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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
にねんめ
168/235

皇都イフターヌ

本日、少し長めです。

長めな割に推敲が不十分ですので、誤字脱字等ございましたら、報告機能でご指摘頂けますとありがたいです!


 時は進み――太陽が中天を通り過ぎて、しばらく。


《では、姫。参りましょうか》

《よろしくお願い致します、殿下》


 後宮(ハレム)と外を繋ぐ唯一の門前でエクシーガ皇子に出迎えられたディアナは、周囲の視線をまるで意に介さず、リタを共に堂々と外へと足を踏み出していた。



 ***************



 アルシオレーネと別れの挨拶を交わし、与えられた部屋へと戻ってすぐ、その〝知らせ〟は舞い込んできた。


『エルグランド王国国使団は、いつでも自由に後宮(ハレム)外へ出ても良いとの、皇帝陛下のお許しを得ることが叶いました。

但し、うら若き乙女だけで慣れぬ異国を歩くのも危険が多かろう、外出の際は必ず外へと連絡し、エクシーガ皇子を同行させるようにとの由にございます』


 昼食(やっぱり懲りずに毒草入りだったので、普通に解毒して食べた)と同時に運ばれてきた紙には、スタンザ語でそんなことが書かれており。『通詞』の呪符は音限定、書かれた文字を訳してはくれないので、ディアナが内容をエルグランド語に訳して読んだ。

 ディアナの翻訳を聞いた王宮組が、ググッと眉根にシワを寄せる。


「これ……すごく親切そうに書かれてはいますけど」

「要するに、皇子殿下の同伴が無ければ外出は認めないということですよね」


 留守番組だったロザリーとユーリの言葉に、周囲もうんうん頷いて。


「皇子殿下が居なければ外出できないって、全然自由じゃないですよ」

「アイナに同感です。ディアナ様を外出させたくなければ、『今日は用事があって同行できない』って言ってしまえば良いわけですから」

「えぇ、本当に。ディアナ様、これは正式に抗議を入れるべきでは?」


 ミアの提案に、解毒用の植物を鍋に入れていたディアナは、くるりと振り返って。


「そうね。皇子殿下がルリィの言ったようなやり方でわたくしの外出を制限しようとするのであれば、エルグランド王国国使団として公的文書で抗議を入れるわ。相手の出方も窺わないうちから下手に抗議してしまうと、却ってこちらの立場を悪くしかねないし」

「それはそうかもしれませんが……」

「俺の勝手な私見ではあるけど、たぶんあの皇子、よほどのことがない限りディーの要望を無視はしないよ。断れないようなやり方で無理やり連れてきたって時点でディーの好感度下げまくりなのに、この上更に機嫌を損ねて口説き難くするようなヘマ、さすがに踏まないでしょ。せっかくディーをエルグランド王国から引き離して、皇子的にはこれからが恋の勝負本番なんだから」

「ですね。しかも、昨日の往来と皇帝陛下との謁見で、ディアナ様の好感度は既に下がっておいでのわけですし。好感度マイナス位置からのスタートだと自覚しておいでなら、まずは何を置いてもディアナ様を優先させるはずですよ」

「……別に、皇子殿下への好感度は、エルグランド王国で初めてお会いしたときから上がりも下がりもしていないけれど。昨日の馬車前での一件にしても、皇帝陛下との謁見にしても、エルグランドでの国使団の振る舞いと、痛い目見るまで下の者たちを諌めようともしなかった彼の姿勢を見れば、ああなるだろうなって予想はつくわ。もともとああいう人だと分かっているから、別に好感度は上にも下にも動かない」

「確かディー、皇子殿下のこと、『悪い人ではない』とは思ってるんでしょ? それって、最初に比べて好感度上がってるってことじゃないの?」

「人間的に悪い人ではなくても、どうしても好きになれない人って居るでしょう。皇子殿下の場合、生まれついての皇族でいらっしゃるからか、どうしても無意識の傲慢さが抜け切らないし。別に彼のことは嫌いじゃないけれど、だからといって好意を抱いているわけでもない。彼の学術的知見は興味深いと思うけれど、それだけよ」

「これから張り切ってディアナ様を口説こうとしておいでの皇子殿下が少しお気の毒な、バッサリ加減ですね……」

「自業自得でしょう。ロザリー、優しいのはあなたの美点だけれど、主にとって害になる存在にまで情けをかけてはいけませんよ」


 侍女次長らしいユーリの言に、ディアナはこっそり苦笑する。


「まぁ、皇子殿下がわたくしにとって本当に害となるか否かは、今後を見て判断しましょう。――ミア、本日の午後から外出したい旨をしたためた返礼文を書くから、昼食を返しがてら窓口へ届けてもらえる?」

「承知致しました」


 そんな感じで送った返礼文へのレスポンスは、カイとリタの想定通り、光の速さだった。さっそくこれから迎えに参るという文書に、ディアナはリタと共に、大急ぎで準備を整えて。


「カイ。悪いけれど、皆のことをお願いね」

「りょーかい。ディーも、大丈夫だとは思うけど、充分に気をつけて」

「えぇ。行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 カイと王宮組に見送られ、待ち合わせ場所である門前へと向かったのであった。



