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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
182/236

(R15)月明かりの下で

予告しておりました通り、レーディング指定入ります。

15歳未満の読者様は、ご遠慮くださいませ。


 は……と漏れる、己の荒い呼吸が耳に障る。

 指で自分の身体に触れる度、これまで感じたことのない〝何か〟が走り、そこでいつも、ディアナの手は止まってしまっていた。

 熱くなる肉体は、もっと確かな刺激を求めている。〝何か〟の果てにあるものを、貪欲に求めている。

 そう、分かってはいるけれど……ディアナの中に残っている理性が、心が、どうしても〝先〟へと進むことを躊躇させるのだ。


(進まなきゃ、ならない、のに。止まってなんか、いられない、のに――!)


 これはいわば一種の治療だ。このままでは、死にはしないまでも後遺症が残る危険性があるのだから、それを避けるための必要処置だ。

 頭では、そう理解できている。するしかないことも、その方法も分かっている。

 けれど。


(こわ、い……)


 背筋を走る、まるで知らない感覚がどうしても怖くて。勝手に、指が止まってしまう。


(何で……っ)


 呼吸ばかりが荒くなり、落ち着こうと深呼吸しても。

 その呼気と、吸い込んだ空気の冷たさにすら刺激されて、ディアナの意志とは無関係に感じて、おかしくなりそうだった。

 こうなっているのは薬のせいで、ディアナやディアナの身体がおかしいわけじゃないと頭では分かっていても、感じてしまうことへの自己嫌悪が、小さいトゲのようにどうしたってちくちく刺さる。

 その恐怖が、自己嫌悪が、どうして自身の内に生まれているのか考えるほど、今のディアナに余裕はなくて。分からないことにまた苛立ち、そんなことを気にしている場合じゃないと処置に戻る――その、繰り返し。


(もう、やだ……)


 しなければならないのに、上手くできない。必要なことなのに、躊躇してしまう。

 こんな葛藤、とうの昔に乗り越えたと思っていた。するべきことが上手くできなくて癇癪を起こすなんて、年齢一桁の子どもじゃあるまいし。

 ――誰かに「やって」と助けを求めたくなるなんて、絶対に、あってはならないことなのに。


 そう。〝誰か〟に――。


「……!」


(ダメ、だ、って、言ってる、でしょ!)


 浮かびかけた、具体的な〝誰か〟を、ディアナは首を激しく横に振って追い払った。


(そんなの、ダメ。都合、良すぎるもの)


〝欲しい〟という言葉を、気持ちを共有したからこそ、頼ってはいけない領域も存在するはずだ。

 ディアナを〝欲しい〟と言ってくれたひとに、「今はあげられないけど、処置だけ付き合って」なんて頼むことがどれだけ無神経かくらい、男女の機微に疎いディアナといえどさすがに分かる。


(それに……どのみち、今夜はたぶん、帰ってこられない、し)


 ディアナの調べたいことは、割と広範囲に渡っていて厄介だ。もしかしたら、この離れた状態のまま、またイフターヌで合流することになるかもしれない。

 だから。やっぱり、ディアナは独りで――!!




《――いいえ!!》


 突如、遠くからはっきりと、リタの声が聞こえてきた。自分のことでいっぱいいっぱい、部屋の外どころか寝室内の気配すら感じる余裕はなかったけれど、もしや問題発生か。

 ディアナは気合で身を起こし、遂に身動きだけでびくつく身体に気付かないフリをしつつ、必死に外の気配を探る。――幸い、スタンザの宮殿の仕様上、それほど労せず外にいる人物を特定することができた。


《何故、邪魔をするのだ。私は姫に危害を加えるつもりはない。ご無事を確認すれば、すぐにでも去ろう》

《どんなお約束を頂こうとも、私にとっては主の厳命が全てです。――ディアナ様は、朝まで、絶対に、誰も入室させてはならないと仰いました》

《姫が、部屋の中で苦しんでおられるとしても、か?》

《――はい》


(殿、下……?)


