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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
169/236

スタンザ四日目・朝

いつも感想、誤字脱字報告、ありがとうございます!


 ――『エルグランド王国国使団』がスタンザ帝国の宮殿入りしてから、四日目の朝がやってきた。


「ディアナ様……」

「これはまた……今日は一段と派手ね」


 日の出と同時に目覚め、部屋の外の様子を侍女たちと確認したディアナは、日に日にド派手になる廊下の荒らされように、困惑よりも感心に近い感想を漏らした。美しい大理石の廊下が砂や泥、ボロ布や屑ゴミなどで埋め尽くされ、掃除しないことには一歩も室外へ出られない状態になっている。ディアナに与えられた部屋の前だけ、というのがまた、ご丁寧かつ分かり易い。


「今日も忙しくなりそうね」

「まずは掃除からでしょうか。この廊下を綺麗にしないことには、どこへも行けませんし」

「そうね。……とはいえこの様子じゃ、掃き掃除だけじゃ厳しいかも。ねぇ、モップはあったかしら?」

「部屋に備え付けられてたかどうかは分かんないけど、クレスター家が持たせてくれた荷物の中にはあったよ」

「さすがはお父様」


 まだ薄暗い中、当たり前のように掃除道具を取りに行こうとするディアナを見て、毎度のことだがミアとユーリが頭を抱えている。二日目、イフターヌから帰ってきたディアナが荒らされた部屋の状況を見て、真っ先に「あら大変、片付けなきゃ」と言い出したときから、彼女たちの常識は破壊されっぱなしだ。


「毎日申し上げておりますが……ディアナ様、良家のお嬢様は普通、ご自分でお部屋を片付けたり、掃除道具を持ったりはなさらないんですよ?」

「分かってはいるけれど、いい加減慣れてちょうだい。わたくしたちは全員合わせても八人しかいないのだから、働き手は一人でも多い方が良いでしょう。確かに普通の良家のお嬢様は掃除や洗濯や片付けに縁なんてないだろうけれど、我が家に限ってはその〝普通〟は通じないのだから」

「そうですねぇ。正直、王宮勤めに入ったばかりの子より、ディアナ様の方がよほど、掃除も片付けもお上手です」

「こら、アイナ!」

「だってユーリさん、本当のことですよ。私、ディアナ様がこれほど家事に精通しておいでだなんて、こちらに参るまでまるで知りませんでした」


 人数分の箒を持ってきたアイナの言葉に、ロザリーもこくこく頷いている。

 仲間の感想に、ルリィが苦笑した。


「私は皆より少し早くディアナ様の常識外れっぷりを存じ上げておりましたから、今回はそれほど驚かずに済みましたけれど、やはり最初は驚きました。確か、クレスター家では昔から、主一家もできる家事は自分でするのが当たり前、なのですよね?」

「それはつまり、クレスター家の伝統的な……?」

「ううん。単に人手不足で、『立ってる者は主でも使え』な精神が使用人一同に染み付いてるだけ」


 奥から発掘したモップ(ご丁寧に水切りバケツ付きだ)を扉の前まで移動させながら答えたディアナに、事情を初めて知る王宮組の目が点になる。

 箒を持ちつつ、カイが笑った。


「俺も夏にお邪魔したとき、フツーにビビった。確かに古参貴族家の本拠地にしてはささやかなお屋敷だったけど、充分にデカい建物なのは間違いないのに、住み込みで働いてる使用人さん、リタさん込みでも十人居なかったよね?」

「通いを含めれば、もう少し増えはしますよ。ですがそれでも、二十人には届きませんね。見習いとしてやって来る子は、働き手というよりマナー講習の側面が強いですから、頻繁に入れ替わりますし」

「そういう意味では我が家に専属で仕えてくれているのは、住み込みの皆と『闇』くらいかしら。でもまさか、『闇』に箒を持って掃除してもらうわけにもいかないしねぇ……」

「手が空いているときは、庭の手入れを手伝ってもらってますよ。ラン爺とエリザベス様だけでは、さすがに手が回りませんから」

「――ツッコミどころ満載ですが、まず庭の手入れ要員に当たり前の如く伯爵夫人の御名が入っているのがおかしいですね」


 呆れつつも手際良く箒で廊下を掃くミアに、侍女たちも続く。長年王宮の第一線で働いているだけあって、彼女たちの手際は実に鮮やかだ。モップは二本あったので、王宮組とカイが掃き清めた部分から、ディアナとリタで手分けして水拭きしていく。

