告発の先の追及
「大変お時間を頂戴してしまい、申し訳ございません」
大ホールに堂々響く声に、野次馬たちの視線が揃ってそちらを向いた。次の瞬間、三度、息の合ったチームプレイによって、今度は正面入り口からディアナたちのいる場所まで、一斉に道が開かれる。
――人垣が作った道の先には、毎度お馴染み、書類を山ほど載せたカートを従えたキースの姿があった。カートを押しているのは、ミアの弟、クロードだ。
「キースか。待ちかねたぞ」
ジュークの応答によって、彼が王の命で動いていたことを察した野次馬たちは、さらに動いて場を広げ、キースとクロード(ついでにカート)が入る空間を作り出した。人々の動きに黙礼で感謝を示し、キースは堂々とカートを引っ張り、王の御前へと進み出る。
「陛下。ご下命頂戴しました案件に関し、証拠の調達とまとめが完了いたしましたことを、ここにご報告申し上げます。……本来であれば、こちらについてご裁可頂くのは明日以降になるのでしょうけれど、案件の中心人物であるシュラザード侯爵夫妻が夜会場にいらっしゃると伺い、馳せ参じました」
「よく来てくれた。ちょうど今、シュラザード夫人より、侯爵が領地にて行っていた非道の数々について、話を聞いていたところだ」
「本来であれば、こちらの訴えに関しても、然るべき場を別に設けるべきなのでしょうけれど。……お話を伺う限り、マリアンヌ様は、思うように動かぬ身体に鞭打ち、こちらへお越しのようです。速やかに療養して頂くためにも、陛下がこの場で出せる裁可は、頂戴しておくべきかと」
「あぁ、紅薔薇の言う通りだな」
頷き合うジュークとディアナに、周囲の野次馬たちも概ね、共感の姿勢を見せている。
ついて行けていないのは、当人である、シュラザード侯爵のみだ。
「な、にを……証拠、だと?」
「――紅薔薇が言ったであろう? 女官長への襲撃犯であるそなた、〝シュラザード侯爵〟についての調査を行った、と。まさかとは思うが、紅薔薇が個人的に調べたとでも思っていたのか? 王宮として、正式に、調査したに決まっているだろう」
実際の調査は、マグノム夫人とソラの個人的なツテを駆使して行われ、最終的な現地調査ではまぁまぁな非常識が横行していたが、王と宰相の許可が降りていた時点で、立派な正式調査であることは間違いない。調査内容は正確なのだから、手段のトンデモぶりには目を瞑ってもらうが吉だ。
詳細をぼかし、堂々と言い放ったジュークに、これ幸いとキースが乗っかった。
「我々外宮室は、陛下のご命令を受け、シュラザード侯爵家、およびシュラザード侯について、調査を進めて参りました。――先ほど、シュラザード夫人がお預けくださった証拠類も含め、この場で開示してよろしいでしょうか?」
「無論だ。夜会の場には不釣り合いであるが、皆々にも、どうか証人となってもらいたい」
ジュークの呼びかけに、野次馬たちが一斉に礼を執り、恭順を示す。こんな場合ではあるけれど、貴族たちの中で〝現王〟への支持と忠誠はかなり高まっているのではと、ディアナは薄ぼんやり感じ取った。
「ありがとうございます。――ではまず、こちらの書類をご覧ください」
キースが取り出したのは、貴族家の当主なら誰でも書いたことがある、自領の領地運営報告書である。渡されたジュークはざっと流し読み、大きく頷いた。
「よくまとめられている。――二十年前の、シュラザード侯爵領の領地報告書だな?」
「左様です。シュラザード夫人が嫁がれて……残念ながら、お子様を死産された時期より、少し後の日付ですね」
「そ、それが、何の……」
口を挟む侯爵の顔色は、心なしか青くなっている。キースは冷たく侯爵を見据え、ゆっくりと告げた。
「領地運営報告書は、よほどの場合を除き、領主自らが作成することが原則とされております。この度の女官長襲撃事件を受け、外宮室が真っ先にこちらの書類を調べ直したところ――筆跡が侯爵とは別人のものであることが判明いたしました」