 ***************



《それで、姫。まずはどちらへ参りましょうか?》


 ディアナを迎えに来たエクシーガ皇子は、従者であるサンバの他、数名の兵士を引き連れていた。エルグランド王国ではフットワーク軽く、基本的にサンバ以外の随従は見なかった彼だが、さすがに自国ではそういうわけでもないらしい。


後宮(ハレム)以外の宮殿は、よほどのことがない限り女人禁制なのですが、今回は特別に案内の許可が出ております。どちらへも、姫の望むところへお連れできますよ》

《スタンザ帝国のお心遣いに感謝致します。確かに、陛下のおわす皇宮殿にも興味はございますが……わたくし、本日は皇都へ参りたく思います》

《それは良い。イフターヌは歴史ある素晴らしい都です。きっと姫にも、お気に召して頂けるでしょう》


 上機嫌なエクシーガにエスコートされ、ディアナは実にスムーズに宮殿の外へと出ることができた。宮殿前の大通りには、ごつごつした石造りの大きな建造物が、ずらりと軒を連ねている。


《こちらは軍の詰所です。スタンザは兵の数が多いため、宮殿を守る意味も兼ね、こうして宮殿周りに兵たちの住処を設けております》

《そうなのですね》

《はい。この詰所街を抜けますと、また外観も変わりますよ。イフターヌは皇居を中心に、東西南北でそれぞれ街の様相が異なります。昨日、姫が通って来られた港から皇宮殿へ抜ける北区は、イフターヌで暮らす一般階級の者たちの街です。南は支配階級の者たちの屋敷が集まっており、東は商工業地区、西は学術研究施設と神殿がございます》


 エクシーガは実に楽しそうで、口数も多い。エルグランド王国にいるときは皇族然とした立ち回りが目立っていた彼だが、今日の彼は皇族というより、どこにでもいる若者のように見える。国使という大任を果たし、無事に自国へ帰り着けたことで、リラックスできているのかもしれない。

 ……だとしても、ディアナの背後に控えているリタの大荷物が一切目に入らないのは、ちょっとどうかと思うけれど。


《名家の邸宅が建ち並ぶ南の区域は、実に荘厳で見応えがありますよ。――あ、しかし〝知〟をこの上なく尊ばれる姫ならば、西区の方が楽しめるかもしれません。私が普段過ごしている大学も西区にございまして、イフターヌ中最も私の顔が利く区域ですので、不自由は致しません。お望みとあらば大図書館にでも入れますよ》

《殿下は普段、そちらの大学にいらっしゃるのですか?》

《はい。いくつか学位を持っておりますので、そちらの研究を。これでも一応、大学の中では上の方の地位にあるもので、なかなか研究だけしていれば良いというわけにもいかないのが辛いところですが》

《大学のお仕事もされておいでなのですね》

《えぇ。昨日も大学に戻ったら、溜まっていた仕事が山積みでして……ですがもちろん、姫がお呼びの際は何を置いても駆けつけます。私にとって、姫以上に優先されるものなどありませんから》

《お気遣い、誠にありがとう存じます》

《とんでもない、礼を言われるようなことではありません。――では、今日は西区へ向かいましょうか?》


 ここまでの会話で、ディアナが西区――エクシーガの大学に興味を示したのだと思ったのだろうか。満面の笑みでそう尋ねてくる彼に、ディアナはゆっくり、けれどしっかりと、首を左右に振った。


《いいえ、殿下。北区へお願い致します》

《北区……ですか? しかし、北区の街並みはつい昨日、ご覧になったのでは?》

《わたくしが見た景色は、港から皇宮殿へと伸びた、大通り沿いだけに過ぎません。民が暮らしている地区であるのなら、大通りから逸れた場所にはまた、違う景色が広がっていることでしょう》

《それは、そうかもしれませんが》

《スタンザ帝国に生きる民の皆々様が、日々どのように過ごしておいでなのか、わたくしは国使としてきちんと学ばねばなりません。それこそが、真の意味で〝国を知る〟ことに繋がると、わたくしは考えます》

《……承知致しました。姫の良きように》


頷いたエクシーガは、サンバに馬車の用意をするよう告げる。できる従者である彼は準備万端整えていたようで、すぐに立派な馬車がやってきた。ディアナは少し考えてから礼を述べ、素直に馬車へと乗り込んで――。


《ありがとうございます、殿下。この辺りで結構です》


 まるでエルグランドの田舎を走っている乗合馬車のようなノリで、北区の大通り中程まで進んだところで馬車を止めた。


(……さすがに、結構かかったわね)


