蔦庭の集い
申し訳ありません。例によって、推敲がとっても不十分です。
誤字脱字等ございましたら、ご報告のほど、よろしくお願いいたします。
晴天広がる、山月半ば――要するに、シーズン開始の夜会が終わって半月ほどが経過した、ある日。
毎度お馴染み、後宮内の忘れ去られた蔦庭にて、少人数の側室たちによる秘められた茶会が開かれた。
以前はリリアーヌを除いた『名付き』側室四人がメインに使っていた蔦庭だが、こちらの事情を深く知るメンバーにシェイラが加わったことで、主な利用者は五人となった。ライアとヨランダは折を見てここにシェイラの友人であるリディルとナーシャも加える気満々のようで、そろそろ蔦庭の模様替えが必要だなと考えているディアナである。五人までならどうにか収容できるが、それ以上となるとこのテーブルはいささか狭い。
椅子が五脚並べられ、テーブルいっぱいに焼き菓子とティーセットが並んだ、あまり優雅とはいえない空間に集った側室たちは……皆、一様に厳しい表情を浮かべている。ある程度落ち着いてるのはディアナくらいで、他の面々はどちらかといえば憤慨の様相だ。
「まったく……あまりこんなことを言いたくはないけれど、今回ばかりは外宮の不手際と脇の甘さを厳しく追求したい気分ね」
珍しく、憤懣やるかたないという感情を隠そうともしないライアが口火を切れば、斜め前のレティシアが即座に頷く。
「えぇ、まったくです。もともと、外宮の皆様方にあまり期待はしておりませんでしたけれども。それでも最低限のお仕事はしてくださると思っておりましたのに」
「二人とも、顔が怖いわよ?」
「そういうヨランダも、目が全然笑ってないわ」
「……そうねぇ。さすがに、ちゃんと笑えるほどの余裕はないわねぇ」
「皆様……まずはお茶を飲んで、お菓子を食べましょう? えぇ、ぜひそうしましょう?」
ちょっと真面目に怖くなってきて口を挟むと、真横のシェイラにじろりと睨まれる。
「この場でいちばん怒らなきゃいけないのは、ディーだと思うのだけれど。どうしてそこで呑気に『お茶会しましょう』ってなるの?」
「『お茶会しましょう』も何も、これって一応、お茶会でしょ……?」
テーブルの上からしても、時間帯的にも、これが少人数の由緒正しい午後の茶会であるのは疑いようもない。お茶会でお茶とお菓子を勧めて怒られるとは、地味に理不尽だ。
とはいえ、皆の気持ちも分からないではないので、ディアナは率先してティーカップを持ちつつ苦笑した。
「皆様のお心遣いは、ありがたく思います。……ですが、これはもう決まってしまったことですから」
「――ですから! こんなことが〝決まってしまった〟こと自体おかしいと、そう言っているのです!」
レティシアの瞬間的爆発にそろそろ動じなくなってきたシェイラが、深く、ふかーく首肯して。
「本当に、レティシア様の仰る通りです。――よりにもよって、腹に一物どころか十物くらい抱えていそうなスタンザの皇子殿下とディーの茶会が催されることになるなど」
この場にいるディアナ以外の――侍女たちもまるっと含めた全員が激昂している案件を口にした。
滅多にない……というより、ディアナが知る限り初めて、ライアが紛れもない冷笑を浮かべて口を開く。
「お父様から平謝りの手紙を頂戴したけれどね。こればかりは、謝って許されるものではないわよ」
「ユーストルは権力中枢から離れてはいるけれど、それでも搦め手でどうとでもできたでしょうに。『狸の御名は返上ですか?』なんて皮肉だけじゃ足りなかったわね」
「信じられません。商売とディアナ様、どちらを優先すべきかも分からないとは」