 そんな彼女たちを遠くから見つめ、クスクス笑いを洩らしているのが――。


「……うん、やっぱりいつものメンツだね」

「廊下をこんな風にしたのも彼女たちよね?」

「気配からして、まず間違いない。側室さんとか侍女さんとか、身分はまちまちみたいだけど。実行犯はほぼ固定されてる感じかな」

「朝からご苦労様としか言いようがないわ……」


 エルグランド王国の貴族と同じく、スタンザ帝国の後宮(ハレム)も夜の方が活発で長く、その分朝が遅いと聞いていたのだが。わざわざ嫌がらせのためだけに、早起きもしくは完徹をしているのだろうか。


 ――スタンザ到着の翌日、貧民街で午後の時間いっぱいを使ってから後宮(ハレム)へ戻ってきたディアナは驚いた。与えられた部屋の中が、しっちゃかめっちゃかに荒らされていたからだ。空き巣でももう少し気を遣うだろうと呆れてしまうほどその荒れ方はド派手で、持ち込んだ衣類の三割は原型を留めないほどズタボロにされ、食器類もいくつかは叩き割られ、宝飾品も金具を引きちぎられるなど、実に明瞭に恨みつらみが具現化していた。標的になったのはほとんどディアナの私物だけで、侍女部屋の被害がそれほど酷くなかったことは、不幸中の幸いか。

 ディアナは物にさほど執着がないので、どれほど部屋を荒らされたところで、実のところそれほどダメージを受けることはない。ただ、さすがにこれが毎日続いて着るものがなくなるのは困るので、翌日からは全員のスケジュールを細かく決めて、部屋が完全無人になる時間を作らないようにしたところ、留守番役を無視してまで部屋に侵入されることはなくなった。

 しかしながら、それでスタンザ側が嫌がらせそのものを諦めてくれるなんて、そんな都合の良い展開はなかなか望めないわけで。手を替え品を替え、『エルグランド王国国使団』への嫌がらせは、昨日、今日と途切れることなく続いていた。

 こうして廊下を汚されたり、バルコニーにゴミを投げ入れられたりと、居住部分へのチマチマした攻撃は堂々と行われているし、試しに分かり易く洗濯物を干してみたところ、泥の中に投げ捨てられてさすがに服としては使いものにならなくなった。廊下を歩けばすれ違いざまに方々からイヤミを言われ、ドレスの裾を踏むといった地味だが面倒なちょっかいを掛けられもする。エルグランド風の遠回しなイジメに慣れ親しんだご令嬢であれば、スタンザ式の直接的な嫌がらせはそれなりに堪えるかもしれない。


(まぁ、私たちに大した効果はないんだけども)


 廊下を汚されようが、バルコニーをゴミだらけにされようが、服を少々ダメにされようが、別にディアナは気にしない。廊下やバルコニーは掃除すれば済むし、服だって半分は撒き餌のようなものだったから、汚されたら真面目に困るようなモノはそもそも最初から外には干していなかった。

 そして――。


《本当に、エルグランド人って下賤なのね。掃除なんて、貴人やその付き人がするような仕事ではないのに》

《あの手つき、見てよ。相当に手慣れてるわ。エルグランドって、掃除婦の国なのかしら》


 敢えて聞こえよがしにクスクス笑う娘たちに、ディアナは苛立ちよりも拍子抜けに近い感覚を覚えつつ、ゴミの掃けた大理石をモップで磨いた。


「何ていうか……イヤミがド直球過ぎて、嫌がらせされてる感じがしない」

「その判別基準はおかしいからね? ちなみに、なんて言ってるの?」

「掃除なんて、貴人やその付き人がすることじゃない、とか。掃除の手つきが手慣れてるとか。エルグランドは掃除婦の国――とか」

「ある意味、間違っていませんね。エルグランド王国は、衛生面に非常に気を遣う国ですから」

「洗濯や料理はともかく、王宮侍女に上がって掃除の仕方を知らない者はいませんよ。基本的に、主の部屋の掃除は部屋付き侍女の仕事です」


 ミアとユーリの率直な感想に、当の王宮侍女三人もうんうん頷く。


「もとから良い家のお嬢様で、行儀見習いも兼ねて王宮侍女になった方なら、洗濯や料理を経験することはないでしょうけれど。それでも、掃除だけはしっかり叩き込まれますよね」

