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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
244/249

告発を終えて①

告発劇の裏側編、と書いてクレスター家の暗躍が明かされる回、と読みます。


「――皆様、お疲れ様でございました。ひとまずお茶を淹れましたので、まずはお寛ぎくださいませ」


 断罪劇の後、宣言通り関係者一同を引き連れて堂々と控え室へ引っ込んだ(さすがに身分が足りない証言者三人、及びオリオンとカシオは裏から回ったが、結局辿り着いたのは同じ場所である)ジュークに頼まれ、ディアナは急遽、マリアンヌの身体にも良いお茶を全員分淹れた。滋養強壮に効果があり、体内の毒素が悪さをするのを抑えてくれる作用も持つこのお茶は、普通の飲み物というより薬に近い。が、健康な人が飲んでもさらに元気になるだけであり、深刻な副作用も特にない(せいぜい、夜に寝にくくなる程度だ)ため、深く考えずにポットで全員分を作って淹れたのである。


「美味しい……エドワード様よりお話は伺っておりましたけれど、ディアナ様は本当に、植物の扱いがお上手なのですね」

「……恐縮です、マリアンヌ様」


 そのお茶を優雅に楽しむマリアンヌは、侍女服か正装かの違いはあれど、見れば見るほど〝カリン〟にそっくりだ。心なしか、声まで似ている。もちろん、声の高さは異なるけれど、なんというか、声の響きがよく似ているのである。


「それで、あの、マリアンヌ様。体調の方はいかがでございましょう?」


 関係者がそれぞれの場所に落ち着いた頃合いを見計らい、ディアナは控え目に切り出した。マリアンヌの登場が衝撃的すぎて流しそうになっていたが、そもそもこの人は、数日前まで人事不省状態だったのだ。ツテムノの湯治療養施設がいくら優れていても、物事には限度というものがある。


「そうですね。もちろん、全き健康体とは申せませんし、今しばらくの安静と療養が必要だとは、お医者様からも重々、お言葉を頂いております」

「やはり……相当なご無理をなさっておいでではと、心配申し上げておりました」

「いいえ、無理をしているわけではないのですよ? こうして皆様とお茶を楽しんで、旧友の方々と親交を温めるくらいの体力は、まだございますから」


 どう控え目に聞いても、医者から絶対安静を言い渡されている人の台詞ではない。しかもマリアンヌは、見た目だけならいかにも可憐で儚げな、いわゆる〝吹けば飛びそうな〟女性なのだ。そんな人の口から「体力はまだある」なんて気合の入った言葉が飛び出してくるのは、なかなかイメージできない。〝カリン〟変装時、方々から「詐欺レベルで化けてる」「この見た目からその中身は絶対想像できない」と言われていた人の生母もまた、なかなかな外見詐欺師であった。


「……マリアンヌ様の体力にまだ余裕があるとはいえ、なるべく早く、内々の話は済ませてしまうべきでしょう。陛下、キース様、お願いできますか?」

「あぁ、そうだな」

「ディアナ様、美味しいお茶をありがとうございました。外宮室の者たちにまでお気遣いくださいまして、感謝します」


 現在、控え室に詰めているのは、ジュークとキース、マリアンヌとディアナ、そして証言者として立ってくれた三人だ。外宮室の面々は事後処理のため、一旦自室へ戻ると聞いた。昨日からこちら、働き詰めだった彼らを労う意味も込めて、ディアナは先ほどのお茶の茶葉を、部屋へ戻ろうとしていたオリオンへ託けたのである。

 キースの感謝に黙礼し、ディアナは口火を切った。


「ユクシム女官が、件の事件で濡れ衣を着せられた騎士殿の妹さんであったと、私は初めて知りました。王宮上層部はご存知だったのですか?」

「私は知らなかったが、宰相は気付いていたようだな。昨晩、シュラザードを切り崩す策を練っているところを見られて、『ナットラー元騎士が罪を被ってまで守ろうとした妹ですが、確か今、後宮で女官職を得ているはずです。当時はまだ幼子でしたが、話を聞けば何か新しい突破口が見つかるやもしれません』と助言をくれた」

「それで、ユクシム女官が証言者となったのね?」

「……あの事件当時、宰相閣下の仰る通り、私はまだ幼子でした。そのため、事件の詳細などについてはほとんど知らず、ただあるとき、祖父母から『事情があって兄は家へ帰れなくなった。ナットラー男爵家も爵位を返し、平民となる。しかし、幼いそなたに苦労はかけられない。祖母の生家であるユクシム男爵家が養育を引き受けてくれることになったから、これからはあちらの家を頼りに生きなさい』と言われたのです」