「……ライアさん、ヨランダさん、レティ。ご実家への悪口はそれくらいにして、冷静になりましょう。現実問題として、外宮の多勢がスタンザの親善外交を受け入れる方向へ傾いてしまった以上、皆様のご実家だけが慎重論を唱えても少数派として流されてしまうのは致し方ないことです」
……そう。シーズン開始の夜会を起点に始まったスタンザ側の方針転換は、当初はエルグランドの王宮を戸惑わせ、徐々に意見の変遷を招き――たった半月で劇的な変化を見せていた。具体的には、エルグランド王国を全力で見下していたスタンザ国使団が、シーズン開始の夜会の翌日から「我々の態度は酷いものだった。親善を担うべき者がすることではなかった。エルグランド王国の皆様方に真摯にお詫びする」と言い出し、低姿勢で王宮の者たちと接するようになったのだ。ライアが密かにストレシア侯爵から受け取った書簡によると、侯爵を始めとする接待に当たった外務省の官吏たちに対しては、なんとスタンザの皇子直々に頭を下げられたとか。
加えて、その後に設けられたエルグランドとスタンザの要人数人だけが参加した会談の場において、なんと、スタンザ側にエルグランド侵略の意図があることまで明確に認めた。それだけならば「自分たちは敵国です」と堂々宣言するだけの馬鹿げた行為だが、そこは腐っても有能と名高い皇子らしく、「エルグランド王国の内実を知って、自分たちがいかに浅はかかよく分かった。国に戻ったら、皇帝にエルグランドへの侵攻は諦めるよう進言する。今後は友好国として、末長く付き合う道を模索していくつもりだ」と宣ったというから驚きだ。面の皮の厚さも、ここまで来ると一周回って羨ましくさえ感じてしまう。
もちろん、ジュークを筆頭とする王国首脳陣は、誰一人としてスタンザ側の言い分を信じてはいない。仮に――百万が一、皇子が本心から友好を望んでいるとしても、彼が皇帝を説得できる確証がない以上、その言葉は信用するに値しないものだ。
だが、真面目な親善外交を始めたスタンザ国使団は、存外エルグランド王国貴族たちにウケが良く。こうなってくると、賓客として一段高い扱いをしていなかったことが、却って悪く回り出す。王宮に滞在しているだけの〝一般客〟であれば、煩雑な手続きを経ることなく、簡単な申請書一枚を提出するだけで、気軽に自家の茶会や夜会に招くことができるのだ。王宮で親善外交を行い、個人的に親しくなった貴族宅の社交場に招かれ、そこで人脈を作る――という地道な手段で、スタンザ国使団は王国貴族たちから支持を集めていった。
(……まぁ、彼らがどれほど真面目に親善外交に取り組んだところで、たった半月でこれほどまでに王宮内の空気が変わるのは不自然極まりないけどね)
良からぬことを考えている〝誰か〟が裏で暗躍し、スタンザ国使団が貴族たちに受け入れられるよう策を弄したのだろう、とは何となく感じ取っている。この辺りの見解は父と兄も同じらしく、今度は出し抜かれないように、王宮の動きを仲間たちと協力して注意深く見張っていると、シリウスが知らせてくれた。
――それはともかくとして。
「本当にディアナは、自分が当事者の案件ほど他人事のような顔をするのね。これは本来なら、あなたが一番に怒ってはっきりした拒絶を叩きつけるべきことなのよ?」
「ディアナの優しさは美徳だと思うけれど、こればかりはライアに賛成だわ」
年長者二人に全力で叱られ、おまけに『紅薔薇の間』の侍女たち(もちろんリタも含んでいる)にまで大きく大きく頷かれ、ディアナとしては非常に居心地が悪い。悪いがしかし、反論しないわけにもいかないのが辛いところだ。
「もちろんわたくしとて、本心では茶会などに出たくはありませんよ? こうして皆様と遠慮なく語り合える場なら別ですが、そもそもわたくし、社交そのものが好きでも得意でもありませんし」
「まぁ……ディーならそうでしょうけれど」
