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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
231/254

味方との邂逅






「――……ぼ、っちゃま?」


 首元に短刀を突きつけられたのは、ディアナの祖母よりも高齢に見える、年老いた侍女だった。

 ほのかに湯気が立つお湯が入った盥と真っ白な布巾を持ったまま立ち尽くした彼女は、自身の首に迫る刃には目もくれず、それを突きつけているカイを凝視して。

 ……己の目が信じられない、そうありありと語る表情のまま、呆然と、唇からたった一言を溢れ落とす。


(ぼっちゃま……〝坊っちゃま〟ね)


 彼女の言葉を聞いてもカイは微動だにしなかったけれど、彼との付き合いがそこそこ長くなってきたディアナには、その逡巡が伝わってきた。刺激しないよう静かに彼らへと歩み寄り、そっと、短刀を持つカイの腕に触れる。


「……ひとまず、入ってもらいましょう?」

「ディー……」

「たぶんだけど、この方を脅す必要はないわ」


 カイを見る彼女の瞳には、嫌悪や蔑みといった負の感情は一欠片もない。少なくともカイにとって悪い存在ではないだろう。

 無言で短刀を引いたカイに微笑んでから、ディアナは老侍女の手にある盥を引き受ける。

 ――途端、我に返ったかのように、老侍女が大きく一歩を踏み出した。


「坊っちゃま。坊っちゃまでございましょう? あのときの、マリアンヌ様のお子でいらっしゃるのでしょう?」

「えっ、ちょ、」

「その髪、そのお顔、まさしくマリアンヌ様に生き写し……! それに、その瞳――」

「……瞳が、なに?」

「マリアンヌ様が、〝明日の晴天を告げる、吉報の宵闇色〟と称された、そのお色……坊っちゃま以外に、かような美しき瞳をお持ちの方は居られませぬ!」


 カイの瞳が、純粋な驚愕に染まる。……彼の産みの親が、瞳の色を理由に他者を蔑むような人格の持ち主でなかったという確証が図らずも得られ、ディアナの胸には安堵と喜びが過ったけれど。当人にとっては、喜びばかりとはいかないのだろう。

 言葉を失ったカイの前で、いよいよ老侍女は泣き崩れた。


「坊っちゃま……ご立派になられて……! あぁ、神様ッ――!!」


 顔を覆い、膝をついて嗚咽を漏らす老侍女の前で、滅多にないことながら〝こんなときどうすれば良いのか分からない〟と分かりやすく顔に書いてあるカイが、ウロウロ視線を彷徨わせている。

 ちょっと考えて、ディアナはひとまず盥をサイドテーブルへ置いてから、老侍女の横に膝をついた。


「どうか落ち着いてくださいませ。突然の訪問となってしまい、驚かせてしまったことは、幾重にもお詫びいたしますが……わたくしどもにも、やむを得ない事情があるのです」

「あ、あなた様は……」

「とある筋より派遣されて参りました、治療師にございます」

「お医者様――?」

「マリアンヌ様のご容態に関して、お伺いしたいこともあります。あなたが真実、マリアンヌ様に忠実なお方であるなら、ぜひお力をお借りしたいのですが」


 語りつつ、ゆっくりと老侍女の背を叩くと、徐々に彼女の呼吸が落ち着いていく。

 侍女の雰囲気が変わりつつあることを敏感に察知したカイは、窓際にあった座り心地の良い椅子を、マリアンヌのベッド脇まで素早く移動させた。


「ディー、こっちに」

「えぇ。……さぁ、どうぞお座りください」


 カイの手も借りて老侍女を立ち上がらせ、椅子まで誘導する。

 彼女の身体が椅子に落ち着いたところで、改めて正面に膝をついて向き合った。


「先触れなく訪いましたご無礼、平にご容赦くださいませ。――改めまして、わたくしの名はディアナと申します。あなたの名をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「は、はい。デボラと申します」

