新たな繋がり
前回出てきた新キャラさんたちのターンその1です!
ジュークから離れ、単独行動に移ってすぐ、ディアナは昨年までとの違いに気が付いた。昨年まではディアナが独りでいれば、邪な思惑を胸に秘めた男性たちからひっきりなしにダンスの誘いを受けたものだが、今年はそういった声掛けが圧倒的に少ない。どうやら、ジュークが現在外宮にて実行中の『紅薔薇と仲良し、正妃はどうしよっかなー』作戦は、ジュークだけでなくディアナを守る盾ともなってくれているらしい。国王陛下が正妃にと考えている女に堂々と火遊びを仕掛ける男は、そう多くないということだろう。お陰で、昨年よりはずっと落ち着いて、大広間の様子を観察することができた。
(やっぱりギスギスしてはいるけれど……全体的には去年よりまし、かしらね?)
去年は後宮開設初年度であり、リリアーヌ一派による横暴もあって、革新派と保守派の仲は最悪に近かった。大広間という同じ空間にいても両者の距離は遠く、そこここで火花が散っていたものだが……今年も傾向としては変わらないものの、いがみ合いの空気はまだ落ち着いているように見える。保守派が革新派を苦々しく思っていることは変わらずとも、革新派側が真っ向から受けて立つことなく流している感じ、だろうか。
「紅薔薇様、少しよろしいでしょうか」
「えぇ」
「お楽しみのところ、お呼び立てしてしまい申し訳ありません。一言ご挨拶を申し上げたく」
このように、呼び止められることがあってもダンスの申し込みではなく、革新派貴族からの挨拶が多い。娘を後宮へ上げている家だけでなく、これまでディアナともクレスター家とも付き合いのなかった人々も、続々と挨拶にやって来る。
(ダンスの申し込みが少なくなったのは助かるけれど、忙しさは去年と大して変わらないわね……)
むしろ、革新派貴族がディアナを祭り上げ出した気配を敏感に察した保守派貴族から憎悪の念がビシバシ飛んでくるため、気疲れという意味では去年以上かもしれない。クレスター伯爵家は代々毒にも薬にもならない中立派のはずなのに、何がどうしてこうなった。
それでもやはり、覚悟していたほどの悪意は感じられなくて。挨拶を受けつつ周囲を探るうち、ディアナはその原因を察する。
(あぁ、そういうことか)
位置関係でいえば、今ディアナがいる場所から大広間の中心を通る対角線上にいる一団。今日もストレシア侯爵が通詞として――実質はこれ以上余計なことをさせないための見張りとして張り付いている、スタンザ帝国の皇子とそのお付き達に、保守派のみならず革新派からも、分かり易い怒りと憎しみの念が集中しているのだ。……分かり易いといってもそれはあくまでもディアナにとってであって、肝心のスタンザ一行が感じているのはせいぜい、あまり好意的には受け入れられていない居心地の悪さ程度だろうけれど。エルグランド人は――特に貴族は伝統的に、よく知らない相手へ剥き出しの感情を分かり易くぶつけるような真似はしない。ディアナが感じる悪意が予想よりマシなのは、単純に、ディアナ以上に腹立たしく憎らしい存在が広間にいるからなのだろう。
最初からスタンザ帝国に友好的でなかった保守派貴族だけでなく、もともとは商売相手としてそれなりの関係を築きたいと考えていたはずの革新派貴族までも、自分から積極的にスタンザの皇子へ話し掛けようとはしない。そればかりか、常にどっちつかずの中立派たちまでもが、彼らを視界に入れないよう振る舞っている。結果、スタンザの皇子が挨拶したい相手をストレシア侯爵へ伝え、侯爵が間を取り持つ形で何とか社交が成り立っている状態だ。半島統一後、異国の王族を迎えるのは今回が初めてだということを差し引いても、この冷遇っぷりは普通ならあり得ない。……まず、同じ王族であるジュークが、最初の挨拶以降、皇子と一切関わろうとしないところからして異常だ。
