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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
209/247

慌ただしい帰郷


「港から王都まで、行きの馬車だとおよそ二日半かかったけど。最速ルートで馬を飛ばしたら、どの程度時間短縮できる?」

「最短じゃなくて、遠駆けした場合の最速だよね? それだと……このルートかな。それでも、ちょっと遠回りだから、どこかで夜は明かさないとだけど。さすがに馬も保たないだろうから、こまめに変えつつとなると、王都には明後日の朝到着って感じ」

「明後日の朝……クロケット嬢がそこまで保つか、あとは賭けだな」

「――ううん、いける」

「ディー?」


「このルートなら、たぶん大丈夫。馬も、私たちも〝疲れないように〟して、休憩全部なくせば、夜までに着けると思う」

「正気か!?」

「これまで通ったことない道が混じってたら難しいけど、カイが選んだルートは、全部これまで訪れたことがあるもの。大地の〝声〟も通るたび、ぼんやりとは聞いてきたわ。――今の私なら、〝彼ら〟の力を借りて〝疲れない道〟を構築できる」

「――分かった。考えてる時間もないし、それで行こう」

「夜の間に、必要な指示は全部出すぞ! カイ、悪いがリクを貸してくれ」

「もう既に察してそこに止まってる」

「さすがだな」




「それじゃあ――まずは王都モンドリーア邸のフィガロ様まで、飛んでもらえるかしら?」



  ***************



 帰郷の感慨に耽る間もなく、船が港へ滑り込むと同時に待機していた馬たちへ飛び乗って、ディアナはカイの先導の元、一心不乱に馬を走らせた。これから通る道に生きる〝命〟たちにひたすら「私たちの進みを助けてほしい」と呼び掛けながら。


 馬が走れるのはほんの数時間が限界だし、騎乗するにもかなりの体力を消耗する。通常であれば休息と馬の乗り換えが数時間置きに必要となる道のりを、ディアナは大地の生命力を借りることで、常識外れの移動距離と速度を可能にした。イメージとしては、これから通る道へ絶え間なく霊力(スピラ)を流し、それに応えて大地が放出した生命力を、自分たちへ還元している感じだ。〝森の姫〟の霊力(スピラ)が覚醒した今、これまで以上にエルグランド王国の大地はディアナにとって近く、頼りになる存在であった。


 港へ着き、馬へと飛び乗ったのが、夜明けの頃。そこからひたすら馬を走らせ――昼休憩すらすっ飛ばして走って。

 ――そろそろ日も暮れる頃、ディアナとカイは王都の関所を通過した。ここからはカイの持つ『隠形』の呪符を使いながら王都内を縫うように進み、やがて。


「あっ、ディアナ様!」


 王都にある、古びた建造物に辿り着く。今はもう使われていないが、歴史を示す貴重な建物として保存されているうちの一つだ。予め指定していたその建物の中では、外宮室の優秀な新人、クロード・メルトロワが待っていた。


「クロード、お手数をかけました」

「いえ! 僕がしたのは、近所の悪ガキが入り込まないように見張る程度でしたから。――それよりも、」

「えぇ」


 ディアナとクロードが短く会話をしている間に、カイがいくつかのギミックを操作して、手早く地下へ降りる隠し階段を出現させていた。

 ――そう。王都にある〝歴史的建造物〟のうちいくつかは、こうして王宮内へと繋がる隠し階段の出入り口を守る、由緒正しき番人の役割を果たしているのである。


「俺たちが乗ってきた馬が、外に繋いである。かなり無理させたから、厩舎へ連れて行って、しっかりケアしてあげて」

「ノーラン商会に連絡してあるから、連れて行けば商会の厩舎と馬丁を世話してもらえるはずよ」

「承知しました、お任せください」

「あと――フィガロ様に頼んでおいたものは、届いているかしら?」

「あっ、はい! そっちはカシオさんとオリオンさんで受け取って、秘密裏に後宮へ。……行き場は厨房で間違いない、ですよね?」

「えぇ、間違いないわ。ありがとう、クロード」

「滅相もありません。――お二人とも、お気をつけて!」


 若いながらも目端の利く少年官吏に見送られ、ディアナはカイの案内で地下道へと入る。ほとんど光の差さない道を、カイの手に引かれながら進んで。


(――あ)


