告発を終えて②
マリアンヌの許しに感謝を述べ、オーギムは再び、当時のことを振り返る。
「……俺を助けてくれた人は、言いました。今のままであればおそらく、真相の一部を知っている俺は、生きている限り命を狙われ続ける、って。罪を悔い、償いたいと本心から思うなら、俺の身柄を預かる代わり、命は守ると」
「それで、ガントギアへ?」
「はい。服役施設の鉱山で、罪人たちや看守の方々をお世話する仕事をしてました。俺は法でガントギアへ送られることが決まった罪人じゃないから、この仕事をどれだけこなしたからといって、誰かに赦されるわけじゃないって言われましたけど。それでも……人一人の人生を安直な考えで狂わせておきながら、罰を何も受けないなんて間違ってるって思ったので」
「そういうわけでしたか……」
シリアスに頷いてはいるが、心なしか、ディアナをチラ見するキースの視線は白けている。ジュークとキースからの「補足説明はよ」の圧がそろそろ耐えられなくなり、クソデカため息を吐きつつ、ディアナは会話へ加わることにした。
「……最初に申し上げておきますが、わたくしはこの件について父から何か聞いているわけではありませんので、全て憶測になります」
「それは知っているが、ここまで情報を得たそなたの〝憶測〟が外れることはまずないだろう?」
「…………えぇ、まぁ」
ディアナの中にある『賢者の慧眼』もお墨付きを出しているので、〝これ〟が真相で間違いはないと思うが。ジュークに言われてしまうと、なんだかとても複雑である。
「皆様ご存知の通り、クレスター伯爵家はごく稀な例外を除き、国の政には関わらぬのが暗黙の決まりです。先代国王夫妻はそれを誰より重く受け止めておられ、それゆえ、父を頼みとすることを躊躇われる節がおありでした。マリアンヌ様の一件に関しても、そうして躊躇われた結果、初動が遅れたのであろうことは、想像ができます」
「そのお気持ちは、分からなくもないが」
「ですが、きっと、リファーニア様のお心はもう、誰かに頼らなければ安寧を保てないほど、追い詰められていたのではないでしょうか。マリアンヌ様以前にも、家長の理不尽な命に逆らえず、不本意な結婚を強いられて王宮から去らざるを得なかった侍女は多かったと聞きました。お優しいリファ小母様が、去り行く侍女の背を見ながら、何も思わなかったはず、ありませんもの」
「あぁ……」
「幸い……という言葉が適当かは分かりませんが。マリアンヌ様の一件については、王宮内に不審者が侵入し、ジューク王太子殿下の身に危険が迫っていたという、クレスター家が裏から介入するにうってつけな口実がありました。母から見たリファ小母様もきっと限界だったとなれば、父が〝友人一家の危機を見過ごせない〟として出張るには充分です」
「……父上と母上の依頼でなく、クレスター家が自発的に動いたと?」
「オース小父様とリファ小母様から直接頼まれたのだとしたら、これほど回りくどい手を使い、証人保護だけに徹したとは思えません。頼り下手な友人夫婦を見るに見かね、『この一件は裏で俺が解決までの道筋を作っといてやるから、ちょっとは肩の力抜け。何もかも背負おうとすんな』と最低限の手助けをした――というのが、実際ではないかと存じます」
「だから、あの〝事件〟については表向きの調書しか王宮に残っておらず、裏の真相と証人は全てクレスター家が握っているという、歪な状況だったのですね」
キースが納得したように頷いた。ジューク、マリアンヌ、アルフォードも同様の風情だが、目を丸くして驚いていたのが、当事者であるジャンとオーギムだ。
「え……っと。俺たちを長年保護してくださっていたのは、今の紅薔薇様のお話ですと、もしやクレスター伯爵家……?」
「『王国の悪の巣窟』って恐れられてる、あの……?」
「そうですよ? あれ、わたくし、クレスター伯爵家の人間だと、申し上げませんでした?」
「いえ、当代の側室筆頭として『紅薔薇』の座にあるお方とは、聞いておりましたが!」
「えらく迫力のある貴族のお姫様だなぁとは思いましたけど……!」
「……これは、大変な失礼をいたしました」
貴族云々以前に、自己紹介をすっ飛ばしてこんな話をするなど、人としての礼儀知らずにも程がある。改めて立ち上がり、二人に向かって一礼する。