 昨日の移動時間を考えても、下手に歩きに拘らず馬車にして正解だったようだ。しかし流石に、ここから先の〝目的地〟に、この馬車は入れない。

 外から聞こえてきた、[あっ、姫様ー!]という呼び声を合図に馬車を止めたディアナに、エクシーガが怪訝な表情を向けてくる。


《この辺りで結構、とは……》

《わたくしが行きたいところは、この先です。細い路地を通らねばならないようなので、この大きい馬車では向かえないでしょう》

《なっ……! 姫、そちらは、姫のような高貴な方が行きたがるような場所では、》


 反論を口にしかけたエクシーガは、言葉の途中で唐突に、何かを思い出したように目を見開く。


《ま、さか……》

《参りましょうか、殿下。――わたくしの望む場所へお連れくださるというあのお言葉、まさか即日反故にはなさいませんよね?》


 ディアナの微笑みに、エクシーガは鉛でも飲んだかのような顔をしつつも、ゆっくりと頷いた。


《……もちろんですとも。ですがさすがに、私もこの辺りの細かい地理までは存じません。一度宮殿へ戻り、地図を用意してから――》

《必要ありませんわ》


 馬車を降りたディアナの頭上を、艶やかな虹色の尾羽が舞う。エクス鳥は太陽の光を浴びると鮮やかな光沢を放つ茶色の羽が特徴的な鳥だが、リクの発色は羽そのものが虹色に見えるほどはっきりしていた。

 エクシーガが側にいるからか、リクは鳴くことなくその動きで、ディアナを奥へと導くことにしたようだ。リクの尾羽を追って歩き出したディアナの背後を、エクシーガが慌てた様子でついてくる。


《姫!》

《ご心配には及びません、殿下。わたくし、きちんと道を分かった上で歩いておりますから》

《そんなはずはないでしょう。仮に地図が頭に入っているとしても、この辺りの区画は頻繁に様相が変わるのが特徴で――》

《それも含めて、問題ないと申しております》


 引き止めようとするエクシーガとやり取りしながら歩くうち、細い路地は終わりを告げ、開けた空間が見えてくる。

 ――大通りとは比べ物にならないほど狭い道に小さな露天が並び、その両側には今にも崩れそうな小さな石造りの家が、所狭しと建ち並んでいる。周囲を高く豪華な建造物に囲まれ、まるでそこだけ時代に取り残されたかのようにひっそりと存在する此処こそ、ディアナが来たかった場所なのだ。

 露天で店番をしていた住人たちが、突然現れたどう見ても上流層なディアナたちに奇異の目を向けてくる。ここでようやく、ディアナはくるりと振り返り、スタンザ勢と視線を合わせた。


《申し訳ありませんが、兵の皆様方は、しばしこちらで待機をお願い致します》

《な――!?》

《姫、それはあまりに危険過ぎます!》

《これから向かう場所に、武器を持った兵士の方を同行させるわけには参りません。――つい昨日、理不尽に切り捨てられそうになった幼い姉弟にとって、刃は何よりも恐ろしいもののはず。わざわざ見せつけて心的外傷(トラウマ)を抉るような真似は、決して許せるものではないのです》

《し……しかし姫、彼らには、姫を守るという責務が……》

《その責務は、ここまで守って頂いたことで、充分に果たされておりますわ》


 にこやかに微笑んで有無を言わさず話を終わらせ、ディアナはエクシーガに止められるより先に、一番近い露天の店主へ近づいた。


《すみません。少しお尋ねしたいのですが》

《……あぁ?》


 見るからに不機嫌そうな彼を、周囲の者たちがハラハラしながら見ているのが分かる。スタンザ帝国には厳格な身分制度があり、いくらディアナが小娘でも、こんな態度が許されるわけがないからだろう。……見たところ、この男は随分と酔っているようなので、理性の枷が緩んでこの態度なのかもしれない。


《こちらの街にお住まいの、サージャさんとポルテくんのご姉弟(きょうだい)を訪ねて参りました。お二人のお家はどちらか、ご存知でしょうか?》

《え……サージャと、ポルテ?》

《はい。昨日、偶然街でお会いしまして。ポルテくんの具合が優れないようでしたので、お節介かとは思いましたが、少し薬草をお分けしたのです。本日は、その経過を拝見したく》


 ディアナが話す度、男の目が見開かれていく。周囲の露天の店主たち、通りを歩く住人たちの視線が、一斉にこちらを向くのが分かった。


《では……では、あなた様なのですか。遠い異国からいらしたという、麗しの姫君。奇跡の聖女様は……!!》

《……確かにわたくしは海を挟んだ異国、エルグランド王国より参りましたが、聖女などという大仰な存在ではありませんよ。ポルテくんにできたのも、薬草をお分けすることくらいですし》

《いいえ!》


 態度の豹変した男が、その場で平伏する。男の行動で我に返ったのか、周囲も一斉に膝をついた。


《我々にとって、あなた様はまさに、この時代にご降臨くださった聖女様です。誰かの救いの手など、とうの昔に諦めてしまっていたのに……》

《救いなんて……そのように仰って頂けるほどのことができているわけではありません》

《それでも、我らのような貧民にお心を寄せてくださったというだけで、あなた様は我らにとって、伝説に謳われる聖女様にも等しいお方なのです》


 ……これは、考えていた以上に深刻な事態だ。心中だけで眉根を寄せつつ、ディアナは表面上はにこりと笑った。


《……それで、サージャさんとポルテくんはどちらに?》

《あぁ、ありがとうございます! 二人の家でしたら――》

《聖女様! 我々が案内致します!》


 大慌てて駆けつけてきた男女には覚えがある。確か昨日、サージャに話しかけてポルテを運んでいた集団の中にいたうちの二人だ。あの様子を見るに、サージャとはご近所さんなのだろう。