「デボラさん、ですね。デボラさんは、こちらのお方――マリアンヌ様の侍女殿でいらっしゃるとお見受けしましたが」

「はい。マリアンヌ様がこちらにいらっしゃった時分より、お仕えしております」

「随分と長く、お仕えしておいでなのですね」


 素直に受け応えてくれる侍女――デボラの様子に、これなら話ができそうだと、一つ踏み込むことにする。

 少し離れたところで成り行きを見守っているカイに視線を流すと、少し苦い顔はされたが、こちらの意図を察してくれたようで、頷きを返された。

 そんな彼に、ディアナも穏やかな首肯を返して。


「あちらにおります彼は、カイという名の隠密稼業者で、今はエルグランド王国の中枢に近い場所で力を奮ってくれています。この度、我々がこちらへ参りましたのは、その〝仕事〟の中で、カイとシュラザード侯爵家に血縁関係があるのではという推測が上がったためなのです」

「カ、イ、さま……隠密……国……?」

「突然聞かされるには、随分と規模の大きい話ですよね。長くなりますが、最初から説明させてください」


 目を見開いて固まったデボラへ、ディアナは改めて、カイが二十年前、〝メルナオの森〟の外れで凄腕の隠密稼業の男に拾われたこと、その男を養父として育ち、同じ仕事に就いたこと、紆余曲折あって国の中枢に深く関わることになったことを説明し。


「表舞台に出る機会が増えたことで、カイを見た者から、シュラザード侯爵家に嫁がれたマリアンヌ様と彼がよく似ているという声が上がったのです」

「はい。……はい。坊っちゃま――カイ様とマリアンヌ様は、生き写しの如く似ておいでです」

「やはり、そうなのですか。……実は、我々にそう話してくれた方がいたように、シュラザード侯爵にもカイの存在を耳打ちした者がいたようで」

「なっ!? 侯爵が、あの男が、坊っちゃまの存在を――!?」

「幸いにも、カイと侯爵の接触は、今のところ成されておりません。マリアンヌ様が嫁がれた当時を知る方が、『シュラザード侯爵は信用ならぬ』とカイの詳細な情報を秘匿してくれましたので」


 ディアナの言葉に、デボラは瞳を怒らせながら、何度も大きく首を縦に振る。デボラはマリアンヌの侍女で、即ちシュラザード侯爵家に仕える身であるはずだが、彼女から当主への尊崇は感じられない。

 これは、もしかしなくとも。


「現シュラザード侯に関しては、我々も独自の調査を行い、お世辞にも王国貴族として適格とは言えない人物であると感じておりますが……このような歴史ある領本邸にお仕えする方から見ても、良い主人とは言えないようですね?」

「アタシはもう、あの男を、シュラザードのお方とは思っておりません。先代様のご遺志を踏み躙り、マリアンヌ様を虐げるあんな男が、誇り高きシュラザードの後継者だなんて、認めてなるものか!」