「ですが、外宮の方々とて、何も状況をぼうっと眺めて何もなさらなかったわけではありません。ストレシア侯爵様はもちろんのこと、陛下、モンドリーア宰相閣下、外宮室――こちら陣営の皆様総出で、スタンザ国使団が王国貴族と親善を深め過ぎないよう、計らってこられました。それでもこうなってしまった以上……ここでわたくしが頑なにスタンザを拒めば、わたくし一人の悪評に留まらず、陛下のお立場まで悪くしてしまいます」
「思っていたほど、噂で聞いていたほど、スタンザ帝国は横暴な連中ではないらしい」と警戒を緩めた者たちを巧みに誘導し、帝国国使団はじわじわ、一つの要望を王国側へ突きつけていた。
――今一度、正式な場で、エルグランド王国正妃殿下にご挨拶申し上げたい、と。
現在、エルグランド王国に正妃は存在しない。いるのはあくまでも正妃代理――側室筆頭『紅薔薇』だけだ。
首脳陣だけでなく、国内貴族のほとんどが当初はそのように返答して取り合わなかったその要望を、スタンザ国使団はまたも巧みな話術で、決して強引に押し通すのではなくやんわりと、しかし一歩も引かずに主張し続けた。
曰く。
我々も当初はそのように聞いていたため、たまたま後宮でお会いした際、非常に失礼な態度を取ってしまった。悔やんでも悔やみ切れない。
聞けば、エルグランド王国の後宮はスタンザの後宮と違い、側室であっても場合によっては正妃に近いお立場であることも多いのだとか。ましてや紅薔薇の君は、国王陛下のご信頼とご寵愛厚く、政情が許せば今すぐにでも妃として立てるお方と聞く。であれば、かの君は名目の上では代理であれど、実質次期ご正妃でいらっしゃるのでは。
知らなかったとはいえ、そのようなお方に無礼を働いてしまったことを、皇子殿下は大層気に病んでおられる。紅薔薇の君のお気持ち次第ではあるが、どうか今一度、正式な場で謝罪とご挨拶をさせては頂けないものか――。
ひたすら低姿勢で、自分たちの非を詫びながらそのように申し出られると、人情として切り捨てにくい。特に革新派――中でも、娘を側室に上げている貴族ともなれば余計に、娘が属する派閥の長を高評価するスタンザ国使団に反発し続けるのは難しかったのだろう。日を追うにつれ、「スタンザの皇子殿下が紅薔薇様にご挨拶申し上げたいと仰っておいでです。紅薔薇様への非礼を深く後悔していらっしゃるご様子ですし、ここはエルグランド王国の寛容さを印象付けるためにも、ご一考なされては……」という進言が、確実にジュークのもとまで上がってくるようになった。王を操り人形にする気満々の保守派重鎮たちと違い、現在革新派の中核を担っている者たちはジュークの意見によく耳を傾けてくれ、状況次第ではこの先味方になってくれるかもしれないらしく、その進言となればジュークとて無闇矢鱈と拒否することは難しくなる。
(こういうときこそ、異国嫌いの保守派に頑張って欲しかったのだけれど……)
やや調子の良いことを心中だけで独り言ち、ディアナは少しだけ自嘲した。
――大変残念なことに、スタンザ国使団への対応について、保守派の腰は引け気味だ。理由は簡単、スタンザ側が「友好の証に」とエルグランドへ示した手土産――スタンザとの内通者数名が、何と保守派に連なる者だったからである。
その内通者たちにさしたる信念はなく、単に「家が古参貴族だから保守派」くらいの感覚で派閥に名を連ねていたらしいが、それゆえ目先の利害に弱かったようだ。スタンザと密かに繋がっていることで得られる金品や見返りは相当に美味しかったのか、表向きは周囲に合わせて異国排斥を訴えながら、裏でせっせと、そんなエルグランド王宮の様子をスタンザへ流していた。それを証拠付きで一足飛びにエルグランド首脳陣へ示されてしまったものだから、ことは内通者本人たちだけに留まらず、知らず彼らと親しくしていた保守派の面々にまで飛び火したのだ。その知らせを受けた際、さすがにディアナは保守派のお歴々に同情した。
