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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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見抜かれた『真実』


予想外の襲撃……というよりは、行く先不安な裏稼業の少年からの協力要請を受け、やや時間はかかったが、ディアナは無事にシェイラの部屋までたどり着いた。


さぞや混雑しているのだろうと予想していたが、意外にも周囲は閑散としている。あれ、ひょっとしたら『紅薔薇』にいるのかしら? とすら思ったが、部屋をノックしてみると、「はい」と中からリタの声がした。


「リタ、わたくしよ」

「ディアナ様。遅かったですね」


言いながら、リタはすぐに扉を開けてくれた。ディアナの部屋に比べれば狭い室内へと足を踏み入れれば、そこには『紅薔薇の間』付きの侍女たちと、シェイラの友人の側室二人だけがいる。それでもこれだけの人数が集まれば、やや狭い感じがした。


「ありがとうユーリ。シェイラ様は?」

「リタさんがお茶を入れてくれて……先ほど落ち着いて、お休みになられました」

「……やはり、取り乱していらっしゃったの?」


どんな酷い仕打ちを受けたのか、ディアナはまだ知らない。場合によっては、しばらくは国王の渡りを禁止しなければならないかもしれない事態だ。


「いえ、主に『『紅薔薇様』が心配で……』とおっしゃっておいででしたよ。ご自分が何をされたかは、特に気に留めていらっしゃらないようでした」

「……それはそれでどうなのかしら?」「一応、どういうことがあってあぁなったのかは、お聞きしておきましたけれど…」


控え目に言い出したのは、シェイラの友人だ。ディアナは振り返った。


「その内容、教えて頂いてもよろしいかしら?」

「は、はい!」


そんなに固くならなくても……という呟きは内心だけだ。『紅薔薇様』相手に話し掛けてくれるだけ、普通の令嬢方よりは見所がある。


「……そう、最初はあちらも、見下し口調ではありましたが話すだけで、手は出して来なかったそうなのです。ですが…」


『貴方は貴族に名を連ねるのも汚らわしい家の娘ですが……仕方がありませんわ。特例として、『牡丹』に入ることを許しましょう』

『――いいえ、そのようなお気遣いは結構です。『紅薔薇様』のご迷惑になるようなこと、できませんもの』


これで一気に、『牡丹派』がいきり立ったのだという。


「『牡丹派』の皆様は、その……『紅薔薇様』のことを、あまりに口汚い言葉で罵り、シェイラが怒って言い返したところ、あのような事態になった、とか……」

「……シェイラ様、何だか随分と、ディアナ様のことお好きみたいですねー」

「……どうしてかしらね」


陛下に『クレスターには気を許すな』とか言われたんじゃないんですか、と、ついうっかり尋ねたくなる。それを知っているのは『ディー』なので、『紅薔薇』としては聞けないが。

沈黙したディアナに、ユーリが言った。


「お着替えを手伝いましたときに、一通り確認は致しましたが。目立つような傷はございませんでした。シェイラ様ご自身も、押し倒されてお茶をかけられただけだとおっしゃいましたし」

