深夜の会合①
話し合うことが多くなり過ぎて文字数が嵩む……
あまり動きのないパートですが、また2話構成にさせてください。
シュラザード領より帰ってきてからのディアナは、ソラの忠告通りかなり疲れていたらしく、湯浴みをして、軽い夕食を摂った後、即座にベッドへ入って夢の住人と化した。
あちらで何をしてきたかについては、ディアナが寝ている間にカイの口からざっくりした説明があったらしく。翌朝のミアは「マグノム夫人の大切な方を救われたのですから、お小言は控えるべきなのでしょうけれど……どうかディアナ様、ご自身を何よりも労ってくださいね」と、複雑そうな表情であった。ディアナとしてはそれほどの無茶をしたつもりはないものの、『森の姫』の霊力が自身を損ねかねないものであることも確かだから、素直に頷いておく。
そうして支度を整え、ミスト神殿の神官たちによる見送りの儀を経て出発すれば、後はもう、去年と同じ帰路を辿るだけで――。
「皆様のご配慮を賜りまして、今年も無事に帰参いたしました」
「シェイラ――それから、睡蓮、鈴蘭、菫の三人も。留守の間、後宮をよく守ってくれたこと、礼を言う」
森月29日――ジュークとディアナが礼拝旅から帰りついた、その日の夜。
例によって例の如く、『紅薔薇の間』には、後宮と外宮の主要人物が集っていた。
具体的には、後宮からシェイラ、ライア、ヨランダ、レティシアと、マグノム夫人にクリス。
外宮からは、ジューク、アルフォード、キース。
そして、集った人々を、ディアナと『紅薔薇の間』の女官侍女が、十日ぶりに全員揃って出迎える。
「お帰りなさいませ、陛下。ディアナも、お疲れ様」
「今年は大きなトラブルもなく、ミストでの礼拝も恙無く終えられたそうで、何よりですわ」
ライアとヨランダの挨拶に、レティシアとシェイラも大きく頷く。
去年はまさかの馬車列が襲われるという非常事態が起こり、その場に居合わせたジュークやアルフォード、後から知った後宮組にも大層な心配をかけた。出発直前、密かに訪ねてきたシェイラが「今年はカイさんがしっかり守るだろうから、心配はないと思うけど」と前置きつつ、「世の中、何が起こるか分からないもの。必ず無事に帰ってきてね」と送り出してくれたのも、昨年のことがあったからだろう。今年はそれ以上に危険な他国への訪問も経験したが、それはそれ、これはこれということらしい。
「皆様、ありがとうございます。明日の夜会へ向け、本日は、この十日間の情報すり合わせと参りましょう」
〈時間も時間だし、手短に終わろうね。貴族の女の人って、夜会前の準備、大変なんでしょ? あんまり夜更かししちゃったら、明日が大変だし〉
「そう、ですね。――では、まず私から」
口火を切ったのはシェイラだ。降臨祭の期間中に起きたあれやこれや――中庭での出店で起きたこと、主日にベルティア侯爵令嬢と舌戦を繰り広げたこと、そしてナーシャと話し合ったこと――を、カイの言うとおり手短に語ってくれる。後宮組との情報共有は既に終わっているらしく、時折『名付き』の三人から補足が入るだけで、話は滑らかに閉じられた。
とりわけ気に掛かっていた、シェイラとナーシャのすれ違いも、落ち着くところに落ち着いたと聞き、ディアナはほっと息をつく。二人なら大丈夫だと信じてはいたけれど、こうして良い方向に話がまとまったのなら、まずは一安心といったところだろう。
「本当に良かった……シェイラと仲直りできて、ナーシャ様のお心も、少しは晴れたのではないかしら」
「それなら良いけど。とはいえ、まずはお互いに蟠りをほぐしただけで、ナーシャ様のお子のお父君についてとか、肝心な話はまだ聞けてないのよ」
「それはもう、追々で構わないわ。ナーシャ様も今はまだ、そこまで開けっぴろげにできるほど、お心が持ち直したわけではないと思うし」
ディアナの言葉に、『名付き』の三人も各々頷く。やはり三人の目から見ても、ナーシャの心の柔い部分はまだ、ささくれ立ったままなのだろう。今は、彼女にこちらを信じてもらうことが第一だ。
「あと、シェイラの話で気になったのは……やはり、ベルティア侯爵令嬢、ヒルダ様の動向ね」