「なっ……そんな、そんなことが、分かるわけ、」
「えぇ。通常、女人の筆跡が公的に残ることは少なく、調査には時間がかかります。しかし、幸か不幸か、侯爵が妻に望み、領主の仕事を代行させていたマリアンヌ・シュラザード様は、長年に渡り、王宮にて侍女職に就いていらっしゃいました。そのため、夫人が記した公的文書は多く、すぐに照合することが叶ったのです。――陛下がお持ちの領地運営報告書は、嫡子を亡くされて間も無い頃の侯爵夫人が作成なさったもので、間違いはございません」
キースの断言を受け、マリアンヌは静かに頷き、シュラザード侯爵は目を見開いて震え出す。領主業務の代行と一口に言ってもその範囲は幅広く、代行しても問題ないもの(クレスター家が家族で分担している領地視察などはまさにそれだ)から、基本的に代行してはいけないもの(ディアナが整理整頓くらいしか手伝っていない書類関係が筆頭である)まで幅広い。「領主業務を押し付けられていた」というマリアンヌの言葉を「夫婦で得意分野を分担していただけ」と言い逃れようとした侯爵だが、いくら何でも限度があり、彼はその中でもとびきりのタブーを働いたのである。
「なるほど。本来、領主たる者が作成すべき領地報告書を、侯爵が作成していなかったとなると、その資質は大いに疑わしいな」
「左様です。シュラザード侯爵家について、他にも資料室に残っております監察記録を拝見しますと、特に二十年ほど前より、『侯爵は拠点を歓楽街近くに購入した別邸へと移し、女衒業の者と通じて女性を数多く別邸に囲い、随分と派手な暮らしをしているようだ。一方で、夫人が住んでいると見られる領邸に人の出入りはほとんどなく、時折、領地守護職と見られる者たちが訪れていることが確認できた』『領地守護職たちが別邸を訪れることはなく、シュラザード侯爵領の実質的な指揮は、夫人が担っていると見られる』という記述が増え、今に至るまで、大枠は変わりませんでした」
「……夫人は、子を亡くしてからもずっと、領主業務の全てを肩代わりしていたのだな?」
「はい、陛下。シュラザード侯が時折、気まぐれに出す〝命令〟は、馬鹿正直に遂行すれば、間違いなく領民に苦境を強いるものでした。たとえ王宮を辞そうとも、国王陛下の臣であることを唯一の誇りとしていた私が、陛下の民を苦しめることなど、できるはずもございません。シュラザード侯には命令が果たされているかのように装い、実質的な領地運営は全て、私が担っておりました。幸い、シュラザード侯爵領の領地守護職たちは皆、気骨のある者たちで、私が嫁ぐまでも、侯爵が領民の生活を脅かそうとするたび、危険は承知の上で、民を庇っていたそうです。彼らの協力もあり、かろうじてギリギリで踏みとどまることが叶いました」
「……そうであったのか。満足に動くこともままならぬ中で、そなたにはまこと、苦労をかけた」
悲痛な顔で、ジュークはマリアンヌを労った。三割ほどは大袈裟に盛っているだろうけれど、七割くらいは本音で、マリアンヌに申し訳ないと思っているはずだ。……おそらく、先代国王夫妻の代弁者として。
ジュークの言葉に、キースも深々と首肯する。
「陛下のお言葉どおり、長きに渡って毒を盛られるという、あってはならない状況の中で、よくぞ生き延びてくださいました。件の毒に関しても、夫人の療養先であるツテムノの湯治場にて、既に成分解析は行われております。解析結果と合わせ、現物もございますので、言い逃れはできませんよ」
「私は知らん! 医者が勝手にしたことだ!!」
「あぁ、そうそう。あなたが雇っていた〝ゲルスト医師〟ですが、先日シュラザード侯爵領を出奔しようとしたことが確認されましたので、侯爵夫人に対する殺害未遂容疑で捕縛され、取り調べを受けているそうです。『全て侯爵の指示にて行ったこと』と、素直に自供しておいでだとか」
「な――!!」
