思わぬ証言者
「様子のおかしい男が泡を食って逃げようとしていたから、ひとまず捕らえてみたんだが。そっち連れて行った方が良いか?」
「これはエドワード殿。ご協力に感謝します」
――野次馬たちの向こう側に広がっていたのは、夜会中、ずっと会場内に潜伏し、注意人物たちをマークしてくれていたエドワードが、無駄にフリルがついた豪奢な衣装にどう見ても着られているロガン準男爵を、片腕一本で取り押さえている光景であった。例によって例の如く、クレスター家は全員で夜会に参戦し、絶妙に存在感を薄めながら大ホールにバランス良く散り、ロガン準男爵だけでなく、これまでに名前が上がった貴族たちの動きを注視してくれていたのだ。
その中でもエドワードは、逃亡の危険が高そうなロガン準男爵をを中心に、見張ってもらっていたのだが。逃亡の気配を見せてすぐ腕力に訴える辺り、相変わらず見た目詐欺な脳筋ムーブをかましてくれる。……まぁ、冷静に考えて、王の御前で繰り広げられている告発劇の最中、突如として逃亡を選択する輩に後ろ暗いことがないわけがないので、〝ひとまず捕縛〟は間違っていないけれど。
「ほらほらー、暴れるな。あっち行くぞ~」
明らかに自分より目方のある男がジタジタ暴れるのを、片腕一本で楽々封じてのしのし引き摺ってくるエドワードは、いつ見ても軽やかに人間を辞めている。当人は「筋力を効率的に鍛えて、敵の動きをピンポイントで縛れば、誰でもこれくらいはできる」と涼しい顔を崩さないが。
あっさり野次馬たちの人垣を越えたエドワードは、恐らく意図的にだろう、シュラザード侯爵の真隣にロガン準男爵の膝をつかせ、彼の腕を後ろに回して拘束の態勢を取った。
「――それで? 逃げようとしたこの男が、キースの言っていた〝侍女の素性を隠匿していると、女官長に抗議していた貴族〟で間違いないのか?」
「えぇと……そうですね。私の記憶にありますロガン準男爵と風貌も一致しますので、彼が当事者で相違ありません」
サクッとエドワードを〝拘束要員〟として背景へ格下げ、群衆たちの興味をロガン準男爵へフォーカスしたジュークとキースは、そのまま会話を続けていく。
「女官長殿のお話によりますと、ロガン準男爵はシュラザード侯爵の〝頼み〟を受け、用事があって外宮を訪れていた彼女に接触を図ったそうです。シュラザード侯爵の問い合わせに返事もしないとは不敬、侍女名簿に載っている以上の詳細情報をすぐさま侯爵へ知らせよと、それはもう、厚顔無恥が服を着て歩いているかのようなお振る舞いだったそうで」
「……言いたいことは山ほどあるが、内宮規定を職務倫理に従って遵守しているに過ぎない〝王宮女官長〟に対し、ロガン準男爵の物言いこそが不敬であることは、疑うべくもないな」
「仰るとおりです。本来であればすぐさま、ロガン準男爵が所属している部署に抗議し、必要であれば調停局の裁可も求めるべきとは思われたそうですが。それより何より、彼の頭の足りなさを深く憐れまれた女官長殿は、大した実害があったわけでも、この男が後々、これ以上に大それたことをできるわけでもないと判断し、沈黙を貫かれることにした、とのことでした」
「ううむ……女官長の心が広いのはありがたいが、そこまで王宮法規を軽視しているとなると、官吏として適性があるかも疑わしいな」
「実際、所属している内務省の部署では、仕事らしい仕事を割り当てられていないらしいですね」
