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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
236/247

深夜の会合②


「……参考になるかどうか、分からないけれど」


 沈みかけたディアナの思考を浮き上がらせたのは、どこかおずおずとしたシェイラの声だった。

 全員の視線が未来の正妃に集まる中、その当人は自信なさそうに周囲を見回し、懐から一通の手紙を取り出す。


「こちらは、リディル様がロビン様よりお預かりした、ご実家からのお手紙です。今日のお昼に届いたそうで、目を通されたロビン様が驚き、リディル様と〝その上〟の方々にお知らせすべきと、すぐさまお預けくださったとか」

「ロビン様――ロビン・ドレディ男爵令嬢ね?」

「あぁ。スタンザ国使団の王国滞在時、最も彼らに親身だった革新派、ドレディ男爵の娘か」

「父君と兄君はスタンザ国使団に同情的だった一方、後宮においでのご令嬢は、明確に反対の意を唱えていらしたと。そのお強い心根を頼みに、どうにかご実家の様子を探って頂くことはできないか――と協力を要請すると、降臨祭前の話し合いでおっしゃっていましたね?」


 後宮の細部には基本的にノータッチな外宮組、ジュークとキースが確認の意を込め発言する。

 それに一つ頷いて、シェイラは手紙をジュークへ手渡した。


「あの話し合いの翌日、リディル様にお願いして、早速ロビン様へ繋ぎを取って頂きました。リディル様のお話では、背後関係を伏せて『ドレディ男爵がスタンザ国使団に肩入れするようになった経緯を知りたい』とお伝えしたところ、すぐさまご実家のお母様宛に、お手紙を出してくださったそうです」

「お仕事が早い。ありがたいことね」

「ご実家のお母様は、ロビン様のお手紙を受け、それとなく男性陣に探りを入れてくださったそうで……彼らが語ったことをまとめ、手紙にしたためてくださったものが、今日のお昼に届いたと」

「いやはや、ありがたいことですが……シェイラ様は何故、そのように困惑しておいでなのです?」


 キースの疑問は、この場にいる全員の疑問でもある。

 ディアナも無言で頷いてシェイラを見ると、彼女はそっと気遣う眼差しを、ジュークへ向けていた。


「この場に持っては来ましたが、お見せするか、正直迷っていたのです。だって――」

「……確かにこれは、少々酷なことが書かれているな」


 シェイラから渡された手紙を一読したジュークの口から、呻き声のような言葉が漏れる。ただ事ではなさそうだと、彼の側近であるキースとアルフォードも、ジュークの許可を得、手紙をさっと回し読んだ。


「なるほど……」

「あー……」


 キースの顔色は普通に青くなった程度だが、アルフォードの反応はまた違う。そこに書いてあった名に、〝残念な確信を得た〟人間のそれだ。


「アルフォード様?」

「ディアナ嬢……ひとまず、手紙を見てもらえれば、ジュークとキースの反応の意味は分かってもらえると思う」

「承知しました、拝見しますね」


 アルフォードから手渡された便箋を、ディアナは隣のレティシアと覗き込み、位置的に読めないライアとヨランダにも聞かせるべく、該当箇所を探し当てて音読する。


「えぇと――『旦那様のお話では、スタンザ国使団と社交場で出会う前、ニッケスタック子爵より、国こそ違えど、彼らは見所のある若者だと聞かされた。それもあって挨拶を受けた際、無視することなく返したら、思いの外話が弾んで、彼らの気の良さを知ることができた。ウェイク伯爵が、不幸なすれ違いが重なってスタンザ国使団が冷遇されていることを気にかけているのもあって、いつしか親身に彼らの話を聞くようになったそうです』……ニッケスタック子爵とウェイク伯爵?」