(自業自得、自分で蒔いた種って言葉が、これほどぴったりはまる状況も滅多にないわね……)
――もちろんエルグランド側としては、国賓として異国の皇子を迎え入れる以上、自国の王族と同列の待遇を予定していた。ジュークの隣に皇子の席を設け、広く彼らを紹介し、皆で歓迎の意を表明する段取りも整えていた。それが全て〝無し〟となった理由は他でもない、スタンザ側の数々の横暴にある。
外務省から派遣された歓待の者たちを、まるで配下か奴隷の如くこき使い、当初擦り合わせていた予定は悉く無視し、予定より早く王宮へやって来たかと思えば、我が物顔で王宮内を歩き回り、あろうことか王以外の男子禁制のはずの後宮にまで足を踏み入れ……あまりの暴挙に、外務省はもちろんのこと、王宮全体が烈火の如く怒ったのだ。今回ばかりは派閥はあまり関係なく、どちらかといえばこれまでスタンザのためにと骨を折って来た外務省と革新派貴族の方が、抱いた怒りは深い。
「あんな連中に国賓待遇は必要ない」という意見が王宮中を染める中、トドメとして、スタンザの皇子が後宮で側室筆頭『紅薔薇』を格下扱いした話が王を含めた上層部へと伝わり、ついにジュークとヴォルツはスタンザ帝国親善国使団の待遇を、〝国賓〟から〝王宮招待客〟へと格下げることを決定した。ごねられたらそれこそ、側室筆頭への無礼を理由に強制送還することも視野に入れていたが、さすがにスタンザ側も自分たちの不利を理解していたようで、その通達に文句は出なかったらしい。
単なる王宮招待客ならば、待遇は国内貴族を王宮へ招くときと同じで良い。そのため、彼らへ割く人手を大幅に削り、今日の夜会で皇子を歓迎する段取りもまるっと省くことができたわけだ。国賓ならば執らねばならない礼も必要なく、正しい意味での〝居ない者として扱う図〟が完成した。貴族社会の陰湿さにはディアナも散々苦労させられてきたわけだが、今回ばかりはその陰湿さが良い仕事をしていると認めざるを得ない。
(リタは心配してくれたけれど、この分だと皇子が話し掛けてくることはなさそうね)
悪意と敵意を分散させてくれたという点では、感謝すらしても良いかもしれない。お陰で、疲れることは疲れるけれど、まだ頑張れる。
「失礼致します。――紅薔薇様、少しよろしいでしょうか?」
不意に聞き慣れた、柔らかな声が響き、人垣がさっと割れた。その間を進み近づいて来たのは、美しい赤毛にエメラルドの瞳をした、ヨランダとアベルのユーストル姉弟だ。二人に寄り添うかの如く立つ、ライアの姿も見える。
ディアナの前までやって来たヨランダは、彼女が社交の場でよく見せる、相手に警戒心を抱かせない穏やかな微笑みを向けてきた。
「先ほどはありがとうございました、紅薔薇様。弟にも優しいお言葉を掛けてくださったこと、嬉しく思います」
「何を仰います、鈴蘭様。鈴蘭様の弟君ならば、歓迎するのは当然のこと。――改めまして、ご成人、誠におめでとうございます」
演技だけではない微笑みを浮かべ、ディアナはアベルに祝福の意を述べる。ヨランダの弟アベルと会うのは今日が初めてだけれど、ヨランダとライアから彼の話はたまに聞いていたので、あまり初対面という気はしない。
アベルの方もそれは同じのようで、初めて見るはずのクレスター家伝統の悪人面にも怯むことなく、ヨランダによく似た柔らかな笑顔で応えてくれる。
「ありがとうございます、紅薔薇様。こうしてお会いし、お言葉を賜ることができまして、誠に光栄です」
「こちらこそ。将来有望との呼び声高いユーストル侯爵家の若君とお言葉を交わせて、とても楽しいわ」
「お上手でいらっしゃいますね。――一曲、共に過ごす栄誉を頂戴できますでしょうか?」