 ディアナはもう一度にこりと笑って頷く。


《ありがとうございます。よろしくお願い致します》

《はっ、はい! ――親父さん、店じまいして、親父さんもすぐ来いよな!》


 ディアナと話していた男性にも呼びかけて、二人はディアナの前に立ち、《参ります》と歩き出した。二人の背後をディアナとリタが歩き、更にその後ろから、言葉を発するタイミングを完全に失ったエクシーガとサンバがついて来る。


《先ほどの男性はもしや、サージャさんとポルテくんのお父様ですか?》


 無言というのも間がもたないので、気になったことを尋ねてみた。ディアナの言葉に、先を歩く二人は《いいえ》と首を横に振る。


《サージャとポルテの二親は、ポルテが生まれて間もなく、立て続けに亡くなったと聞きました。それでサージャは赤子のポルテを連れ、仕事と住まいを求めて、縁者である先程の親父さんを頼るためイフターヌへ出て来たそうです》

《まぁ……ポルテくんが赤子の頃ならば、まだサージャさんも満足なお仕事が頂けるお年頃ではなかったでしょうに》

《はい。当時のサージャは十にも届かぬ少女でした。しかしこの国では……成人前であることを理由に税が免除されるのは、身分の高いごく一部の方々のみ。我ら貧民には特に、生まれた瞬間から重い租税が課されております。働かねば、仕事がなければ、サージャとポルテの二人は納税の義務に違反したとして捕らえられ、奴隷身分に堕ちるしかありません》

《奴隷……》


 本で読んで知ってはいたが、当たり前にその単語を出されると、エルグランド人としてはどう反応すれば良いのか分からない。エルグランド王国……というより『湖の都市国家』は、人が人を商品として扱い、相手の人として生きる権利を蹂躙する〝奴隷〟という制度を、かなり初期の段階で禁止した。それは別に慈愛の精神からではなく(事実、当時の奴隷制度には、生活困窮者を裕福な者が血縁等関係なしに養える、弱者救済の側面もあった。奴隷制度を一律に廃したことで、初期は生活困窮者が行き場を失い、一時国は混乱したとも伝わっている)、虐げられた者の恨みは世代を経ても根深く残り、いずれは国を治める〝王〟に牙を剥きかねないという懸念があったからだ。


《……噂で、聞いたことがあります。エルグランド王国には、奴隷身分は存在しないと。いいえ、それどころか、貧民身分すらないと》


 前を歩く男の静かな言葉に、リタと視線を合わせて互いの心中を共有し、ゆっくりと頷き返す。


《……えぇ、そうですね。エルグランド王国における身分制度は、王族、貴族、平民の三種を定義するものでしかありません》

《やはり……では、租税が払えない者はどうなるのですか?》

《基本的には、各地の領主に采配が任されます。多いのはやはり、徴税の一時見合わせや減税による基礎生活能力の向上でしょうか。エルグランド王国は農耕と牧畜を主な仕事としている民が大半ですが、これらの仕事は気候や災害によって稼ぎが左右されますので、場合によっては定められている納税が難しいこともあります。その場合は税率を下げ、まずは民がその年の冬を越せるよう、各地の領主が差配致します》

《税が、減らされる……? 役所の方が無理やり税を取り立てたり、払えない者を罪人として獄に繋ぐようなことは、》

《全く無い、とは申せません。エルグランド王国はエルグランド王を頂点に据える国ですが、各地の政における実権は貴族――それぞれの領主に預けられております。民の心を介さぬ外道が領主の座にあるなどもってのほかではありますが、我が国もこちらのお国ほどではないにせよ、広うございますゆえ……王の目を盗んで民を虐げる不届き者が皆無とは、残念ながら申せぬのです》


 ですが、とディアナは微笑みつつ続ける。


一度(ひとたび)、そのような悪行が陛下のお目に留まれば、話は別です。我が国の国王陛下は、何よりも民の安寧と平穏な暮らしを尊ばれるお方。民を虐げる領主の悪行を、我が王は決してお許しにはなりません》

《民の安寧と、平穏な暮らし……エルグランド王は誠に、心の底から、それを望んでおられるのですね》

《はい。この度もジューク王は、エルグランド王国民のみならず、スタンザ帝国に生きる全ての人々が平穏無事であるようにと願われ、そのための友好国使として、わたくしを遣わされました》


 ディアナの答えに、男は何を思ったのだろう。僅かな沈黙の後、細い息を吐いた。


《……申し訳、ございません。出過ぎたことをお尋ね致しました》

《とんでもない。スタンザ帝国の方と直に接し、交流を深めることこそ、わたくしの務め。どうか、気兼ねなどなさらないでください》

《姫様は、本当にお優しい……姫様をお遣わしくださったエルグランド王国の国王陛下に、我々は感謝せねばなりません》


 そこまで話したところで道が切れ、小さな広場へ出る。先ほどの通りの両側に建っていた家にも増して粗末な造りの、地震が来たら一発で崩れてしまいそうな家に囲まれたその広場の一角で、昨日言葉を交わしたサージャが火を焚いているのが見えた。サージャの方も人の気配を感じたらしく、顔を上げて目を丸くする。