「火傷は大丈夫そう?」

「かかったお茶は冷めていたようで。特に問題はなく」


ユーリの仕事は優秀だ。侍女次長の地位についているだけあって、主人の望みを読み取ること、的確な仕事内容は、侍女の鑑といえるだろう。


「そう。囲まれているところを見たから、少し焦ったけれど。シェイラ様のお身体に、異常はないのね?」

「そのようにお見受け致します」

「なら……これ以上わたくし共がいても、シェイラ様の休息のお邪魔になるわ」


ディアナは、シェイラの友人二人に笑いかけた。


「申し訳ありませんが、お二人はシェイラ様がお目覚めになったときのために、お傍に着いていて頂けますか?」

「もちろんです」

「お任せください」


二人の側室は丁寧に頭を下げてくる。笑いかけて会釈を返し、ディアナは自分の侍女を連れて、シェイラの部屋を後にした。






§ § § § §


「ディアナ様」


部屋に戻るなり、ディアナはユーリに声をかけられた。


「僭越ながら、申し上げたいことがございます」

「あら、何かしら?」

「僅かの間でもお一人で行動など、もう決してなさらないでくださいませ」


いつも無表情で冷静、侍女たちに割り当てる仕事も的確で、ディアナが家から連れてきた侍女であるリタをさりげなく立てながらも長としての仕事を全うする、そんな有能なユーリを、ディアナは主として信頼していた。『紅薔薇の間』に割り当てられた侍女はユーリを除けば六人、その中で特に仕事に隙がないのはルリィだが、他の五人も侍女として充分に優秀である。そんな彼女らが事あるごとに頼り、指示を仰いでいるのはユーリなのだ。信頼しないはずがない。


が、彼女がそんなことを言うのは、少々意外だった。


「……わたくしの立場を考えろということ?」

「無論でございます。もし今、『紅薔薇様』に万一のことあれば、後宮、王宮、ひいてはこの国がどうなるか……ディアナ様ならば、お分かりのはずでしょう」

「……えーとあの、ちょっとよろしいですか?」


唖然となって挙手したのはリタである。まさか、ひょっとして……という表情で、彼女は聞いた。


「ユーリさんは、もしかして、ディアナ様が後宮安定のために動いていると、気がついて…」

「つかない方がおかしいでしょう。これだけ毎日お側でお仕えして。……失礼ながら、当初はやはり、恐ろしいお方とお見受けしておりましたが」


ユーリの台詞にうんうん頷く侍女たち。どうやら『紅薔薇』付きの侍女たちは、揃いも揃って『並』ではなかったようだ。


「ルリィにも言いましたが、普通は気がつかないんですよ……?」

「でもよく考えたら、ユーリも皆も、必要以上に怯えることなく、よくやってくれていたものね」

「……私、それからこの部屋に割り当てられた侍女たちは皆、王宮を追い出されたら、行く先がない者ばかりなのです」


突然語り出された侍女たちの事情に、ディアナとリタは顔を見合わせる。ややあって、ディアナが問い返した。


「そんなことがあるの? 王宮に勤めるには、身元がしっかりた者であることが第一条件で……帰る家がなければ、難しいと聞いたのだけど」

「はい、普通はそうです。ですから、この部屋を任された私たちは、本当に稀な例外なのですよ」


ユーリは静かに、先を続けた。


「私の場合は、幼い私を侍女見習として王宮に上げてすぐに、両親が病に倒れて亡くなりました。数年前までは祖父母が後見人を引き受けてくれていましたが、やはり亡くなり……実家はないに等しい状態なのです」

「まぁ……そんなことが」

「他の者も、事情はそれぞれにせよ、王宮に骨を埋める以外に生き方がありません」


だから……と、ユーリは皮肉げな笑みを浮かべる。常に無表情の彼女にしては、珍しく。


「そんな私どもならば、『クレスター伯爵令嬢』の悪辣ぶりにも耐える他あるまいと、女官長はお考えになったようですね」

「……無茶苦茶な人事ね」

「結果的に、私たちにとっては良かったみたいですけどね」


ディアナとリタの相槌に、ユーリはやや、表情を変えた。どこか柔らかい、温かいものへと。


「それは私どもにも言えることです。最初こそ戦々恐々としていましたが、ディアナ様はお仕えするには理想のお方。常に穏やかで、声を荒げることもなく。感情の起伏によって態度が変わることもありません。ディアナ様は世間で言われているようなお方ではないと、どうやら皆、密かに思っていたようですね」