今流れている曲がそろそろ終わるからだろう、アベルがダンスを申し込んできた。社交においては、年齢に関係なく、男性から女性へダンスを申し込むのがマナーだ。その立ち居振る舞いも板についたもので、さすがはユーストル家の若君だと感心する。
周囲が密かに湧く中、ディアナもにっこり笑って頷いた。
「喜んで」
「感謝します」
間奏曲の間に、今踊っている人々と交代する。方々から飛んでくる視線に心中で苦笑しつつ、始まった舞踊曲に合わせてステップを踏み始めた。アベルのリードはさすがに手馴れていて、実に踊り易い。
「お上手ですね、若君」
「アベル、とお呼びください。姉のご友人に敬称で呼ばれるのは、恐れ多いです」
「そうなのですか?」
「とはいえ、姉が家族に紹介したいとまで言う〝ご友人〟は、実のところそれほど多くないのですけれど」
困ったように笑いつつ、アベルが続ける。
「後宮へ行って、姉は良い方向へ変わったように思います。これまでは、本当に心を許せるご友人はライア様しかいなかったのですけれど、この間家へ帰ってきた姉の口からは、ライア様以外のご令嬢のお名前が沢山出てきました。中でも、紅薔薇様の御名は頻繁に」
「わたくしのことも、ディアナと。『紅薔薇』の敬称は、わたくしには相応しくないものですから」
「姉から聞いた限りでは、あなた様は十二分に『紅薔薇』の責務を果たされていらっしゃるかと思いますが……確かに、望みもしない立場で呼ばれるのは気持ちの良いものではありませんよね」
どうやら、ディアナの事情はヨランダ伝いでユーストル一家へ筒抜けらしい。大方想定内だから、特に驚きはしないけれど。
滑らかに踊りを続けつつ、ディアナとアベルの会話は続く。
「お姉様と仲がよろしいのですね。ヨランダ様が後宮へ行ってしまって、寂しかったのではありませんか? ご心配もなさったでしょう」
「ごく普通の姉弟仲だと思いますよ。寂しくなかったといえば嘘になりますけれど、姉ならどんな場所へ行っても無難に過ごすと分かっていましたから、特に心配はしませんでしたね。……昨年度末の貴族議会で、姉が友人のために大立ち回りをしたと父から聞かされたときが、一番驚いたかもしれません」
「……その節は、誠にご迷惑を」
「いいえ」
ヨランダとよく似たエメラルドの瞳に、紛れもない喜色を浮かべて。
アベルは、少年らしく快活に笑った。
「俺、すごく嬉しかったんです。いつだって〝無難〟を選んできた姉が、誰かのために無茶をしたことが。これまで、姉に無茶をさせることができるのはライア様だけでした。姉がそれほど思える人は、ライア様しかいなかったんです。でも――後宮で、姉はライア様以外の〝大切〟を得ることができた。それが本当に、嬉しくて」
「アベル殿……」
「ずっと、お礼が言いたいと思っていました。――ディアナ様、姉の大切な人になってくださって、本当にありがとうございます」
「それは……それほどまでに思ってくださっていることに、わたくしこそがお礼を申し上げるべきなのではありませんか?」
「常に中立であり続けるため、貴族社会の情勢を裏の裏まで読み解くことを生業としてきたユーストルの者にとって、心から信頼し、大切に思う存在を見つけることは、皆様が考える以上に難しいことなのです。俺だって、偉そうにこんなことを言っていますけれど、誰かを信じるとはどういうことなのか、まだよく分かりません。……だからこそ、姉が得た出会いが、自分のことのように嬉しいんです」
「――であれば尚更、わたくしはお姉様に感謝し、くださった信頼と親愛を大切にしなければ、罰が当たりますね」
アベルの言葉で、実感する。ヨランダがディアナにくれたものの大きさと深さを。誰かを信じることが難しい立場で、それでもその立場を超えて、ヨランダは、ユーストル家は、信じる道を選んでくれた。ジュークが目指す未来に賭け、ディアナの友人であり続けることを。
