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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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閑話その3-2~騎士と侍女の密談~


引き続き、苦労人アルフォードさん視点です。



ディアナにいつもべったりのリタを秘密裏に呼び出すのはさぞ苦労するかと思いきや、意外なことに、部下はすぐにリタからの伝言を預かって戻ってきた。


『いつものところで待っています』


たった一言だけを携えた部下が帰ってきてすぐに、アルフォードは『絶対に陛下を部屋から出すな』と厳命し、『いつものところ』――後宮の裏庭を囲む塀の向こう、ちょうど繁みで覆われ警備兵からも見えにくい『死角』の一つへと向かった。


後宮の警備が手薄なわけでは決してない。だが、人の手で守られている場所に、死角の一つや二つできるのは仕方のないことだ。アルフォードの立場ならば、死角を見つけたらできるだけ埋める努力をしなければならないのかもしれないが、後宮内が緊迫しているこの現状で通常のルートを使って後宮側とやり取りしていては、欲しい情報もスピードも圧倒的に不足してしまう。建前よりも現実を取り、主に『紅薔薇』サイドといち早く連絡を取り合うために、アルフォードは死角をそのままにしているのであった。


『いつものところ』についてみれば、伝言どおり、リタは既にそこにいた。柔らかな金茶の髪を弄り、どこか遠くを見つめている。考え事をしているときの、彼女の癖だ。


「すまない、少し待たせたか」

「いえ、大丈夫です」

しかし、それも束の間。アルフォードが声をかければ、リタはすぐに意識を戻し、有能な侍女の顔つきに戻る。すっ、と背筋を伸ばしたリタに、彼は近付いた。


「呼び出しておいてなんだが、良かったのか? ディアナ殿の傍についていなくても」

「そうですね……。正直、あまり良くはないかもしれませんが」


リタの機嫌は、あまり良くはないようだ。不意に覗く素顔は、とてもふて腐れている。


「ですが、こんな顔でディアナ様の傍にいる方が問題です。少し頭を冷やして……落ち着く時間が必要かと」

「……一体、何があったんだ?」

「それは私の一存ではお話できませんわ。ディアナ様のお許しを頂けましたら、ご説明致します」

「そうか」


リタがこう言ったが最後、死んでも口を割らないことは知っている。リタの不機嫌についての追及はそこで諦め、アルフォードは本題を切り出すことにした。


「ところでリタ、シェイラ嬢が『牡丹派』の側室方に連れていかれたという話を聞いたんだが」

「――やはり、その件でしたか。随分と耳が早いですね」

「シェイラ嬢付きの侍女たちが、緊急ルートを使って上げてきた情報だ」

「……ということはまさか、陛下の耳にも?」

「あぁ、入っている」


リタは隠しもせずにため息を吐いた。


「面倒なことになりましたね。シェイラ様付きの侍女も、仕事はしないのに余計なことはばっちりなさるようで」

「……ということは、情報は事実か?」

「事実は事実ですが、一通り解決済みですよ。ディアナ様がシェイラ様を助けに行かれて、ひょんなことから本気の怒りを発動されて、可哀相なことに『牡丹派』の皆様、怯えきっていらっしゃいましたから」

「……真面目に『クレスター家』を怒らせたのか。命が要らないんじゃないか、あちら方は?」

「身分自体は上だと、高を括っていらっしゃったのやもしれませんが。よりによってディアナ様ご本人に、『たかが伯爵家の娘』とおっしゃったのですよ」

「うわぁ…」


アルフォードは引き攣った笑みを浮かべた。『クレスター家』嫡男と親友の彼は、その言葉がどんな怒りの引き金となったのか、分かり過ぎるくらいによく分かる。彼の親友も過去に、家を侮られて怒りを爆発させた。エドワードの場合は、表面上は柔和な笑みのままなのに、言動が一分の隙もなく相手を追い詰めていくから、ディアナとは別の意味でかなり怖い。『大魔王降臨』と、アルフォードは名付けている。