いずれにせよ、日頃から異国排斥を叫んでいた自派閥の中に裏切り者が居たのだから、さすがの保守派もスタンザ国使団の行動や王宮側の対応について、あまり声高には物申せなくなってしまった。仮にこれまで通り「我が国の歴史や文化を蔑ろにし、蹂躙しようと目論む異国の者と親しくするなど、売国奴にも等しい振る舞いだ」などと主張してしまったら、返す刀で「そちらにそのような方がいらっしゃいましたね」と切り込まれることは目に見えている。裏では散々悪態を吐いているのだろうけれど(実際、そんな報告もちらほら入っている)、少なくとも表立って友好外交に異論を唱える気配は、今のところ見られない。
そうなれば、王宮全体がスタンザ国使団を受け入れる空気になるのも時間の問題で――。
「……そうだとしても、やはりこの決定は納得がいきません」
外宮側へ理解を示すディアナの言葉に難しい顔で集った面々が黙り込む中、いの一番に異論を発したのはレティシアだ。ディアナがお菓子を勧めたからか、申し訳程度に焼き菓子を摘みつつ続ける。
「もともと帝国とご商売上で繋がりがあった革新派の方々が、真摯に反省して友好を求めるようになったように見える国使団の方々に絆されるところまでは、分からなくもありません。ですが、陛下を始めとする上層部の皆様方は、スタンザ帝国がそう簡単にエルグランドへの侵攻を諦めるような国ではないとご存知です。であれば、周囲が何と進言しようと、そこは毅然と跳ね除けるべきではございませんか?」
「……陛下としても、本心ではそうされたかったようですが」
レティシアの言葉に答えたのはシェイラだ。眉根を寄せ、かつ暗い表情であることから、彼女も決してこの状況を受け入れているわけではないことが分かる。
「陛下も宰相閣下も、本当に苦渋の決断でいらしたようです。スタンザ側の内実はどうあれ、表向きは完全に親善外交へ切り替えた国使団と、どのように向き合うべきかと。見え隠れしていた侵攻の意図を隠されての擦り寄りなら、あからさまに警戒して遠ざけることも不自然ではありませんが……王国を侵攻する心算があるのだと全面的に認め、かつ国使団としては侵攻に反対するとして内通者切りまで行ったとなれば、ある程度はその誠意を認めた対応をしなければ、逆にこちらが礼儀に欠けていることになってしまいます」
「ですが、もともとは国使団とて侵攻支持の立場であった以上、エルグランド側から冷遇されたとて抗議できる立場にないでしょう」
「……レティ。実際、国使団は王宮側からの正式な接待が一切ないことに、これまで文句一つ言ってはいないわ。むしろ、『王都へ参るまでのこちらの非礼を考えれば、当然のことです』と殊勝な様子よ」
「まさかとは思いますが、ディアナまで絆されたわけではありませんよね?」
「それこそ〝まさか〟よ。わたくしがそんな生温い人間でないことは、レティだって知っているでしょう?」
皮肉気な笑みを浮かべたディアナの言葉を、こちらも目が笑っていない笑顔のヨランダが引き継ぐ。
「――国使団の殊勝な態度も含めて、彼らの交渉術だと。ディアナはそう考えているのよね?」
「えぇ、その通りです。さすがはヨランダさん」
「そうね。わたくしとて、スタンザ国使団の立場に置かれたら、そのように振舞うもの」
にっこり笑って(しつこいようだがあくまでも顔だけの笑顔である)、ヨランダは冷めたお茶の入ったカップを優雅に持つ。
「何らかの事情でこちらを一切信用しなくなった相手に要求を飲んでもらいたい場合、直接相手へ交渉を仕掛けるのは極めて効率が悪いわ。まずは相手の親しい人を籠絡して、執り成しを頼んだ方がずっと早い。――今回にしたって、同じこと」