「わたくしたちも、シェイラ様からお話を聞いて、ハッとしたわ。彼女なら、一国の皇子殿下であっても、異国の人間というだけで毛嫌いするだろうとは思っていたから、あの行動も〝らしい〟と思ってしまったけれど」
「直接的にケンカを売る仕草は、確かにヒルダ様らしくありません。これまでのあの方であれば、ディアナと皇子殿下がお茶していたサロン近くで〝お友だち〟との茶会を開いて、聞こえよがしチクチクと、異国人と親しくする〝不見識〟を語るくらいの遠回しな嫌がらせをしてきたはずです」
「……いやに具体的ね、レティ?」
「あの方の、形式だけでも身分が〝上〟の相手に対する嫌がらせを一番受けてきたのは私だもの。それこそ嫌でも詳しくなります」
「ディアナが入宮してから、ベルティア侯爵令嬢が主導で嫌がらせをすることがほぼ無くなったから、私たちも彼女の手口のいやらしさについて、改めて言われないと気付けなかったのよね」
『名付き』三人の注釈に、ディアナも頷いた。正直、ディアナが後宮入りして、割と早い段階で『紅薔薇派』がまとまったこともあり、後宮で繰り広げられていたリリアーヌたちの横暴の実態は、ほとんど話でしか聞いたことがないのだ。何度かリリアーヌや『牡丹派』と対峙する中で、その片鱗は充分に感じ取れていたので、これまで個々の内容に深く突っ込んだことはなかったが。
「わたくしが入宮してからヒルダ様が嫌がらせをしなくなったのは、これまでいじめてきた令嬢たちが突然、『紅薔薇派』なんて大きな集団となったからでしょうね。ヒルダ様の〝お友だち〟と『紅薔薇派』では、数の上で圧倒的にこちらが有利。そうなれば、彼女の得意技である、〝複数人で一人を囲んで嫌味悪口〟といった手段は取りづらいです」
「加えて、『紅薔薇派』のトップが〝クレスター伯爵家〟の令嬢だったというのも大きいと思うわ。ディアナ本人を知った上だと笑っちゃうけれど、『悪の巣窟』『裏社会の帝王』なんて囁かれる家から来た令嬢が一から作った派閥だもの。そこに属する側室に嫌がらせなんかしたら、何倍にもなって報復されると恐れて、ひとまず様子見に徹した可能性は高いと思う」
「ヨランダさん、ズバズバ仰いますね。でも、わたくしもそのご意見に賛成です。実際、リリアーヌ様と対峙したときは、基本的にやり込めて撤退させることしか考えてませんでしたし。客観的にあの頃のわたくしを見れば、下手なちょっかいは己の身を危うくさせると、警戒心が先に立ったはずです」
「――なら、やはり。スタンザ皇子殿下の御前で、ディアナを直接悪様に罵ったベルティア侯爵令嬢の〝やり口〟は、違和感が勝つかしら?」
ライアの言葉に、レティシアが深々と、ヨランダが苦い表情で首肯する。社交場での僅かな違和感も見落とさず、自家に有利な情報を仕入れ、貴族社会という伏魔殿を渡ってきたヨランダとしては、ヒルダの〝不自然〟を見抜けなかったことに忸怩たる思いがあるのだろう。正直、ヒルダの行動云々に関しては、その後に起きた〝事件〟が強烈すぎて関係者全員それどころではなくなったという事情が大きいと思うので、あまり自分を責めないでほしい。
……そう。
「あの日のヒルダ様の動きに違和感がある、と聞いて、改めて当日のことを思い返してみたのですけれど――もしも彼女の行動が、〝何者か〟の思惑に沿ったものであるとするなら、その後に起きたこと全部、〝仕組まれたもの〟であった可能性が高いですね」
「……仕組まれた?」
低い声で反応したのはジュークだ。彼とシェイラにとっては〝痛恨のミス〟として苦い記憶となっているはずの、〝あの日〟。
けれど。
「はい、陛下。〝あの日〟わたくしは、ヒルダ様との邂逅によって機嫌を損ねられたエクシーガ殿下の気分転換を図るべく、本来は予定になかった庭園散策へと赴きました。皇子殿下が人目に触れて騒ぎにならぬよう、なるべく静かで、かつ見応えのある庭となれば、その数は限られます。そして、その多くは、シェイラにとっても息抜きの散策場所でした。……そうよね?」
「……えぇ。後宮の、あまり人気のない庭園を回遊するのが、お決まりの散歩コースよ」
「しかも、シェイラはその日、陛下と予定をすり合わせて、今後の話をすることになっていた。侍女にも聞かせられない話をするとなれば、戸外へ出ることも容易に予想できます」
