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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
178/235

開いた〝蓋〟〜カイ side〜

本日、2話同時更新しております。

最新話からいらした読者様は、ひとつ前のお話からご覧くださいませ。


 ……生まれて初めて、幻聴を疑った。


「ずっとずっと、欲しかったの。いつからかなんて、覚えてない。気付いたときにはもう、カイが欲しかった」


 ディアナから、そんな言葉が発されるなんて。

 あまりに自身にとって都合の良い現実に、こんな幸福が起こり得るわけがないと、願望が聞かせた幻聴だと、らしくもなく動揺した――。



 ***************



 ――リクが、その力強い翼でディアナの危急を知らせる手紙を運んできたとき、カイはちょうど託された任を終え、皇宮殿へ戻ろうとしていたところだった。ここまで来ればもう、ブラッド一人でも問題なく作戦を進めることができる。後のことは彼に託し、カイは急ぎ、目的地をイフターヌからラーズへと変更。馬を交換する伝手はなかったため、速度を抑えながら、日が暮れてからは馬と己を休ませて……効率よく、最大限に急いで、ディアナの元へと急いだ。


(――ディー?)


 朝を迎え、もうすぐラーズの皇子宮へ着くという頃になって、カイの胸を過った『兆し』――命の危険とはまた別ではあるけれど、ディアナの心が、気配が、これまで感じたことのないほど荒れている。何かあったことは、間違いない。

 こうなってはもう、なりふり構っている余裕はない。カイは馬を走らせ、馬が限界を迎えてからは自分の足で、見つかる危険など度外視で皇子宮へと急いだ。もしもの時用にソラから預かっていた『隠形』の呪符で皇子宮へと忍び込み、ディアナとリタの気配を追って部屋を探り、バルコニーへと登って――。


「殿下が、仰ったの――」


 完全に自分を失い、リタに泣き縋っているディアナを、見た。


(ディー……!)


 声を掛けようとした己を制したのは、リタの強い瞳だった。泣き縋るディアナを支えたまま、リタは視線だけで、しばらく気配を消して隠れているよう告げてくる。さすが、『闇』の首領シリウスに師事しているだけあって、無音声での意思疎通は手慣れたものだった。

 リタの言に従い、カイは一旦、バルコニーに姿を隠して。


(今、の――)


 真面目に、自分の耳を疑う言葉を、聞いた。

 己の耳が、現実が信じられないカイに、次々と処理し切れない言葉が降り注ぐ。


「カイの温もりだけが特別になって、触れる体温が嬉しくて……もっと欲しい、って思ったとき、ダメだと思った。これ以上知っちゃったら、離れられなくなる、って」


 ……それは、ずっと――浅ましいと自覚しながらずっと、カイこそが願っていたことだ。ディアナに、自身の温もりだけが刻まれて、消えないものになってくれたらと。


「こんな気持ちをカイが知れば、あの情の深い、優しいひとは、私を見捨てられなくなる。……この先の未来で、私の傍にいるよりやりたいことができても、私のことが気になって、望む道へ進めなくなるかもしれない」


 ……ディアナの傍にいる以上にやりたいことなど、この先死ぬまで、できるわけがない。何か興味が引かれることに出会う可能性がないとは言い切れないが、それでディアナの傍にいられなくなるなら、どちらを選ぶかなんて考える余地もないことだ。

 カイは別に、ディアナが思っているほど優しい人間ではない。ディアナのことは自分でもはっきり分かるほど甘やかして、優しくしているけれど。誰にでも優しいわけではなく、あくまでもディアナ限定の甘やかしだ。

 カイにとって――ディアナは、己の総てなのだから。


「カイには、望むまま生きて、望むままの幸福を、未来を、掴んで欲しいのに。大切なひとだから――大好きなひと、だから」


 そうだ。――カイもそう、思っている。

 ディアナには――望むまま生きて、思うままの幸せを、未来を、掴んで欲しいと。

 ただ、ただ……愛おしく想う、たったひとりの(ひと)だから。


(……あれ。もしかして、これって)


 両想い、というやつではないのか。……世間一般でいうところの。


(ディーが……俺のことを、好き?)