「要するに、王国上層部の取りつく島の無さを察したスタンザ国使団は、王家と『紅薔薇様』にそこそこ好意的な貴族に狙いを絞って親しくなり、『正式に王家の方と会いたい』オーラを出し続けているわけね。ただ要求を言い続けるだけだと図々しいけれど、『悪いことをしてしまった、もう取り返しがつかないかもしれない』と後悔と反省を全面に出しつつ、『許してもらえないのは仕方ないけれど、せめて一言お詫びしたい』と誠実を装えば、言われた方は『許す許さないはともかく、謝罪の機会くらいは与えてあげても』という気持ちになるし、王へ進言できる地位にあれば自尊心も手伝って『折を見て、そちらのお心を陛下へ伝えておきましょう』と答えたくなる。これがヨランダの言うところの〝籠絡〟よね」
「利用する気満々なのが伝わってしまっては籠絡にならないし、相手側とて警戒するもの。あくまでも、仲介する方が自発的に執り成したくなるように話を持っていかなければね。その点、スタンザ国使団の〝外交〟は実に見事よ」
言いつつ、ヨランダはふぅ、と小さくため息を吐く。
「お父様もアベルも……スタンザ国使団が何をしたいかくらい、彼らの言動を見れば予想はついたでしょうに。そんなときこそユーストルの狸芸を駆使して、執り成し役として目を付けられた方々が易々と国使団を信用しないよう、立ち回ってくださればよかったものを」
「お言葉ですが……ユーストル侯爵様はともかく、まだアベル殿にそのような振る舞いは荷が重いのではありませんか?」
「そうねぇ。あの子はどうも、正直すぎるきらいがあるようだから……自身の心中さえも欺けるようにならなければ、一人前の社交戦士とは言えないのにね」
「えぇっと……ヨランダ様。お言葉を返すようで恐縮ですが、それは少々、〝一人前〟の壁が厚い気がします」
控えめながらもはっきりと「厳しすぎでは?」と告げたシェイラの言葉に、レティシアと共に同意する。シーズン開始の夜会で姉の顔をしたヨランダを初めて見たが、意外なことに彼女はアベルに対し、柔らかくとも甘くはなかった。普段はどうなのか分からないが、社交に関してはこの通り、一切の妥協を許さない鬼教官ぶりである。年少三人の意見にも「あら、そうかしら?」と答えるだけで揺るがない。
そんな親友に、ライアがやれやれといった様子で苦笑して。
「ユーストルの方々がどのように立ち回ってくださったところで、多勢に無勢では太刀打ちできないわ。……つまりシェイラ様、『スタンザ皇子に謝らせてやってくれ』という革新派からの〝執り成し〟は、もはや突っ撥ねることができないほどに高まっていると、そういうことなのね?」
「……陛下は詳しく仰いませんでしたが、そういうことなのだと思います。執り成してきた方々も、一度言い出してしまった以上は言いっ放しというわけにも参りませんから、親しい方々にスタンザ国使団のご様子を広めるなどして王宮内で世論を形成し、それが間接的な圧力になっているのだと。これ以上知らぬ振りで流せば、味方にできるはずの者を減らしてしまいかねない、と苦しいご様子でした」
「今回スタンザ国使団に乗せられてしまっている方々は、人が好いところを付け込まれただけだから、別に政の場において全くの無能というわけではないし、陛下と王家にとって危険度が高いわけでもないという点が、地味に一番痛いのよね。後宮縮小とシェイラの正妃擁立を目指す上で、陛下の権限をじわじわ高めていきたいこの現状で、味方にできそうな方を失ってしまうリスクは、できれば負いたくない。おそらく、宰相閣下もそのように考えられたのではないかしら」
「……もしもスタンザ国使団がそこまで見越して動いたのだとしたら、こちらとしては尚更、ディアナを人身御供に差し出したくはないわね」