「ニッケスタック子爵って……ヨランダのユーストル家と同じく、代々権力中枢から距離を取って領地運営や事業に注力している、穏健保守のニッケスタック子爵家のこと?」

「ウェイク、伯爵……まさか、お父様と並んで、異国交易に熱心で領地の事業にまでなさっている、革新派の代表格のような方が……?」


 ライアとレティシアの声が、隠しようもないほど動揺している。唇を引き結んだヨランダの顔色も悪い。

 ディアナは脳内の『貴族名鑑』をぱらりとめくり、それぞれの家と当人の来歴をざっくり確認した。


「ニッケスタックの名は、先ほどの話でも出ていましたね。ヒルダ様が〝お茶会〟に招いていらしたご令嬢が、まさしくルネッサ・ニッケスタック様だったはずです」

「え、えぇ。でも、ルネッサ様はヒルダ様のやり口に迎合してはいらっしゃらなかったわ。ルネッサ様だけでなく、穏健保守のご令嬢方は皆様、ヒルダ様が異国への悪言をされると、困ったように顔を見合わせて、どうにか話を逸らそうとされていたもの」

「ロビン様の例にもあるように、ご実家の意向と側室ご本人のお気持ちが異なることは、ままあると思いますが……」


 レティシアとシェイラの口調は、まさかあのルネッサが、その実家がと言わんばかりだ。ルネッサも実家が穏健保守である以上、派閥のしがらみからは逃れられず『牡丹派』の一員に数えられているが、どんな場面でもひっそりと、ただそこに〝在る〟ことだけに集中しているような人だという印象を、ディアナも持っている。


「そういえば……」


 何かを思い出したのか、声を上げたのはマグノム夫人である。ディアナが視線だけで続きを促すと、彼女は小さく頷いて、部屋をぐるりと見回した。


「春の、側室一斉里帰りの件を、ニッケスタック様にお話申し上げたとき。今から考えますと、彼女はほんの僅か、躊躇っていらしたように思えまして」

「躊躇う?」

「はい。ほとんどのご側室は、しばらくご実家でお過ごし頂きたいと伝えると、顔を輝かせて喜ばれていたのですけれど、ニッケスタック様は『里帰り、ですか?』と聞き返されたきり、少し言葉を選んでいらしたように思います。そのお言葉がどこか、否定的にも感じられて……私が『気が進みませんか?』と尋ねるより先に了承のお返事をされたので、それ以上は触れずにいましたが」

「なるほど……」

「ご実家と折り合いの悪いご側室は、こちらでも予め把握していましたから、話の持ち掛け方に一定の配慮はしておりました。しかし、実際のところ、折り合いが悪いとまではいかずとも、何らかの理由で〝里帰り〟に気が進まない方もいらしたように思うのです」


〝家族〟とまともな人間関係が築けず、ほぼ売り飛ばされるように後宮入りした側室については、王国上層部でも密かに確認済みだ。シェイラと同じく親戚に家を乗っ取られた者、実母が亡くなり、新たに嫁いできた後妻とその子どもたちに家の主導を乗っ取られている者、実の親兄弟のはずなのに、何故か家で一人冷遇されていた者と事情は様々だが、そのどれも、見事に相手方の話が通じないケースばかり。当人たちは苦労したからか年齢以上に老成しており、ディアナのこともよく助けてくれる、ありがたい仲間なのだけれど。

 そんな風に、誰の目から見ても実家がヤバいと分かる側室たちになら、こちらも救いの手は差し伸べやすい。――しかし家族関係などは、そこまで好悪が白黒はっきり分かる方が稀であり、〝良好〟と〝最悪〟の間に無限のグレーゾーンが存在するのだ。

 側から見て、ニッケスタックの家庭環境に問題はなくても。その渦中にいるルネッサにとっては、居心地の悪さを感じる〝何か〟があることは、充分に考えられる。


「……一度、ルネッサ様とお話してみましょうか」


 しばらく考えて、口を開いたのはヨランダだ。少し前まで同じ穏健保守と中立を兼ねるような立ち位置にいた家の娘として、確かに適任だろう。


「それが良いと思います。お父君の為人(ひととなり)などが分かれば、彼もまた利用された側なのか、それとも〝敵方〟なのか、考察できるかもしれません」

「えぇ、任せて」

「ニッケスタック子爵家については、そうアプローチするとして……問題は、ウェイク伯爵ですね」


 こちらはある意味、ニッケスタック子爵より関係者一同にとって信じたくない名前だろう。レティシアが言った通り、彼女の父、キール伯爵と並んで、古参貴族でありながら王国が国を開いた当時から未来を見据え、積極的に異国と交易してきた、革新派の代表家門の一つなのだ。当代は確か、先代当主の弟で、ディアナの社交デビューとほぼ同時期に家督を継いだ、まだ若い青年であったはず――。


(……あれ?)