「たし、かに」
「そんな折、紅薔薇サイドで、皇子殿下の機嫌を激しく損ねる事態が勃発すれば――」
「……高い確率で、俺とシェイラが二人きりでいる場面を、エクシーガ殿に目撃させることができる」
ドンピシャな回答をした、ジュークの顔色は青白い。今の今まで間の悪い偶然であり、自分たちの危機意識の欠如が招いたヒューマンエラーだと思っていた〝あの日〟が、一気にその色を変えたのだ。彼の動揺も尤もである。
〈スタンザの皇子サマが、あの時点でディーに惚れ込んでいたのは間違いないと思う。あの人、アレで常識はそれなりにある方だから、〝国王と相思相愛の、ほぼ正妃に内定してる異国の側室に惚れても利はない〟って自分の気持ちを封じ込めていたみたい。それが、あの一件で弾けちゃったのは、まぁ確実だよね。シェイラさんの存在を知らなきゃ、あんな横紙破りをしてまで、ディーをスタンザへ連れて行こうなんて思わなかったはずだよ、あの皇子サマは〉
実際にスタンザでエクシーガと突っ込んだ話をしたらしいカイが、天井裏から見解を述べた。いい加減、この手の〝話し合い〟にカイが天井裏から参加することに慣れた面々は、特に驚くことなく、ただ語られた内容に嘆息する。
「……つまり、なんです? ヒルダ様を動かした〝何者か〟の真の狙いは、皇子殿下に〝王の寵姫〟の存在を知らせ、恋心に本格的な火をつけて、ディーをエルグランド王国から連れ去らせることにあった、と?」
〈その後の王宮で、キースさんたちを足止めしてまで〝側室を国使団としてスタンザへ派遣する〟って強引に既成事実化した経緯を考えても、下手な邪推とは言えないと思うんだよね~〉
「あれほど腹立たしい失態も滅多にありませんが、それだけに信憑性の高い推論かと。少なくとも、あのとき、王宮全体がそういう方向で進んでいたのは間違いありません」
「敵がディアナの本質を知っていれば、後宮から国使団を出さなければどうにもならない状況に追い込まれたとき、お人好しの『紅薔薇様』が全て被るだろうとも予測できるでしょうしね」
心なしかトゲのある言葉を紡ぐヨランダの隣でライアが苦笑し、その手を宥めるように叩いている。ライアが時々見せるヨランダに対する仕草は、友人同士のそれより、どこか保護者のような、庇護者のような気配を感じるが、きっとこの二人は昔からこんな感じなのだろう。もちろん、あのときは友人たちに多大な心痛をかけたと自覚しているので、ヨランダのトゲは甘んじて受けるけれど。
「わたくしの本質は、少なくともリリアーヌ様がご存知ですからね……そうなるとやはり、あの一連の〝流れ〟は全て、敵の策略によるものだったと考えるべきでしょう」
「なんてことだ……」
〈追い討ちかけるようだけど、たぶんその〝策略〟には、敵方の霊力者も絡んでると思う。あの日、天井裏ではちょっとした伝達の行き違いが重なって、散策へ出るディーを護衛する人が一時的だけど不在になったんだ。最後の砦のリタさんも、ジュークさんとシェイラさんの気配にギリギリまで気付けなかった〉
「……はい、その通りです」
〈あのときは皇子サマってイレギュラーが居たし、前後の騒動も重なって、周囲の警戒が追いつかなくても仕方ない、って感じだったし、実際俺もそう思ったけど。父さんが俺から王宮の天井裏を引き継いで、この春からのアレコレを調べ直して、霊力による撹乱が入った可能性がある、って指摘してきた場面の一つが〝この日〟だったんだよね〉
「ソラ様が?」
〈『闇』って隠密専門集団と俺、プラス表にリタさんもいて、誰も皇子サマとシェイラさんの対面を止められず、それを〝ヒューマンエラーが重なったがゆえの不幸な事故〟だと片付けてしまった。その状況そのものが、既に〝おかしい〟って〉
「……言われてみれば、そうね」
カイを通して語られたソラの見解に、今更ながらゾッと背筋が寒くなった。当時のエクシーガにエルグランド王室の〝真の姿〟を見られるわけにはいかず、後宮に日参していた彼とシェイラを会わせてはならないというのは最優先に遵守すべきで、関係者全員がそう認識していたにも拘らず、最悪の事態が起きた後に原因を振り返ることすらしなかった。そしてそのことに誰も疑問を抱かず、「起きたことは仕方ない」と流してしまったのだ。そんなこと、いつもの自分たちなら考えられないはずなのに、その不自然さにすら思い至れなかったとは――。