《お嬢様……!》


 大慌てで駆け寄ってこようとするサージャを手で制し、案内してくれた男女に礼を述べて、ディアナは急ぎ足でサージャへ近付いた。


《お忙しいところ申し訳ありません。ポルテくんの具合はいかがですか?》

《お嬢様。まさか、本当にいらしてくださるなんて……》

《当然です。医者は、一度診た患者をそのまま放り出しはしませんよ》


 故郷の医師たちから習った、患者の家族が安心できる笑み(「ディアナ様の場合、クレスター家の顔面のせいでどの程度効果を発揮するかは未知数ですがね」とディスりに聞こえる真っ当な注釈付きで教えられた)を浮かべつつ、ディアナは鍋の中を覗き込む。鍋の中はまだ水しか入っていなかったが、その傍には初めて見る穀物と、昨日渡した黄色の袋が並んでいた。どうやら、ポルテの食事を用意しようとしていたらしい。


《今から、お食事ですか?》

《はい。本当にありがたいことに、昨日頂きました赤のお薬をポルテへ飲ませましたところ、熱がかなり下がりまして……青のお薬も嫌がらず飲み、食欲も出て来たようですので、教えて頂いた薬草粥を作ろうかと》

《それは何よりです》


 薬の効きは上々らしい。持って来た薬草の質ももちろんあるだろうが、こんな暮らしでは病になっても自己治癒力に頼るしかなかっただろうから、単純に薬効初体験による相乗反応の面が大きいだろう。むしろ、ポルテという子がこの年齢まで生き延びられたのが奇跡だ。

 ディアナは、サージャにひと言断りを入れてから、おそらくスタンザ固有であろう穀物を手に取った。目を閉じ、彼らの〝声〟に耳を傾けて。


《――サージャ》

《はっ、はい》

《いつもは、こちらの穀物をどのように料理していますか?》

《料理、というほど大層なことは……煮立ったお湯に粒を入れ、柔らかくなるまで煮込んで、塩や香辛料で味付けしています。運良く野菜が手に入れば、一緒に煮込むこともありますが》

《なるほど。では一度、わたくしの言うように料理してもらっても?》

《はい、もちろんです》


 ディアナは聞いた〝声〟を人間向けに噛み砕いてサージャへ伝え、薬草を入れるタイミングも合わせて細かく指示する。サージャは物覚えの良い子らしく、一度聞いただけで《分かりました、やってみます》と頷いてくれた。


《リタ》

《はい、ディアナ様》

《わたくしは、今からポルテくんの具合を診てくるわ。サージャのフォローをお願いできる?》

《承知致しました》


 主従の短い会話にサージャはまた目を丸くしたものの、口を挟むことなく静かに頭を下げてきた。


《……よろしくお願い致します》

《はい。何かあればお呼びしますね》


 微笑んで、ディアナはサージャが示してくれた石造りの家へと入った。当然ながら埃っぽく、かろうじて寝床と生活必需品のスペースが確保されているだけのようだが、それでも小さな窓には花が飾ってあり、壁の窪みに綺麗な飾りが置いてあるなど、殺風景にならない工夫がされている。

 ――その部屋の奥、一段高くなった寝床に、ボロボロだが清潔を保たれた敷布に包まった、小さな人影が見えた。


《だ、れ……?》


 か細いが、しっかりした発声だ。意識もはっきりしているらしい。

 ディアナは外でリタから受け取った薬箱を手に、ゆっくりと歩み寄った。


《こんにちは、ポルテくん》

《こん、にちは》

《起き上がらなくて大丈夫ですよ。――初めまして。わたくしの名は、ディアナ。お医者様の見習いのようなことをしております》

《おいしゃ、さま……?》


 幼いが、ポルテはしっかりした子のようだった。近づいてきたディアナと視線を合わせ、ふるふると小さな顔を横に振る。


《ごめん、なさい。おかね、ないです》

《……お姉さんと同じことを言うのね。大丈夫よ。お金はもらわないから》

《そんなの、だめです》

《あら、どうして?》

《……だって、おいしゃさまも、おかねがないと。やくそうとか、どうぐとか、かえないでしょう? タダばたらきはダメだって、みんな、いってます。ちゃんと、おかねをもらわないと、ごはんだってたべられない》


(――!!)


