年迎えの夜会、開幕
年迎えの夜会編、始まります!
目が覚めるような真紅のベルベット生地をふんだんに使い、組み上げられた絢爛豪華なドレス。裾に施された金糸銀糸の刺繍は鮮やかで、宝石の欠片が編み込まれた特注のレースが胸元やスカート部分を彩る様は、まるで薔薇に光る朝露にも見える。
誰の目にも豪華に映りながら、全体の造りそのものはシンプルなためクセがなく、どんな宝飾品も合わせられる。――そう、たとえば。
「――いかがでございましょう、ディアナ様」
「……すごいわね、アイナ、ロザリー。スタンザから贈られた宝飾品を、こんな風にアレンジするなんて」
胸元が開いたドレスが流行している現在のエルグランド王国では、アクセサリーの中で最も重視されるのは、言わずもがな、ネックレスだ。続いてイヤリング、髪飾り、イブニンググローブをしていない場合は指輪も視線を集めやすい。だから当然、ディアナはスタンザから持ち帰った宝飾品のうち、使われるのは首飾りだろうと考えていた。
しかし。
「あの宝飾品を、髪と一緒に編み込んで、夜会用のアップスタイルにしてしまうなんてね。確かに、わたくし個人に贈られたものの中では、これが一番高級な品だけれど」
真っ赤なルビーを中心に、色とりどりの宝石が金鎖で繋がって一つの輪となっている、〝ヘッドティカ〟と呼ばれる装飾品は、スタンザ独自のものだという。エルグランド人は髪飾りをつける習慣はあっても、頭そのものを飾り立てる発想はない。ゆえに、残念ながら披露目の機会はないだろうと思っていたところ、アイナとロザリーは「留め具を外せば何本かの鎖になるから、髪を纏めるアクセサリーとして使える」と思い立ち、実行してしまったのだから恐れ入る。
「こちらのお品は、一番目立つ石が赤色でしたので。ディアナ様の夜会用ドレスを拝見したときに、上手く使えばよく合うのではないかと、ロザリーと相談していたのです」
「このヘッドティカをメインに考えれば、自ずと他の装飾品も絞られてきますので、却ってやりやすくもありました」
ロザリーが言うように、ヘッドティカ以外のアクセサリーもスタンザ土産で、細かな金細工が見事なネックレス、エルグランド王国では絶対に見ることのない、鳥の羽をメインにあしらったイヤリング、そしてヘッドティカとセットになっている、色とりどりの宝石がところどころに嵌め込まれている、細い金の腕輪だ。ドレスが赤い分、金系統で統一された装飾品はとても映えるし、その中で一際異彩を放って輝くのは、ディアナの金髪に埋め込まれるようにして色とりどりに反射する、使い方をアレンジされたヘッドティカ。エルグランド式のドレスと調和した、高価なスタンザ式宝飾品を纏うディアナは、国使団帰還式のとき以上に〝スタンザ帝国のお墨付きを得た側室筆頭〟をアピールしている。
「ディアナ様はどれだけ派手に盛ってもやり過ぎになりませんから、実に飾りがいがあります!」
「大抵の方は、一定ラインを超えると衣装負けしてしまうんですけどね。ディアナ様は華やかな装いが、本当にお似合いでいらっしゃいます」
「……良いように言ってくれてありがとうね。単純に、品の良さとは無縁な悪人面ってだけの話なんだけど」
ディアナ個人の好みは、どちらかといえばシェイラに似合う系統の、シンプルかつ清楚なドレスなのだけれど、これがまぁ似合わない。元々の顔立ちが全体的にキツめだからか、それとも体型の問題か、纏われているドレスが可哀想な雰囲気になってしまう。私的な空間で着る分には誰に見せるわけでもないので良いと思うが、武装としてドレスを纏わねばならない場面にそぐわないのは明白。結果、夜会ごとに『ノーラン商会』から届くドレスは、どれもこれも嫌味なほどに派手かつ豪華な仕様となっている。
(……でも、まぁ、良いか)
鏡台前で最終確認を終え、ディアナは立ち上がると、今日も完璧な仕事をしてくれた服飾担当侍女二人を振り返った。
「ありがとう、アイナ、ロザリー。自分で言うのもなんだけれど、どこからどう見ても完全無欠の『紅薔薇』だわ」
「はい。美しく、強く、気高く――私たち、後宮に生きる皆が敬愛する、側室筆頭様にございます」
「あなたたちの仕事に恥じない戦いを、してくるわね」
「ご武運を、お祈りいたします」
二人に見送られ、ディアナは私室から主室へと進み出た。
戦前の控え室には、リタを含めた残りの侍女たちとミア、そして。
「わぁ。いつものことだけど、夜会のときのディーは、全体的にキラキラしてるねぇ」
「ドレスのレースにダイヤの欠片が編み込まれてるし、そもそもドレスの生地自体に光沢あるし、アイナとロザリーが選んでくれたアクセサリーもキラキラ光る系だから、物理的に光量は強めだと思うわよ?」