「……そういう霊術が、あるの?」
〈父さんが言うには、まぁまぁ使い手は限られるけど、あるらしいよ。『心操』の霊術って旺眞では呼ぶんだって。使い手によって効果は変わるらしいけど、今回の場合、後宮全体に〝スタンザ皇子と寵姫が出会ってしまったのは仕方のないこと。終わったことより、これからの対応を考えた方が建設的だ〟みたいな思考を薄く撒いて、緩い意識統一を図ろうとしたんじゃないか、っていうのが父さんの意見〉
要点をまとめたカイの説明を聞いて、キースが音を立て、立ち上がる。
「――待ってください。もしや、その霊術、他でも……」
〈うん。たぶん王宮でも、要所要所で使われていたんじゃないか、って父さんは見てる。スタンザ国使団が滞在中、何度か王宮全体の〝空気〟が不自然な変わり方をしていたときに〉
「初手でヘイトを稼ぎに稼いでいたスタンザ国使団が、異様な速さで革新派を中心とした貴族方に受け入れられていったときと、〝スタンザへの返礼としてエルグランド国使団を派遣すべき〟というふざけた意見で王宮が染まっていったとき、ね?」
〈そうそう。さっすがライアさん、容赦ないねー〉
「あのときのことは、今でも私、怒っているもの。お父様のことを不甲斐ないにも程があるでしょうと貶しもしたけれど……敵方貴族の工作に加え、霊力者なんて〝禁じ手〟だらけの者たちに暗躍されてしまっては、さすがにお父様たちの分が悪かったかしらね」
〈まぁ、王宮に潜んでるっぽい敵方の霊力者に関しては、父さんが何か対策するみたいだから、春が来るまでにケリはつくと思うよ。父さん、霊力を私利私欲で使う輩が大っ嫌いだから、手加減する気ゼロっぽかったし〉
サラッと言ってくれたが、息子をして「稼業者の先達としては、容赦も甘えも全くなかった」と断言されるソラの〝手加減ゼロ〟は、割と真面目に洒落にならないヤツでは……と、何となくディアナは怖くなった。
そっと天井裏を見上げ、念のために、と言っておく。
「話を聞きたいから、できれば捕縛は生きて話せる状態でお願いしたいのだけれど……」
〈あー……父さんに言っとく〉
「うん、お願いね」
いい感じに話のオチがついたところで、シェイラがディアナに向き合った。
「だけどね、ディー。私、どうしても分からないことがあって」
「分からないこと?」
「改めて思い返せば、ヒルダ様の行動は不自然だったわ。……でも、何故わざわざ、私たちに〝不自然〟だと思われるような、お一人での行動に出られたのかしら? いつものヒルダ様なら、それこそレティシア様が仰ったように、ご友人を集めて聞こえよがしに嫌味を言うやり口で、ディーを貶めようとしたはずよ」
「そうしなかったということは……おそらく、ベルティア侯爵令嬢が一人でディアナと対峙するよう、仕向けた〝誰か〟がいるのでしょうね」
「つまりヨランダさん、その〝誰か〟含む敵方は、ヒルダ様がいつものやり方でディアナに嫌がらせするのは都合が悪かった、ということですか?」
「だとすると、どう都合が悪かったのかしら……」
シェイラの言葉に、『名付き』三人が素早く反応した。ディアナがスタンザにいた間も含め、シェイラが彼女たちと協力して後宮の諸問題の解決に尽力したきた時間が、そのまま距離の近さとなって現れているのだろう。当人たちはほとんど意識しないままに、友人たちの仲が深まっていることを頼もしく思いつつ、ディアナは軽く首を傾げる。
「ヒルダ様は、いつもどなたと〝お茶会〟をしていらしたの?」
「それが、『牡丹派』に属していて、過激な思想を隠されない方のことは、ほぼ満遍なくお誘いしていて……今いる人だと、カロッグ伯爵令嬢、バンラム伯爵令嬢、ガリュー子爵令嬢などはよく拝見しました。あと、保守穏健派の方のことも取り込みたいのか、ニッケスタック子爵令嬢とそのご友人方もたまに」
最も多く〝嫌がらせ〟されていたというレティシアが、さすがの記憶力でスラスラ答えた。この、転んでもタダでは起きない強かさが、どこまでも商人気質のレティシアである。