 記憶の片隅に何かが引っ掛かり、思い出すべく記憶の海に飛び込んだディアナの前で、仲間たちの会話は続く。


「ウェイク伯は、まだ若いが貿易商としての実績は確かだ。その腕を見込んで、いずれは味方になってくれればと目星をつけていた人物の一人であったが……」

「私も、陛下からそのように聞き及んでおりましたから、このお手紙の内容がすぐには信じられず……ウェイク伯爵様もまた、何者かに操られているという可能性はございませんか?」

「……いや、そのことなんですがね、シェイラ様。新興貴族家出身で、実家がスタンザ国使団寄りになった国王近衛や王宮近衛の連中に声をかけて、同じように『誰から言われてスタンザ国使団を支持するようになったのか』って探ってもらったんですよ。大抵はあのときジュークまで進言を上げていた名前が出てきてたんですが、その中でジュークとは接触しないよう振る舞っていたのに、よく名前が出てきたのが、ニッケスタック子爵とウェイク伯爵――特に、伯爵の名前は要所要所で出て来ましてね」

「そんな……!」

「間違いないのか、アルフォード」

「ウェイク伯爵はご自身の立場を明確にしておられるし、交易相手にはスタンザも含まれる。スタンザに肩入れしてもおかしくはないが……だとしたら、ジュークを直接懐柔しようとしなかったのは不自然だ」

「私、社交へ頻繁に出ていたわけではありませんが、何度かウェイク伯爵夫妻とはご挨拶いたしました。お父様も積極的に交流をなさっていて、そのような(はかりごと)に加わるような方とは信じたくありませんが……」


「あ、それだわ」

「――え?」


 引っ掛かっていた〝何か〟をレティシアの言葉で思い出し、ディアナはぽんと手を打つ。打ってから、思った以上に多くの視線が集まったことに苦笑した。


「ディー? 何が〝それ〟なの?」


 集まった視線の持ち主から、代表してシェイラが問うてくる。どう答えるべきか、一瞬だけディアナは考えて。


「えーと、ね。先代と先々代のウェイク伯爵の人格は、お父様もお祖父様も太鼓判を押してたから、ケチつけようがないとは思うんだけど。……少なくとも当代の、ほんの数年前までは、あんまり褒められた人じゃないのかも、って思って」

「えぇ?」

「……当代って、先代の弟君だったわよね?」

「そのはずよ。先代伯爵に後継の男児もお生まれになって次代も安定したから、そろそろ次男君の婿入り先なり、養子入り先なりを考えようかという矢先のご不幸だったはずだもの」

「『兄の妻子は我が家族も同然』と、寡婦となられた兄君の奥方を娶られ、甥っ子である兄君の子を養子にして、ご自身が亡き後は兄君の血筋が家を継げるよう計らったと聞いております。『あの若さでなかなかできることではない』とお父様がご友人とお話になっているのを聞き齧りました」

「えぇ、レティ。その話は貴族全体に美談として伝わっているし、わたくしも当事者が納得しているのなら、そこに口を挟むつもりはないのだけれど……」

「――けれど?」


 何かを察したのか、問うシェイラの眼差しが鋭くなる。

 一つため息をつき、ディアナはシェイラと視線を合わせた。


「社交デビューしたばかりの頃に、ね。当時はまだウェイク伯爵弟だった彼に、〝誘われた〟ことがあるの」

「――っ!」


 シェイラが息を呑み、怒りを瞳に上らせたのと同じタイミングで、無言の圧が天井裏からも降ってくる。……この二人もしや、一周回ってめちゃくちゃ仲良しなのでは?