「――では、わたくしたちが実は、マリアンヌ様をこちらから連れ出すために参ったと言えば、ご協力くださいます?」

「そんな、連れ出せるならもうとっくの昔に――、え?」


 呆然とディアナを見るデボラに、強い瞳で頷く。


「詳細は追ってお話ししますが、こちらのお邸に留まり続けては、マリアンヌ様のお命が危険です。必ずお救いしますので、わたくしどもにお力をお貸しいただけませんか」

「…………る、の、ですか?」

「デボラさん?」

「マリアンヌ様は、助かるの、ですか? ……お助けすることが、できるのですか?」


 見えた一縷の希望に縋り付く、絶望した人間特有の眼差し。

 医術に携わるようになってから幾度となく見てきた〝それ〟に、医者としての矜持を込め、ディアナは笑顔で頷いた。


「まだ、手遅れではありません。そのために、わたくしが来たのです」

「もう、何ヶ月も、意識がはっきり、なさらなくて。医者も、邸の者たちも、……時間の、問題だと」

「他の者の意見など、参考になりません。わたくしは、目の前の患者の命を、最後の最後まで、諦めることはしませんから」

「お嬢様――!!」


 涙を溢れさせるデボラが、ディアナに両手を伸ばしてくる。その手を取ると、老女とは思えない強い力で握り返された。


「どうか、どうかお願いいたします。マリアンヌ様を、お助けください。この地に残った最後の〝光〟を、どうかお救いくださいませ――!」

「承りました。――デボラさん、急いでマリアンヌ様に必要な身の回りの品の荷造りをお願いいたします。必要最低限で構いませんので」

「はい!」


 先ほどまでの狼狽ぶりが嘘のように、デボラはしゃんと背筋を伸ばして立ち上がり、部屋に備え付けられてあるチェストを開くと中の衣服類を大きい布袋に詰め出した。

 デボラが荷造りに集中し出したのを確認したカイが、そっとディアナに近づいてくる。


「……さっすが、お医者さんモードのディーは話が早いね。問答無用で信じさせるその説得力って、間近で『森の姫』の霊力(スピラ)を浴びた人じゃなくても適用されるんだ?」

「患者さんやそのご家族は、多かれ少なかれ不安を抱えているものだもの。限られた時間で安心感を与えて、治療に協力してもらうためには、やっぱり言葉のやり取りって重要よ。この程度の話術が使えなきゃ、クレスターでは一人前の医療者とは認められないわ」


 それはともかく、とディアナは無音声でヒソヒソ囁き続ける。


「ソラ様に連絡して、急ぎ、馬車を確保していただくことは可能かしら?」

「父さんのことだから、あらゆる事態を想定して、事前準備はしてると思うけど。ちょっと聞いてみる」


 頷いてカイが取り出したのは、スタンザ帝国でも散々お世話になった『遠話』の呪符。いつものように耳につけ、部屋の隅へ移動したカイの口から、しばらくの沈黙の後、「あ、父さん?」と小さな声が飛び出した。どうやら、無事に繋がったらしい。


「……あの、お嬢様」


 背後から控えめなデボラの声がする。くるりと振り返ると、一抱えもある布袋を作製し終えたらしい彼女が、何かに迷った様子でこちらを見つめていた。


「荷造り、ありがとうございます。どうされました?」

「実は、マリアンヌ様の主治医より預かっている薬が、私の自室にありまして……そちらもお持ちした方がよろしいでしょうか?」

「そうですね。あれば、治療の参考にはなりますけれど」


 マリアンヌの治療はこちらで一から方針を立て直す予定だから、これまでの薬がなくてもどうにかなることはなる。が、患者のこれまでの容態を把握する上で、どのような治療が為されていたのかを知るのもまた、大切なことだ。


(……にしても、主人の薬を侍女の自室で保管する、ってなかなか聞かないわね? 大事なものだし、普通は使用人の中でも上の者か、主人自らが保管するのがセオリーだけれど。もしくは、使用人複数で管理できる場所とか)


 マリアンヌが人事不省状態のため、本人が薬を管理するのは難しいだろうけれど、それならば執事や侍女頭といった使用人統括の立場にある者が預かるべきだろう。――侯爵夫人がこれほど重篤な状態にあるにも拘らず、邸に医者が常駐していない状態が異常極まりないという事実は、大前提として。

 そんな疑問を、やんわりオブラートに包みつつ、デボラへ尋ねてみれば。


「……あの医者は侯爵に忠実ですから、マリアンヌ様のお命を真剣に救おうとしていたわけではないのでしょう。月に数度、邸を訪れては、マリアンヌ様のご様子をおざなりに見て、適当に薬を渡してくるだけの、やる気のない男です」

「では、投薬もその者の指示で?」

「はい。アタシが管理して、マリアンヌ様のご様子に応じ、お薬を飲ませるように、と」

「なるほど。――確かに、そのお薬があった方が、治療し易いかもしれませんね」


 話を聞くほどじわじわ迫る、嫌な予感。

 クレスター家の長子直系のみが受け継ぐ『賢者の慧眼』が告げてくるこの手の〝予感〟は、残念ながら外れたことがない。

 デボラが「薬を取って参ります」と部屋を出ていくのを見守り、ディアナはもう一度、眠るマリアンヌの様子を確認した。


(さっきよりは、顔色も良くなっているけれど……)