 まだ六つにも届かない幼子が、働きに対して報酬をもらうことの大切さを、それがなければ日々の食事すらままならない厳しさを、実感として理解している。……それは、エルグランド王国でももちろん子どもたちに教えはするが、身に染みるのは成人して独り立ちしてからで良いとされている〝社会の現実〟だ。


(……泣くな。泣くのは、この子たちに対して失礼だ)


 子どもは〝未来の宝〟であり、〝大人によって庇護され、育てられるべき存在〟――慣れ親しんだ、生まれながらに疑いようもなく〝当たり前〟だった価値観が、この国では通用しない。国によって考え方は様々であり、何が正解で何が間違いなのか、決めて良いのはそこに住んでいる人々だけだ。ディアナの、エルグランド王国の価値観で、目の前の子どもを測ってはいけない。


《ありがとう。ポルテくん、あなたは賢い子ね》


 内心の嵐を押し殺し、ディアナは心から、彼への敬意を込めて微笑む。そのまま、薬箱から聴診器を取り出した。


《それなら、ポルテくんが元気になってからで良いので、一つお願いを聞いてもらえるかしら?》

《おねがい?》

《えぇ。わたくし、スタンザ帝国とは別の国から来たの。スタンザ帝国のことをもっと良く知るためにね》

《べつの、国?》

《ポルテくんが元気になったら、ポルテくんが知っているスタンザ帝国のことを教えてほしいの。普段何を食べているかとか、どんな服を着ているのかとか、どんなところでどんなお仕事をして、どれくらいお金をもらっているのかとか。実際に見て回りながら、ね》


 ポルテが、サージャとよく似た可愛らしい目を、まん丸にする。幼心に、それでは対価にならないと感じたらしい。


《そんなことで、いいの? そんなの、おかねにならないよ?》

《あら。わたくしの国では、それは観光案内といって、立派な仕事だわ》

《そう、なんだ……》

《えぇ。だから、ポルテくんはまず、わたくしに街を案内できるくらい、元気にならなくちゃ》


 ポルテは少し考えたようだが、ディアナの言葉に嘘はないと感じたらしく、やがてこくりと頷いた。


《うん、わかった》

《よろしくね。それじゃあ、ちょっとポルテくんの身体とお話しても良いかしら?》

《……いたくない?》

《えぇ、大丈夫よ》


 子ども相手の診療のコツも、クレスターで習得済みだ。――尤も当時はディアナもまだ成人前で、診療所に来る子どもたちと半分ごっこ遊びのように学んだコツではあるが。

 聴診器で呼吸音と心の臓の音を聞き、喉の奥や目の色を見、脈拍を取り、体温計で正確な体温を測定するなど、昨日道のど真ん中でさっと診ただけでは分からなかった部分を細かく調べ、より適切な処方を割り出していく。一番恐れていた伝染病の可能性がひとまず潰れ、ディアナは内心ほっと安堵した。


(この病でこの症状なら……熱はどうにか下がってるみたいだから、後は――)


 処方を見直そうとして、ふと、ポルテの枕元にある赤と青の袋に目が留まる。昨日サージャに渡した、解熱用と治療用の薬草を入れた袋だ。赤はともかく、青はもう少し補充しておいた方が良いかもしれない、と袋の中を覗いて――。


(あ、れ?)


 記憶が正しければ、赤の薬は三回分、青の薬は六回分、調薬して入れたはず。解熱薬は飲み切ったとしても、まだ一日しか経っていない青の薬が、もう空とは。


《その、おくすり……》


 ディアナの視線に気付いたらしく、ポルテが敷布の中でくるんと寝返りを打ち、手を伸ばした。


《ぼくが、これをのんで、ちょっとげんきになったから。うらのおばあちゃんにもあげてって、お姉ちゃんにおねがいしたの》

《裏の、お婆さん?》

《うん。うらのおばあちゃんも、ずーっとねつがつづいてるって、きいたから。……このあたりのひとはみんな、びょうきとかケガとかしても休めなくて、――すぐに、しんじゃう》


 どくん、と心臓が嫌な鼓動を響かせた。

 適切な治療を受ければ、きちんと薬を飲めば、しっかり休むことさえできれば、まだまだ(ながら)えることが可能だったはずの、命。

 それらが理不尽に奪われる様を目の当たりにすることが、ディアナはきっと、物心つく前から、ずっと、ずっと――嫌だった。

 それは、もしかしたらディアナ自身の気質によるものというよりは、『森の姫』としての本能なのかもしれないけれど。


(……足りない。きっと、ただ薬草を配り歩くだけじゃ、全然足りない)


 ディアナはこの国に骨を埋めに来たわけではないのだ。ディアナの欲しい未来は、もっとずっと遠くに、広い場所にある。

 だけど。その欲しい未来のために、目の前にある〝命〟を素通りすることも、どうやらできそうにない。

 欲しい〝未来〟を諦めず、目の前の〝命〟も掴みたいのなら――!