「初めまして。現在、国王陛下の後宮にて、側室『紅薔薇』の名を頂戴しております、ディアナ・クレスターと申します。以後、お見知り置きくださいませ」
「は、はっ! 畏れ入ります!!」
「ひぇ……っ」
まさか知らないとは思わなかったので流してしまったが、今の話からすると、ジャンとオーギムは二十年以上、あの閉ざされたガントギア特別地域で暮らしていたのだ。世俗のことに疎くなるのは当然である。あそこはクレスター伯爵領だが、ややこしい土地ゆえそうと知られないよう計らっているため、長く暮らしていても領主が誰であるか知らない領民も多い。それでいて主だった各部門の責任者はクレスター家の臣下である自覚が強く、一家の悪評が大嫌いで、ゆえに領内だけでもクレスター家が悪く言われないよう、気を配っている。結果、ガントギア特別地域は、領主の正体は不明ながら、クレスター伯爵家が悪く言われないし、そもそも貴族の噂がそれほど流れない土地となった。『側室紅薔薇』イコール、ディアナ・クレスターであるという常識は、ガントギアに限り、常識ではない可能性が高い。
「お二人の、長年に渡るガントギアでの働きに、感謝申し上げます。……恐らく父は、これほど長い間、真相が眠ったままになるとは想像していなかったと思いますが」
「あ、いえ……上司からは折りに触れ、『監視を兼ねた警護はつけるが、実家へ帰っても、他の土地で別の仕事をしても構わない』とは言われていたんです。でも、それを断ってガントギアで働いていたのは、紛れもない俺の意思ですから」
「俺も同じです。少しでも真人間になりたくて、自発的に働いてました!」
「……であれば、あなた方は紛れもなく、我がクレスター家が守るべき領民の一人ですね」
二人に向けて穏やかに笑ってから、ディアナはジュークへ視線を向ける。
「ナットラー殿とオーギム氏の、今後の処遇はどうなりますか?」
「オーギムに関しては、そもそも保釈が認められた時点で、公的な裁きは一段落しているからな。ガントギアで働いているのも居住の自由として、そのまま触らずで良いだろう」
「問題は、ナットラー殿ですね……。前例に則れば、当時の王宮の調査が不充分であったことを認め、冤罪であったことを広く知らしめて公的に謝罪を行い、ご本人が望まれるのであれば王宮騎士として復職、刑に服していた期間の給与に相当する額以上を慰謝料として支払う、ナットラー男爵家の再興を認める、などが妥当ですが」
「いえ、そのような……ガントギアでは良くして頂き、王宮騎士と遜色ない額の給金も頂戴していましたし」
「それはそなたの働きに対する報酬であって、慰謝料とはまた別であろう」
「えぇ。貰えるものは貰って頂かねば」
「いえ、本当に……〝主犯〟の汚名を返上できるだけで、夢のようです」
そう言って、ジャンは静かに微笑んだ。
「……実は、ガントギアに妻子がいるのですが。私の事情を全て知った上で、それでも一緒になりたいと言ってくれた女性で、息子も妻に似て、強く優しい子に育っています。しかし、俺は表向き、陛下の命を狙った大罪人。俺の累が家族へ及ばないよう、一緒に暮らしてはいますけれど、ずっと事実婚状態だったんです。でも――俺が〝大罪人〟じゃなくなれば、やっと公的に届を出して、名実ともに家族となれる」
それだけで充分です――。
瞑目し、静かに、重く言葉を閉じたジャンに、思わずといった風情で、ユクシム女官が立ち上がった。
「本当なの、お兄様? お兄様に、奥様と、子どもが……?」
「あぁ」
「じゃあ、お兄様は今、幸せに過ごしていらっしゃるのね?」
「あぁ。お祖父様とお祖母様にも、住んでいる場所こそ知らせなかったが、定期的に手紙は出して、近況報告していた。……俺はちゃんと、幸せに生きていると」
「良かった……」
「済まないな。万一にも連中の魔の手が及ばないよう、お前に俺のことは知らせないで欲しいと頼んでいたんだ」
「いいえ。……いいえ。お元気なら、お幸せなら、それで良いのです」
「落ち着いたらぜひ、ガントギアへ遊びに来てくれ。家族を紹介したい」
「もちろん」
生き別れていた兄妹は、この短時間で、随分と打ち解けたようだ。
密かに安堵の息を吐いたところで、控え室の奥、使用人たちの通用口が開いた。入ってきたのは、外宮室室長のノートン・パジェロだ。後ろにクロードを従えている。