「うん。今、王宮に入ったね」

「何か違う感じがするわ」

「この王宮が建てられた頃は、まだ霊力者(スピルシア)が普通に生きてただろうから、ちょっとやそっとの災害じゃ崩れない守りの霊術(スピリエ)を城の敷地全体にかけてたんだと思う。この規模の〝守り〟を何百年も保たせてる辺り、術をかけた霊力者(スピルシア)はかなりの実力者だったんじゃないかな」

「この城が建ったのは三百年くらい前よ。ちょうどアスト王の時代」

「あぁ、あの有名な〝統一王〟か。戦乱の時代なら霊力者(スピルシア)が権力者から重宝されてても頷ける……っと」


 不意にカイが立ち止まり、何やら壁に触れている。やがて、ガコ、と鈍い音がして、目の前の壁がゴゴゴと横にスライドした。


「わぁ……」

「ここから先は、王宮の隠し通路に繋がってる。――道、かなり複雑になるから、俺から離れないでね」

「分かったわ」


 ――そこから先は、カイが宣言した通り。何度も階段を上り下りし、幾つもある別れ道を右へ左へ曲がって。ここが王宮のどの辺りなのか察する間もなく、ディアナはひたすらカイの背を追った。


 やがて。


「ディー。この先、後宮の通路だよ。『隠形』の呪符は作動してるし、通路の外に人の気配はないけど、念のために顔は隠しといて」

「分かったわ」

「さすがに俺は出られないから、天井裏からナーシャさんの部屋行くね」

「えぇ、そっちも気をつけて」


 カイが開けた扉の先に見えたのは、一月前と変わらぬ、慣れ親しんだ後宮の通路。ここでもやっぱり懐かしさを感じる暇なく、ディアナは足早にナーシャの部屋を目指した。カイがナーシャの部屋に一番近い扉を開けてくれたので、通路をまっすぐ歩いて曲がれば、すぐにナーシャの部屋だ。

 扉の前に、無音で立ち。――静かに、『隠形』の呪符を解く。

 次の瞬間、ノックするより先に、内から扉が開かれた。


「あぁ、ディー!」

「シェイラ。お待たせ」

「ごめんなさい、無理をさせてしまって」

「医者が患者のもとへ最短で駆けつける努力をするのは当たり前のことよ。――ナーシャ様は?」


 一月ぶりの再会を喜ぶ時間は、やはりない。扉の前で待っていてくれたらしいシェイラに問うと、彼女も承知しているようで、ディアナはすぐさま奥の部屋へと通された。どうやらそこが、寝室らしい。


「ナーシャ様! ナーシャ様、お気を確かに!」

「もう少しの辛抱にございます! あともう少し、どうか……!!」


 通された寝室では、侍女二人が寝台の横で、横たわるナーシャへ向かって呼び掛けている。横たわっているナーシャは腹を抱え、断続的な呻き声を上げていた。


(これは――!!)


 考えるより先に、ディアナは寝台へと駆け寄った。その足音を聞いて、ナーシャの枕元に控えていたマグノム夫人がはっと顔を上げる。


「ディアナ様――」

「今戻ったわ、マグノム夫人」

「紅薔薇様……!?」


 侍女二人が潤んだ瞳で見上げてくるのを、受け止めて。

 ディアナは、患者の家族を安心させるとき用の、とびっきりの笑顔を向ける。


「よく頑張りましたね。もう大丈夫」

「あ……!」

「ナーシャ様は、わたくしに任せて。ナーシャ様も、お腹の中のお子も、必ず救います」

「あぁ……っ」


 泣き崩れる二人をマグノム夫人へ任せて、ディアナは素早く、ナーシャの状態を視診、触診する。


(体温は平熱より高め、下腹部痛と性器より微量の出血あり……感染症由来の切迫流産の可能性が高い)


 全体の状態としては、かなり悪い。クレスターの診療所でこういった妊婦を診た経験はほとんどないが、聞いた話、この状態から持ち直すのは稀だ。母子ともに大変危険な状態と言えるだろう。


(最終的な治療は薬物療法になるけど、それよりまずは――!)