 過去を回想し、ユクシム女官は深く息を吐き出した。


「幼心にも、何か大変なことが起きたらしいことは感じ取れました。私はすぐにユクシム家へ入り、幸い、とても大切にして頂けて……平民となった祖父母との交流も制限はされませんでしたので、彼らが亡くなるまで、頻繁に行き来は続けておりました」

「そう……」

「ユクシム男爵家もさほど裕福ではありませんでしたので、成人してしばらくが過ぎた頃、私は王宮侍女として働きに出ました。……実を申しますと、王宮侍女を志したのは、お給金の良さもさることながら、兄が家へ帰ってこなくなった理由を知りたいと思ったからなのです」

「――! そう、だったのね」

「侍女となって調べれば、〝王太子襲撃事件〟のことは容易に分かりました。この事件の〝犯人〟として裁かれたから、兄は家へ帰ることができなくなった。祖父母は事件を重く見て、ナットラーの爵位をお返しすると決めたのだろうと……ですが、私にはどうしても信じられなかった。あの、実直な騎士だった兄が、このような事件を起こすなんて」


 ユクシム女官の言葉に、ジャンが瞳を潤ませている。ここまでの経緯が確かなら、二人はまさに生き別れの兄妹なのだ。必死に守ろうとした妹が、こうして兄の無実を信じてくれていただけで、彼にとっては充分な救いだろう。


「思い返せば、兄が家へ帰ってこなくなった前後で、家に立派なお医者様がいらして薬をくれたり、これまで見たことがないほど立派なお邸へ祖父母共々招待されて、しばらくの間滞在したりといった、なかなかない経験をしていました。幼かった当時は深く考えていませんでしたが、もしかしたらあの経験と兄の事件は、どこかで繋がっているのかもしれない。兄は犯人ではなく、真犯人に利用されていただけなのでは……そんな疑惑をずっと胸の底に燻らせながら、私は王宮勤めに励んでおりました」

「ユクシム女官の働きには、いつも助けられております」

「勿体無いお言葉ですわ」


 薄く笑ったユクシム女官は、しかし次の瞬間、どこか遠い眼差しになった。


「そうして、私が無事、女官となった頃……王都で細々と内職をしながら暮らしていた祖父母が相次いで倒れ、この世を去りました。その遺品整理をしていましたところ――先ほどお見せした紙を含んだ私の〝お絵描き〟が書かれた紙束が、とても綺麗な箱に入れられ、厳重に保管されているのを見つけたのです」

「……それは、もしや」

「はい。――調べたところ、全て、シュラザード侯爵邸で捕らえられていたあの頃、私が描いたものでした」


 決して上質とはいえない紙に子どもが描いた拙いお絵描きを、そこまで厳重に保管していたという、ことは。


「あの〝お絵描き〟を見て、思ったのです。祖父母はかなり早い段階から、兄が真犯人ではないことを察していたのではないか、と。いつか兄の無実を証明できる日を待ち、こうしてシュラザード邸から持ち帰った〝お絵描き〟を、平民となってからも大事に隠し持っていたのではないか、と。……今となっては二人の真意を確かめる術はありませんが」

「……そうだと、思いますよ。お二人の志を受け継いだユクシム女官が、〝お絵描き〟を守っていてくれて、本当に良かった。心から、感謝します」

「私どもからも、心からの感謝を。シュラザード侯爵はずる賢い男で、表向きの悪事は全て、ロガン準男爵を使っておりました。時間をかければロガン準男爵からシュラザード侯爵へ辿り着くことは可能だったと思いますが、あのように早期決着をつけることは難しかったでしょう。シュラザード侯爵が唯一出張らなければならなかったのは、それこそ、あなた方一家を、ナットラー元騎士に罪を着せ終えるまで、捕らえておくことくらいだったのです」

「……まさかとは思うが、キース。シュラザードは、もしもナットラー夫妻が孫息子の無実を訴え出るようなことがあれば、彼らのことを始末しようとも、考えていたのでは?」

「可能性は、高いかと。ナットラー男爵夫妻が『孫息子の行いに責任を取って』と爵位返上を申し出た本当の理由は、自分たちがシュラザード侯爵の行いに気付いていると悟られないよう、証拠を安全に保存するため、だったのかもしれません。ユクシム家に孫娘を託したのも、シュラザード侯爵の魔の手から、せめてユクシム女官だけは逃がせるようにとのお考えだったのでは」