「失礼いたします、陛下。先ほど行われましたシュラザード侯爵に対する告発に関しまして、関係者の皆様方の証言内容を一通りまとめ終わりましたので、ご報告に参った次第です」
「ご苦労だった、パジェロ伯。シュラザードとロガンはどうした?」
「夜会中ですし、人手もないので、ひとまず地下牢へ入れていますよ。あそこなら、最小限の見張りで事足りますから」
「順当な判断だ」
「畏れ入ります」
ノートンに頷き、ジュークはキースへ視線を移した。
「表へ出すかどうかは別として、今ここで話した内容についても、記録しておいた方が良いだろう。パジェロ伯、キースよ。ナットラー元騎士とユクシム女官、オーギムの身柄を外宮室へ預けるので、不自由のないよう、取り計らってくれ」
「承知いたしました。では一度、御前を失礼いたしますね」
ついうっかり忘れそうになるが、夜会はまだ続いており、ジュークの離席が長引くことは推奨されない。詳しい聴取は明日以降に行うこととして、今日はひとまずお開きだ。
ノートンとキースが三人の証言者を連れて控え室を出て行ったのを見送り、ジュークが深々と息を吐き出した。
「……クレスター家はきっと、彼ら以外にも、エルグランド家が王家のしがらみゆえに取り溢した多くのものを、拾って、集めて、救ってくれているのだろうな」
「エルグランド家が、取り溢したものに深く心を痛め、血涙を流しながら玉座を背負う方々であると、知っているからこそです。まっすぐでお優しく、悪意も善意もそのまま受け取ってしまうあなた方の心が、せめて権力の残酷さに押し潰されないようにと願い、そのために動く。……友人が苦しむところは見たくないという、究極のところ、単なる我らのエゴに過ぎませんよ」
「随分と……無欲なエゴもあったものだ」
苦笑したジュークは、ゆっくりと立ち上がって。
「紅薔薇。私は、ひと足先に夜会へ戻る。そなたはしばらく、好きにしていると良い」
「……陛下」
「先に後宮へ戻っても、もう問題はないぞ。何しろ、年が明けた後は無礼講らしいからな」
「陛下もどうか、ご無理なさいませんように」
「あぁ、ほどほどにしよう」
微笑んで、ジュークは会場へ繋がる扉をくぐり、控え室を後にした。……賑やかな音楽が遠くから聞こえる控え室に、マリアンヌと二人、残される。
「ジューク様は……ご立派な国王陛下へ、成長されましたね」
静かに呟いたマリアンヌに、ディアナはほんの一瞬、『紅薔薇』からただの〝ディアナ〟へ切り替わった。
「マリアンヌ様。どうかご無理はなさらないでください。ツテムノから王都まで、常ではない方法で移動なさったでしょう? 〝あれ〟は本来、体調の悪い方が使うものではないのです」
「『黒獅子』様も、そのように仰っていました。――ですが、あの男がこれ以上王宮にご迷惑をかけるのを、黙って見ているだけなど耐えられなかったのです」
……やはり、今朝までは間違いなくツテムノにいたはずのマリアンヌが王都にこられたのは、ソラの〝移動陣〟を利用してのことだったらしい。エドワードが移動陣を使うことまでは聞いていたが、この様子だと、土壇場で便乗したのだろう。
「マリアンヌ様にご尽力頂けたことは、とてもありがたく思います。シュラザード侯爵の罪は、どうあっても裁かれるべきでしたから。ですが、どうか、ご自身のお身体を第一にお考えくださいませ。マリアンヌ様がご無理をなさって、万一にでもお命が危うくなるようなことがあれば、マグノム夫人をはじめとした、どれだけの方が悲しまれることか」
会場から離れれば、霊術は使える。ほぼ無意識に読み取ったマリアンヌの体内はやはり、無理が続く状態ではなかった。先ほどの薬草茶の効力はひとまず最大限へ引き上げたが、根本的にはやはり、安静と療養が必要である。
切々と言い募るディアナを、マリアンヌは凪いだ眼差しで、じっと見つめて。
「……最後に意識を失ったとき、なんとなく、もう二度と目覚めることはないような気がしていました。実際、あのままでしたら、私は遠くない未来、冷たくなっていたでしょう」
「マリアンヌ様……」
「ですが、不思議なことに、いつの間にか私の身体には再び熱が宿り、命が巡って……夢現で目覚めたとき、枕元には、エリザベス様によく似た色合いの、とても美しい天使がいらっしゃったのです」