「当たり前よ。主の居室を居心地よく、かつ美しく整えるのは、侍女として最低限必要なスキルなんだから」

「国が違うと常識も違うとはよく言ったものですよね……逆に、こちらの侍女がどんな仕事をしているのか、気になってきました」

「妥当なところですと、主の身支度や食事の世話といった、身の回りの雑事全般でしょうか。他には――こういった〝邪魔者〟への攻撃も、おそらく仕事に含まれるのではないかと」


 ロザリーの素朴な疑問に大真面目に答えたリタだが、その内容は割と物騒だ。答えられた本人はもちろん、周囲の皆が深々とため息をついた。


「本当に……ディアナ様も仰っていましたが、ご苦労様としか言いようがありませんね」

「わざわざ掃除をしているところまで出張ってきてイヤミを言うのも、律儀というか何というか」

「よく考えたらそのイヤミだって、イヤミになってませんよね? スタンザ帝国では掃除は下層階級の仕事なのかもしれませんが、少なくともエルグランド王宮侍女にとって、掃除の手際が良いというのは褒め言葉です」

「確かに」


 お喋りしつつも手は止まらず、放たれたイヤミ通り実にテキパキ手際よく廊下を掃き終えた王宮組に、ディアナは苦笑するしかない。この一連の〝嫌がらせ〟を気にしていないのは何もディアナだけではなく、ここにいる全員が思っていた以上にタフだった。

 ゴミを回収し、箒を使い終えたユーリが、「お手伝いありがとうございました」の言葉とともにディアナの手からモップを抜き去っていく。「主の仕事じゃねぇだろすっこんでろ」とも解釈できるその言葉に従い、ディアナは大人しく部屋の中へ戻った。他の侍女たちは既に、雑巾片手に拭き掃除へと移行している。


「すっごいよねぇ。分かってはいたけど、『紅薔薇の間』の侍女さんたちって超有能」


 ディアナと同じく「すっこんでろ」の圧を受けたらしいカイが、いつの間にか隣で見物の姿勢に入っていた。箒までならまだしも、さすがに侍女の立ち居振る舞いをトレースしつつ雑巾掛けするのは厳しかったようだ。スカートの中を一切見せない体勢と足運びで素早く丁寧に床を磨いていく王宮侍女独特の作法は、確かに一朝一夕では真似できそうにない。


「ユーリ、ルリィ、アイナ、ロザリーの四人とも、出身身分はそれほど高くないらしくてね。下級侍女から叩き上げで部屋付きの上級侍女まで出世して、当然マリス前女官長にとっては気にいらないことこの上ない存在だったんだけど、あまりに有能で仕事ができすぎるせいで迫害の口実すら見つけられなくて、最終的に『紅薔薇の間』付きにされたんですって。噂に名高い『氷炎の薔薇姫』なら侍女の扱いも悪いだろうから、黙っていても目障りな奴らを始末してくれるはず、って目論みで」

「ディーにとってはめちゃくちゃラッキーな人選だったわけだ?」

「そういうこと。マリス前女官長には山ほど苦労させられたけれど、皆を『紅薔薇の間』付きにしてくれたことだけは、心底お礼を言いたいわ。私が貴族の常識に疎い分、皆には助けられてばかりだもの」

「実際、俺も助かってるよ。今回もそうだけど、俺の存在を知っても慌てず騒がず動じず、普通に受け入れて接してくれてるし。いくらディーの口添えがあるって言っても、王宮勤めが長ければ長いほど、異分子見る目は厳しくなるだろうに。生粋の王宮侍女さんともなれば特に、身分だって貴族かその縁者なわけだから」