 ディアナの〝治療〟で一旦持ち直しているとはいえ、予断を許さない状況であることに変わりはないのだ。もう少し細かく探ろうかと声を上げかけたところで、「それじゃ、よろしく」と会話を締めるカイの声がした。

 視線を向けると、『遠話』の呪符は耳につけたまま、カイがディアナの横へ戻ってくる。


「話はついたよ」

「どうだった?」

「思ったとおり、この辺を縄張りにしてる稼業者の一人に交渉して、馬車は確保済みだって。病人を運ぶってことで、柔らかい敷布とかを用意してもらうみたい」

「さすがね、ソラ様」

「で、ディーが言ってたツテムノでの療養だけど、ちょうど今、エドワードさんがいるらしくてさ」

「……お兄様が?」


 確かに、降臨祭(レ・アルメニ・アースト)期間中の全クレスター領視察において、エドワードの担当はマミア大河以西だから、いてもおかしくないけれど。


「病人を本格的に治療するってなった場合、ほぼ敵地なシュラザード領内でできることは限られるから、ディーならどこか別の場所へ移すことを考えるだろう、って。その場合、シュラザード領から一番近くて、療養設備が充実してるツテムノが、一番の候補地になるんじゃないか――ってデュアリスさんが予想して、『じゃあ念の為、主日はツテムノに詰めとく』ってエドワードさんが応じた、って流れっぽいよ?」

「あー……見抜かれてる」

「だねぇ。ま、これもさすがクレスター家、ってやつじゃない?」


 軽く笑ってから、カイは表情を消し、静かにベッドの住人を観察する。


「……毒、抜けそう?」

「基本的な毒抜き手順に、効果的な投薬を加えようと思ってる。そのためには、身体に溜まってる金属毒の詳細が知りたいから……ちょっと集中するわね」

「毒の解析って、ディーでも難しいんだ?」

「植物毒と違って、金属毒は何というか、分かり難いのよ。元が生物じゃない分、〝声〟の種類がまた違う感じ」

「そうなんだ。……色々負担かけるけど、よろしく」

「もちろん。任せて」


 カイが見守りの姿勢に入ったのを横目に、ディアナはマリアンヌの手を握り、体内の〝気配〟を細かく探っていく。臓器に多く蓄積している、この〝金属〟の正体は――。


「青金、かしら。一番多いのは」

「一種類じゃないってこと?」

「えぇ。けど、青金メインならどうにかなるわ」


 古くより『森の民』を統べる立場にあったクレスター一族には、毒と解毒に関する知見が積み重ねられている。解毒薬一つではどうにもならない金属毒への対処法も、長い時間をかけて編み出されてきた。

 ディアナは薬箱を開くと、フレッシュ状態の薬草を何種類か取り出した。

 カイが目を瞬かせる。


「それは?」

「アオムギとイナイ、あとはペッラの花ね。――時間も道具も足りないから、ちょっと裏技を使うわ」

「裏技?」


 取り出した三種類の薬草を、マリアンヌの手に握らせて。

 その手を上から包み、ディアナは薬草たちに〝呼びかける〟。


(お願い、あなたたちの力を貸して。この人の体を犯している〝毒〟を、あなたたちの力で抑えて――)


 アオムギとイナイには、青金の毒素を和らげる効能がある。ペッラの花は、その効能をさらに高めてくれるだろう。

 ディアナの〝呼びかけ〟に応じるように、アオムギ、イナイ、ペッラから、望む薬効成分がマリアンヌの身体へ移っていく。直接、届いて欲しいところへ届くように補助して、ディアナはふぅと顔を上げた。


「今の……裏技って?」

「生き物たちが持つ〝薬効〟を、彼らに直接〝お願い〟して、患者さんへ投与するの。〝お願い〟を聞いてくれる子ばかりじゃないし、細かな分量調節とかもできないから、緊急時だけに使う次善の技だけど。アオムギもイナイもペッラも、気質としては素直で、話が通じ易い子たちだから、助かったわ」