「頭が足りないご令嬢方には、良い薬どころか効き過ぎてぽっくり逝きかねない『激薬』だったろうなー」

「あ、何人か気絶していらっしゃいました」

「……ディアナ嬢、ちょっとは手加減してやってくれ」


王宮の保守派がぎゃあぎゃあ言い出せば、困るのはジュークよりむしろ、周囲を固める自分たちなのである。現在の国王ジュークのことを、言うことをよく聞く『よい国主』だと考えている保守派貴族たちは、直接ジュークに文句はあまり言わない。代わりに、国王の周囲に侍る側近たる自分たちに、これでもかとばかりに無茶な要求を押し付けてくるのである。特に、リリアーヌの父親たるランドローズ侯爵からの無理難題は凄まじい。


「自業自得ですわ。ディアナ様を蔑まれた報いです。『名門貴族』の名に胡座をかき、他者を見下すことしか知らない、あんな世間知らずのお嬢さまに、ディアナ様が負けるはずもございませんもの」

「そのとおりなんだけどな……。あ、一応確認しておくが、シェイラ嬢はご無事なのか?」

「もちろんです。ディアナ様が助けに行かれて、救い出せないはずがありません」

「そりゃそうだ」


その点だけでも一安心である。シェイラ嬢が酷い目に遭わなかった、それだけで、怒り狂ったジュークが後宮に怒鳴り込むという『最悪の結末』は回避できた。


「さすがはディアナ嬢だな。迅速な情報収集、的確な状況判断、素早い行動。ディアナ嬢が後宮にいるだけで、どれほど助かっているか」

「私もディアナ様も、本音を申し上げれば、さっさとこんな馬鹿騒ぎは終わらせて実家に帰らせて頂きたいのですけどね」

「……いや、すまなかった」


現状、おそらく王宮内に巣くう最も大きな争いの種である『後宮』。それを切り盛りし、最悪の事態をひたすら回避しているディアナだが、彼女が望んでその場にいるわけではないことをアルフォードは知っているのだ。あまり褒めては、逆にリタの逆鱗に触れかねない。


「それはそうとアルフォード様、私にも少し、申し上げたいことがあるのですが」

「ん? あぁ、なんだ?」


リタからこんなことを言い出すのは、とても珍しい。少なくとも『侍女の顔』をしているときは。余程のことだろう。


「――女官長、サーラ・マリスについて、密かに、ですが至急、調査なさいますことをお勧め致します」

「何?」


リタの表情は真剣だった。その瞳に宿るのは、紛れもない本気の怒りと憂い。


「私の職分から逸脱した申し出であることは、重々承知致しております。取り越し苦労なら良いのですが、サーラ・マリス女官長が、その地位にあるに相応しい人物とは、私はどうしても思えないのです」

「何故だ?」

「人の上に立つ者として当然兼ね備えるべき、下の者たちへの配慮が感じられないからです」

「詳しく教えてくれ」


リタは頷いて口を開いた。語られたのは、悪名高い『クレスター伯爵令嬢』に仕える侍女を、逃げる心配の少ない――そして、どれ程酷い目に遭わされても文句をつけてくる身内のいない、天涯孤独の娘たちに『押し付けた』、女官長の信じられない所業。

アルフォードは、あまりのことに茫然となった。


「……まさか、そんなことを」

「結果としては、上手く回りました。ディアナ様は世間で噂されているような方ではありませんし、侍女の方々も過酷な状況故に人を見る目は人一倍ございましたから。ディアナ様の真実の姿に気付いてくださり、力になると言ってくださいました。……ですが、それとこれとは話が別です」