 好かれていることは、分かっていた。そもそもディアナは、敵意を向けてくる相手でない限り、普通に仲良くしている相手には、ごく自然に好意を返す。敵意を向けてくる相手のことだって、無闇に憎んだり嫌ったりはしない。嫌われる方が逆に難しいだろうとすら思う。

 けれど――ディアナの〝好き〟は、あまり種類が多くない。家族愛、友情、民への親愛……大まかにはその三種に振り分けられる。

〝友〟として好かれていることは、分かっていた。友情の中でも、かなり近しい位置を許してくれていると、そう自惚れてもいた。

 だから……この展開は、想定外だ。


「もしかしたらいずれ訪れるかもしれない、カイが自分自身の幸福のために、私と離れる選択をする日が、想像だけでも耐えられないなんて。寂しくて堪らない、なんて」


 ……これは、本当の本当に、現実なのだろうか。ディアナが――あの、誰かの幸福のために自分のことは後回しにしてばかりのディアナが、自分と離れる未来を想像して、「耐えられない」と吐露して。「寂しくて堪らない」とまで、言ってくれる。


「こんなにも凶暴に欲しがって、大好きなひとの幸せを一番に願えなくなるのが〝恋〟なら……知りたく、なかった。一生知らずに、生きていたかった――!」


 ディアナが――自制できないほどの激しさで、カイを一途に、求めて。

 想いの凶暴性に恐れ慄き、自身の心中に絶望するほど深く、恋に溺れてくれる、なんて。

 夢であっても烏滸がましいようなことが、まさか――!


 ……いつの間に隠れることを放棄していたのか、自覚はなかった。

 気付いたときには、バルコニーのど真ん中でただ茫然と立ち竦んで、泣きじゃくるディアナの背を眺めていた。

 リタが、ディアナを抱き締めながら、やや呆れた目を向けてくる。


「確かに……ディアナ様の仰る通り、恋心には、身勝手で凶暴な側面もございます。でなければ、痴情の縺れによる揉め事など、そもそも存在しないでしょう」

「そう、よね……」

「ですが――」


 ここで、不自然に言葉を切って。リタが確信犯的に身体を起こし、ディアナの視線を誘導する。


「これはあくまでも、私の持論ですけれど。――お互いの身勝手が、奇跡の一致を果たすのであれば。特に、その想いに問題などないのではありませんか?」

「リタ……?」

「求める心は、相手の事情など斟酌してはくれませんが……求める〝相手〟が存在する時点で、恋心は一人のものではないのです。ディアナ様の想いが本当に身勝手なものかどうかは、お相手に尋ねてみなければ分かりませんよ?」


 言葉を紡ぐリタが、自分の背後を見ていると気付いたらしいディアナが、そのまま素直にリタの視線を追う。――追って、彼女の瞳が、カイを捕らえた。


 瞬間。ディアナの呼吸が、動きが……思考が、止まる。


(あぁ――)


 信じられない、幸福ではあるけれど。

 どうやら今、我が身に起こっていることは、幻聴でも幻覚でもなく。

 紛れもない、現実らしい――。




「――そういうわけなので、後はお任せしますよ」


 見つめ合う自分たちを確認し、己の役目は果たしたと考えたらしいリタが、その一言だけを残して部屋から出ていく。……どこまでもとことん、有能な人だ。

 我に返ったらしいディアナが、止める間も無く退出して扉を閉めたリタを追いかけようと、腰を上げかける。

 ――どう見ても敵前逃亡な様相の彼女に、考えるより先に身体が動いていた。


「ディー」


 何よりも愛しい名を呼んで、背後から身体ごと抱き締める。びくりと肩が跳ねた彼女の肢体は……動揺からか、小刻みに震えていた。


「カ、イ……」

「うん。ただいま、ディー」

「おかえり、なさい……でも、どうして?」

「何が?」

「だって、予定通りなら……昨日の夜か今日の朝に、後宮(ハレム)に到着する、はずでしょ?」

「そんなの……ディーがラーズに居るなら、俺だってこっちに来るよ。俺はディーのところに帰るんであって、別にスタンザの後宮(ハレム)に用はないもん」


 力の限り抱き締めたいのを堪え、ディアナが逃げ出せない程度の強さでその身体を絡め取る。奇跡のような現実を前に、ただただ愛おしさと多幸感に満ちて、思っている以上に自制心が吹き飛んでいることを自覚した。

 ――腕の中のディアナは、まだ震えている。


「でも、でもなんで……私が、ここに、ラーズにいる、って」

後宮(ハレム)に残ってる王宮組の人たちが、リクに手紙を託して知らせてくれた。――後でお礼言わなきゃね。一度イフターヌに寄ってからじゃ、絶対間に合わなかったし」

「間に、合う、って……」

「――……俺が欲しい、って。俺の温もりが特別だ、って。俺と離れるのが寂しい、って。そう言って泣くディーに間に合うには、〝例の場所〟から直行しなきゃ、さすがに無理だったよ」