そんな彼女が挙げた、錚々たる保守派代表格の家名に、ディアナはふむ、と考えて。
「考えられる理由の一つとしては、単純に、『牡丹派』の人数を減らしたくなかったとか? あのとき既に、国使としてスタンザへ送る側室を後宮で選定する流れまで〝敵〟が描いていたとしたら、〝側室会議〟でリリアーヌ様の意見に賛成する側室は一人でも多い方が、あちらにとって有利でしょう。もしもヒルダ様が、レティにしたような〝嫌がらせ〟でわたくしを詰めたとしたら、おそらくそれに関わった側室は皆、謹慎処分となって〝側室会議〟には居られなかったはずだもの」
「実際、ベルティア侯爵令嬢は出られなかったものね」
「はい、ライアさん。会議ではその分、同じ保守過激派のザフィーラ侯爵令嬢が暴れていた印象がありますが」
「サロメ・ザフィーラ様……彼女もたまにヒルダ様と〝お茶会〟していましたね。どうやらベルティア家とザフィーラ家では、ザフィーラ家の方が高位らしく、彼女が同席しているお茶会はヒルダ様がもてなす側に回っていて、あまり〝嫌がらせ〟に終始していた印象はありませんけれど」
レティシアの注釈に、ディアナも頷く。『牡丹派』の中でも、ザフィーラ侯爵家の家格は圧倒的上位だ。リリアーヌの実家、ランドローズ侯爵家とも近く、どちらかといえばヒルダたちよりリリアーヌと行動を共にしているイメージが強い。
「……まぁ、わたくしが挙げたのは、あくまでも予想に過ぎないし。その辺の思惑も、追々探っていきましょうか。――マグノム夫人」
「はい、ディアナ様」
「ベルティア侯爵令嬢には、今後も気をつけて……」
口から出そうとした指示が、途中で止まる。――今、何かが、引っかかった。
「……ねぇ、シェイラ」
「なぁに、ディー?」
「主日の礼拝後、あなたに声をかけたヒルダ様は、やっぱりお一人だったのよね?」
「――えぇ」
「そして、ナーシャ様のことを当て擦ってきた?」
「……その通りよ」
「だとしたら……」
ヒルダは、少なくとも知っていたことになる。――自身が謹慎中に後宮で起きた、一般には知られていないはずのナーシャを取り巻く〝アレコレ〟を。
それをシェイラに〝敢えて〟告げ、こうしてこちらの注目を彼女に集めることこそが、〝敵〟の狙いなのだとしたら――!
(何かが、動いていることになる。わたくしたちの目の届かぬところで〝真意〟が蠢き、それを悟られぬ為、敢えて〝見えやすい〟ところで『牡丹派』が陽動を担当している……?)
思えば、『星見の宴』の裏で組み上げられていた企みも、ディアナが『紅薔薇派』内部のゴタゴタに目を向けさせられている間に進行していたのだ。悪事の本丸を隠すため、〝目眩し〟役を用意するなど、いかにもあちらが使いそうな手ではないか。
「……ディアナ様?」
「――っ!」
マグノム夫人の呼びかけに、ディアナは意識を現実へと引き戻して。
「……ヒルダ様、だけでは足りないかもしれないわ」
「は?」
「ベルティア侯爵令嬢には、もちろん気をつけていく必要がある。でも、彼女にばかり集中して、他への注意を散漫にすることは、もしかしたら〝敵〟の思う壺、かもしれない」
〈……ベルティアの娘の動きが、陽動だってこと?〉
「シェイラも言っていたけれど、そもそも謹慎が解けてすぐ、大した用もないのに喧嘩を売りに来たこと自体、違和感といえば違和感だもの」
〈あー、確かに。けど、そうなると陽動多くない?〉
「隠密組の意見としては、グレイシーの兄が馬鹿をやらかしたのも、シュラザード侯爵が暴走したのも、〝敵方〟の陽動作戦の可能性が高いって言ってたね?」
〈後でディーが話してくれると思うけど、シュラザード侯爵家のお家事情を聞いて、その可能性はますます高まったかなー〉
「それくらい、念を入れて何重にも陽動策を展開せねばならぬほどの大事が、どこかで企まれているということか?」
ジュークの言葉は、まさにディアナが危惧していることをズバリ突いていた。考えたくはないけれど、他ならないディアナの『賢者の慧眼』が、辿り着いた推論を肯定している。
(これ、どこから取り掛かるべきかしら――……)
時間も人手も限られている中で、ディアナの思考は再び沈む――……。
次回に続きます。