「あぁ、勿論だ。本当にそんな理由で部屋付きの侍女を決めているのだとしたら、女官長としてはあまりに不適格としか言いようがない」

「そういうことをなさる方は、大抵が権威に弱く、己の利に聡いものです。……女官長という職が彼女の私欲に利用されていないかと、そんな不安が過ぎったのですわ」


取り越し苦労など、とんでもない。リタの推測は、かなり的を射ていると言って良いだろう。


「――分かった。至急、秘密裏に、調べることにしよう」

「よろしくお願い致します」


頭を下げたリタは――昔と何一つ、変わることなかった。貴族が嫌いで人に仕えることなど大嫌いで、ただ一人の例外がディアナで、侍女として立ってはいても、訳もなく人に頭を下げたりしない。

そんな彼女は例外なく、人をモノ扱いする人間に本気で怒るのだ。


「……お前はいつもそうだな、リタ」

「アルフォード様?」

「止めろ、お前に『立場』で見られたくはない」

「!!」


反射で逃げようとしたリタの手首を、同じく反射で掴む。抱き寄せて腕の中に閉じ込めたくなった衝動を、ぐっと堪えて囁いた。


「……戻ることは、できないのか?」

「――時を戻すことなど、誰にもできません。もう、お忘れくださいませ」

「無理だ」

「アルフォード様。私はディアナ様の侍女なのです。ディアナ様のためにこの身を捧げると、決めております。貴方様とは身分も、生きる道も、何もかもが違います」

「だから手放せと言うのか? 過去の思い出も、この想いも!」

「できるはずです。現にこれまでは」


――堪え切れない。ぐいと引き寄せた。


「手放してなどいない。手放したフリをしていただけだ。そうでなければお前は、『侍女』としてすら、俺の前に現れてくれなくなる」

「――分かっているなら、離して!」


必死の声が、アルフォードの耳を打つ。久々に聞いた『リタ』の声に気を取られた瞬間、手の平からリタの手首が摺り抜けた。


二度と捕らえられぬように距離を取ったリタは、肩で息をし目に涙を浮かべながら、それでも毅然と『侍女』の顔をし続けていた。これほど自分は拒まれているのかと、いっそ自嘲したくなる。


「……迫られたくないなら、隙を見せるな」

「わ、私がいつ、隙を見せました?」

「――ディアナ嬢にも見せない荒れた顔を、一瞬だけでも俺に晒しただろう。『侍女』でないお前になら、俺はいつでもつけ込むぞ」


……手に入らないならいっそ、怯えて離れてくれ。


そんな想いが届いたのか、リタは目を吊り上げるとくるりと後ろを向き、後宮の塀に向かって走り去った。


「……バカか、俺は」


ジュークの暴走を止めるために情報収集に来たはずが、自分が暴走して、好きな女に拒まれた。見事な道化っぷりだと、嗤ってしまいたくなる。


坊ちゃんだのお子様だの、クレスター家からの評判は散々なジュークだが、アルフォードが見限れない理由はここにあるのかもしれない。少なくとも、切ない片想い中という一点で、彼はジュークに共感できるのだ。

もしもジュークがシェイラに対し、権力に物を言わせた迫り方をしていたら、アルフォードは完全にジュークを見限ったかもしれない。しかしジュークは、実に健全な初恋の過程を辿っていた。相手のことが気になって仕方なく、相手に自分を見て欲しくて、自分に心を開いて欲しくて、ひたすら悩み相手の心の在りかを探す。不器用ではあるがシェイラを大切にし、彼女のために何ができるかを考えるようになった。


そんな風に恋に真摯なジュークだから、側にいて見守ってやらないと、という半ば兄のような気持ちになって、アルフォードは飽きもせず仕えているのだ。ジュークがシェイラに向ける気持ちも切なさも、アルフォードが常に抱いているものと同じだから。


……とりあえず、陛下に安心して頂かないとな。


シェイラ嬢は無事、の一報を持って、アルフォードは王の執務室へと帰った。






――そして。


「アルフォード。今宵は後宮へ――『牡丹の間』に、参る」

「……はい?」


何やら決意したような、ジュークとご対面したのだった。




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