リズムよく進んでいく二人の会話を聞きながら、野次馬の何人かが大きく首を縦に振っていた。ロガン準男爵が仕事らしい仕事をしていないのに、籍だけその部署にあるということは、彼の分の仕事は当然、他の誰かが肩代わりしているのだ。真面目に仕事をしている同僚にとっては、単なる給料泥棒でしかないロガン準男爵の存在は、目障りこの上ないだろう。王都にほぼ出てこないシュラザード侯爵より、常日頃から人に迷惑しかかけていないロガン準男爵が裁かれる方が、スカッとする人は多いかもしれない。
「仕事はしていないのに、シュラザード侯爵の〝頼み〟は引き受けるのか? やっていることがあべこべではないか」
「まさしく。女官長殿の証言を受け、ロガン準男爵についても調査を進めましたが、彼が身分高い方々の〝お使い〟をこなして懐に入ろうとするのは、若い頃からの悪癖のようですね。――それこそ、彼が成人した頃からの」
「……あぁ、なるほど。権力者の懐に入り、可愛がってもらうことで、準男爵の位を得たわけか」
「準男爵位までは、一定以上の身分ある方からのご推挙があれば、当人によほどの問題行動がない限り、目立った功労がなくとも与えられますからね。まず権力者に阿るのは、正攻法ではありませんけれど、手段の一つとして間違いではありません」
「だが、ロガン準男爵は、無事に準男爵位を得てからも、〝小間使い〟であり続けたと?」
「そのようです。――そして、その結果、彼は一つの〝悲劇〟を生み出しました」
キースが手元にある資料を広げ、傷ましげに一つ、ため息をついた。
「ジューク陛下が一歳を迎えられた頃、王宮にて開かれた小規模な夜会において、短時間ながらお披露目されたことがございました。その後、陛下は控え室にて乳母、侍女とともに先代国王夫妻が夜会から引き上げられるのを待っていらしたそうなのですが……そこに、突然の侵入者が現れ、陛下を襲おうとした、と。その侵入者から陛下を守ろうとした方こそ、当時王宮侍女であったマリアンヌ・シュラザード侯爵夫人であり、邪魔者である彼女を黙らせるべく狼藉を働こうとした侵入者を、たまたま通りかかったシュラザード侯が取り押さえた。公的記録には、そう記されています」
「……あぁ」
「――ですが、」
ここで大きく言葉を切り、キースはぐるりと観衆を見回した。
「記録ではそうなっていますが、実際の状況は、記録と少々異なるようです。事件当時、控え室近くをたまたま通りかかり、真っ先に駆けつけた王宮官吏がいたのですが、彼によると『誰かおらぬか! あっ、シュラザード侯爵閣下!』という叫び声が聞こえ、次いで『王宮侍女殿が暴漢に襲われて……!』と、もしも本当であれば、呑気に説明している場合ではない言葉が聞こえてきた、と」
「……ふむ」
「慌てて駆けつけたところ、ちょうどシュラザード侯爵が見知らぬ男を取り押さえていたそうですが、それまで侍女を襲っていたはずの男は、大きな抵抗を見せておらず……部屋の外、扉のすぐ近くで、ロガン準男爵が、侯爵を手伝うでもなく、ぼうっと立っていたと」
「妙だな。随分、記録と違う。王宮内に残されていた記録に、ロガン準男爵の名はなかったのか?」
「ございませんでした。事件の第一発見者となれば、真っ先に聴取を受けて然るべきですが、調べたところ、準男爵の証言を取った記録すら発見されなかったのです」
難しい顔で唸ったジュークへ、さらにキースは滔々と〝報告〟を続けていく。