「ドレスとアクセサリーが光ってるのは、そうなんだろうけど。……夜会前のディーは闘志と義侠心でいつもより魂が磨かれてる感じだし、服装もそれを助けてるから、すごく眩しいんだよ」
ソファーに座っていたカイが立ち上がると、喜色を浮かべて歩み寄り、メイクを崩さないようにか慎重に、髪の生え際へ指を伸ばしてきた。そのまま、指で優しく髪を撫でたカイは、残念そうにため息を吐く。
「こんなに可愛いディーを、一旦は見送らなくちゃいけないのって、スッゲー拷問。一番に見せてもらえるようになっただけ、感謝しなくちゃいけないのは分かってるけど」
「……心配しなくても、この装いの私を〝可愛い〟なんて形容詞で表現するのは、王国中を探してもあなただけよ」
「そうかな?」
「間違いなく、ね。というより、あなただけで構わないのよ。――カイが〝可愛い〟って思ってくれたら、それだけで着飾った価値はあるわ」
「……っ」
頭の後ろで、一瞬カイの指に力が入り、しかし次の瞬間には何事もなかったかのように彼の手は離れていく。
盛大に息を吐きつつ一歩離れたカイは、分かり易く苦笑していた。
「あのね、ディー。そうやって、うっかり抱きしめたくなるようなこと言わないの。まだ夜会は始まってもなくて、髪も服も乱せないんだから」
「……抱きしめたくなった、の?」
「なるでしょ。そんな可愛いこと言われたら」
ストレートに伝えてくれる、カイの心が嬉しい。――社交デビューしてからずっと、着飾れば着飾るほど〝悪そう〟としか思われなくて、いつしかディアナにとって、対貴族仕様のオシャレは義務でしかなくなっていた。自分がウキウキするためでも、誰かに喜んでもらうためでもない、ドレスコードを満たすためだけのドレスアップほど、虚しいものはない。
今でも、着飾るほどに〝悪人面〟が強調されていく夜会用の装いを、自分ではさほど好きになれないけれど。
『紅薔薇の間』の侍女たちが〝敬愛する側室筆頭〟だと誇りに思ってくれて。
――たったひとり、着飾ったディアナを「可愛い」と愛でてくれる、ひとがいるから。
(……みんなの、このひとのためなら、とことん似合う〝オシャレ〟も良いか、って思えるのよね)
「なーに笑ってるの、ディー?」
「……私、笑ってた?」
「うん。……嬉しいことでもあった?」
「そう、ね。あったかも」
夜会前の今、カイに抱きつくことはできない。
代わりに、ディアナはカイの手を取り、両手でぎゅっと握り締めた。
「あなたがくれる想いは、いつも私の世界を広げてくれる。それが、とても嬉しくて……愛しいの」
「……ディー」
「私も、あなたの力になれるよう、精一杯を尽くすから」
――本日昼頃、王都のシュラザード侯爵邸を見張っていた王宮騎士より、密かな知らせがもたらされた。邸の侍従たちが、侯爵様のお姿が見えないと報告してきた、と。
侯爵邸の使用人たちには予め、彼の犯した罪と邸での軟禁刑となったことを伝え、もしも逃げる幇助をした場合、連座で使用人たちも罪に問われる可能性があると言い含めていたからか、仮にも主人であるはずの侯爵を庇おうとする者はいなかったらしい。姿が見えないことに気付いてすぐ騎士へと伝え、騎士たちも総出で邸の中を捜索したが、侯爵の姿はどこにもなかった。
よりにもよって、『年迎えの夜会』が行われる当日に、姿を消したシュラザード侯爵。彼が何を望み、どう行動しようとしているのか、予想は容易い。……現状、ディアナたちに、それを阻む手段がないことも。
(……きっと、今年の夜会も荒れる)
それならば。敵の動きすらも利用して、ディアナたちの望む〝結末〟を、掴み取ってみせようではないか。
「――ディアナ様。お時間です」
ミアの声が聞こえてきて、ディアナはそっと、カイの手を離す。
「……行ってくるわね」
「うん、いってらっしゃい。俺もこのあと、すぐに向かうよ」
「ディアナ様、いってらっしゃいませ」
「カイ。ディアナ様を、よろしくお願いいたします」
仲間たちに見送られ、ディアナはミアとともに、戦場へと一歩、踏み出した。
***************
「アメノス神より授かりし祝福を、今そなたらに分け与えよう。共に迎えよう、来るべき年の栄えを!」
「来るべき年の栄えを!!」
毎年恒例の口上が述べられ、会場全体が揺れるような唱和が響いた後、ファンファーレとともに『年迎えの夜会』は華やかな幕開けを迎えた。未だ準王族身分にあるディアナは、非常に不本意ながらもジュークの隣で口上を述べる彼を見守り、壇上から降りてからはファーストダンスの相手を務める。こればっかりは当人たちの希望とは無関係の、立場に与えられた純粋なお仕事というやつだ。
「とてつもなく今更な話だが、そなたはまるで、教本に出てくる見本のような踊り方をするのだな」