「……」
「ディアナ様は、ほんとう、エリザベス様によく似ておいでだわ。――命を救ってくださったこと、心から感謝します」
マリアンヌの微笑みに、どうやら全てを見透かされているらしいと知る。
少し考えて、ディアナは苦笑した。
「瞳と髪の色だけは、母のものを受け継ぎましたけれど……他は外見も中身も父似でしょう? 周りからも、よくそう言われます」
「そんなことはないわ。中身も、エリザベス様によく似ていらっしゃいますよ」
「そう、ですか?」
「えぇ。――心を預けた〝唯一〟の持っているもの全部、何がなんでも守ろうとする……過激で苛烈な愛情は、間違いなくエリザベス様譲りでしょう」
……できれば、その辺りは見抜かないで欲しかった。おそらく、この分だと、カイと一緒にマリアンヌを助けに出向いた一部始終を知られている。デボラに口止めをしたわけではないので、遅かれ早かれ知られることは分かっていたが。
「ディアナ様がシュラザードを裁くと決断されたということは……〝あの子〟は、シュラザードを終わらせる方を選んだのね」
「……デボラさんから、聞いてはいませんでしたか」
「デボラは、私よりよほど長く、シュラザードに身も心も尽くしてきた人だもの。〝あの子〟が終わらせると決めた以上、そこに否は唱えないだろうけれど、彼女にも気持ちを整理する時間が必要だろうから、深くは聞いていないわ」
「〝彼〟は……自分はこの先、自分が望んだもの以外にはなれない。そしてそれは『正しき神の騎士』じゃない。〝シュラザード〟が継いできたものになれない以上、自分は家を継ぐべきではない、と」
「正論ね。……そう。そんな風に考えれられるほど、〝あの子〟は大きくなったの」
「会って……!」
想いのままに言葉が迸り、必死に理性で抑えつける。感情のまま、言葉を紡いだところで、伝えたいことはきっと、少しも伝わらない。
ゆっくり、深く、呼吸して。
「会って、話して、くださいませんか。マリアンヌ様が、あのひとを確かに愛して、瞳の色も丸ごと、慈しんでくださっていたことを。どのような想いであのひとを宿し、この世に送り出してくださったのかを。……きっとそれは、あのひとにとって、世界を肯定する一欠片になるはずだから」
「私は……」
「世界が、望むように優しくないことなど、私もあのひとも、充分に知っています。でも、優しくないように見えて、思わぬところに希望が転がっていることも、やっぱり世界の真実で。その希望を拾えぬことは、きっと、すごく……寂しいと。そう、思うのです」
室内に、沈黙が満ちた。マリアンヌの眼差しは変わらず凪いでいて、ディアナの言葉が届いたのかどうか、窺い知ることは叶わない。
とん。……とん、とん。
不意に、奥の扉が叩かれる音がした。ディアナが振り返るより先に、マリアンヌが音もなく立ち上がる。
「……迎えが、来たようです」
「マリアンヌ様」
「ディアナ様。私にこんなことを言う資格はありませんが……どうか、〝あの子〟のことを、よろしく頼みます」
「――!!」
言葉を失ったディアナの前で、マリアンヌは。
〝カリン〟そっくりの、楚々として可憐な笑みを浮かべた。
「世界に希望があるとしたら――それは、〝あの子〟にあなた様を巡り合わせてくださったお導き、そのものかもしれません」
「マリアンヌ様――!」
「どうか、あなた様の先行きに、神のご加護がありますよう」
優雅に一礼し、何も言えないディアナを置いて、マリアンヌは立ち去っていく。
その背を、呆然と見送って。
(マリアンヌ様……この先、どうされるおつもりなのかしら)
関係者全員に幸せな決着が訪れてほしいなど、それこそディアナの身勝手な願いでしかないが。
(ここでじっとしてても、仕方ないわ。とにかく、動かないと)
ひとまずどこへ行くべきか考えつつ、ディアナも奥の通用口を開ける。
開けた、ところで。
「ディアナ様」
そこに立っていたのは、思い詰めた表情の、クロード。ミアの弟である、若きメルトロワ子爵であった。
「お話が、あります――」
少年子爵の持ち込んだ〝話〟が、ディアナたちに新たなる風雲急を告げる――!
2025年の更新はここまでです。
2026年も、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!