件の〝医者〟のその後についてはディアナも気に掛かっていたため、キースの言葉にホッとした。例の〝黒い薪〟をあのまま燃やし続けていたら、遅くとも主日の翌日には、マリアンヌの身体から温もりが喪われていただろう。〝最後の毒〟を提供した殺人者がそのままのんびり領内に居座る可能性は低いと、ディアナはエドワードに、なるべく速やかな捕縛態勢を敷くよう頼んでおいたのだ。あちらにはソラも居てくれたので、稼業者たちの力を借りれば何とかなると信じていたが、さすがは『闇』たちから同業扱いされるだけあって、エドワードの仕事は実に迅速であった。
「そんな、そんなはず……あやつが、そう易々と、捕まるわけが……」
「何を思ってそう信じ込んでおいでなのか存じませんが、事実です。――ついでに申し上げますと、彼はこんなことも供述しておりました。『あの女は端女だが、旧くから続く伯爵家の血を引いていることは確かだ。いずれ子どもができたら、あの女の子ということにして届け出れば、シュラザードの面目も保たれる。そう思って生かして来てやったが、もはや私に子が望めぬとなれば、あの女には価値がない。毒の量を増やし、始末しろ』……そう、侯爵から命じられたと」
「ぁ……で、でたらめ、でたらめだ!!」
「命じられた通り、毒の量を増やしている間に、シュラザード侯爵が紅薔薇様の侍女について小耳に挟まれたそうで。『嫡子を迎えても、あの女がいれば、何を吹き込むか分かったものではない。殺人の証拠を残されては困るが、不自然ではない方法で、なるべく早くあの女の息の根を止めろ』と仰ったそうですね。それどころか、『あの女によく似た端女であるなら、嫡子として婿を取らせる傍ら、私の相手を命じても良いな』などと下卑たことまで……おっと、これは失言でしたね」
キースが告げたシュラザード侯爵のとんでもない目論見に、耳の後ろからざわりと不快感が走り抜けた。思わず人間以下の畜生を見る目を向けてしまったけれど、ジュークも周囲の野次馬たちも概ね同じような空気感だったから、不自然ではなかったと思いたい。〝カリン〟がシュラザード侯爵の〝相手をする〟事態は万に一つも存在しないが(そんな状況が現実に起きたら、間違いなく侯爵の命が真っ先に消える)、〝彼〟がどこぞの下卑た男の下衆な妄想の餌食になっていた事実が、既にこの上なく不快だ。〝カリン〟は……カイは、くだらない男の愚かな虚栄心を満たすために存在しているわけではないのだから。
マリアンヌが紛れもない怒りを乗せてシュラザード侯爵を睨み据える中、当の本人は言い逃れることも忘れた様子で、何度も首を横に振っている。
「そのようなものは、全て嘘だ! でっち上げだ!」
「そう主張されるのは侯爵の自由ですが、ゲルスト医師が捕縛されたことも、供述の内容も、全て事実ですよ。……どうやらゲルスト医師は王都に近づきたくない理由があるらしく、『知っていることは何でも話す。罪に見合った罰も受ける。だから王都へ移送だけはしないでほしい』と懇願しているらしいですが」
「しかし、この状況下では、シュラザード領内で正当な裁きを下すことは困難であろう?」
「えぇ。ですので折衷案として、近隣領の中からゲルスト医師の拘留と取り調べを引き継いでくださる方を見つけ、王都と連携を取って頂くことが、最も無難ではありますね。彼の証言は、シュラザード侯爵の罪を裁く上で必要不可欠ですから、侯爵の処分について詳細を調査する調停局の担当者殿には、ご負担をすることになるかと思いますが」
「……無理に王都へ移送して、ゲルスト医師の証言が取れなくなる可能性を考えれば、確かに無難か」
エルグランド王国は、元々が都市国家群だった名残か、領主の権限がかなり強い。領内で起きた事件に関しては基本、領主の裁量と領内法により、裁かれることが一般的だ。領主が罪を犯した当事者である場合のみ、被害者が王宮へ訴え出ることで調停局の管轄となるが、逆に言えばそれくらいしか、領内で起きた犯罪が中央預かりとなる場合はないということでもある。