「現場へ真っ先に駆けつけた官吏は実直な男であり、当時の状況を記憶が鮮明なうちにと、覚えているだけ書き残しておりました。彼の覚え書きによりますと、他にも襲撃事件の実際と公的記録が食い違う部分がございます」
「……その食い違いとは?」
「ジューク陛下がお休みになっていた赤子用の寝台は、入室して向かって右、暖炉側に設置されていたそうなのですが、夫人が襲われていた場所は、ちょうど陛下とは反対側、左に設置されたシュラフ近くだった、と。当然、暴漢を取り押さえたシュラザード侯爵も左側におり、どこから見てもジューク陛下が丸裸状態だったことに焦ったその官吏は、他の人が駆けつけてくるまで、ひとまず陛下のお側で御身の安全確保に務めたそうです。王太子殿下が誰にも守られていなかったことに冷や汗が出た、と覚え書きにはありましたから、詳細状況としては極めて正確かと」
「確かに、記録とは齟齬がありますね。その侵入者が、当時王太子殿下であった陛下を狙い、庇ったマリアンヌ様を襲ったのだとしたら、襲われた位置は入り口から陛下の寝台までの直線上にあるはずです。陛下と真反対方向にいたマリアンヌ様が、その場で襲われているということは……〝暴漢〟の狙いは陛下ではなく、最初からマリアンヌ様だったのでは?」
ディアナの補足に、キースは大きく頷いた。
「我々外宮室も、紅薔薇様と同じ推論に至りました。加えて、事件発生当時の背景――シュラザード侯爵が、王宮侍女であったマリアンヌ夫人を妻に望んでいたものの、リファーニア王太后様直属であったため、無理に王宮から辞させることは叶わなかったことを鑑みると、ここに一つの疑惑が浮かび上がってきます」
「……〝王太子襲撃事件〟の真の狙いはマリアンヌ様であり、わざと彼女を〝暴漢〟に襲わせ、その後助けに入ることで〝美談〟を演出し、王宮を辞すよう圧力をかけることが目的だった――ですか?」
「左様にございます、紅薔薇様。実際、〝暴漢〟に襲われ傷物扱いされたマリアンヌ夫人を、『それでも妻に迎えたい』と申し出たことで、シュラザード侯爵の評判は上がりました。侯爵に求められる侍女を手放さぬリファーニア王太后様への批判も一部で上がり、それらが外圧となって、マリアンヌ夫人は泣く泣く王宮を去り、シュラザードへ嫁がれたと……これは、当時を知る古株の方々から聞き取った話ですが」
「……夫人は先ほど、『望まぬ婚姻だった』とはっきり言っていた。もしもキースの語った内容が真実なのだとしたら、侍女であり続けたかった夫人にとって、これほどの屈辱的な仕打ちもなかっただろう」
一連の話をざっくりとまとめ、ジュークが滅多に見せない苦々しい表情で、深々とため息をつく。
「当時の内務省は何をしていたのだ? 件の〝侵入者〟が貴族籍にある者だったかどうかにもよるが、王宮内で王族が襲われた事件となれば、調査の主導は内務省が握ったはずであろう?」
「調査担当者は確かに内務省の者でしたが、当時既にかなりの高齢で、この事件の担当を最後に、王宮職を辞しております」
「しかし、これほどの事件だ。まさか、担当者が一人ということはあるまい?」
「そうなのですが、不思議なことに、公式の調査記録の記入者名は全て、退職したその者の名で統一されておりまして」
「……まぁ、最低限、責任者の名だけが記されていれば、調書としては成り立つからな。王宮に不届者が侵入した大事件の調書としては、不自然であることに変わりはないが」
それで、その調書に、事件の決着はどう記されていた――?