「……驚きました。随分と、常識的な感覚をお持ちなのですね」


 あまり驚いていない風情で、モップを洗いに来たユーリが呟いた。言われた当人は軽く肩を竦めて苦笑する。


「それ、しょっちゅう色んな人に言われるけど、別に俺、世間一般の常識とか通念を知らないわけじゃないよ。知った上で無視することはままあるけど」

「なるほど、よりタチが悪いパターンですね。――それはともかく、あなた様への対応に関しましては、ディアナ様のお味方である限り全面的に受け入れると、我々の中で結論は既に出ております。確かに〝王宮〟という世界から見ればあなた様は異分子ですが、ディアナ様にとって必要不可欠な存在であることが確かな以上、受け入れない理由など存在しません」

「……身分よりも出自よりも、〝主〟の益が優先――か」

「無論のことです。……それに私どもとて、身分や出自で己の全てを測られる虚しさを、知らぬわけではありませんよ」


『紅薔薇の間』の王宮侍女たちが、ディアナと出会うまで王宮でどのような日々を過ごしてきたのか、深く尋ねたことはない。それでも何となく、下級侍女から叩き上げで侍女次長の地位まで出世したユーリが、決して順風満帆でなかっただろうことは予想がついた。どれほど努力しても、有能だと認められてもなお立ちはだかる〝身分〟の壁を前に、彼女が何を感じてきたのかも。

 遠回しではあるが、きちんと〝カイ〟自身を認めていると言ってくれているユーリへ、ディアナはゆっくりと笑みを浮かべた。


「……本当に、『紅薔薇の間』の侍女次長がユーリで良かったわ。あなたじゃなかったら、わたくしはきっと、安心してカイを紹介できなかった」

「もちろん、驚かなかったわけではありませんよ。ですが、〝カリン〟が己の全てを尽くしてディアナ様を守っていることは、見ていれば分かりますから」


 ユーリの言葉に、周囲で掃除の仕上げをしつつ会話に耳を傾けていたらしい全員が、それぞれうんうん頷いた。――いつの間にか、廊下はもとの美しさを取り戻し、それどころか昨日よりなお美麗に、大理石が上品で清涼な光を反射している。その様子を確認したイヤミ役の娘たちは、悔しそうな表情を浮かべて足早に立ち去った。


 ――掃除道具を片付け終えたところで、美しい朝の光を反射する廊下の奥から、まるで待っていたかのように、朝食を掲げた後宮(ハレム)侍女数名がしずしずと歩いてくる。作法通りに扉を潜り、食事を置いて、彼女たちはまたしずしずと下がっていった。

 その気配が完全に遠ざかったところで、全員が言葉もなく食事用のテーブルの前に集まる。

 しばらく無言で豪華な食事を見つめた後、リタがゆっくりと顔を上げた。


「……どうですか、ディアナ様?」

「……えぇ。やっぱり、今日も普通のお料理ね。毒は一切入ってないわ」

「抽出された毒物などの混入もない、ということですよね?」

「よほど巧妙に隠されていたら別だけれど……わたくしが感じ取れる限り、生命を害する類のものは入ってないわね。安心安全な、スタンザ料理よ」

「解毒の手間が省けるのはありがたいですが、それ以上に不気味ですね」

「えぇ、本当に」


 そう。ディアナたちが問題視しているのは、分かり易く対処も容易な〝嫌がらせ〟より、むしろこちらだった。スタンザで迎えた最初の朝、あれほどあからさまに毒を入れられていたのが、翌日からぴたりとなくなったのだ。これほど堂々と部屋を荒らされたり、ゴミを投げ入れられたりしているのだから、食事への害意もパワーアップしているものと当たり前に予想していたのに、それは見事に裏切られた。

 リタが淹れたお茶でディアナが喉を潤している間に、他の侍女たちが運ばれてきた食事を少量ずつディアナ用の皿に取り分ける。残った食事はそのまま侍女に下げ渡されるのがスタンザ流の食事作法らしいので、大皿たちは速やかに侍女部屋へと運ばれていった。