《……そう、なのね。だからポルテくんは、お婆さんに薬を分けてあげたのね》

《うん。そしたらね、おばあちゃんも、ちょっとげんきになったって。うらのおばあちゃん、ぼくにもお姉ちゃんにもやさしいから、ぼく、しんでほしくないの》

《分かったわ。……ありがとうね、ポルテくん》

《……なんで、おれい? ありがとうは、ぼくが言うよ?》

《ううん。わたくしが、言わなきゃいけないわ》


 サージャでは、おそらくわからなかった。彼女は年齢以上に聡く、異国人であるディアナに語るべき言葉と語ってはいけない言葉を、きちんと弁えている。たとえ現実であっても、〝死〟が身近にある日常など、彼女は決して口にしない。

 この国の現実を、貧民たちが背負う厳しさを、目の当たりにできたのはポルテのおかげだ。必死に働かなければ今日食べるものにも事欠く暮らし、当然体力も衰え、本来なら数日休めば回復するような病や怪我があっという間に命そのものを喰らい尽くしていく。その、過酷で残酷で――何より理不尽な〝現実〟を。


 ――ポルテと笑顔で話しながら、ディアナは薬を調合し、袋に詰めていく。心もち多めに、近隣への〝お裾分け〟ができるように。

 やがて、出来上がった薬草粥をサージャが運んできて、信じられないほどふっくら美味しそうに炊き上がったことにまた礼を言われ(穀物の〝声〟を聞けば、人間にとって最も美味を感じる調理の仕方はだいたい分かる)、新しく調合した薬の説明をして。


《――では、これにて失礼致しますね。また近いうち、経過を診に参ります》


 表面だけはずっと笑顔のまま、ディアナはサージャの見送りを受け、広場を後にした。外でずっと待っていてくれたらしい露天の店主(サージャとポルテの縁者で、どうやらこの辺りの顔役のような存在でもあるらしい。昼間から酒を呑んでいたのは、今日明日の命と絶望していたポルテの容態が持ち直し、嬉しくて仕方なかったそうだ)に案内されて貧民街の外まで出た頃には、陽はもう沈みかけていた。兵士たちが予め呼んでいてくれたらしく、待つほどもなく馬車が走ってくる。


《姫――》


 ずっと、何かを話したそうにしていたエクシーガが、馬車に乗って四人きりになったのを機に、ようやく口を開いた。……彼が何かを話したいと思っていたことには当然気付いていたけれど、ディアナは敢えて忙しく立ち働くことで、彼の発言の機会を奪っていたのだ。勘の良い彼のことだから、ディアナの意図にも当然、気付いていたことだろう。


《お優しい姫のことですから、目の前で苦しんでいる民を素通りできなかったのは分かります。ですが、これがスタンザ帝国の在り方。どうか、ご理解のほどを》

《分かっております》


 言い訳じみたエクシーガの言に、肯定の言葉を返す。目を見開いたエクシーガを、真正面から見つめ返した。


《国をどのように治めるのかは、その国の統治者が決めること。わたくしはあくまでも異国人であり、部外者。スタンザ帝国の在り方に、口出しも手出しも、するつもりはございません》

《……ですが姫は、随分とお怒りのご様子だ》

《怒る? ――そうですね、怒っております。わたくし自身に》


 目を見開くエクシーガの前で、ディアナは静かに深呼吸して。


《もしも今、わたくしがエルグランド国使という立場でなければ。単なる一人の旅人として、スタンザ帝国へ降り立った身であれば。皇宮殿になど戻る必要もなく、スタンザ帝国への兼ね合いなど気にせず、もっともっと多くの方を診て差し上げることができたのに。……国を離れてまで、立場を気にしなければならない我が身が恨めしく、厭わしい》

《姫……》

《スタンザ帝国の在り方など、被差別階層への締め付けを限界以上に厳しくすることで強権支配への不満を逸らす統治体制など、わたくしにはどうでもよろしいのです。エルグランド王国は、遠い遠い遥か昔に、憎悪と怨恨を次世代へと繋ぐそのような統治体制からの脱却を決断しましたが、他所のお国にはそれぞれのお考えがありましょう。そこに物申すつもりも、非難するつもりもございません》

《姫……!》

《わたくしはただ――そのような渦中にあって苦しみもがき、絶望を抱えながらそれでも生きることを諦めない方々が、他者を思い遣ることを忘れない強い心を持った人々が、心底愛おしいだけです。その輝きが愛おしくて、切なくて……守りたいと、願うだけです》


 そして……どれほど守りたいと願っても、ディアナがエルグランド王国の国使である以上、手を出せる範囲には限度があるのだ。


《……たとえば》


 エクシーガが、静かに口を開く。


《たとえば、姫が、私と婚姻を結べば。姫がスタンザの皇子妃となれば、慈善事業として、民を大勢救うことができますよ?》

《ご冗談でしょう。皇族が事業として貧民救済に乗り出すなど、先ほど殿下ご自身が仰った国の在り方を自ら崩すようなものではありませんか。皇帝陛下自らが指揮を取られ、国を根本から変える覚悟で数世代かけて取り組まねばならぬことです。皇子妃程度の身分でどうにかできるものではございません》

《……本当にあなたは、聡明な方だ。ならば、お尋ね致しましょう。もしもこの先、スタンザとエルグランドの間に戦が起これば、今日あなたが救った幼子も兵士として戦場へ出ることになるかもしれません。そうなれば、彼は祖国のため、何より自分自身が生き延びるために、多くのエルグランド人を殺害することでしょう。そうなったとき、あなたは今日のことを後悔はしませんか?》