ライアの呟きに、ディアナ以外の全員の首肯が揃う。
「そもそも、」とヨランダが音を立ててカップを置いた。
「陛下と宰相閣下は『紅薔薇が彼らと会っても良いと言うのならば、スタンザ皇子と語らう場を用意しよう』とご返答されたのでしょう? それってどこからどう聞いても、『嫌なら断れ、むしろ全力で断れ』って仰っているわよね?」
「まさかディー、あまりにも余計な副音声を聞かれすぎて、言葉の裏を読み取る気をなくしちゃった?」
「……シェイラ、わたくしをなんだと思っているの。何か話す度に誤解曲解が踊り出す顔なのは確かだけれど、そんなことで拗ねて投げやりになったりしないわ。陛下のお心遣いは、きちんとお受けしたつもりよ」
「――では、何故?」
少し低いライアの声が、鋭くディアナへ切り込んだ。決して声を荒げていないのに、「誤魔化すのは許さない」という彼女の厳しい心中が伝わってくるようだ。
……スタンザの申し入れを受けると決めた日の夜、この件で散々カイとも揉めたなと、こんな場合だというのにディアナはふと思い返した。
あの夜と同じように、ディアナはライアの目をしっかりと見返して。
「諸々の状況を総合的に鑑みて、わたくしがお受けするのが最良策だと判断したからです」
「判断の詳細を聞きましょう」
「はい。――まず第一に、『何故スタンザ側がわたくしへの謝罪に拘っているか』ですが。可能性としては、〝王族との会談〟の場を持つに最も不自然でない口実であったから、というのが最も高いと考えました。『紅薔薇』を正妃代理ではなく次期正妃として王族扱いしたところから見ても、彼らが王族同士の正式な会談の場を持ちたいと考えているのは明らかです。対外的には陛下の寵姫とされているわたくしに狙いを定めることで、陛下を同時に釣り上げる狙いもあったでしょうね。実際、よほどの危急の案件が舞い込まない限り、茶会には陛下も同席されることになりましたし」
「理論的な分析ね。それで?」
「彼らが〝エルグランド王室と正式な会談を行った〟という実績を欲しているだけならば、その口実でしかない『紅薔薇』に危険が及ぶ可能性は低いでしょう。陛下が同席されるのであればなおのこと、実務的なお話は男性同士でなさるでしょうから、わたくしは明日の茶会を開くためにその場に居るだけの、いわば単なるお人形です。形だけの謝罪を形だけ受けて、後は静かに話を聞いていればいい」
「……ディーを〝口実〟で〝お人形〟にしている時点で、私はまったく気に入らないけれど」
「ま、この際そういう個人的感情は置いておかないとね。本音を言えばもちろんわたくしだって、女を政の道具としか見ない殿方には軽蔑しかないわよ?」
優しい友人の憤りをありがたく受け止めてから、ディアナは再びライアへ視線を戻す。
「これで、暫定ではありますが、わたくしの身の安全は保たれたと考えて良いでしょう。次に、わたくしが茶会を断った場合に生じる問題点ですが」
「……まぁ、それはね。貴族たちには『我が儘』『高飛車』と思われるだろうし、あなたの悪評がますます高まるだろうことは予想がつくし、それは申し訳なく思うけれど」
「ライア様。わたくしが今更、そのような悪評の一つや二つに臆するとお思いですか?」
強い瞳で、ディアナは断言した。
――今回のスタンザ国使団の要望は、ディアナ個人としては到底受け入れ難いものだったし、国としても喜んで場を設けるような状況でない。ディアナ一人が悪評を被るだけで済むなら、一も二もなく痛烈に断っていた。王は一考したけれど『紅薔薇』が嫌だと駄々を捏ねたのだということにすれば、王へ進言した革新派貴族の顔も立つ。