今回の場合、マリアンヌに直接毒を与えていたのはゲルスト医師(デボラは騙されて利用されていただけなので、当然罪には問われない)で、その現場はシュラザード領邸内で完結しているため、ゲルスト医師本人の裁きはシュラザードの領分。――彼に指示を与えていたシュラザード侯爵の裁きは、マリアンヌが訴え出てジュークが受理したことで、調停局の領分となる。同じ事件を取り扱っていても、裁かれる人が異なることで、担当も異なってくるのだ。
こういった構図の事件は、悲しいことに、これまでもちらほら起きている。頻繁にとまではいかないが、珍しいとは言えない程度の頻度で、貴族が領内の小悪党を使って悪事を働くという事案は発生するのだ。そのような場合、悪党の親玉であった貴族が子分を裁けるわけもなく、大抵は子分もろとも王都送りになってきたけれど、稀に近隣領の領主が子分の裁きを引き受ける場合もあった。……王都へ一緒に連行しては、何らかの手段で連携を取りかねないと危惧されたり、領地があまりに遠方で、子分の移送を待っていては親分の取り調べが進まないなど、状況はそれなりに特殊であったが。
「――以上の証拠のみでも、シュラザード侯爵の罪を問うに、充分足るとは存じますが。今回の事件の被害者である女官長殿から証言を頂戴しましたところ、なかなかに興味深いお話が聞けましたので、そちらについて新たな証拠と証言を提示し、ご下命の完遂としたく存じます」
「……ほぉ? これ以上の〝何か〟があると?」
「はい。先ほど紅薔薇様が仰っていた、〝二十年以上前に王宮で起きた、王太子殿下襲撃事件〟に関して、です」
「……うむ。シュラザード夫人が、身体を張って私を守ってくれたという事件だな」
複雑そうな表情のジュークに、マリアンヌが視線だけで、気に病まないで欲しいと伝えてくる。王族の細かな心の機微を鋭敏に察し、場に応じた振る舞いができる、これほど有能な侍女を失った当時の王宮の痛手は計り知れない。『紅薔薇の間』の侍女たちが最良例だが、真に有能な侍女はまさに、一騎当千の働きを見せてくれるのだ。リファーニアがマリアンヌを庇っていた一番の理由は、マリアンヌ自身が王宮で働き続けることを望んでいたからだろうけれど、仮にそうでなかったとしても、リファーニアはマリアンヌを手放したくなかったに違いない。
ディアナがマリアンヌの有能さに舌を巻いている間にも、話は先へと続いていく。
「実は、女官長殿は、シュラザード侯爵本人による襲撃事件の前にも一度、とある貴族から直接、〝カリン〟の素性を公開しない件について、抗議を受けていたらしいのです。あまりに見当違いな言い分に呆れ、訴えるまでもないと、我々が事情聴取するまで、口を噤んでいらしたそうですが」
「ほほぅ? 内宮官の頂点たる女官長に、内宮規定を破るよう持ちかけるような愚か者が、〝まだ〟いたと?」
「なんてこと……責任感が強いのは女官長の頼もしいところではあるけれど、何もかも一人で抱え込むことはないのに」
「その抗議を受けた頃はちょうど、紅薔薇様が王国大使として、スタンザ帝国を訪れていらしたそうでして。紅薔薇様ご不在の中、ただでさえ業務が忙しい中で、些事に構ってはいられなかったというご事情もあったようですよ?」
「全く……どこの誰です、マグノム夫人の手を煩わせたのは」
敢えて大きめの声量で言い放つ。キースが答えるべく口を開こうとしたが、それより先に、野次馬たちのさらに向こう側――先ほどディアナが隠れていた幕の辺りが騒がしくなった。
野次馬たちの中でも騒ぎに近い者たちが振り返り、次いで口々に驚きの声を上げる。
じわじわと人垣が崩れた先で、繰り広げられていたのは――!
少し短いですが、キリが良いので、ここで引きとさせてください。
次回はいよいよ、二十年前の事件へ迫ります。