 シュラザード侯爵家で〝お絵描き〟に励んでいた当時、ユクシム女官は毎日、描いた絵を祖父母にあげていたのだという。祖父母は自由行動を認められていなかったらしいが、孫娘が毎日持ってくる絵の裏表を確認すれば、自分たちがどこにいるのか、おおよその見当はつけられる。

 そうして、〝事件〟が全て終わり、孫息子が〝犯人〟として遠いところへ行ってしまったと告げられて。その〝事件〟で襲われた侍女が、自分たちをずっと監禁していたシュラザード侯爵の妻となったのだと知れば、証拠は何一つなくとも、〝事件〟の裏を推察するのは容易かったことだろう。

 だが、推察できたところで、彼らは何の力も持たない弱小男爵家。しかも、その〝事件〟の〝主犯〟として裁かれた男の身内だ。声を上げたところで聞き入れられる可能性は低く、下手をすれば真実を知っている都合の悪い存在として、シュラザード侯爵から命を狙われる危険すらあった。そう考えた彼らは、時が来るまで〝証拠〟となる孫娘の〝お絵描き〟を隠し持ち、何も気付いていないとシュラザード侯爵たちに思わせるため、爵位を捨てるという思い切った手段まで講じたのだ。さらにはダメ押しとして、唯一、監禁されていた邸内を、監視付きとはいえ自由に歩き回れていた孫娘を、ユクシム男爵家へと託した。


 全ては、遠い先の未来――自分たちが命を落とすほど、長い時間がかかったとしても、いつか孫息子の無実が証明できる日が来ると、信じて。


「……俺は、お祖父様やお祖母様に信じてもらえたほど、清廉潔白ではなかったよ。脅しに屈したとはいえ、結局あの夜、オーギムを王宮内へ侵入させたのは俺なんだから」


 二十年以上越しに明かされた祖父母の思いを知り、ジャンはほろ苦く笑った。そんな兄に、ユクシム女官は緩く首を横に振る。


「いいえ、お兄様。お兄様はただ、私たち家族を救うため、ご自身にできる精一杯を尽くされたに過ぎません。悪いのは、お兄様を脅して利用した、シュラザード侯爵とロガン準男爵です」

「……だが、俺があのような脅しに屈しなければ、トランボーノ侍女殿が二十年以上の長きに渡って辛酸を舐めることもなかっただろう」

「お優しいお言葉、ありがとうございます。ですが、ナットラー殿。私はシュラザードで得た全てを、辛いばかりだったとは考えておりません。あのような暮らしの中でも、信頼できる者と心を寄せ合い、志を同じくして歩める仲間にも恵まれました。私へのお気遣いゆえに、あなたが必要以上にご自身を責め、悔やむ様を拝見するのは、心苦しいものがあります」


 それに、とマリアンヌは、その美麗な顔をやや歪め、痛ましげな面持ちになった。


「私こそ、あなたに謝罪せねばなりません。シュラザード侯爵の悪意に貶められ、罪を着せられ、従事する必要もない服役という苦行を科せられました。シュラザードの一員だった者として、心から、お詫び申し上げます」

「そ、そのような! トランボーノ侍女殿、どうか顔をお上げください!」


 大慌てで首と手を横に振り、ジャンはやや気まずそうに視線を彷徨かせる。


「いえ、その、実はですね……これ、話して良いかどうか分からないんですが」

「……なんでしょう?」

「俺、確かに服役刑になったはず、なんですけどね。いざ、その服役場所に送られてみたら、なんか話は色々と違ってまして」

「…………違う、とは?」

「王都から離れたところで、まず、馬車が罪人移送のものから、普通――より乗り心地良い、上等なものに変わって、ですね。到着したら、なんか豪華な部屋に通されて、出てきた責任者の方から、『話は聞いてる。悪党どもに良いように使われて、大変だったな』って労われたんですよね。完全な職業選択の自由はないけど、ある程度なら希望は聞けると言われたので、この二十年以上ずっと、ガントギア特別地域の地方騎士をしながら、地域内にある研究大学にも通わせてもらって、色々と勉強していました」