 腕の中のディアナが、大きく息を呑む。

 無言で、何度かか細く息を吸う音がして……やがて、ディアナを抱くカイの腕に、温かな滴が降ってきた。

 緩く首を振りながら、ディアナはぎゅっと、ローブの裾を握り締める。


「ごめん、なさい。ごめんなさい――」

「……ディー?」

「あなたに告げる、つもりじゃなかった。……死ぬまで、あなたにだけは、言わないつもりだった」

「なに、言って――」

「私のことなんて、気にしなくて良いから。あなたの重荷には、絶対、死んでも、なりたくない」

「……」

「聞かなかったことにして。お願いだから、全部忘れて――」


「――もう黙って、ディー」


 箍が、外れた。耳元で告げると同時に、強く、深く、愛しい女の身体を抱き締める。

 言葉も――呼吸すらも止めるほどの、強さで。


「何回言えば、分かってくれるんだろうね? ディーが、俺の負担や重荷になる日が来るなんて、絶対にあり得ないって」

「……っ」

「悪いけど、今のディーのお願いは聞けない。ディーは俺に聞かせたくなかったのかもしれないけど、俺は聞けて嬉しかった。忘れるなんて、死んでもできない」

「ど、して……こんな、あなたの気持ちを無視した、身勝手な欲望なんか、」

「――そうやって、我を忘れるほどの激しさで、ディーが俺のことを欲しがってくれているって知れたから。だから、めちゃくちゃ嬉しいんだよ」

「分からない……!」


 語気を荒げるディアナの頬に、柔らかな口づけを一つだけ、落として。


「俺だって――とっくの昔に、ディーのことが欲しくて欲しくて堪らなくなってる。賭けても良いけど、ディーが俺のことを欲しがってる以上に、俺はディーが欲しいよ。こんなに渇望してる(ひと)が、同じ思いで俺のこと欲しがってくれて……正直、自制心なんて吹っ飛ぶ勢いで嬉しいし、夢かなって思うくらい、幸せ」


 ディアナの動きが、今度こそ、完全に停止した。あまりに完璧に止まり、しばらく待っても反応がなかったので、もしかして気絶したのだろうかと心配になり、腕を緩めて顔を覗き込む。

 覗き込んだディアナは、気を失ってこそいなかったものの――目を極限まで丸くして、頬どころか顔全体を真っ赤に染めていた。


「……聞こえてた?」

「き、こえ、て、た、けど……」

「けど?」

「ちょっと、にわかには、しんじられない……」

「ひどくない?」

「カイが、じゃなくて。自分の、耳が」

「あ、それなら分かる。さっきの俺だ」


 少し笑って、体勢を変える。――いい加減、正面からきちんと、ディアナのことを抱き締めたかった。

 背中に腕を回して緩く抱きしめると、ディアナがおずおずと、カイのことを上目遣いに見上げてくる。


「……どうしたの?」

「カイ……私のこと、欲しい、って」

「うん、言ったね」

「……ほんと、に?」

「あ、やっぱり疑ってる?」

「と、いうか……カイから、そういう気配というか雰囲気って、感じたことなかったから」

「ディーが自分に向くそのテの情に特別鈍いっていうのもあるだろうけど……まぁ、俺も結構努力して抑えてたからね」


 目をぱちくりとさせ、分かりやすく疑問を表情に乗せるディアナは可愛らしい。……程度は弁える必要があるだろうけれど、抑えて隠すことでディアナを無駄に悩ませるくらいなら、見せた方が話は早そうだ。

 溢れる愛しさのまま微笑んで、カイは左手でディアナの背を支えたまま、右手で柔らかく頬を撫でた。


「……っ」

「――こんな具合に、欲しいって感情のまま接しちゃったら、間違いなくディーのこと戸惑わせるだろうなって思ってたからさ。……ディーの立場もあるし、下手に想いをぶつけて困らせるくらいなら、ディーの負担にならないように見守った方が良いかなって」