「そんなことまでできるんだ? 〝命〟を扱う霊術(スピリエ)特化の、『森の姫』らしいっちゃらしいけど」

「歴代の『姫』ができてたかは知らないけどね」


 この裏技を編み出せたのは偶然で、昔、クレスターの診療所を手伝っていたところ、大怪我をして意識を失った患者が運ばれてきたことがあった。止血するも流血が止まらず、止血に有効な薬草を出しながら、「この子が直接血を止めてくれたら」と願っていたら、たまたま〝その子〟がディアナに応じてくれたのだ。おかげでどうにか止血が間に合い、患者は一命を取り留めた。

 言うなれば、医療の最前線に〝ディアナ〟が立っていたからこそ生み出せた〝術〟であって、歴代の、森の奥で守られていた『姫』たちが同じシチュエーションを経験していたかは怪しい。が、いずれにしろ、きちんと調薬して投薬した薬に比べれば効果はさほど高くない、あくまで次善の手段でしかないので、別に知らずとも〝命〟を扱う上で不備はなかっただろう。

 カイに、その辺りの事情を話していると――。


「……、ぅ、う」


 ベッドから聞こえてきた、微かな声。枕元を覗き込むと、そこに横たわっていた住人――マリアンヌの瞼が、微かに動いている。

 身を乗り出したディアナとは対照的に、カイは三歩ほどベッドから離れた。どうやら、そこで見守るつもりのようだ。


「マリアンヌ様。――マリア様。わたくしの声が、聞こえますか」

「ぁ……」


 ゆっくりと、閉ざされていた瞼が上がり、マリアンヌの瞳が顕になる。――マグノム夫人が語っていた、透き通るような紫水晶の瞳に、仄かな光が宿って。


「……ぇ、りぃ、さま?」

「良かった。気がつかれたのですね」

「ぁ、なた、は、」

「もう、大丈夫です。必ずお助けしますから」

「……」

「マリア様は、生きねばなりません。――王都で待っていらっしゃる、シャロン様のためにも」


 ディアナの力を込めた呼びかけに、一瞬、マリアンヌの瞳に眩い閃光が迸った。

 強い意志を込めてこちらを見返してくる、その瞳の輝きは。確かに、〝星〟と称されるのも頷ける。


「シャロン様は、今でもずっと、マリア様を待っておいでです」

「ね、ぇ、さま」

「〝必ず生きる〟と、〝生き抜いた先で、また会う〟と、約束されたのでしょう? シャロン様から、そう伺っております」


 弱々しいながらもしっかりと、マリアンヌが首肯した。

 微笑んで、ディアナはぎゅっと、マリアンヌの手を両手で握る。


「会いに行きましょう、マリアンヌ様。そのためのお手伝いを、わたくしどもにさせてください」

「……ぇ、え」


 マリアンヌの指先に、ほんの少しだけれど、力が込められたのが伝わってくる。

 これほど苦しめられてもなお、マリアンヌの心は、生きることを諦めていない。真っ直ぐに、未来を見据えているのだ。


 何者にも屈服させられることのない、その誇り高き魂は――。


「……聞いていた通りのお方ね。あなたの、お母様は」


 少しの覚醒の後、再び眠りに落ちたマリアンヌの手をそっと掛布の中に戻しつつ、ディアナはゆっくりとカイを振り仰ぐ。

 ディアナとの、短いやり取りで何を思ったのか。彼は先ほどまでとは違う凪いだ目で、穏やかにマリアンヌを見つめていた。


「見た雰囲気と中身がそぐわない感じの人ではあるみたいだね」

「ご本人の許可も得られたことだし、心置きなく脱出できるわ。帰りのルートは、来た道をそのまま逆走で良さそう?」

「だね。念の為、眠らせた見張を遠ざけとくよ」


 軽く頷いて、カイが部屋を出ていく。

 マリアンヌと二人、残された部屋で。


(……二十年前、この邸で何があったのか。それから二十年間、何が起きていたのか。見えてきたわね、少しずつ)


 そろそろ茜色に染まり出した空を眺め、一人、静かに思案した。


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