「……じゃあもしかして、みんながわたくしを色々と賛美してくれていたのは、わたくしの機嫌を損ねないためではなく…」

「本気でしたよ?」

「はい、私も」


もちろん、心から思ってました、と侍女たちは頷く。勘違いされて勝手に気を遣われるのが標準装備だったディアナには、まさに青天の霹靂(へきれき)な事実である。


「……よく考えましたら、普段は口数少なく余計なことも話さない皆様方が、ディアナ様のことだけはやたら褒めちぎるって、不自然ですよね……」

「とはいえ、皆がディアナ様のことを、心からお仕えしたいお方だと考えているのだと私が知ったのは、今日のことなのですが」


ユーリが侍女たちを見回した。


「シェイラ・カレルド様をお助けしようとなさるディアナ様のご様子を拝見致しまして、私の中で予想が確信に変わったのです。皆にも尋ねたところ、同じ見解でしたので」

「それは、正直、ものすごくありがたいわ。でも皆は、陛下からの寵愛を受けることのない側室筆頭に仕えて平気なの?」


常に側に控える侍女たちに、己の内実を取り繕う必要がないというのは、とても楽で助かることだ。ましてやユーリは、侍女次長の地位にまである。味方となってくれることは、とてつもなく心強い。

しかし、それではあまりに、ディアナにばかり利点があり過ぎではないだろうか。この先後宮で、ディアナが国王の寵愛を受けることはおそらくない。主の実質的な地位で侍女の出世が決まる後宮では、ディアナが侍女たちに与えられるものは何もないのだ。


そんなディアナの疑問に、ユーリたちはあっさり頷いた。


「他の者ならば、地位や名誉、玉の輿などを望みましょうが、王宮より他に居場所がない私どもには、不要のものばかりでございます。それよりは、心からお慕いする主に仕え、己の本分を全うしたいのです」

「何だか申し訳ない気もするけれど……貴女たちがわたくしに仕えたいと思ってくれることは、とても嬉しいわ。いつも、誤解されてばかりだったから」

「……外の世界の方は、随分と人を見る目がないようですね」

「というより、王宮で揉まれた貴女たちの見る目が、もの凄いのではないかしら」

「もしくは、背水の陣で挑まなければクレスター家の真実は見抜けないか、ですね」


……確かにクレスター家の屋敷でも、真実に気づく使用人の多くは、『ココ逃したら次はない!』と心の底から必死である。王宮の侍女たちにしても、王宮以外に行き場がないとなれば、『クレスター伯爵令嬢』に仕えるというのはある意味崖っぷちだ。背水の陣とは実に妥当な表現であると言えよう。


「……リタ、それ誰か言ってた?」

「はい、家令が嘆きながら。『背水の陣にならずとも旦那様の真実を見る、そんな者はいないのか!』と」

「言い得て妙な気も致します。……情けないことに、王宮の侍女にも色々ございますので。仕事もろくにせず四六時中噂話、己を着飾ることに一生懸命で、実家の身分を鼻にかけ、より強者に媚びを売る。そんな者には、ディアナ様を見抜くことなど不可能でしょう」

「……何なの、その役立たず」

「えぇ、ですがそういう侍女の方が、『牡丹様』からの受けは良いようですよ」


身分第一、媚びを売るのが上手い侍女なら、あのご令嬢が気に入るのも頷けるが。


「……誰が侍女の仕事をしているのかしら?」

「『牡丹の間』の侍女は、『紅薔薇』の三倍いるのです。その中には、目立たずひたすら力仕事をしている子もいますよ」

「ウチの三倍!? 必要ないでしょう、そんなに!」

「人が足りないと、どんどん増やされたとか。そのおかげで、側室様全員に充分な数の侍女が行き渡らず、侍女長が頭を抱えていました。……そういえば、シェイラ様のところの侍女も、あまり質が良いとは言えないようですね」


話しているうちに思い出したのか、ユーリの表情が険しくなる。


「シェイラ様に付き従うこともなく、お部屋で待機してもいませんでした。シェイラ様がお帰りになっても、姿すら見せない。どこかで怠けているのでしょうね」

「……侍女の質までは、さすがに調査できていなかったわ。シェイラ様の侍女が問題ありなら、何とかしなければならないわね」

「必要ならば、私どもで、要注意の侍女たちを纏めますが」


ユーリの提案に一斉に頷く侍女たち。ルリィが仲間たちを見てニコニコしている。どうやら彼女は、半ばこの展開を予想できていたらしい。


――頼もし過ぎる。本性を現した侍女たちに、ディアナとリタはそんな感想を抱いたのだった。




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