「だから……抑えてて、くれたの?」

「ときどき、失敗してたとは思うよ。――俺の精神力じゃ、ディーの可愛さに耐えられなくて」

「……っ、なに、それ」

「ほら、その顔。――可愛くて、もっともっと、欲しくなる」


 赤く染まる頬、高揚する吐息と、――熱に潤む蒼の瞳。そんなものを見せられて完璧に自制できるほど、残念ながらカイの精神は頑丈にできていない。

 頬を撫でた右手を、そのまま首筋へと滑らせて――ローブの留め具を、一つ、二つと外していった。


「カイ……っ」

「見せて、ディー」

「で、も……」

「どうしても嫌なら、無理強いはできないけど。……俺は、見たい」

「……引かない?」

「ディーが何着てようと、俺が引くわけない。……嫌?」

「や……じゃ、ない」


 抱き締めた瞬間から、分かっていた。このローブの下は、エルグランドのドレスではなく、スタンザ式の衣装だと。

 自分の居ないところで、ディアナが別の男の色に染められそうになっていた現実が、これまで知らなかった嫉妬心を煽る。

 留め具を下まで外して……カイはゆっくりと、ディアナからローブを滑り落とした。


「……思ってたより、露出控えめではあるね」

「……そりゃ、乗馬用、だもの。万が一落馬したときに、お腹や腕が出てるままじゃ、命に関わるわ」

「なるほど? ――でも、生地は薄いし足や肩は出てるから、落馬対策としては不充分だけど」


 後宮(ハレム)の女性たちのように胸と腰から下だけを隠しているような格好ではなかったものの、身体の線がはっきりと分かるピッタリとした形の上衣と膝下までのサルエル(ふわりとしたパンツをそう呼ぶらしい)、手首から肘上までをガードするアームカバーという服装は、エルグランドの女性にとっては下着に毛が生えた程度の軽装のはずだ。これの上にローブを羽織っただけで外出し、馬に乗るのは……さぞ怖く、不安だったことだろう。

 男と遊びまくっているという悪評とは裏腹に、ディアナ自身は硬い貞操観念の持ち主だ。郷に入っては、と言い聞かせていたとしても、人間、生まれたときから慣れ親しんだ価値観と乖離した行動を強いられることは、時に想像を絶する精神的苦痛を伴う。

 俯くディアナを――カイは柔らかく、抱き込んだ。


「ありがと、ディー。――頑張ったね」

「カイ……」

「どんな服を着てても、ディーはディーだよ。前も言ったけど、俺はディーなら何でも良い。……けど、ディーはたぶん、辛かったよね」

「……正直、ね。割と、どうでも良かったわ」


 想定外の返しに、カイは目を瞬かせた。

 こちらを見上げるディアナの瞳は――今更だろうか、少し恥ずかしさに艶めいている。


「まさか、ミアたちがあなたに連絡してるなんて、思わなかったから。……後宮(ハレム)であなたの帰りを待てなかったことが、自分で考えていた以上に辛くて、逢えないことが寂しくて。自分が何着てるかなんて、あんまり意識してなかった」

「ディー……」

「今、あなたに服のこと知られて、ようやく何着てるか思い出したくらいだもの。……途端に恥ずかしくなるなんて、私も大概、現金ね」


 ……はにかんで目を伏せるディアナは、いっそ暴力的なほどに可愛かった。その場で押し倒さなかったことが、むしろ奇跡だ。――ディアナが側室であるうちは、さすがに、肉体関係に発展するのは、諸々マズい。

 そして……触れ合った状態で抱いた男の欲望は、さすがに誤魔化しようがなかったらしい。腕の中で、ディアナの全身が赤く染まり、ふわりと体温が上昇する。

 怖がらせたか、と離れようとした、その瞬間――ディアナが、自分から飛びついてきた。

 そのまま、細い腕がカイの背に回る。


「……っ、ディー?」

「……ごめん、ね。カイ。――ありがとう」

「ディー……」

「あなたが私を欲しがってくれるの、嬉しい。――それが、どんな〝欲〟であっても」

「……怖くない?」

「カイは、私なら何だって良いんでしょう? 私だって、同じよ。怖いわけない」

「そ……っか」

「欲しがってくれて、ありがとう。……ごめんね、今すぐ応えられなくて」

「ディーが謝ることなんて、何もないよ。――全部分かった上で、それでもディーを求めてるのは俺なんだから」


 あぁ――愛しい。もとより底などないと諦めたはずの想いは、ディアナの想いに触れたことで、更に深度を増して奥へ底へと誘っていく。

 抱きついたままのディアナの背に、こちらも腕をしっかりと回して。


「ねぇ、ディー。あの約束、覚えてる?」

「いつか、全部終わったら〝ショウジの国〟――旺眞皇国へ、一緒に行く……って約束?」

「うん。それさ、もう一つ、追加したいんだけど」

「……追加?」

「一緒に、ショウジが並ぶ街並みを見た、その先も。未来までずっと、命ある限り、俺はディーと共に生きたい」


 ディアナが、勢いよく顔を上げる。その表情は、驚愕と……隠し切れない喜びに、染まっていた。


「……私で、良いの?」

「ディーが良い。ディーしか、欲しくない。……実際のところ、未来なんて誰にも分からないし、もしかしたらディーが俺に愛想尽かしてキライになっちゃったりするかもで、そうなったら無理にとは言えないんだけどさ」