ジュークの質問こそ、〝核心〟だったのだろう。エドワードに取り押さえられてからここまで、ただ小刻みに震え続けてばかりだったロガン準男爵が、突然大きく頭を振って暴れ出した。……いざとなったら逃げ出せるよう、敢えてギリギリまで抵抗しない素振りを見せていた、ということか。
(……うん、相手が悪かった)
並の兵士なら、突然の抵抗に驚いて隙ができた可能性はあるけれど、ロガン準男爵を拘束しているのはエドワードだ。歴代クレスター一族の中でも随一の武闘派にして、基本思考は脳筋ながら、『賢者』の末裔らしく地味に頭も切れる。そんな男が、素人の浅知恵如きを見破れぬわけがない。
「おー、イキが良いな。証言できる元気があるのは何よりだ」
傍目には全く変わらぬ姿勢で、おそらくは身体のどこかしらに力を込めて拘束を強め、ロガン準男爵の抵抗をあっさり封じる。そして一言、「騒がせて済まなかった」と告げ、あっさりと場の主導権をキースへと戻した。……我が兄ながら、実に鮮やかな手際である。
エドワードのパスを受け取ったキースは、ロガン準男爵には特に触れることなく、視線を真っ直ぐジュークへ固定して。
「――主犯として記されていたのは、当時、王宮騎士として勤めていた男の名でした。彼はモンドリーア公爵家出身の正妃が世継ぎを産んだことで、保守派の権威が高まることを恐れ、王太子を害する計画を立てたそうです。騎士の身分を悪用し、当日の警備の穴を突いて雇った破落戸を王太子の控え室へ侵入させた、とのことでした」
「調書では、そうなっているのだな?」
「はい。実際、彼から当日いきなり、警備箇所の変更を知らされた王宮騎士も多かったそうで、その証言もあり、彼は主犯として裁かれ、労働施設にて服役刑を受けました。雇われた破落戸も、僻地の監獄で禁固刑の判決が下されています」
「未来の国王陛下を害そうとした罪と、その量刑が、どう見ても釣り合っていないのではありませんか? 前例に則れば、もっと厳しい刑が下されても良いはずですが」
「私もそう感じましたが、先王夫妻も主だった重臣も、この判決に異論は唱えなかったようですね」
「……なるほど」
要するに、先王夫妻も重臣たちも、事件の裏側にあるものをある程度理解していたため、生贄でしかない〝主犯〟に本来の重さの刑を与えることを、良しとしなかったのだろう。下手をすれば、その程度の刑で済むよう、〝誰か〟が裏で暗躍した可能性すらある。
(――と、いうことは)
「ここまでの話は全て、再調査から浮かび上がった推測と、公的な記録に残されていた〝真実〟に過ぎぬ。しかしキースは先ほど、この件についての〝新たな証言と証拠の提示〟と言った。つまり……?」
「はい、陛下。以上を踏まえて調べ直したところ、今回、新たな証言者と証拠を集めることが叶いました。――結論から先に申し上げますと、〝王太子襲撃事件〟はシュラザード侯爵がロガン準男爵を使って起こしたものであることに、間違いはございません」
「ばっ、馬鹿な!」
「違う! 違う!!」
シュラザード侯爵とロガン準男爵が、拘束を振り払おうと必死にもがきながら叫んだ。このタイミングで、ここまで見苦しく喚くということは、もはや八割方自白したも同然だが、ここで引いてあげる優しい人間は、残念ながら野次馬を含めて一人もいない。
喚く彼らを完全スルーし、キースが三度大きく手を叩くと、大ホールの正面扉近くが再びざわめいた。ここまで来ると野次馬たちはもう慣れたもので、扉付近を確認するより先に素早く動き、新たに現れた人物たちを中心部へ通す。
「ハイゼット室長補佐、失礼いたします」
「証言者の方々を、お連れしました」
外宮室のダブルエース、オリオンとカシオに挟まれて現れたのは、三人。がっしりした体格の男と、そこそこガタイは良いがさほど鍛えているわけではなさそうな男と、あと一人。
「ユクシム女官……?」