〈ハイハイ、ディー、現実逃避は止めようね? 確認しとくけど、その〝お誘い〟っていうのは、単なるダンスの誘いとかじゃなくて……〉

「……ご想像通り、私を『夜の蝶』と見越した方の〝誘い〟よ」

〈ちなみに、その当時で、ウェイク伯爵っていくつ?〉

「詳しくは知らないけれど、たぶん二十代後半ってところじゃないかしら?」

〈マリアンヌさんにご執心だったシュラザード侯爵といい、自分の年齢の半分くらいの女の子に粉かけようとするとか、お貴族サマって変態率高めなワケ?〉

「ほとんどの貴族方は真っ当……と言いたいところだけど、貴族の結婚は後継を儲ける側面があるから、子を産める若い娘をある程度年齢の過ぎた方が求められる事例はままあるわね」

〈けど、少なくとも、ディーを〝お誘い〟したウェイク伯爵って野郎は、単にディーと〝夜〟を楽しみたかっただけだろ? 〝夜遊び〟に社交デビューしたての十五の()物色するとか、言い訳しようのない変態じゃん〉

「それは、うん、間違いなくそう」


 それを言い出すと、当時ディアナを〝誘った〟ある程度年齢高めの男たちは全員〝変態〟のレッテルを貼られることになりそうだが。言われてみれば、いくら当時のディアナのプロポーションがちょっと年齢不相応に育っていたとはいえ、社交一年目の小娘を〝遊び〟の対象とした連中の感性がまともであるはずはないので、ディアナは素直に頷いておいた。


「社交デビューしたばかりの頃って、わたくしもいっぱいいっぱいで。不埒な〝誘い〟をかけてくる相手の躱し方は教えてもらっていましたけれど、まさか本当にそんなことをして来る方が大勢いるとも思ってなくて、夜会に出るたび、今から思うと疲弊していました。ウェイク伯爵はたまたま、わたくしが疲れ果てていたときに行き合って、不甲斐ない話ですが、上手く躱せなかったのです」

「……なにそれ。大丈夫だったの、ディー?」

「そのとき、たまたま同じ夜会に、ダイナ様も出ていらしてね。危うくなる前に助けてくださったから、わたくしは特になにもされていないわ」

「ダイナ様、って……」

「ダイナディル・スウォン。俺の兄で、次期スウォン伯爵ですね。古代遺跡の研究者として、一年のほとんどをマミア以西で過ごしていたのですが、国の情勢が変わりそうなこともあって、この春から王都に詰めてくれています」


 アルフォードの注釈に感謝を込めて黙礼し、ディアナは続けて口を開く。


「そのとき、ダイナ様がウェイク伯弟に仰ったことが印象的で、記憶の片隅に引っ掛かっていたのです。『兄君の病が篤いこんなときに、社交デビューしたばかりのお嬢さんを揶揄ってどうする。君は昔から、優秀な兄君への劣等感が酷かったが、当てつけにも程があるぞ。まだ幼い息子を抱えながら夫の看病に掛かり切りの義姉君にも、申し訳ないと思わないのか』――って」

〈……へぇ? その話聞いた後だと、〝美談〟の意味がガラッと変わりそうだね?〉

「そうなのよ。ダイナ様からちらっと聞いたお話では、先代のウェイク伯は学院の先輩、当代は後輩らしくって。先代は優しさと強かさを併せ持った、いかにもエルグランド貴族なお方だったそうなんだけど。その弟君は、一見才気煥発な好青年に見せかけて、本音を隠さなくても良い相手には、優秀なお兄様への妬み嫉みと、何かと小言の多いお父様お母様への罵詈雑言を隠さない、〝あまり付き合いたくないタイプ〟だったって」

「……俺は兄貴から、そんな話聞いたことないぞ」

「ウェイク伯弟がわたくしを〝遊び〟に誘ってきたときも、あからさまな言い回しではなく、割と耳触りの良い言葉を並べ立てて親切を装う、好青年風でしたから。『ディアナなら心配ないとは思うけど、念のために私の知る彼を伝えておくよ』と話してくださったのです」


 長く話して喉が渇いた。先ほど、侍女たちが淹れ直してくれた温かいお茶をありがたく飲み、一息ついてから、改めてディアナは全員を見回す。


「あの後すぐ、先代伯爵は儚くなられ、ウェイク伯爵家は代替わりしました。先代国王陛下の喪も重なり、社交界に当代ウェイク伯爵が姿を見せるようになったのは昨年頃からです。その頃には既に奥方様を娶られた経緯が〝美談〟として流れていましたが、わたくしはダイナ様のお話を聞いてましたので、『よく奥方様は再婚をご承知になったわね。ダイナ様の叱責を受けて、お心を入れ替えられたのかしら?』と何となく思ったことを覚えています。……それを、レティの〝ウェイク伯爵夫妻〟の一言でふっと思い出しまして」