「そんなこと、あるわけない。……逆ならともかく」

「それこそあり得ないよ。……だからまぁ、未来の不確定さを踏まえて条件つけるなら、〝互いに求め合う限り〟って感じでさ」

「カイ……」

「ディーが俺を求めてくれる限り。共に生きることを、望んでくれる限り。――俺は、ディーと一緒に生きていきたい。命尽きる、その瞬間まで」


 カイが言葉を紡ぐたびに、ディアナの瞳が濡れていく。ぽろぽろと零れ落ちる水滴を

指で拭うと、泣きながら、これまで見た中で一番きれいに、ディアナは笑った。


「私も……カイと、ずっとずっと、一緒にいたい。カイが私を望んでくれる限りは、ずっと」

「決まりだね」


 こつりと額を合わせて、カイはディアナと笑い合う。今すぐにでも口付けできる距離で、それをディアナが拒まないだろうことも分かるけれど、だからこそすんでのところで自重した。……他の箇所はともかく、一度唇を奪ってしまったら、そのままずるずると触れ合いを深め、自制など吹き飛んで最後まで求めてしまう気がする。

 うっかり手を出してしまわないよう、カイは巧みに体勢を変え、足の間にディアナの身体を収めて、全身をすっぽりと抱き込んだ。――これなら、ディアナの頭は胸の辺りにあるので、衝動的なやらかしは防げる。

 腕の中で、ディアナは穏やかに……幸せそうに、微笑する。


「――カイ。改めて、よろしくね」

「こちらこそ。――最初に言っとくけど、俺、隠してただけで結構欲張りだよ。シェイラさんにはモロバレてて、だから割と当たりキツいし」

「……ひょっとして、シェイラとあなたが定期的に揉めてたのって」

「んー、俺の重さに危機感抱いたシェイラさんと、別にディーの負担にはならないようにするから良いじゃんって開き直ってた俺の攻防戦、になるのかな? ……結果だけ見ると、シェイラさんの懸念が見事的中って感じだねぇ」

「……あなたが重いなら、私も割と重いから、お互い様な感じもするけど」

「どうかなぁ……いずれにせよ、エルグランドに帰ったら『それ見たことか』って怒られるだろうから、今から覚悟しとかないと」


 取り止めのない会話を続けながら、思ってもみなかった夢のような現実に、カイは一つの決意を固める。


(何があろうと――世界や運命が、どれだけ牙を剥こうと、もう関係ない。こうなった以上、何が何でも、俺はディーを命尽きるまで守り抜く。『森の姫』の運命とやらが、ディーの未来を奪うなら……その運命丸ごと、打ち破る)


『仔獅子』と呼ばれた青年は、今。命育む奇跡の『姫』の愛を得て、真なる『獅子』へとその身を変え、勇猛果敢に盤上の最前線へと躍り出る――。


番外編の謎時空奮闘記へ続く……わけではありませんが、ひとまず一区切りですかね。ディアナが想定外に恋愛から逃げまくるキャラだったせいで、当初の予定狂いまくりでめっちゃ苦労しました。この二人の恋心掘り下げとか、初期プロットにミリもなかったぜ?


4日間、お付き合い頂きありがとうございました。

もしもお手隙であれば、感想、ポイント評価など頂戴できますと、今後の創作の励みになります!

これからも変わらず日曜朝9時更新を続けて参りますので、どうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
鈍感女に付き合わなければならない、カイがとっても不幸。
[一言] めちゃくちゃ泣いた〜!!!ディアナおめでとう!!!!
[良い点] ようやく!(歓喜) [一言] 登場したての頃、何コイツ紅薔薇様に馴れ馴れしくすんな!とカイを嫌ってた(すみません)のが嘘のよう。 いつの間に私はこのカップルを応援してたんだろう…。 特盛り…
感想一覧
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