「運動神経はそこそこありますが、わたくし、リズム感と芸術的才能は人並みなのです。どのような方をお相手しても合わせられるように、基本に忠実なダンスであることを心掛けているのですが、何か問題がございましたでしょうか?」
「問題は特にない。そなたの言う通り、型通りのダンスであれば、相手がどれほど突飛でも、ひとまず踊りを成立させることはできるからな。……しかし、噂に聞く『氷炎の薔薇姫』の人物設定からはズレるだろう」
「確かに、男を手玉に取って弄ぶことを至上の快楽としている『氷炎の薔薇姫』であれば、いかにも相手を振り回す、自由奔放なダンスを踊りそうですね。ですが陛下、わたくしは別に、『氷炎の薔薇姫』を自己演出しているわけではないのですよ?」
「もちろん、重々承知しているが……そなたと踊った者は多いだろうに、誰一人として噂との齟齬に気付かなかったのだろうかと思ってな」
「さぁ、どうなのでしょう。少なくともこれまで、わたくしのダンスが型に嵌った面白みのないものだと指摘して来られた方はいらっしゃいませんけれど」
ダンス中にジュークと交わす会話は、色気もへったくれもない雑談であるが、要は王と『紅薔薇』が不仲に見えなければ良いとはヨランダ談である。「ダンス中に目と目を合わせて微笑み合いながら会話するだけで、周囲は勝手に〝仲の深さ〟を邪推してくれるから。王国中の貴族が集まる場で陛下とディアナの〝仲〟をアピールしておけば、後は勝手に内務省が『クレスター伯爵家の娘を正妃にはできない』って正妃問題から遠ざかってくれるわ」と以前言われたときは、かなりしょっぱい気持ちになった。別にジュークと仲が悪いわけではないので、ダンス中の雑談くらい、言われなくてもたぶんするけれど。それすらもはっきり意識して武器にしようとする辺り、ユーストル家の社交術はやはり、群を抜いている。
――そんな感じで、今回も周囲に多大な誤解を振り撒きつつ、ジュークとのファーストダンスを終えて。
そこからしばらくは、恒例の、ジュークの隣で正妃ヅラして貴族たちからの挨拶を受ける、個人的胃痛タイムである。ディアナ自身は別段、人前に立つのも、上の立場になって偉そうに振る舞うのも、好きではないどころか向いてないのを痛いほど自覚しているだけに、何がどうしてこんなことになっているのか、こればかりはこうして社交の場に出るたび実感せざるを得ない。
「紅薔薇様にご挨拶申し上げます」
「陛下、紅薔薇様に一言、御礼を申し上げたく」
……さらには、本当に逃げ出したくなる現実として、波乱含みだった『シーズン開始の夜会』のときより明らかに、『紅薔薇』目掛けて挨拶に来る有力者が増加している。元々、『紅薔薇派』側室の家族や親族からは、打算含みの好感度を稼いでいたけれど。蓋を開ければ、その好感度から打算が消えつつあるばかりか、主に外務省に勤める有力貴族からも、似たような好意を集めつつあるではないか。クレスター家は悪意を捌くのには三百年の実績があるけれど、両手に余るほどの好意を扱うには経験則がはっきり不足しているので、どうか手加減してもらいたい。
(……一般的には、嫌われるよりは好かれた方が良いんだろうけれど。『紅薔薇』の場合、あんまり好かれすぎると一気に正妃擁立論が盛り上がりかねないし、株が上がり過ぎるとシェイラが出にくくなっちゃうから、どちらかといえば好かれるデメリットの方が大きいまであるのよね。彼らの〝好意〟だって〝わたくし〟に対してというよりは、〝有能な側室筆頭〟に対してだし)
とはいえ、こうして『紅薔薇』に好意を寄せてくれる者の多くは、いずれジュークが味方に引き入れたい候補者でもあるから、ディアナとしても蔑ろにはできない。やがては後宮を、そして国を去る身としてあまり出過ぎた真似はできないけれど、貰った好意に報いる程度の返しはしなければ。
「紅薔薇様にご尽力頂いたおかげで、スタンザ帝国との交渉ごとが、以前とは比べものにならないほど円滑に進んでおります。あちらのお国では、紅薔薇様を女神のように崇めていますよ」
「後宮でも、紅薔薇様が皆を見守り、まとめてくださっているおかげで、娘たちものびのび暮らせているようです」
「ありがとうございます。特別な振る舞いをしたわけではなく、陛下より賜った地位と立場に見合った当然のことをしたまでですが。そのようなお言葉を頂戴しますと、今後の励みになりますわ」
「はい。この先も末長く、紅薔薇様のご活躍が続きますよう、アメノス神にお祈り申し上げます」
それは別に祈ってくれなくても良いんだけどな、という言葉の代わりに、にっこり笑って返事にしておく。……先ほどから何度、似たような会話を繰り返したことだろう。
(疲れたなー……シェイラたちは大丈夫かしら?)