「確かに……夫の闘病中に遊び歩いていた義弟を、いくら寡婦になったとはいえ新しい夫として受け入れようなんて、そんな風に思える妻は少数派よね」

「そういうことです。少なくとも、ダイナ様という確かな方がはっきりと当代ウェイク伯の人柄に疑問を呈している以上、彼の本性が表に出ているものとまるで異なる可能性は大いにあるかと」

「そう、か……俺は本当に、人を見る目がないな……」


 ジュークがずーんと落ち込んでいる。ウェイク伯爵に関しては、ジュークだけでなく関係者一同、想定外の人物だったのだから、致し方ないことだ。ダイナはたまたま、学生時代にウェイク伯爵が横暴な振る舞いをしていた相手と親しくなる機会があり、その人から本性を聞かされたから気付けただけで、何もなければ彼の好青年風に騙されたままだっただろうと言っていたし。ディアナを〝遊び〟に誘ったのだって、『悪』の烙印を押されているクレスターの小娘が後から何を騒いだところで、社交界の誰も信用しないと算盤を弾いたことは明白である。


(そう考えると、この顔も悪いばかりじゃないのよね)


 人間の本性を丸裸にしやすいという点で、有効活用できれば非常に便利な『悪人面』なのだ。初代ポーラストが自身を王国貴族の〝踏み絵〟にしようと考えたのも頷ける。

 そんなことをつらつら話して、「そう落ち込むことはない」とジュークを励ましてみたところ。


「クレスターの『顔』にそういう効果があることは否定しないが、だからといってそなたたちに頼り切りで人の本質を見抜く眼を養うことを怠って良い理屈にはならないだろう」

「ディーってば、いつもそうやって、自分が嫌な思いしても飲み込んじゃうんだから。どんなに顔が悪そうだって、実際は悪いことしてない人を罵って良いわけじゃないし、家族に悪い噂があって家名に信用がない家出身だからって、右も左も分からない十五の女の子を弄んで良いわけないんだからね!」

〈ジュークさんとシェイラさんに大賛成。ディーがクソ野郎のクソな本性探知機にたまたまなってたからって、だから〝良かった〟とはならない。次にそんなこと言ったら、本格的に膝詰めお説教するから、覚悟しといて〉

「えっ、なんで私が怒られてるの?」

「……カイ。次と言わず、この後お説教でお願いします」

「リタまで!?」


 ジュークを励ましたつもりが、どうやら方々の怒りのツボを刺激してしまったらしい。こういうの藪蛇って言うんだっけと遠い目になったところで、一連の流れをまるっとスルーし、ライアが口を開いた。


「とりあえず、後宮側(私たち)の次なる一手としては、ベルティア侯爵令嬢の緩めの監視と、ルネッサ・ニッケスタック様への働きかけ、かしらね」

「それが良いと思うわ。加えて、引き続きナーシャ様を見守ることと、『牡丹派』全体の動向の注視すること。できそうなのはそれくらいだと思う」

「……私は、貿易商という側面からウェイク伯爵を探ってくださるよう、お父様にお願いしてみます」

「貴族としてのウェイク伯爵、ニッケスタック子爵に関しては、外宮室と監察局で洗ってみましょう」

「近衛もそっちに協力だな」


 ディアナを叱らなかった人たちも、意見そのものには同意らしく、誰もディアナに助け舟を出してくれない。しれっと今後の動きについて確認し合っている。


〈あー、キースさん、アルフォードさん。その調査、外からは何を調べてるのか分からないようにできる?〉

「……霊力者(スピルシア)対策、ですか?」

〈うん。去年の『星見の宴』のとき、敵方を『闇』が探ろうとした瞬間、連中の動きが止まったろ? それ考えたら、外宮室と監察局? が何をしてるか、なるべく秘匿しといた方が無難かなって〉