後宮内にて、ディアナを含めた側室陣から密かに〝陰の立役者〟と呼ばれているほど、サポート能力においては間違いなくずば抜けて後宮一の実力を持つ、ユクシム女官がそこにいた。
現在の後宮において、女官職を続けられている者は、そもそも非常に有能である。その中でも、『紅薔薇の間』を任されているミアと、マグノム夫人の実質的な直属部下であるユクシム女官の二人は、誰もが認める実力者だ。それぞれに得意分野があり、ミアの本分が側室や上司の心情に寄り添い肯定することで、時に実力以上の能力を引き出す共感力なら、ユクシム女官は場の状況に応じて、側室や上司のやり遂げたいことを察し、それらが円滑に行われるよう陰からサポートする、補佐能力に適性が高い。どちらも王族を支える女官には必要不可欠な特性であり、マグノム夫人は密かに、ミアとユクシム女官の二人を、〝次代〟の主軸として育てているようだ。
そんなユクシム女官が〝証言者〟とは……? とディアナが素で首を横に捻っていると、真ん中にいた、ガタイのとても良い、いかにも戦闘職な雰囲気の男性が一歩進み出た。
「当代国王陛下、並び紅薔薇様に、ご挨拶申し上げます。私の名は、ジャン・ナットラー。……かつて王宮にて、ジューク王太子殿下を襲撃した〝主犯〟として、その罪に問われた者です。両隣におりますは、当時、私が〝雇った〟とされた男、オーギムと、――我が妹、イネス・ユクシムです」
初っ端で明かされた〝証言者〟たちの関係性に、うっかり『紅薔薇』の仮面を落っことしそうになり、大慌てで被り直した。……そういう衝撃の事実は、未熟ななんちゃって正妃代理には荷が重いので、是非とも事前に教えておいてほしい。
「ナットラーの家名は、聞いたことがある。グレイシー男爵家と同じく、騎士としての働きが認められて叙爵された、男爵家だったはず。……しかし、同時に、今はもう存在しないとも」
「左様です、陛下。二十年以上前に、跡取りだった父が夫婦揃って馬車の事故で命を落とし……唯一の後継となったはずの私までがあの事件の〝主犯〟として裁かれたことで、祖父母は爵位の返還を申し出、受理されました。ナットラーの家名は私が継いでおりますが、貴族としてのナットラー男爵家は、既に絶えております」
「……ユクシム女官も、ナットラー男爵家のお血筋であったということですか?」
「はい、紅薔薇様。ジャン・ナットラーと私は、同父同母の、れっきとした兄妹でございます。件の事件当時、私はまだ四つでして、罪を犯した兄を持つナットラー家の娘であり続けるよりはと考えた祖父母によって、祖母の生家であるユクシム男爵家の籍に入ったのです」
「そう、だったのですね」
「はい。ユクシム家もさほど裕福ではございませんので、社交デビューしたとほぼ同時に王宮侍女として勤めに上がりまして……それ以来、こうしてお世話になっておりました」
自身の来歴を簡単に説明してくれたユクシム女官は、兄であるジャンへと視線を滑らせた。
「陛下、紅薔薇様。畏れ多くもお願い申し上げます。どうか、兄の言葉をお聞き頂けませんでしょうか。兄はずっと、抱えていた〝真実〟に光を当てる日を、待ち望んでいたのです」
「当然のことだ。こうして表舞台に立ってくれたこと、心から感謝する」
「――ありがとうございます、陛下。こうして拝謁が叶い、恐悦至極に存じます」
そう言って頭を下げたジャンへ、ジュークは「楽にせよ」と告げ、キースに一つ頷いた。
全て心得ているらしいキースは、落ち着いて手元の資料をめくる。
「それではナットラー殿、最初から確認させてください。こちらの公的調書記録によると、あなたはかつて起きた〝王太子殿下襲撃事件〟の主犯とされていますが、これは事実ですか?」
「……確かに、私は当時、こちらの事件に深く関わりました。わざと警備に穴が開くよう王宮騎士の配置を動かしたことは事実ですし、開いた穴にオーギムを通したのも私です。故に、事件の一味かと問われれば、間違いなくそうですが――誓って、〝主犯〟ではございません」