 訪ねてきたのは、エクシーガか。この様子だと、薬の件を知ったようだが。


「……っ、ィ」


 無意識に漏れた声を、押し殺して。

 己の心を、痛感した。


(ダメ、なのに。……求めて、しまう)


 エクシーガの気配を察した瞬間、ディアナの全身を走ったもの。

 それは……紛れもない、恐怖であった。


 今、この瞬間。――深い実感を伴って、理解する。


(〝誰か〟じゃない。……カイじゃなきゃ、嫌だ。カイ以外のひとなんて、死んでも、無理)


 身体が制御不能に近いこの状態で、誰かにその意図で触れられれば、おそらくディアナが考えている以上に、処置を行うことは容易だ。手を止めてしまっているのはディアナ自身なのだから、ディアナ以外が触れれば、問題はあっさり解決する。

 それが。その事実が、こんなにも、怖い――。


(これが、単なる、治療でも。行為に、意味なんて、ないとしても。それでも――!)


 もうディアナは、カイ以外に自分を預けることはできない。カイ以外の手を、受け入れることができない。

 これは理屈ではないのだ。合理的に考えるなら、自分で処置することが難しいのであれば、リタでもエクシーガでも、他の人に任せるべきなのだろう。そうでなければ、この先一生、薬の後遺症に苦しめられるかもしれないのだから。

 そう理解していてもなお、そんな理性など紙屑のように吹き飛ばす感情の渦が、ディアナの総てを支配する。


 カイ以外の人に自分を触らせるなんて、絶対に嫌だ――と。


 カイへと向けるこの気持ちを認める前なら、おそらく、ここまで激しい拒否反応には見舞われなかった。嫌だと思っても、理性で〝ない〟ことにできた。

 けれど、もう、ディアナは知ってしまった。誰かを〝欲しい〟と思う己の身勝手な感情が、その相手の〝欲しい〟と重なる――奇跡のような幸運の、幸福を。

〝欲しい〟と思う相手に求めてもらえる……悦びを。

 知ってしまったら、もう無理だ。本能が、カイ以外を拒絶する。


 ディアナの……〝女〟の、本能が。


《……愚かな。主の命にただ漫然と従うことが忠義だとでも思うのか》

《私のことは、お好きに仰って頂いて構いません。――ですが何と仰ろうとも、私はここを離れませんし、何人たりとも室内へ立ち入らせるつもりはございません》

《――スタンザ皇子の命を持ってしても、か?》

《私の主はただ一人、ディアナ・クレスター様のみ。ディアナ様以外の方は、たとえ神であろうとも、私に命ずることはできません》

《……よく分かった。しかし、こうしている間にも、姫は危険な状態に陥っておられるやもしれぬのだ。これ以上、問答している時間はない》

《……ならば、どうなさるおつもりで?》


 扉向こうから、リタのほのかな殺気が漏れてくる。……エクシーガの物騒な気配と、比例するように。


(だ、め……!)


 エクシーガがリタに危害を加えても、その逆も。どちらも、二国間に決定的な亀裂を生じさせる。

 食い止めるには、何気ない顔をして、ディアナがエクシーガと話さねばならない。ローブもない、顔も肌も露わになった、この状態で。……室内から声を飛ばすだけでは、たぶん納得しないだろうから。


《――最後の忠告だ。侍女よ、そこを退け》

《お断り致します。――ディアナ様をお守りすることこそ、我が使命。決してここを動きません》


 扉向こうの緊張が、急激に高まる。動かなければならないのに、身体を巡る薬の効果がディアナの自由を絡め取り、寝台から降りることすらままならない。


《なるほど。ならば――》


(だめ――!)


 間に、合わない――……!





「――ただいま、ディー」


 ふ、と背後から温もりが落ちる。優しい腕に囚われると同時に、深く強い圧が、寝室もその先の居室も一足飛びに貫いて、扉向こうまで達したのが分かった。

 高まっていた緊張感が、新たな〝気配〟に一瞬で塗り替えられる。


《こ、れは……》

《……》


 エクシーガは戸惑い、リタはあからさまに安堵して。


《――分かるでしょう? あなたも、私も、ディアナ様にとって〝お呼びでない〟ことは》


 ……ディアナの心境を手に取るように、代弁してみせた。


(どう、して……)