挨拶が途切れた僅かな隙間に、ディアナは素早く視線を巡らせ、大広間の様子を確認した。
『年迎えの夜会』は例によって例の如く、新年明けてからのはっちゃけぶりがなかなかのカオスであるため、今年も側室避難所を設けてはいる。しかし、新年の鐘がまだ鳴っていない今、ほとんどの側室はまだ、この大広間にいるようだ。
いる、ようだが。
(……あれ、って)
目に飛び込んできた光景に、思わず、作り物でない微笑みがこぼれ落ちた。大広間の入り口近く、何となく下位貴族たちが集っているエリアに、ひっそりとはしているがそこそこ大きな、側室ばかりの集団が見える。
その、中心にいるのは。
(シェイラ――)
おそらくは意図して、夜会に不慣れな側室たちに気配りしてくれていたのだろう。そういった側室は、相当数がディアナの庇護を求めて『紅薔薇派』に加わっている令嬢たちだけれど、彼女らがシェイラにシンパシーを感じ、中庭の出店で誼を結んだことは、昨日の集まりで聞いている。よくよく見れば、シェイラが声を掛けているというよりは、側室たちの方からシェイラに挨拶し、何となく固まって一緒にいる雰囲気だ。
誰かに強制されてでもなく、強き者に庇護されなければ生きていけないからでもなく、共にありたい人を見つけ、心のまま、側にいる。側室たちが〝共にありたい〟と思える存在にシェイラが成長できていることが、彼女を見守ってきた身として、ただ純粋に誇らしい。
(外宮でシェイラの名前を広める方策は、これから立てなきゃいけないけれど。少なくとも後宮の、最も民に近い感覚を持つ側室たちの支持は、シェイラに集まっているわ)
民の力が天井知らずに伸びているこの時代、〝民衆の心を掴む〟ポテンシャルは、何よりシェイラの武器になる。新たな時代を迎えるエルグランド王国の象徴としても、シェイラ以上の正妃は望めないだろう。
「……あ、あの、紅薔薇様」
「――はい」
声を掛けられ、視線を正面へと戻す。いつの間にかまた増えていた挨拶希望者たちに、ディアナは再び『紅薔薇』仕様の笑みを纏って。
「畏れながら……紅薔薇様にご挨拶申し上げたく、参りました」
「まぁ、わざわざありがとうございます」
「遅ればせながら、スタンザ帝国よりご無事のご帰還を、お祝い申し上げます――」
繰り返される挨拶の口上に飽きてしまわないよう、背筋をピンと伸ばして、誇り高き側室筆頭の仮面を、しっかり被り直すのであった。
……後世の、歴史は語る。
スタンザ帝国で皇子を籠絡しようとするも叶わず、帰国してみれば、長い別離ゆえかジューク王の心はディアナから離れつつあって。後宮では、彼女の不在時、虐げられた側室たちの身を案じた有志たちの申し出によって開催された『側室一斉健康診断会』をきっかけに、シェイラ妃をはじめとした有能な娘たちが、頭角を表し出していた。
その様を、この年の『年迎えの夜会』で目の当たりにしたディアナ・クレスターは、当時まだ一側室に過ぎなかったシェイラ妃に対し、凍えるような笑みを浮かべ。
これ以後、シェイラ妃を目の敵にし、彼女の歩みを阻むべく、悪辣な策を張り巡らすようになった、と――。