断言したジャンに、野次馬たちがざわりと揺れた。
彼と対峙するキースはもちろんその答えを予想していたため、感情を出すことなく頷く。
「では、あなたが事件に関わることになった経緯と、なぜそれが当時の調書に乗らなかったのか、教えてください」
「仰せのままに」
頷いて、ジャンはゆっくりと口を開く。
「当時、私は年老いた祖父母と歳の離れた病弱な妹を抱え、ナットラー男爵家を存続させるべく、粉骨砕身しておりました。ナットラーは決して裕福な家ではなく、領地の税収はそのまま王宮へ納める分と領地の管理維持費に回されていたため、家族全員の食い扶持を稼ぐため、私は騎士学院を卒業してすぐ、王宮騎士として勤めに出て……ようやく勤めに慣れた頃、そこにいるロガン準男爵に、声を掛けられたのです」
ロガン準男爵は、ナットラー男爵家の内情をどこで知ったのか、こんなことを言ってきたらしい。
「病の妹に、もっと良い治療を、施したくはないか?」――と。
「準男爵の話は、こうでした。『王宮に鼻つまみ者の侍女がおり、その勝手な振る舞いに、多くの者が困らされている。今度の王宮夜会の日、その侍女が控え室で一人になる時間があるらしいので、そこで少々痛い目を見せて、性根を叩き直す計画を立てた。それに少し手を貸してくれたら、腕利きの医者に妹を見せてやろう』……」
「なるほど。続きを」
「もちろん、最初は断りました。するとロガン準男爵は、祖父母へ言葉巧みに取り入り、妹を医者にかからせて、とてもよく効く薬を与えてしまったのです。そして――『今後もこの薬が欲しければ、自分たちに協力しろ』と脅してきました」
「……つまりあなたは、病の妹さんのために?」
「心は揺れましたが、それでも、ギリギリまで迷っていました。王宮騎士たるもの、いくら素行に問題があるとはいえ、王宮侍女に〝痛い目を見せる〟計画など、乗るべきではないと分かっていましたから。すると……」
「この上、まだ、何か?」
「妹に医者を紹介したロガン準男爵を、祖父母はすっかり信用しておりました。老い先短い祖父母に余計な心労を与えまいと、準男爵について黙っていた私も悪いのですが……件の夜会の日、祖父母と妹は準男爵の邸に招待され、実質的な監禁状態となってしまったのです」
家族全員が準男爵の手の内に収まり、妹の薬をちらつかせられ、ジャンに取れる選択肢は限りなく狭められてしまった。
「……私はロガン準男爵に言われた通り、王宮騎士の警備ルートに穴を開け、紹介されたオーギムを作った穴から王宮内へ通し、言われていた〝侍女の控え室〟まで連れて行きました。――まさかそこが侍女ではなく王太子殿下の控え室で、〝鼻つまみ者の侍女〟がリファーニア妃殿下の信頼厚き侍女殿であるなど、夢にも思わずに」
その後は、ただただ、悪夢であったという。
「家族を人質にされている状態で、準男爵に逆らうことはできません。事件を収めるには〝襲撃犯〟を通した〝主犯〟が必要だと、黙って罪を被ってくれたら家族の安全と妹の治療は約束すると言われ、私はその通りにしました。……正直なところ、ロガン準男爵が約束を守ってくれると信じてはいませんでしたが、私が真相を話せば、間違いなく、家族に危害が及んだでしょう。それゆえ、沈黙を選んだのです」
「……今の証言が事実であれば、ジャン・ナットラー殿、あなたはむしろ、犯人たちに脅され、利用された被害者です。王宮の誤った捜査により、あなたの人生が大きく歪められたことを、我々は重く受け止めねばなりません」
「真摯なお言葉、痛み入ります。しかし、〝服役〟していた二十年余りは、そう悪い時間でもありませんでした。理解のある方々とも巡り会え、強制労働を経て、多くの学びを得ましたから」
笑みさえ浮かべてそう言い切ったジャンの姿に、野次馬含め、その場は完全に沈黙する――。
次回で断罪劇は一段落します。