「………………はい?」


 マリアンヌの目が見事な点となり、次いで、結構な勢いでディアナに視線が移された。……そんな疑惑の眼差しで見られても、デュアリスが二十年以上も前にやらかしたことなんて、知っているわけもない。いやまぁ、今の話で大体の予想はついたけれど。


「……考えてみれば、デュアリス様は当時から、真相をご存知だったわけですよね。しかも、エリザベス様にお願いされて、その真相を証明すべく、動いてもいらっしゃった」

「クレスター伯が動いていたのだとしたら、ヴォルツ伯父上のお力もお借りできただろうし……ナットラー元騎士の服役場所の選定に口出し手出し程度なら、造作もなかったはずだ」

「ナットラー元騎士は、この事件における、貴重な証人です。事件を解明する際、すぐに証言してもらえるよう、彼の身柄を手元に置いておくというのは、とても合理的なご判断かと」

「ガントギア特別地域には、犯罪者の服役施設として鉱山などもありますから、ナットラー元騎士が送られても怪しまれませんしね」

「あのー……この流れで口を挟むのは申し訳ねぇんですが、俺も色々あって、そのガントギア? って土地で、最近まで働いてました」


 オーギムまでもが手を挙げてそんなことを言い出すものだから、関係者一同の視線がますます刺さる。だからディアナは何もしていないし、そもそもデュアリスほどの黒幕ムーブはやろうとしてもできないと、声を大にして訴えたい。


「オーギム氏もガントギアに? 服役施設はありますが、あの土地に拘置所はなかったと記憶していますが」

「ロガンなんたらが約束した通り、俺、どっかの牢屋に入ってしばらく経った頃、親戚を名乗る奴が大金払って解放してくれたんですよ。ホシャク、っていうんでしたっけ?」

「そういう制度はありますね。その場合、保釈人が責任を持って罪人を監督する義務が発生するので、口で言うほど簡単なことではありませんが」

「シュラザードとロガンは、取り調べ役だった内務省の官吏を抱き込んでいたのだろう? だとしたら、保釈申請を通すのも難しくはなかったはずだ」

「あぁ、確かに」

「そういう難しい事情は分かりませんが……俺は約束通り、これで一生遊んで暮らせる金が手に入る、って思って喜んだんですけど、話はそう上手くなくて、そのまま殺されそうになりまして」


 軽い調子で語られたとんでもない話に、ジャン以外の全員がギョッと目を剥いた。オーギムは周囲の様子に、慌てて手をひらひら振る。


「あぁいえ、殺されそうになっただけです。すぐに立派な身なりの方が助けてくださって……で、その人から、俺があの事件でどんな役目を与えられていたのか、初めて聞かされて、ぶったまげたわけで」


 オーギムは立ち上がり、マリアンヌに深々と頭を下げた。


「改めて、申し訳ないことをしました。あの頃の俺は頭が悪くて、思い込みも激しくて、考えも浅くて……今も頭が良いとは言えねぇですけど、真面目に働いてる人の邪魔をするなんて許されねぇって程度の良心は身についたつもりです。謝って済むことじゃねぇのは百も承知で、これからも俺ができる精一杯を尽くし、償い続けていきます」

「……あなたはあの頃から、それほど悪い人ではなかったのでしょう。確かに襲われはしましたけれど、あなたは適当に私の動きを封じていただけで、思い返せば際どいところに触れることも、暴力を振るわれたわけでもありませんでした」

「そりゃ、まぁ……ロガンなんたらからも、脅かすだけで傷はつけるな、って結構な無茶振りされてましたし」

「私はあのとき、結構な力で抵抗したと記憶しています。そんな中で律儀にロガン準男爵の言葉を守ったのですから、やはりあなたは、根っからの悪人ではない。……ご自分で仰るとおり、ただ少しだけ考えが浅くて、人を疑うことを知らなかった、どこにでもいる人だったのだと思いますよ」


 微笑みすら浮かべて言い切るマリアンヌは、やはり一介の侍女ではなく、権門の夫人に相応しい風格があった。当人が望んで得た座ではなかったし、侯爵夫人としての仕事も押し付けられてこなしていたに過ぎないけれど、そうして生きた二十余年は皮肉にも、マリアンヌをその地位に相応しい女性へと育て上げたのだ。

 民を思い、許しを与えるその姿に、オーギムはもう一度深く首を垂れる――。


何やかんや長くなったので、次回へ続きます。

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