「確かにそうですね。承知しました、外には決して漏れないよう、細心の注意を払います」

「けど、カイみたいな霊力者(スピルシア)が気配消して天井裏に潜んでる可能性あるぞ?」

〈んー、本格的な調査って、たぶん年が明けてからになるよね?〉

「なりますね」

〈なら、父さんが帰ってきて、敵方の霊力者(スピルシア)封じを施してからにしよっか〉


 結構な圧をかけてきたカイも、ディアナが口を噤んだのをどう見てか、話し合いに復帰している。

 ディアナは内心ちょこっとむくれつつ、「後宮側のお話が一段落したところで、良いですか?」と手を挙げた。


「シュラザード侯爵領でのことも、共有しておきますね。陛下にはお伝えしましたので、キース様とアルフォード様も既にご存知かとは思いますが」

「――お願いします」


 少し前のめりになったのは、やはりマグノム夫人だ。ディアナは夫人の衝撃を和らげるべく、現地で起きたこと、最終的な処理、そしてシュラザードの歴史についてデボラから聞いたことを、淡々と語った。

 全てを語り終えた頃、マグノム夫人の顔には、紛れもない安堵が浮かんでいて。


「では、マリアは無事なのですね?」

「危険な状態ではありましたが、主日の夕方時点で、峠は越しております。ミスト神殿からの帰路、カイが定期的にソラ様と連絡を取ってくれていましたが、ツテムノでの湯治療法がマリア様の肌に合ったようで、今朝は意識もしっかりされ、支えがあれば立ち上がることもできたと」

「ありがとうございます、ディアナ様。何とお礼を申し上げれば良いか……!」

「マグノム夫人には、いつもお世話になっていますから。夫人の大切な方は、わたくしたちにとっても救うべき方というだけのことよ」


 微笑んで頷いたディアナの後を、ジュークから託されたらしいキースが引き継ぐ。


「シュラザード夫人の状態については、ツテムノの医師と湯治師が診断書をしたためているそうです。デボラという侍女から預かった〝薬〟、彼女自身の証言と合わせれば、侯爵領で夫人が置かれていた凄惨な状態は、すぐにでも証明可能でしょう。シュラザード侯爵有責での離婚も難しくはないはずです」

「それだけでは足りないと思います。そもそもマリア様の婚姻自体が、ご本人の意に沿うものではなく、卑怯な手によって断れなくさせられた末のものであったこと。この先、同じことが繰り返されないよう、そちらも証明されなければ」

「貴族の婚姻が政略の側面を兼ねることは逃れようもないが、その〝政略〟とは貴族の私利私欲を満たすものでなく、自領の民にとっての〝利〟を得るものでなければならぬ。――そしてその〝政略〟は決して、結婚する当人たちの〝犠牲〟の上に成り立ってはならぬのだ。新たに絆を結ぶ夫婦と、その両者が背負う民、その全ての幸福が揃って初めて、〝政略結婚〟という言葉が成り立つ。そのように、法整備を進めねばな」

「……感謝いたします、陛下」


 マグノム夫人が深々と、ジュークに向けて最敬礼を執った。ジュークの言葉は、この先で婚姻関係を結ぶ、全ての貴族夫婦の指標となることだろう。


「それで、二十年以上前の下らない策を白日の元に晒す具体策はあるのか?」

「マリア様が陥れられた日の全貌は、既に二十年前、我がクレスター家が調査済みです。当時の証人たちとその足取りも追っておりますので、あとは細かい資料を揃えれば事足りるかと」

「ありがとうございます、ディアナ様。後ほど、細かい内容をデュアリス様に問い合わせます」

〈そっちは堂々やって大丈夫だよ。シュラザード家のアレコレは、話聞けば聞くほど、めちゃくちゃ分かり易い〝囮〟だし〉

「まぁ確かに、一連の騒動の中で、シュラザード侯爵の一件だけ、不自然なくらい浮いてるものね」

〈そういうこと〉


 軽く頷いたカイに、話を聞く側へと回った側室組は複雑そうだ。四人でそっと視線を交わし、何やら目と目で会話している。

 やがて話がまとまったのか、ライアが大きく上を向いた。


「カイ。お家のこと、あなたは本当にそれで良いの?」

〈それで良いの、って?〉

「シュラザードには、歴とした後継者のあなたがいる。あなたとマリア様が並べば、誰もその血縁を疑う者は居ないでしょう。先々代というイレギュラーがシュラザードの在り方を地に落としてしまっただけで、あなたならばお家の誇りを取り戻すことも可能なのではなくて?」

