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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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急変

シェイラ奪還、牡丹派牽制、部屋付き侍女たちとの対話、二重隠密の確保など、ディアナとしても『紅薔薇派』としても実りの多い一日を過ごした昨日だが、一晩明けてみれば状況は一変していた。


「お聞きになりました!? 昨晩、陛下が……!」

「えぇ、『牡丹の間』へ渡られたとか…。どういうことなのでしょう」

「あの娘が何かしでかしたのでは?」

「まぁ、『紅薔薇様』に保護して頂いている身で、厚かましくも『牡丹』の味方を!?」


後宮を飛び交う噂は、優秀な侍女たちと密かな協力者の手によって、逐一『紅薔薇の間』へと集められていた。今のところ交わされている話題は――。


「勝ち誇る『牡丹派』、これから先を嘆く『紅薔薇派』、何故かシェイラ様に怒りの目を向ける『紅薔薇過激派』、大まかですがこの三種に分けられるかと」

「……無茶苦茶ですね」


ユーリからの報告に、リタが呆れ声で相槌を打った。ルリィ含む他の侍女陣は現在、通常業務と情報収集にてんてこ舞いである。『紅薔薇の間』の侍女たちは有能揃いだが、さすがにこの二つを同時進行させるのは、なかなか骨が折れるらしい。


ディアナは心なしか痛む頭を指で抑えた。ユーリが持って来てくれた情報と、ライアたちが密かに寄越した連絡、その二つを合わせれば、大体のコトの真相は見えてくるが。


「昨晩陛下が『牡丹の間』に渡られたのは事実だわ。明け方までいらっしゃったかどうかはともかく」

「事実がなければ、『牡丹』に連なる方々はあぁまで大騒ぎなさらないでしょう」

「逆に事実さえあれば、いくらでも大袈裟に膨らませることができるということですが」

「そのとおりね。そしてコレは、先程ライア様が届けてくださったものなのだけど」


『中立派』との緊急の連絡ルートとして、ルリィの侍女仲間を介した手紙のやり取りがある。証拠も残りやすいので普段は滅多に使わない、まさに火急の事態に備えてだ。

『紅薔薇の間』付きを任命された侍女たちは、その天涯孤独の身の上から遠巻きにされ、あまり人と仲良くするのを好まない。その中で最もツテが多く人付き合いも上手なのがルリィらしい。彼女の場合、黒髪ということもあって余計に他人から忌避されやすいが、もともとルリィ本人が好奇心旺盛で思ったことが顔に出やすく、更に困っている人を放っておけないお人よし体質であったため、素のまま王宮を渡るうちに信頼できる友人が増えていったのだと、以前話して聞かせてくれた。


今ディアナが手にしている紙も、そんなルリィの『信頼できる友人』の手からルリィに、そしてディアナへと届けられたモノだ。『火急の知らせ』を告げるその紙に、リタとユーリの顔色が変わる。


「ちょ、ディアナ様いつの間に…」

「さっき一瞬ルリィが帰ってきたでしょう? そのときに」

「どのような知らせです?」

「貴女たちも目を通して。その後燃やすわ」


そこに書かれていたのは、喜ぶべきか怒るべきか悩む内容であった。


『今宵陛下が『睡蓮』へおいでになります。

どうやらこの訪問は、シェイラ様に対する風当たりを弱めるとともに、『名付き』の様子を窺う狙いがある模様』


『牡丹』だけならともかく、続けて『睡蓮』へ渡るとしたら、確かに国王の狙いは『名付き』の様子見だろう。紙に目を通したリタは複雑怪奇な表情になり、ユーリは沈黙した。


手元に戻ってきた紙を蝋燭の炎でチリチリ燃やしながら、ディアナはティーカップに手を伸ばす。言うべきことが見つからないのは、ディアナも同じだからだ。

ややあって、リタが頭を抑えながら、ゆるゆる言葉を紡ぎ出した。


「えぇ、いや、その、なんと言いますか、えぇと、ですね……」

「言いたいことは分かるわ、リタ。何はともあれ、きっかけはどうあれ、陛下が後宮に目を向けてくださるようになったのは喜ぶべきことよね」

「タイミングは最悪ですけどね」


素直に喜べない原因をズバリと斬ったのはユーリである。リタが大きく頷いた。


「そう! そうですよ! ナニがどうなってこのタイミングなんですか。シェイラ様が危機に陥られたその夜に『牡丹』訪問なんて、後宮の勢力関係もシェイラ様のお気持ちも丸無視です。ディアナ様がせっかくシェイラ様を保護されて、『牡丹派』の動きも牽制なさったのに。それ全部台なしですよ!」