自然に笑みが零れ、ディアナは改めて、アベルへ言葉を紡ぐ。
「ありがとうございます、アベル・ユーストル殿。あなたのお言葉で、大切なことに気付くことができました」
「俺は、別に何も……本当に、姉から聞いていた通りの方ですね、ディアナ様は」
「参考までにお伺いしたいのですが、ヨランダ様はわたくしをどのように?」
「『世間の噂とは真逆の、誠実かつ謙虚で、いつも他人のことばかり気にかけるお人好しで、尚且つ絶対に自分を守らない、一番タチの悪いタイプ』だと」
「……何でしょう、褒め言葉が多いのに、あまり褒められている気がしませんね」
「姉にしては珍しいくらい褒めていますよ。……まぁ〝タチが悪い〟のはその通りでしょうね。伝統狸芸が板についているユーストルの人間は、馬鹿がつくほど真っ直ぐな人間に弱いんです。ディアナ様は、姉が最も放っておけないタイプの方だと俺も思います」
「わたくし、自分がそれほど真っ直ぐな人間だとは思わないのですけれど……それを言うならアベル殿こそ、とても率直な印象を受けます」
「えぇ、まさに。ユーストルの伝統狸芸を父から受け継いでいるのは、俺より姉上の方ですよ。俺も精進しているつもりですが、まだまだ父はおろか、姉上の足元にも及びません」
「無理に狸芸に拘らずとも、アベル殿独自の社交術もございましょう。わたくしとて、母や兄のような社交はできませんもの」
「伯爵夫人の社交術には大層感銘を受けたと、母が以前話しておりました」
「よろしければ、お引き合わせしますよ。……とはいえ母の社交術は、あまり〝無難〟なものではありませんが」
もうそろそろ、舞踊曲が終わる。最後のステップを踏みながら、アベルがちらりと周囲に視線を滑らせた。
「……ディアナ様。姉からの伝言で、『踊りが終わったら、しばらく休憩してはどうか』と。場所の指定も受けています」
「……甘えてよろしいのでしょうか?」
「えぇ。戻っていらっしゃるまで、場はライア様と繋いでおくそうですので」
さすがはライアとヨランダだ。ディアナがそろそろ疲れつつあったのを、しっかり見抜いていたらしい。一度インターバルを挟めるように、アベルとのダンスを組んでくれたということだろう。
舞踊曲が終わり、一礼してからもう一度手を取り合い、ディアナはアベルとともに人波へと戻る。本来ならば適当なテーブルの前まで男性にエスコートされ、それから別れるものなのだが、アベルは上手い具合にテーブルを回避するルートで広間の端へと向かった。同時に、広間中央では新たな踊りが始まったようで、人々の視線はそちらへ向かう。
「……どなたか出てきたのかしら?」
「予定通りならたぶん、陛下と姉が踊っているはずです」
「そこまできちんと段取りを組んでいらしたのですね……流石だわ」
未婚の国王陛下が側室と踊るとなれば、注目を集めるのは当然のことだ。皆の気遣いをありがたく受け取り、ディアナは大人しく気配を消し、アベルの背を追う。
――案内されたのは、大広間の垂れ幕の隙間を抜けた先にある扉から出ることができる、人気のない廊下だった。突き当たりに小さなテーブルとソファーがあり、一応休憩スペースとして開放はされているものの、垂れ幕の後ろにある扉から出なければ辿り着けない場所のため、知る人ぞ知る穴場だったりする。
てっきり無人だと思っていたその場所には、複数の人影があった。
「あっ、ディアナ様!」
人影のうちの一人が、やってきたディアナとアベルに気付いたようで、声を掛けてくる。ディアナも笑顔で近付いた。
「クロード、お疲れ様です」
「お疲れなのはディアナ様ですよ。さぁ、こちらへどうぞ。お飲み物と軽く食べられるもの、準備しておきましたので」
「えっと……もしかしてわたくしのために、会場から食べ物と飲み物をくすねたの?」
