて、すっかり忘れてしまっていたの」
「まぁ……人間って、そういうものだし」
「えぇ、きっとそうなのでしょうね。だから、バチが当たったのよ」
儚く、切なく、マリアンヌは笑う。笑って……ゆっくりと、天を見上げた。
「腹の中で、文句一つ言わず、すくすく育ってくれた、賢い子を。私が苦しんでいると、察して、腹の中から心配してくれていた、とてもとても優しい子を。生まれるときも、生まれてからも、私を困らせたことなど一度もない、あの子を。私は、自らの手で切り捨て、〝殺して〟しまった……!」
吐き出されたのは、紛れもない、懺悔の言葉。
澄み渡った夜空の下で、過去と……カイと訣別すべく紡がれる改悛に、彼はただ、静かに耳を傾ける――。
勇敢な翼、カイルジーク。物語の一節として生き残った古代語の一つで、もっと分解すれば、〝勇敢な=ジュークノ〟と〝翼=カイール〟となり、この二つが合わさり人名変化したことで〝カイルジーク〟の名称が現代まで受け継がれました。
この名前が日の目を迎えて、感無量です。




