閑話その3~苦労人団長の呟き~
今回は、国王護衛騎士団長=苦労人、アルフォードさん視点です。
アルフォード・スウォン。
スウォン伯爵家次男であり、類い稀なる剣の才能を有した、若き天才。
その才能を有効活用して出世の階段を駆け登った先にあった地位が、『国王護衛騎士団長』である。
……それがこんな苦労人的立場だとは、誰ひとりとして教えてはくれなかったが。
******************
エドワードと仲の良いアルフォードではあるが、実は彼の実家たるスウォン伯爵家は建国当時から続く名門中の名門、家柄だけで言えば、王国でも五本の指に入る超有名な古参貴族であったりする。当然実家も、アルフォード自身も『保守派』。それもあって彼は、国王の護衛騎士団長に抜擢されたのだ。
しかし、だからといって彼や彼の実家が新興貴族を毛嫌いしているかといえば、そんなこともない。もともとスウォン家は武よりは知に優れた穏やかな家柄、出世欲もそこまで強くはなく、建国当時から続く家ではあっても、王宮内での地位はそこまで高くはないのである。むしろそのスウォン家に生まれ、武勇の才能を発揮し、王宮で高い地位に就いたアルフォードが例外なのだ。
知に優れたスウォン家は、政治よりもむしろ学問の分野で活躍する人々が多い。特に歴史研究では、代々のスウォン家当主がその時代の第一人者と呼ばれてきた。現スウォン家当主、アルフォードの父もその例に漏れず、暇さえあれば歴史書とにらめっこである。はっきり言って、貴族ではあれど威厳とは程遠い。
『歴史家たるもの、まっさらな目で時代の欠片を眺め、真実を写す鏡となるべし』
スウォン伯爵家に代々伝わる家訓もこれだ。自分たちが貴族であるという自意識はかけらもない。ただ、その家訓のおかげでスウォン伯爵家の人間は代々、実はクレスター家と仲が良かったりする。
基本的にクレスター家は、家族ぐるみでどこかの家と仲良くするということをしない。何故なら、所謂『善人』に分類される者がクレスター家と堂々と仲良くした場合、仲良くした相手まで勝手な悪評を立てられるか、もしくは周囲によって引き離され無理矢理絶縁に追い込まれる、という可能性が非常に高いからである。真実に気付いた人とは自ずと仲良くなるが、仲良くなればなるほど交流は裏でコソコソ行われる、そんな友人付き合いでは家族ぐるみでのお付き合いになど発展できるはずもない。
ただ、家族ぐるみのお付き合いをしようと思っていないのに結果としていつもそうなる、摩訶不思議な家がスウォン家なのである。
悪人顔ではあれど実際中身はそこまで悪人ではないクレスター家の人間と、噂など全く気にせず自分の見たまま聞いたままを第一とするスウォン家の人間は、ある意味相性抜群だ。物事を見るときに余計な解釈を加えないスウォン家の人間ならば、多くの人が勝手に聞き取るクレスター家の『副音声』を聞きようがない。故にあっさりと真実を見抜き、友人となることができる。
少なくともかなりの昔から、スウォン家とクレスター家は、それぞれの代でそれぞれに仲が良かった。親が子ども同士を引き合わせるなどということも一切なく、それでも会えば自然に友人となる。相性が良いといえばそれまでだが、ここまで続いているのは奇跡としか言いようがない。
アルフォードとエドワードの出会いはありきたり、騎士養成所での鍛練中だった。既に騎士として頭角を現し、同期の中では飛び抜けた実力の持ち主だったアルフォード。誰も相手をしたがらず、結果アルフォードのことを知らない新入りの中から、エドワードが相手になった。ちなみにそのときの第一印象は、『女泣かしてる優男風情な割に、やたら目に力がある奴』だ。
強いようには見えず、かといって弱いと断言するには何かがひっかかる、そんな新入り。向かい合い、流れで剣を構え、開始の合図が鳴り響いてすぐに、アルフォードはどこか抜けていた気を引き締めた。
優男風情な新入りの一撃は強烈で、しかも容赦なく急所を狙い撃ちしてきたのだ。こいつは相当手慣れている、かなり強いと確信したときには既に遅く、アルフォードは新入り相手に防戦一方を強いられていた。何とか引き分けには持ち込めたが、これが鍛練でなかったら負けていたのは自分だと、アルフォードははっきり言い切れた。