「大丈夫よ、リタ。陛下は多分、そんなこと全然考えてもいらっしゃらないから」

「同感致します。しかし、陛下のお考えは気になるところですね。確かに想いのままに動かれることも多いお方ですが、ご自分のお心に沿わないことをなさるときは、陛下なりに何か意図がおありのはずです」


思慮深いユーリの意見。逆を言えば『心に沿うときは考えずに動く』という困ったちゃんな一面も暴露したわけだが、それには突っ込まずにディアナはお茶を一口飲んだ。


「そうね。陛下のお考えが分かれば、次にどういう行動を取られるかも大体予測がつくわ。そうすれば、その対策も纏めて考えられるもの」

「陛下のお考え……ですか?」

「正確には、何がどうなって陛下が後宮に目を向けようという気になったのか、そこからの把握ね」


そう言うと、何故かリタの顔に少しの怯えが浮かんだ。


「……後宮の外の方に、お話をお聞きした方がよろしいのでしょうか?」

「後宮の外?」

「はい。陛下の周囲にいらっしゃる方……に」


国王の周囲にいるこちら側の協力者といえば、アルフォードくらいしか思いつかない。そういえば、リタは情報収集のため、ちょくちょくアルフォードや彼の部下と接触しているようだった。


「……リタさん、今は目をつぶりますが、本来後宮から外に出るのは、何重もの手続きが必要な行為ですよ」

「そこはわたくしもリタも理解しているわ、ユーリ。申し訳ないけれど、ここだけの話にしてやって」

「承知しております。現段階で危急の情報が遅れるのはあまりに不利益なこと。裏技で王宮と即座に繋がることができるのでしたら、それに越したことはありません」

「助かるわ。――でも、今回はそこまで、焦る必要もないわよね」


ディアナは柔らかな笑みをリタへと向けた。


「お父様に手紙を出して、事の真相をお尋ねするわ。明日朝にはライア様からの情報も入る。何も無理に禁を侵さなくても、陛下のお考えくらいすぐに分かるわよ」

「ですが、お急ぎなのでは」

「急ぐことは急ぐけど、大至急欲しい情報じゃないもの。待てば近日中に分かることを、焦って先取りしようとしてうっかりあちら側に気取られたりしたら、そちらの方が厄介ではないかしら?」


こんこんと言い募ると、どうやら納得してくれたらしい。リタはホッとした風に頷いた。


「それよりも急ぐのは、この荒れた後宮をどう落ち着かせるかよね」

「はい。『牡丹派』はたった一度の陛下の訪れを、ここぞとばかりに武器にするでしょうし。勢いに乗った方々が、新興貴族出身の側室方への嫌がらせを再開させる恐れもございます」

「『牡丹派』に連れ去られても顧みられなかったシェイラ様のことを、『『紅薔薇派』に陛下を惹きつけておくには力不足』と侮る者も出て来るでしょうし、噂のように『牡丹派』に寝返ったのではないかと勘繰る人も多そうよね」

「……陛下のお気持ちは、本当に今も、シェイラ様のもとにあるのでしょうか?」


どこか怒りの眼差しで口を挟んできたリタ。許せないと、その目が雄弁に物語っている。


「シェイラ様が傷付けられたにも関わらず、気遣うどころか傷付けた側室のもとへ堂々と渡るなど……心ある方がなさる所業とも思えません」

「確かにね。おそらくシェイラ様の部屋は、夜は特に『牡丹』に連なる侍女や女官が密かに見張っている状況だろうから、陛下がこっそりでもシェイラ様のところへ渡れば、ますますリリアーヌ様の神経を逆なでしたかもしれない。シェイラ様のもとへ赴かれなかったのは、陛下にしては珍しい『正解』だけれど」


ちなみに『紅薔薇派』は、常時一名天井裏に潜んでシェイラの護衛をしているので、主な動向は把握済みである。プライベートまで覗く趣味はないので、あくまでも離れた場所からだが。


「それに、『牡丹の間』へ渡られたのも、あながち全部間違いとは言えない。非公式に、明るいうちに、短時間だけ訪れたのであれば、寵姫を軽んじた『牡丹様』への牽制とも取れるわ。実際は単なる様子見でもね。そうなれば後宮の安定にも、シェイラ様のお立場を固めるのにも、立派な助けになったのだけど」

「……ならなかったではありませんか」

「逆効果でしたね」

「見事に荒れちゃったものね、残念なことに」


そう、国王が『牡丹の間』を訪れたのが、堂々と公式に、夜に、しかも結構な長時間、であったため、安定どころか大荒れという結果をもたらしてしまったのである。この収拾は誰がつけるんだと、本来なら文句の一つも言うべきところだ。


「ひとまずわたくしがするべきことは、『紅薔薇派』を落ち着かせることね。たった一度の陛下のお渡りをそこまで大騒ぎすることもないと、せいぜい『クレスター伯爵令嬢』の風格をアピールして来ようかしら」