 すっきりしたテーブルを前に、ディアナは少し考える。


「――ルリィ。初日に食事を運んできた娘は、後宮(ハレム)ではなく側室個人に付いている侍女だと言っていたわね?」

「はい、ディアナ様。どうやら、ランチア家という名家出身のご側室のお部屋に仕える、下働きの娘のようでした。後宮(ハレム)内の噂によれば、そのランチア家のご側室は皇帝陛下からのご寵愛がそれほど深いわけではないようなのですが、何しろスタンザきっての名家ですので皇帝陛下も存在を無視するわけにはいかず、ほどほどに通ってお子も何人かもうけているのだとか」

「……いつものことながら、ルリィの情報収集力はずば抜けてるわね。異国だろうとお構いなし」

「使用人階級の噂が集まる場所なんて、国が違ってもさして変わらないわよ。場所と、人が多く集まっている時間が分かれば、後はそこへ行って聞き耳を立てれば良いだけだもの」

「〝通詞〟が必要だからって駆り出されて、ドンピシャで欲しい情報流れてる場面に出くわしたのにはビビったなぁ。ルリィさん、そのスキルだけで裏の世界でも充分食べていけるよ」

「大変光栄なお言葉ですが、私これでも王宮侍女の仕事に誇りを持っておりますので、転職の予定は今のところありません」


 仲間たちの会話に癒されながら、ディアナはルリィの話に出てきた〝ランチア家の側室〟について記憶を手繰り寄せた。


(確か……初日の夜に開かれた『歓迎会』に出席した側室方の中に、〝ランチア〟と名乗った方もいらしたはず)


 エリザベスより十以上は歳上に見えた彼女は、くっきりした美しい顔立ちとそれを際立たせる豪華な衣装、宝飾類を身に纏っており、一目で実家の権勢が見て取れる女性だった。皇帝陛下とも積極的に話し、終始にこやかに振る舞ってはいたが、思い返してみればにこやかなのは皇帝陛下に対してだけで、ディアナとは最初の挨拶以外、目を合わせようとすらせずで。……ディアナに近づこうとしなかった側室は何も彼女だけではなかったので、別段不自然だとも思わなかったが。


(ランチア様が、嫌がらせの手法を変えられたのかしら。それとも、あの毒膳とその後の部屋荒らしは別の勢力の仕業? もしくは、最初の毒すらランチア様とは無関係で、わざと彼女の侍女を使ってランチア様に疑いが向くよう仕組まれた可能性だってあるわよね)


 ……異国ゆえ自由に動けないというのは、やはり諸々不便だ。分かっているのは、カイが察知してくれた気配から、部屋荒らし以降の〝嫌がらせ〟が全て同一のグループによって為されているということだけ。その勢力の中心人物も、予想はついているものの確信がまだ得られない。

 スタンザ語を自在に操れるディアナが情報収集に加わればもう少し探る範囲を広げることはできるのだろうけれど、実際、一昨日も昨日も午前中は出歩いてみたけれど、後宮(ハレム)が基本的に午後から活動を始めるというのは確かなようで、満足いく結果はあまり得られなかった。午後は国使としてイフターヌの街を視察する職務があるので、どうしてもディアナともう一人の侍女は後宮(ハレム)から抜けなければならない。人手不足の中、これ以上皆に負担をかけるのは忍びないけれど。


「……やっぱり、ある程度、後宮(ハレム)内の勢力図は把握しておくべきかもね。スタンザ宮廷の権力構造なんかに興味はないけれど、自衛のためには必要だわ」

「毒の混入がどういう意図で行われて、何故突然なくなったか、ということですよね?」

「えぇ。毒を混入した動機も、それを止めた理由も分からないのは、あまりにも不気味すぎるもの。廊下をゴミだらけにされても、イヤミを直接ぶつけられても、そんなことで死にはしないけれど、生死に関わる毒物が気まぐれに現れたり消えたりされるのは、精神衛生上良くないし。――全ての嫌がらせの黒幕が誰なのか、そもそも黒幕は一人なのか、複数いるなら互いの関係性はどうなのか、わたくしたちへの〝嫌がらせ〟を隠れ蓑にした勢力争いに発展してはいないか。知らなければ、先回りして自分たちを守ることもできない」