そう。ディアナだって、こんなのお断り案件だと思ったのだ。――要望を出してきたのが、エルグランド王国侵略を目論むスタンザ帝国の国使団でなければ。
「国使団がいかに親善外交へと方針転換しようと、彼らが現状、仮想敵国である事実は変わりません。……それにわたくしは、スタンザの皇子殿下が心底からエルグランドへの侵攻を過ちだと認識し、友好を結ぼうとしているとも信じられません」
「それはディアナだけでなく、ここにいる全員と、外宮の皆様方も同意するところだとは思うけれど」
「そうですよね。――そんな、我が国の侵略を目論む者たちに、『エルグランド王は側室の我が儘一つ御せぬ。かの王の権はさほど強くない』と思わせてしまうのは、あまりに危険ではありませんか?」
テーブルについている四人が、一様に息を呑む。静かに頷いて、ディアナは続けた。
「確かに今、政における陛下の実権は、ほとんど取り上げられているに等しい状況にある。ですが、それをスタンザ帝国に知られるわけにはいかないのです。一度その疑いを抱かせてしまっては、これほど巧みに王宮内を引っ掻き回してくれる方々が、黙って見ているわけがない。あの手この手で王宮の権力争いに介入し、最終的に陛下を玉座から引き摺り下ろそうとするでしょう。……外から攻め込むよりも内乱を誘発する方が何倍も簡単だなんて、絶対に気付かれるわけにはいかない」
「そ、れは……」
「……こういうとき、無駄に回る自分の頭が恨めしいです」
さきほどヨランダが「自分もスタンザ側なら同じことをする」と言ったが、ディアナも考えたのだ。――もしも自分がスタンザ帝国の軍師で、エルグランド王国を手中に収めようと思ったら、どんな手を使うか、と。
今のスタンザ国使団と違い、ディアナの頭にはエルグランド王国の国情がある程度詰まっている。それを駆使すれば、答えは驚くほど簡単だった。わざわざ海を越える大兵団を組織しなくても、今のエルグランド王国ならば、権力抗争を少し弄ってやるだけであっさり自滅するだろう。
言い換えれば。今のエルグランド王国は、それほど危うい均衡のもと、平穏を保っているのだ。――その均衡の一つが誰あろう、『王』という存在であるわけで。
「過激保守派は、陛下が自分たちの言うことを聞かなくなればいつでもあの世へ送る気満々ですが、今のところ見せかけの王権までもを奪おうとはしておりません。いちおう、この国の最終決定権は王にあるという体裁は保っています。故に対外的には、王が寛容なのを良いことに臣下が政の優劣を競っているように見える。過激保守派の思惑はこの国でもごく一部しか知らぬことですから、ほんの少し革新派貴族と親交を深めた程度のスタンザ国使団が気付くことはないでしょう。この見せかけをこのまま疑わせないためには、陛下の権が弱いと見られる可能性のある行為は、極力避けねばならない。――そう考えて、わたくしはスタンザ国使団の申し出を受けることとしたのです」
「ディー……あなたは、いったいどこまで……」
シェイラが大きく目を見開いて、喘ぐように息をする。ディアナは少し、苦笑した。
「ちなみに、同じことをカイにも説明したけれど、『もう手遅れな気がする』とは言われたわね。王権が揺るぎないなら、『紅薔薇』が寵姫とされている現状で、わたくしが正妃に擁立されていないのはおかしいから、って。でもまぁその辺は、婚姻という慶事だし、できるだけ多くの貴族に祝福してほしいから地道に説得して回ってる、とかなんとか、どうとでも言い繕えるし。国使団の動きを見るに、まだ手遅れとまではいかないと思うの」
「……カイさん、とっても怒っているでしょう」
「よく分かるわね。そこそこ付き合いも深くなってきたと思うんだけど、これまで見たことがないほど不機嫌だわ」