〈向こうの人にも言ったけど、そんなことは考えてもないよ。シュラザード家が担ってきた〝正しき神の騎士〟の役目はたぶん、先代さんが死んだ時に終わったんだ。あとは、シュラザード家を知り、支えてきた領地守護職(エステイショナー)の人たちが、新たな領主と継いでいく。それが正統な在り方だと思う〉

「そうは言うけれど……」

〈マリアンヌさんは、シュラザードが〝正しき神の騎士〟を継ぐ家だと知って嫁いできたわけじゃない。たまたま彼女の理念と、シュラザードの〝家訓〟の相性が良かっただけだ。厳密に言えば、マリアンヌさんだって〝シュラザード〟を継いでいたとは言えない。違う?〉

「……」

〈先代さんの遺志は、〝正しき神の騎士〟であれなくなったシュラザード家を、この世に残さないことだった。ずるずると名前だけ残して、先祖が代々築いてきた騎士の誇りが穢されることを、先代さんは何より恐れたんじゃないかな。――だったら、これ以上の恥を晒す前に、ここで全て終わらせるべきだ〉

「――……それでも、カイさんなら。シュラザードの再興は、可能なのでは?」


 どこか覚悟が響く、シェイラの声。

 カイの答えはシンプルだった。


〈無理だよ。――俺の〝望み〟は、そこにないから〉


 楽しげにすら聞こえるカイの声音に、室内の全員が気圧された。


〈こういうとき、貴族として生まれ育ってたら、自分の望みより〝民〟とやらを優先させるんだろうけど。俺はやっぱり、自分大事な稼業者だから〉

「カ、イ……」

〈俺は、俺の〝望み〟を最優先に考える。シュラザードを再興したところで、俺の欲しいものは一生手に入らない。そう分かってて自己犠牲に走るほど、俺はお人好しじゃないよ〉


 こういうときのカイは、口調だけひたすら軽いのがタチの悪いところだと心底思う。言い換えれば、軽いのは口調だけで、内容は厳しく重いし、考えを翻意させることは不可能だと実感させられる鋼のような硬い意志を感じさせるのだ。

 ため息をついて、ディアナは天井を見上げた。


「分かったから、あんまり圧を掛けないで。……あなたが〝誰〟のためにそこまで意固地になるのか分からないほど、鈍くはないつもりよ」

〈……まったく、ホントにディーはお人好し天元突破なんだから〉


 苦笑声とともに、カイの圧が綺麗に消える。それを確認して、ディアナは友人たちに頭を下げた。


「カイがごめんなさい。あのひとはちょっと……過保護というか、一点集中こだわり型で、そこを突かれるのを嫌がるというか、そういう気難しいところがあって」

「……いいえ。こちらこそ、無理を言ったわ。ごめんなさいね」

「とんでもない。――お気持ちは、本当にありがたいので」


 貴族として育った友人たちにとって、〝家〟の存続は大事だ。カイは現在、血筋だけを見れば唯一のシュラザード侯爵家の後継なわけで、その彼があっさり〝実家〟を潰そうとしている様を案じる気持ちは分かる。……勘違いでなければ、カイがシュラザード侯爵位を継ぎ、ディアナが彼と婚姻関係を結ぶことで、貴族位に留まれるのではという細やかな計算も働いただろう。――それが〝仔獅子〟の尾を掠める危うさを秘めているとは、まさか思わずに。


(後宮を辞した後の展望については、まだ先の話だからと詳しく話したことはないけれど。下手な誤解を生む前に触りだけでも言っておくべきかしらね)


 思考を頭の隅に置き、まずは目の前のことだと、ディアナは気持ちを切り替えた。


「では、シュラザード家に関しては、現当主の非道と犯罪行為を暴き、審理の上で爵位剥奪、後継者不在による断絶へと持っていく方向で」

「あぁ。侯爵領は一度王家が預かった上で、任せられそうな家へ機会を図って与えよう」

「あそこは領地守護職(エステイショナー)がしっかりしていますから、彼らの話をよく聞いて、上手く関係を築ける方へお与え頂ければ問題なく回るかと」

「あぁ、承知している」


 頷いて、ジュークは全員を見回し、頭を下げる。


「どうやら忙しない年始になりそうだ。皆、苦労をかけるが、よろしく頼む」


 彼の挨拶が、解散の合図となった。


次回より、『年迎えの夜会』編、始まります!

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