『お前、強いんだなー。また今度、勝負しようぜ!』
鍛練が終わって思わず声をかけたときから、今に続くアルフォードとエドワードの付き合いは始まったのである。剣術勝負ならそれ以降アルフォードが遅れを取ることはなかったが、使用武器を定めない自由形式での勝負であれば、良い勝負どころか押されっぱなしのアルフォードだ。軽い武器で戦うエドワードの身のこなしは、はっきり言って人間離れしている。
アルフォードは養成所を出てすぐに、騎士団からの入団要請を受けて『エルグランド王国王宮騎士団』へと入った。王国でも優れた剣の才を持つ者の集団で、アルフォードの腕は更に洗練されていく。彼が騎士団に入って三年後、同じくエドワードにも騎士団からの入団要請の声がかかった。アルフォードに勝るとも劣らない武勇の才が、『クレスター家』の悪評を上回ったのである。
……が。
『私は将来、父の跡を継ぐ身。王宮騎士団には相応しくないと思われます』
穏やかな物腰ながらきっぱりと、エドワードは要請を蹴り飛ばした。
武術に優れた貴族の男にとって、王宮騎士団は憧れの的。入団を請われて蹴る人間などいるはずがないという常識を、エドワードはあっさり覆したのだ。
普通ならば、『なんて勿体ない』『領地の運営ならば後からでも学べるだろうに』と囁かれるのだろうが、優男風情とはいえ彼もクレスター家、そんな囁きでは終わらなかった。
『さすがは『王国に巣くう悪の黒幕』の跡取り、形だけでも王に仕えるのは御免ということか』『いやいや、身のほどを弁えたのだろうよ。なんと言っても彼は、女遊びでとても忙しい身の上らしいからな』
そんな噂が堂々と駆け巡り、キレたのはエドワードではなくアルフォードだった。
『何で言い返さない!? お前が騎士団を蹴ったのは、あんなふざけた理由からじゃないだろう! 好き勝手言われて、悔しくないのか!!』
王都の下町、場末の酒場で、開口一番アルフォードはエドワードを怒鳴りつけた。二人が普通に『友人』でいられるこの場所では、一切の取り繕いも建前もなし。だからこその大爆発だった。
『まぁ、落ち着けって』
『これが落ち着いていられるか! あんなふざけた噂、俺は許せない!』
『それは困ったな。これから俺と付き合うとなったら、こんな噂は日常茶飯事だぞ?』
何しろ俺は『クレスター家』だからな、とエドワードは笑った。
『……悔しくないのか?』
『別に、どうでも良い奴らになんと言われようが、俺たちは気にしないよ。お前にまで誤解されたら堪えるが、お前はちゃんと俺を知って、噂の方が間違いだって分かってくれてるだろ?』
『それはそうだが……俺がお前なら、腹立つぞ』
『クレスター家に生まれたら、これくらいなんでもなくなるさ。先祖代々、筋金入りの悪役顔だ。勝手に悪者にされるのは、もう慣れた』
『慣れるなよ!』
『良いんだよ。俺たちはそれで』
エドワードの返答には、驚くほどに迷いがなかった。アルフォードが僅かに黙ると、彼は苦笑する。
『俺たちが『悪役』だからこそ、できることも見えるものもある。俺たちの『真実』は、本当に大切な人だけが知っておいてくれたら、それで良い。むしろ悪評どんと来いだ』
『……お前、マジで見た目詐欺だよな』
『どういう意味だよ』
『褒めてるんだよ一応』
なよなよした優男、女を騙すことしか能がなさそうな見た目のエドワードだが、その思考回路、何より一本筋の通った信念と度胸と懐の深さは、かなり男前である。この外見で中身が性格イケメンとは、ギャップが激しいを通り越していっそ詐欺としか言いようがない。
知れば知るほど深いクレスター家。エドワードは言葉どおり、うじゃうじゃ沸いて出る悪評を全スルーして領地へ帰り、社交界シーズンにだけ王都へ出て来るようになった。一方アルフォードは着実に出世の階段を上がり、ジュークの戴冠と同時に国王の護衛騎士団長の地位に任命されたのだ。
§ § § § §
……そう、そこまでは、良かった。
ガッシャアアァン!!