大概のことは拘らない代わりに、カイは拘る点にはとことん拘る。スタンザ皇子との茶会はカイにとって大いに拘るべきところだったらしく、ディアナが懇切丁寧に会談を断るリスクを説明しても、「そんなところまでディーが面倒見てやる必要ない」の一点張りだ。茶会の日取りが正式に決まったと通達が届いた今朝など、天井裏にいても不機嫌が伝わってくるほど、あからさまに怒っていた。密やかでもないしまるで気配が隠せてもいないので、今のカイは隠密とはちょっと言いづらい。
「ディアナの考えは理解できたけれど……正直、私もカイに同感よ。ディアナが拒絶して、それに陛下が逆らえなかったとて、それこそ惚れた弱みとでもどうとでも言い繕えるでしょう」
ため息をつきつつライアが言えば、ヨランダも焼き菓子を食べつつ頷いた。
「ディアナのことだから、受ける危険性と断るリスクを秤にかけて、受けた場合の危険はせいぜい自分一人だけれど、断った場合の悪影響は広範囲に及ぶと考えたんだろうとは思っていたけれど……〝広範囲〟のスケールがちょっと大き過ぎるわ。そんなことを考えるのは外宮の方々に任せて、ディアナは自分の気持ちに正直に振る舞っておけば良かったのに」
「……自分で言うのもなんですが、そんな風に割り切れる性格なら、こんな苦労ばかりの『紅薔薇』の座を守ってはいないと思います」
「ディアナらしいと言えばそれまでですけれど……難儀な性格していますよね」
レティシアの呟きに、シェイラがため息をついた。
「こういうディーを止めるのが、カイさんの役目でしょうに……結局カイさんも、究極のところではディーに弱いんですよね」
「……そうかしら? 普通にめちゃくちゃ怒ってるし、別に私に遠慮とかしてないと思うけど」
「遠慮じゃなくて、単に弱いのよ。ディーに引く気がないのがよく分かるから、強く出られないのね。気持ちはすごく分かるけど……こんなときこそ、あの無駄に綺麗なお顔を有効活用して、色仕掛けでもなんでもすれば良いのに」
「……シェイラって本当に、カイにだけは辛辣よね。けど、カイが誰に色仕掛けするの? スタンザ国使団に女性は居ないはずだけど」
単純に疑問だったので尋ねたのだが、何故かシェイラと、レティシアにも盛大な呆れの表情を向けられた。
そんな自分たちを見ていたヨランダが、ようやく普通に、楽しそうに笑う。
「あら、ディアナ。〝無駄に綺麗な顔〟の部分は否定しないのね? カイってそんなに美形なの?」
「そう、ですね。容貌は整っていると思います。たまに、隠密してるのが勿体ないなって思いますから」
「あまり他人の容姿を気にしないあなたがそこまで言うのだから、相当なのね。ちょっと興味が出てきたわ」
「ヨランダ……」
「なぁに、ライア。ヤキモチ?」
「馬鹿言わないの。殿方の容姿になんて、あなた、興味ないでしょう」
「殿方の容姿に興味はないけれど、ディアナがどんな男性を美形だと思うのかは興味あるわ」
ようやくいつもの蔦庭が戻ってきたことに安堵しつつ、ディアナは数日後の茶会に向けて、気合を入れ直すのであった。
慣れ親しんだキャラたちなのでよく動いてくれるのは助かるんですが、動きすぎて文字数ェ……
そしてもちろん、読者の皆様はお気付きだと思いますが、珍しくディアナさんの想定が甘いですね。こういうことは滅多にないので、書いていて割と新鮮でした。
次回は荒れるんだろうなぁ……(ストック切れたので今から書きます)
また、後書きの場で恐縮ですが、今週末、2020年4月11日(土)に、コミカライズ版『悪役令嬢後宮物語』2巻が発売となります! ラノベにはあるまじき文字数のお話を大変読み易くコミカライズして頂いておりますので、よろしければ是非手に取ってご覧くださいませ。1巻と同じく、巻末にSSを書き下ろしております。
どうぞよろしくお願い致します……!