 きて、くれた。

 絶対に無理だと、思っていたのに。

 その事実に安堵して、この温もりが愛しくて――。


「――――っ!!!!」


 カイを望む心と、〝もっと〟と叫ぶ肉体が奇跡の一致を果たし、理性が急速に蝕まれていく。


「――……」


 そして。

 これまでになくおかしいディアナの様子に、カイが気付かないわけもなく。



 ―― 失せろ ――



 耳奥で幻聴が聞こえるほど、カイの圧が強まった。ピンポイントに、たった一人へ向けて。

 ……どれほど、時間が経ったのか。エクシーガの気配が、遠ざかっていく。

 完全に彼が去ったことを確認したらしく、カイから発されていた圧が、幻のように掻き消えた。


「……ディー」

「っ、」

「……辛そうだね」

「カ、イ……どう、して」

「リクが、呼びに来た。……正解だったよ、急いで」


 たぶん、きっと、敢えてだろう。背後から緩く抱き締めたまま、顔を見合わせずに、カイは話す。……ディアナもだ。

 今、カイの顔を見たら。かろうじて残っている理性の欠片が、ディアナを押し留めている最後の良心が、消えてしまう。そんな確信が、ある。


「どうしてそうなったのか、なんて聞かないよ。……でも、これだけ教えて。――どうすれば楽になるの、ディー?」

「カイ……」

「――教えて」


 有無を言わさない、カイの声。

 ……理性の欠片が、消えていく。


「……この、夜の、うちに」

「うん」

「何度か……」

「何度か?」

「……」

「――ディー」


 声だけ、なのに。

 名を呼ばれた、だけなのに。

 もう……抗えない。


「何度、か。感覚を、頂点まで……きわ、めれば」


 言って、しまった。……ダメ、だ。だめだ!


「でも、だいじょうぶ。やり方は、分かる。だから、自分で――」


「――冗談でしょ?」


 ――寝具がひらりと、宙を舞う。視線が反転し、ディアナの身体は一瞬で、寝台の上へと縫い付けられていた。

 ディアナを寝台へと縫い付けた張本人は、全身を使って覆い被さる体勢で、こちらを見下ろしている。

 その、紫紺の瞳には――。


「ディーが俺以外に、こんな風な顔をさせられてるのを分かって、黙って外で待っとけって? 冗談にしたって、随分な無理言うね」

「カ、イ……でも」

「何?」

「私……今はまだ、あなたに〝全部〟は、あげられない、のに」

「え。最後までできないから〝今〟のディーを見て見ぬ振りするって、それフツーに最低野郎の言い草じゃない?」

「だって……! あなたが、辛いでしょ!?」

「――俺は!!」


 これまで見たことのない、感情が剥き出しになった、カイの顔。

 噴き出す〝想い〟をかろうじて留めている、そうありありと分かる、彼の瞳は。


「俺にとって、ディーが俺じゃない〝何か〟に囚われてる以上に、辛いことなんかない。人だろうがモノだろうが、俺以外がディーをこんな顔にしてる状況を黙って見過ごせるほど、俺は我慢強くない。……ここで笑って引ける程度の気持ちなら、最初から欲しがってないよ」

「カイ……」

「ディーが、どうしても嫌なら、我慢するけど。……俺は、俺だけが、ディーに触れる〝男〟でありたい」


 欲してやまない、唯一のひとに。

 深く、激しい独占欲に満ちた男の〝情〟を映した瞳を向けられて。

 ……それでも拒めるほど、ディアナの心は、頑強ではなかった。


「……カイ」

「うん。ディー」

「お願い。……たすけて。苦しい、の」

「……ありがとう、ディー」

「カイにしか、頼めない。……カイじゃなきゃ嫌だ、って、心が、叫ぶから」

「……うん。任せて」


 バルコニーから差し込む月明かりを背に、愛しい男が優しく、柔らかく……妖艶に、笑う。


「大丈夫。今のディーに必要なモノは、全部俺が教えるよ。――薬の感覚なんて、明日の朝には思い出すこともできないくらいに」

「ぁ……っ」


 カイの左の掌が、ディアナの首筋を撫で上げる。そのまま頬に手を添え、彼はディアナの耳元で、吐息を吹き込むように、囁いた。


「ディーはもう、何も考えなくて良いから。今は……今夜だけは、ディーの全部を俺に預けて、俺のことだけ感じてて――」


こちらの続きを、ムーンライトさんに投稿しております(「悪役令嬢後宮物語」で検索すれば、たぶん出てきます)。

本筋とは直接関係ないシーンではありますが、18歳以上でご興味のある読者様は、よろしければ合わせてご覧くださいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] えんだあああああああいああああああ…っっっ!!!!!!(号泣)
[一言] 月の方も読んできました。 あー、この後まともに顔見られなくなりそうなヤツだなー、とか思いました。
[一言] ムーンライトから飛んできました。久しぶりに最初から読めて嬉しかったです。
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