「陛下! どうか落ち着いてください!」
「煩い! 離せ! 今すぐ離すのだ!!」
そうと言われて離しては、国王のお守り……ではなく護衛失格である。
激昂した国王ジュークを必死で羽交い締めにし、他の護衛騎士に目で合図する。団長の意図を正しく理解した騎士たちは、それぞれの入り口を完璧に守った。必殺、『陛下を部屋から出さないぜ! 隊形』の完成だ。
「何故止める! 今すぐ後宮へ行かねば、シェイラの身が!」
「ですから落ち着いてください! まずは情報を集めるのが先です。陛下はシェイラ様がどちらへ赴かれたのか、ご存知なのですか!?」
ジュークが止まらなければならない本当の理由はそんなことではないが、それを懇切丁寧に一から説明なんぞしていては日が暮れる。今はとりあえず、止まらせるのが先だ。
この大騒ぎの原因は、少し前、後宮から飛んできた至急の連絡にある。後宮からの報告は基本的に毎日女官長から送られてくるが、火急のことがあった場合、各側室付きの侍女も王宮へと知らせを届けられる決まりになっている。その連絡経路を使って、『シェイラ様が『名付き』の側室の方に連れて行かれたのです!』と報告してきたのが、シェイラの部屋を任せている侍女の一人だった。
一側室の危機など、普通なら王のところまで上がってはこない。しかし、『シェイラ・カレルド』という名前は、『国王の想い人……の可能性アリ』として、王宮内ではじわじわと有名になりつつあった。それもあって例外ではあるが、ジュークの執務室まで連絡が回ってきたのだ。
連絡を直接持って来た侍従の前では、ジュークは普通に対応しているように見えた。その場で暴れたらどうしようかとヒヤヒヤしていたアルフォードは、侍従が執務室を出るまでは『国王』らしかったジュークに、内心で賛辞を送っていたのだ。『成長した!』と。
……まぁ、5分と保たなかったのだが。
手元にあった書類を片付けたジュークは、すぐさま立ち上がり外へ出ようとした。慌ててそれを止めにかかったアルフォードとの間で揉み合いになり、執務室の花瓶が割れ――冒頭の『落ち着け!』に繋がるワケだ。
ひとまずジュークを座らせることに成功したアルフォードは、信頼している部下に、ディアナ付きの侍女リタを秘密裏に後宮裏口へ呼び出すようにと命じた。
ジュークは焦っているが、そこまで大事になっているとは正直思えない。余程のことがない限り、シェイラも後宮も無事なはずだ。クレスター家が誇る麗しの薔薇姫、ディアナが、あの場を守っている限り。
「まだか! まだ情報は集まらんのか…!」
しかし、それを国王に告げるわけにもいかず。イライラしながら待つジュークを横目で見ながら、アルフォードは内心、深々と溜息をついた。
ジュークは決して、悪い男ではない。子どものように素直で正直、正義感が強く、信念を貫く真っ直ぐな想いと、理想を追い求める熱い心を持っている。
ただ悲しいかな、彼の場合、それがいつも空回るのだ。
ジュークの美点が上手くはまれば、臣下の話によく耳を傾け、苦言も素直に聴き入れ、苦しむ民を思いやり、何が起ころうとも諦めずにより良い国の未来を築く、素晴らしい君主になれるだろう。
しかし現在の彼はこのとおり。自分に優しい言葉にだけ耳を傾け、噂を素直に聴き入れ過ぎて『クレスター家』の信頼を半ば失い、苦しむ想い人を心配しすぎて暴走する。『坊ちゃん陛下』とエドワードには評されたが、まさにそのとおりと頷くことしかアルフォードにはできない。
……誰だよ、陛下の護衛騎士が王宮の花形職とか言った奴。
こんな苦労する地位だと分かってたら、俺だってエドみたいに逃げた……と、アルフォードはしみじみ思うのだった。