 ナーシャの胸に手を当て、ディアナは静かに深呼吸する。スタンザの皇帝にしたように、ゆっくり、ゆっくりと霊力(スピラ)を流して。


(見つけた――)


 ナーシャと、胎児。二人が最も危機に陥っている部分が〝生きる〟よう、ナーシャの手を取り、強く、深く、祈る。


(この極限の状態でも、生きることを諦めない、強い意志を持つ魂よ。あなた方の灯火に、今一度、力を――!!)


 ふわりと湧き上がった、ディアナの内にある〝何か〟。それは祈りを通して、ディアナの手からナーシャの内へ、そしてディアナが〝見つけた〟ところへ流れていく。


 そして、やがて。


「ナ……ナーシャ、さま?」


 呻き声を上げていたナーシャの身体から、強張りが解けて。彼女に、規則正しい呼吸音が戻ってくる。

 うっすらと目を開けたナーシャへ、ディアナは心の底からの、彼女を讃える微笑みを向けた。


「もう、大丈夫。――よく頑張りましたね」

「……?」

「あなたと、あなたの大切なお子さんは、大きな危機を乗り越えました。あとは、ゆっくり体を休めて、回復するだけですよ」

「……ぁ、」

「目が覚めたら、お薬を出しますね。今は、静かにお休みください」


 ディアナの言葉に小さく頷いて、ナーシャはゆっくり、瞳を閉じる。

 間を置かず聞こえてきた穏やかな寝息に、室内にいた誰かが、安堵の息を漏らした。


(これで、大きな山はひとまず越えた、けども)


 状況としては、まだまだ予断を許さない、というところだろう。静かに呼吸を整え、ナーシャの手を離して、ディアナはゆっくりと立ち上がる。


「……あなたが、紅薔薇様、ですか」


 そんなディアナに背後からかけられたのは、落ち着いた声色をした男性の声。

 ディアナを視認した瞬間、言葉もなく自分がいた場所を譲った〝彼〟が誰なのかは、問わずとも明白だった。


「初めまして、ヴィオセル先生。ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。『紅薔薇の間』側室の、ディアナ・クレスターにございます」

「これは、ご丁寧に……医官のヴィオセルと申します」

「先ほどは、先生の処置に割り込む形になってしまい、重ね重ね失礼いたしました」

「とんでもないことにございます。何をなさったのかは判然としませんが……紅薔薇様がクロケット様をお救いになったことは、確かですから」

「わたくしのことは、どうぞ、ディアナと。紅薔薇の地位は、あくまでも暫定にございますゆえ」

「まぁ……そう、でしょうね。分かりました」


 多くは語らず頷いてくれたヴィオセルに、少し笑って。


「ナーシャ様がお休みの間にお薬を調合して参りますが、これまでの経過について、詳細をお伺いしても?」

「もちろんです」


 話の分かる〝同業者〟と、患者の容体について所見を交わす。

 結果、ヴィオセルの見立ても、ディアナと大きく乖離してはいなかった。


 ――昨夜、食事を済ませたナーシャは、しばらくしてから激しい腹痛を訴え、倒れたのだという。すぐさま秘密裏にヴィオセルが呼ばれ、診察し。その時点で発熱があったこともあり、感染症由来の切迫流産の可能性が高いと、ヴィオセルも判断。その時点ではまだ意識がはっきりしていたナーシャに、熱や炎症を抑える薬を処方して様子を見ていたらしい。