「ディアナ様が落ち着いていらっしゃったならば、シェイラ様への反発もそう強くはならないでしょうしね」

「上の振る舞いって重要よね。分かっていたことだけど、後宮に入って実感したわ」


うんざりした空気を隠そうともしないディアナである。そういうのが心底面倒くさいので、クレスター家の人間は代々、中央から遠ざかっているのだ。当主ともなればそうもいかないが、それでも必死に最低限の顔出しで留めている。


「……では、『紅薔薇派』の集まりを?」

「そうね。今日のお茶の時間にでも」

「手配して参ります」

「あ、ユーリさん、私が行きます」


動こうとしたユーリを遮って、リタが動いた。ユーリの返答も待たず、足早に部屋から出ていく。


ユーリの表情は動かなかったが、瞳は気遣わしげな色を濃くしていた。振り向いて、ディアナに問う。


「リタさん、何かあったのでしょうか?」

「あったのでしょうね。昨日からおかしいもの」


リタはもともと、感情を表に出すタイプだ。しかし同時に、私事の感情で主を――ディアナを煩わせることを極端に嫌う。彼女が感情を見せるのはディアナのことのみ、それはある意味、侍女としては正しい態度ではあるのだが、だからこそ。


「リタが『侍女』の顔をしていられないなんてね。わたくしは全く気にしないけれど……あの子が傷付くことくらい、分かるでしょうに」

「……お心当たりがおありで?」

「えぇ、リタは、わたくしが知っていることを知らないけれど」


過去にも一度、リタが『侍女』の顔を保てなくなったことがあった。そのときディアナにできたことは、その原因を突き止めて密かに相手に釘を刺し、リタがこれ以上傷付かないよう、何も知らない振りを続ける、ただそれだけだったのだ。


「正直最初、リタを連れて行くかどうか迷ったの」

「……そうなのですか?」

「王宮だもの。いくら普段の生活は後宮でとはいえ……ね」


迷うディアナに、リタから申し出てくれたのだ。『侍女を連れて行くか迷われていらっしゃるのでしたら、どうか私をお連れくださいませ』と。


「リタにその気があるならと、一緒に来てもらったけれど。……失敗だったかしら」

「ですがリタさんは覚悟して参ったのでしょう。しばらく様子を見られては?」

「そうね。ついでに釘も、もう一度刺しておくわ」


内にも外にも、心配事が山積みだ。ディアナの表情を見て、ユーリは僅かに微笑んだ。


「では私も、リタさんを手伝って参ります」

「ありがとう。お願いするわ」


頷いて頭を下げ、ユーリは部屋を後にする。誰も居なくなった室内で、ディアナはぽつり、呟いた。


「人を好きになるって、どんな感じなのかしら」


シェイラにしろ、リタにしろ。誰かを想い、不安に揺れ、ときに眠れぬ夜を過ごす。自分を上手くコントロールできず、相手の言動一つで一喜一憂して。

そんな複雑な感情を、ディアナは知らない。知っていれば、シェイラにかける言葉をこんなに迷うこともないだろうか。


「……今のシェイラ様に声をかける役目は、きっと私よりもリタの方が適任なのでしょうね」


目立たぬドレスを引っ張り出して着替え、茶色の鬘を被れば、ディアナだと分かるものは少なくなる。シェイラと話すときのいつもの扮装をしながら、ディアナの心はずきりと痛んだ。


国王がシェイラに会いに行かなかったのは『正解』だ。――後宮内の秩序を保つことだけを考えたならば。


しかし、シェイラの心を想うなら。国王――ジュークと向き合うことをようやく決意した彼女にこの仕打ちは、余りにも酷い。リタが怒るのも無理はないし、実際ディアナだって怒っている。せめて国王がなんらかのフォローを入れていてくれたら話は違っただろうけれど、『闇』の話ではそんな気配もなかったという。打ちのめされたシェイラは今、『ディー』との秘密の場所でひたすらに落ち込んでいるらしいのだ。


会いに行かなければならない。それは分かっている。

けれどディアナは本当の意味で、シェイラの痛みを理解することができない。リタが怒るようには国王に怒ることができず、冷静な頭はシェイラに構わなかった国王の判断を『正解』とすら考える。そんな自分がシェイラと話したところで、彼女の心を救う一手になるのかと。


そう考えると、ディアナの心は痛むのだ。痛みが理解できぬ故に。


「……それでも、シェイラ様は待っていらっしゃるわ」


きっと。『ディー』が来るのを、待っている。


ティーセットをさっと片付け、『ちょっと出掛けます』の書き置きを残して、ディアナは。

実は意外と知られていない侍女専用の扉をくぐり抜け、シェイラとの『約束の場所』へと向かうのだった。




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