「誰も気付きませんでしたよ? ねぇ、室長、補佐?」
「そうですとも。どうせ夜会に出される食材類は、ほとんど食べられることなく下げられるんですから。ちょっとくらい貰っても問題ありません」
「会場の食べ物を持って休憩室へ下がることは、別にマナー違反ではありませんしね」
他にいた人影――ノートンとキースも涼しい顔だ。外宮室メンバーらしい物言いに、ディアナも少し『紅薔薇』武装を解く。
「自分で食べるものを自分で持っていく分にはマナー違反じゃないけれど、他の人にそんなことをさせるのは、あまり褒められた行いではなかったと思いますよ?」
「別にディアナ様がさせた訳でなく、周囲が勝手にしたことなのだから構わないでしょう。取り敢えず、お座りください」
「……皆様が座ってくださるなら、わたくしも座ります」
気遣いは本当にありがたいけれど、周囲を立たせたまま一人座るなど、どこの世界の女王様だとツッコミを入れたくなる。社交で疲れているのは皆同じなのだから、ここは全員で休憩するべきだ。
ディアナの言葉で外宮室の三人とアベルもソファーに腰を落ち着け、無事に全員が座ることができた。ノートンたちが適当にくすねてきた飲み物も人数分以上あったので、各々が好きなグラスを取り、喉を潤す。
ここまで案内してきたアベルが、半分ほどに減ったグラスを置いて、切り出した。
「もしかして、姉が皆様に、こちらへ食べ物と飲み物を用意するようお願いしたのでしょうか? だとしたら申し訳ありません」
「いえいえ、違いますよ。そろそろディアナ様を休ませた方が良いというのは、関係者全員一致の意見でしたから。場所の指定は陛下がなさって、セッティングを我々が引き受けたのです。我々外宮室は仕事柄、気配を消した行動に慣れていますのでね」
「……わたくし、そんなに疲れが顔に出ていましたか?」
「いやぁ、そんなことはありません。実に見事な『紅薔薇様』でいらっしゃいましたよ。ただまぁ、ご家族はもちろんのこと、ご友人の皆様方も、見せない疲れを感じ取れる程度にはディアナ様をご存知だということでしょう」
鷹揚に笑うノートンに諭されて、ディアナは静かに頷く。常日頃はあまり貴族らしくない室長だけれど、やはり彼も立派なエルグランド貴族の一員だ。とても遠回しに、「無理はしないように」と年長者らしく案じてくれる。
――ところで。
「アベル殿と外宮室の皆様方は、面識がおありだったのですか?」
「はい。つい先ほど、姉上からの紹介でご挨拶申し上げました」
「なるほど」
さすがは、王国中の貴族が集まる王宮夜会だ。普段、なかなか接点がない相手と顔見知りになるのに、これほど適した場もないだろう。その機会を有効活用するヨランダの社交センスも一流である。
ディアナの問いにハキハキと答えるアベルは、少し笑ってクロードを見た。
「姉曰く、外宮室の皆様は身分に関係なく優れた方々で、特にクロード殿は俺と一つしか違わないのに既に官吏として勤められている、大変有能なお方だと。クロード殿の姉君も後宮にいらっしゃるとのことですし、同じように後宮住まいの姉がいる身としては、是非とも仲良くして頂ければ嬉しいのですが」
「えええぇ、俺ですか?」
言われた側のクロードは予想外だったようで、目を丸くしてあたふたしている。
「同じ後宮住まいと言われましても、鈴蘭様と違って俺の姉は下位女官に過ぎない身ですし、爵位だってそんな、古参貴族様と仲良くして頂けるような立派なものではありませんし」
「……俺が言うのもなんですが、いわゆる『国王派』の皆様方は、爵位による上下はあまり気にしていらっしゃらないのでは?」
「確かにそうですけど……ユーストル殿は、それでよろしいのですか?」
「侯爵家の者として持ち上げられなくて良いのかという問いでしたら、もちろんですとお答えしますよ。第一、そんなことを気にしていたら、この先の時代は渡っていけないでしょう」