「的確な処置だったと思います。あれほどの状態でナーシャ様が踏み留まれたのは、間違いなくヴィオセル先生のお力ですね」

「とんでもない。私にできたのは、クロケット様の感染症に関する治療のみ。流産への対処に関しては、私も素人同然ですから」

「下手に門外漢の分野をいじらないのも、医者として賢明なことですわ」


 話を聞き終えたディアナは、ナーシャの症状から、処方を素早く組み立てて。

 ちらりと室内を見回し、マグノム夫人が泣き崩れた侍女たちを一度下がらせてくれたことを確認してから、上を向く。


「――カイ、今動ける?」

〈うん、大丈夫〉

「『紅薔薇の間』に、クレスターから色々届いてると思うんだけど。その中の薬箱に入ってる、今から言う薬草を、厨房まで届けておいてもらえる?」

〈薬草だけ置いといたら良いってことだよね?〉

「えぇ。私はもう少し、ナーシャ様の状態を詳しく診察していくから」

〈薬草を運ぶ時間を短縮したいってことか。分かった、言って〉

「――シャークの根、ウキュウの蕾、ゾンカーンの根茎、ウォールトの球根、ギョーモの葉。ウキュウとギョーモは、もしフレッシュがあればそっちで」

〈了解。あるだけ持っていって大丈夫?〉

「えぇ。あ、あと、余力があればで良いんだけど」

〈うん、なに?〉

「ウキュウとギョーモの根から花まで、フレッシュで仕入れられそうならお願いしたいって、お兄様たちに伝えてもらえる?」

〈あー、エドワードさんに繋がる『遠話』の呪符は父さんが持ってるから、頼んどく〉

「助かるわ」


 頷くと同時に、カイの気配が天井裏から消えた。頼んだ通り、薬草を取りに行ってくれたのだろう。


「今のは……」

「裏社会では『仔獅子』と呼ばれているという、わたくしの協力者の一人です。技術力と人柄、どちらも保証できますわ」

「薬草の名前を言っただけで伝わるということは、そちら方面への造詣も深い御仁ということですね」

「えぇ。今申し上げた薬草全て、どれもエルグランドでは珍しくないものですし。彼なら当然、薬効まで含めて理解できているかと」

「確かに、珍しくはないものばかりでしたが……それらを組み合わせての処方となると、かなり珍しいのでは?」

「珍しい、のでしょうね」


 実際ディアナも、今言った薬草全てを組み合わせた処方はしたことがない。ただ、『森の姫』の霊力(スピラ)が覚醒したからか、これまでより顕著に、患者が〝欲している薬効〟と〝その薬効を宿している植物〟が視えやすくなっていた。もとからある医療知識、動植物の持つ効能の知識と、他者の〝命〟を感じ取る霊術(スピリエ)の合わせ技といったところか。

 その辺りの細かい説明は後に回し、ディアナは改めて、眠るナーシャの傍らに立ち、彼女の状態を診察していく。


(発熱は変わらず……喉も腫れてるわね。脈拍は――)


 自身の霊力(スピラ)が自在に操れるようになったからこそ分かることだが、『森の姫』の霊力(スピラ)は他者へ〝命〟を与えるものではあるけれど、対象の身体の状態が瞬時に把握できるわけではない。ディアナにたまたま医学の知識があったから、こうして霊力(スピラ)が察知した〝命の危機〟が具体的にどういう状況なのか推察できているけれど。もしも知識がない状態であれば、「どういう状況かは不明だけれど、身体の中の危なそうなところに〝命〟を与えれば持ち直すかな」という、行き当たりばったりな霊力(スピラ)の使い方しかできなかっただろう。


(……うん。この症状なら、後は投薬治療で何とかなりそう)


 一通りの診察を終えて顔を上げたディアナを、いつの間に寝室へ入っていたのか、シェイラがじっと見つめてくる。


「ディー……」

「シェイラ、ただいま。……話さなきゃならないことと、言いたいことがたくさんあるけど。まだしばらくは、お預けね」

「そう……そう、ね。まずは、ナーシャ様をお助けしないと」

「しばらく、この部屋のことは任せても大丈夫? いけそうなら、これから厨房で、ナーシャ様に服薬してもらうお薬を作ってくるわ」

「えぇ、もちろん。――ディー」

「なぁに?」


 ディアナをまっすぐ見据えてくる、シェイラの瞳に浮かぶ感情の色は複雑だ。……後宮での彼女の奮闘を思えば、それも当然だろうけれど。


「これだけ、言わせて。……おかえりなさい。無事な姿をまた見ることができて、本当に嬉しいわ」

「――うん。ありがとう、シェイラ」


 紛れもない安堵を乗せたシェイラの言葉に、ディアナはようやく、帰郷の実感を抱くのであった。


なんとか無事に、ディアナが帰ってきました!(無事とは?)

ナーシャさんの病状については、参考にしているものもありますが、基本ファンタジーなのでゆるーく捉えてくださいませ。

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一月ぶりとは?
ディアナの姐さん、おかえりなさい! ソレにしても、ナーシャとその子、子のパパが幸せになれる世界線をキボンヌ。
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