 スタンザ人を助けるということはそういうリスクを孕んでいるのだと、皇子は言外にそう告げてくる。恐らく、あまり勝手なことをすれば、スタンザ帝国がエルグランド王国に何をするか分からないぞという遠回しな脅しでもあるのだろう。ある意味、〝武〟の帝国の皇子らしい言葉だ。

 ――だが。


《医者は、目の前にある命の価値を測りません。善人であろうと悪人であろうと、眼前で苦しんでいる以上、等しく救うべき患者です。――ましてや、救った命が未来で何を為すかなど、医者の裁量の範疇にはありません》


 ディアナの答えは、最初から決まっている。そんな脅しに、揺らぎはしない。


《つまり、後悔はしないと?》

《医者としてのわたくしは、そうです。そして、国使としてのわたくしは――もとより、そのような後悔を誰にも抱かせぬ覚悟で、この国へ参ったつもりでおります》


 エクシーガの表情が、怪訝なものへと変わる。決意を込めた静謐な瞳で、ディアナは静かに彼を射抜いた。


《エルグランド王国とスタンザ帝国は、数世代に渡って交易を続けて参りました。今となっては、互いの国に移住者やそれぞれの国出身の伴侶を抱えた者が大勢おりましょう。交易や商売、技術交換などを通じて、国籍を超えた友情と信頼を育んでいる民は、きっとわたくしどもが考える以上に多いはず。……戦となれば、その全ての民が、辛く苦しい思いをします》

《それ、は……》

《武力で国を広げ、国力を強化し、統治することを、わたくしどもは決して〝悪〟とは申しません。それも、一つの国としての在り方でしょう。そのために故郷を、伴侶を、友を斬れと命ずることも、きっとスタンザ帝国では当たり前のことなのでしょうね》

《いえ……それは》

《ですがエルグランド王国は、できることなら民にそのような命は出したくないのです。世代を超えて繋がれてきたスタンザ帝国との絆を、これからも平和的に、友好的に、次世代へと手渡していきたい。故郷を、伴侶を、友を斬り、後悔に涙する民など誰一人として存在しない〝未来〟こそ、我らが真に望むものです》

《エルグランド王国は……口実でも建前でもなく、本心からスタンザ帝国との友好を望んでいると、そう仰るのですか?》

《わたくしどもは最初から――スタンザ帝国国使団の皆様方がエルグランドの地を踏まれたその瞬間から、そう申し上げておりました。我が国は有史以来、他国との諍いを望んだことは一度たりとてございません。徹底した中立平和主義を貫き、それは今も続いているのです》


 ディアナの言葉に、エクシーガと、その隣に座るサンバが唖然とした表情になる。まさかディアナが本気で、本当の意味で『友好国使』の役割を果たそうとしているなど、思いもしなかったのだろう。ディアナは昨日散々〝国使〟としての権限をフル稼働させたが、それとて彼らにとっては、スタンザ帝国内で有利に動くための口実にしか見えていなかったということか。……まぁ実際その側面もあることはあるので、全部を否定はしないけれど。


《……殿下はきっと、今しばらくはお忙しいことでしょうね》


 しばらくの静寂を数えた後、ディアナは静かに、話題を変えた。エクシーガが何度か瞬きをし、それから首を横に振る。


《仕事が溜まっていることは確かですが……無論、姫が優先です》

《それではわたくしは、殿下のご同輩の方々に恨まれてしまいますわ。――できれば、明日も今日と同じように、昼食を終えた頃合で外出できればありがたいのですが》

《はい。……感謝致します、姫。ところで、明日も貧民街へ?》

《できれば明日は、殿下の大学にお邪魔したいと考えております。確か、スタンザ帝国の大学は、あらゆる分野の学術研究の最高峰なのですよね?》

《そのような……もちろん、最高峰であれと、日々研究を重ねる学者が集ってはおりますが》


 大学、という言葉を聞いて、エクシーガの表情が輝く。大学で調べたい内容は、たぶん殿下の専門とは被らないけれど……と心中だけで呟いて、ディアナは近付いてきた皇宮殿の灯りを見つめた。











「ディ、ディアナ様。申し訳ございません、少し全員が出払っていた間に、このような――!」


 数刻後、エルグランド王国から持ち込んだ衣類や雑貨が乱雑に荒らされた室内とご対面するとは、まさか夢にも思わずに。


こんなに長くなる予定ではなかったのですが、ポルテくんが可愛い&天使だったことで、筆がつるつる滑りました。反省はしておりますが、後悔はしていません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 内政干渉しまくりじゃないか他国の成り立ちやこれまでの経過があったから今の状態なのにただの男叩きしてるだけじゃん
[良い点] 幼子の言動の中に民衆の状況の深刻さを見てる明敏さ、幼子自身の隣人愛の深さに想いを致せる優しさ。 ディアナには国情が違うということで自身の涙を抑えても感情はついていけるのかどうか。 これから…
[気になる点] 何だかエクシーガ殿下の台詞回しが何とも違和感です。 自国の民を救いたければ自分の妃になる方法もあるとか…。え?自分は関わる気なさげですね…って感じで、そんな台詞で口説く気があるのかって…
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