「どこの国でも、上流階級の人たちの人間関係ってドロドロしてるんだねぇ。――面倒だけど、仕方ないか」

「その国の内実を知るという意味では、国使団らしい仕事と言えなくもありません」


 真面目なミアの相槌に、王宮侍女たちも笑って頷く。頼りになる仲間たちに、ディアナは改めて頭を下げた。


「お願いね。――こればっかりは、下手に後宮(ハレム)外の干渉を受けると〝借り〟になってしまうから、わたくしたちで何とかするしかないわ」


 建前の〝対等〟を実とすべく動いているときに、後宮(ハレム)内で寄ってたかって〝嫌がらせ〟されている、なんて弱みを見せるわけにはいかない。エクシーガに話せば、待ってましたとばかりにディアナを守るべく解決に向けて動いてくれることは明白だけれど、彼に〝借り〟を作る方が後々リスクが高いこともまた、明らかだ。

 何も言わずともディアナの考えを理解してくれている仲間たちは、ディアナの様子にむしろ苦笑気味だった。


「本当にディアナ様は、貴族らしくありませんね」

「ディアナ様は私たちの主で、側室筆頭『紅薔薇』様で、今は準王族ですらいらっしゃるのですから。そのように腰を低くなさらずとも、一言、命じて頂ければ良いのですよ」

「ルリィの言う通りです。――といっても、それで納得して命令なさるディアナ様でないことは、重々承知ですが」

「そんなディアナ様だからこそ、お支えしたくて海を越えたのですものね」


 王宮侍女四人の言葉に、リタとカイが楽しげに笑って。


「まずは朝食にしましょう。腹が減っては戦はできぬと、昔から申します」

「で、その後、具体的な情報収集策を練れば良いよ。――ちなみに、今日のディーの予定は?」

「午前中は空いているから、いつも通り後宮(ハレム)散策のフリした諜報と陽動に充てようと思ってる。私が目立てば、その分他の皆が動き易いでしょう? ――午後はイフターヌの北区へ出て、貧民以外の皇都民の生活を視察する予定。その前にポルテくんの具合を確かめなきゃだけど」

「リクが見てる感じだと、もうかなり回復したっぽいよね?」

「えぇ。寛解したとは思うんだけど、きちんと診察してからじゃないと、確かなことは言えないから」

「了解。じゃあ、午前のディーには俺がつくよ。単独行動になるなら、ガードはしっかりしてる方が、リタさんたちも安心でしょ?」

「そうですね。午後のディアナ様には……」

「通訳の必要もあるでしょうから、リタには残ってもらいましょう。――私がお供してもよろしいですか?」

「もちろんよ。よろしくね、ユーリ」


 ルリィとアイナ、ミアが王宮組の中では情報収集に強い。ユーリとロザリーもできないわけではないが、どちらかといえば不得手のようだ。いずれにせよ一人はディアナにつく必要があるのだから、この場合は確かにユーリが適任だろう。

 話がまとまったところで、ミアが新しく淹れたお茶をテーブルの上に置いた。


「それでは、ディアナ様。朝食をどうぞ」


 ――ようやく、一日が始まろうとしていた。


スタンザ編は展開があっちこっちする上、書いているうちに判明する事実などもあり、いつものことながらキャラに振り回されておりますね……

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 嫌がらせを受けているのを話すと「借り」になるとしているけれど、建前は親善大使として国の代表として来ているメンバーに、嫌がらせや毒殺などを行なっている時点で、スタンザ側の酷い落ち度である…
[気になる点] 使用人ほぼ全員、荒事でも凄腕であっても(というか、〈闇〉が普通の使用人を兼ねていても)良さそうなお家ですけどね。 仮にも伯爵家の跡目が、自分で直接、何やら裏家業やってるってのは、心底…
[一言] >「そういう意味では我が家に専属で仕えてくれているのは、住み込みの皆と『闇』くらいかしら。でもまさか、『闇』に箒を持って掃除してもらうわけにもいかないしねぇ……」 >「手が空いているときは、…
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