アベルの口調は気負いがなく、彼が時代の変化を柔軟に受け入れている様が感じ取れた。……王国に吹く新しい風は、大人より若者、子どもたちの方がより鮮明に感じ取れているようだ。
そんなアベルにクロードも親しみを覚えたようで、こちらも自然な笑顔を浮かべる。
「俺、ずっと官吏になることだけを目標に勉強ばっかりしてきたから、同年代の友人と呼べる人が居ないんです。ユーストル殿と仲良くできるなら、嬉しいし心強いですよ」
「よろしければ、アベルとお呼びください。敬称も敬語も要りませんよ、クロード殿の方が歳上でしょう?」
「社交デビューが同じ今日なら、実質同い年みたいなものです。――俺のこともクロードって呼んでよ、敬語も要らないから」
「良いの?」
「もちろん」
明るく笑い合う少年たちに、こちらの気持ちも明るくなる。ディアナは微笑んでキースを見た。
「心強いですね」
「えぇ。若い世代が育ってくれることは、何よりの喜びですよ」
「なーにジジくさいこと言ってやがる、お前だってまだまだ若造だろうが」
「そうですね、室長に比べれば、まだまだ私もひよっこです」
「あっ! お前今、しれっと俺のこと年寄り扱いしたな? これでもまだ四十には届いてないんだぞ!」
「アベル殿やクロードから見れば、充分オジさんの年齢ですよ」
「仮にも上司に随分なこと言いやがる……」
キースとノートンのやり取りに、アベルとクロードがクスクス笑う。和やかな空気に、ディアナも自然と肩の力が抜けた。
「わたくしは、室長みたいな野性味溢れる小父様、とても格好良いと思いますよ。パジェロ夫人もそうお思いだからこそ、いつも室長にお似合いの衣装をご用意されているのでしょう」
「いやぁ……そうですかなぁ。確かに妻のセンスは良いですが」
「今日はいらしていないようですが、ご息災でいらっしゃいますか?」
「えぇ。幼い娘を一人きりにはできないと、家におります。子守を雇うくらいの余裕はあると言ったのですが、女の夜会用の正装は無駄に金がかかるのだと一蹴されましたよ」
「しっかり者の奥様で、室長もひと安心ですね」
「まったくです」
ちなみに、この大柄なノートンの妻、パジェロ伯爵夫人はかなり小さい。エルグランド女性の平均身長より頭二つ分ほど小さく、童顔なのも相俟って、デビュタント時に「子どもが紛れ込んでいる」とちょっとした騒ぎになったそうだ。そんな彼女と結ばれたのがこのノートンで、成婚当時は『野獣とお人形の夫婦』と揶揄されていた――と、エドワードが言っていた。
外宮室はディアナが後宮に入る前からクレスター家とつるんでいたため、ディアナもノートンと顔見知りではあったけれど、こうして顔を合わせてゆっくり話をするのは久しぶりだ。相変わらず妻思いで子煩悩なノートンの姿に安心する。
「サリィちゃんは……そろそろ三つでしたか? 可愛らしくおなりでしょうね」
「えぇ、よく話すようになりましたよ。お絵描きが大好きでね」
「室長はそろそろ、サリィちゃんのお絵描きを外宮室の壁に飾るの止めてください。あの一帯だけ無駄にファンシーな雰囲気になっているでしょう」
「ばっかお前、『パパあげる~』ってサリィがくれるものを、そのままになんかできねぇだろうが!」
「自宅の自室に貼れば良いではありませんか」
「自室は既にサリィのお絵描きで埋め尽くされてる!」
ノートンとキースの会話に癒されながら、ディアナは束の間の休息を楽しむのであった。
夜会編書いてると「何か今までにはあんまりない感じだな……」と新鮮なのですが、アレですね、登場人物の男性率がぐぐっと跳ね上がるからですねたぶん。
今回は特に、ディアナより歳下のアベルくん&クロードくんがめっちゃ喋ったので、新鮮の上をいく新鮮さを味わえました!




