回想その2〜現状整理〜
今回は、ちょっとした繋ぎの部分です。
エルグランド王国歴414年、春爛漫の花月。
いずれ後世にまで語り継がれることとなる『ジューク王の後宮』は、多くの歓喜と密かな嘆きとともに、華々しく幕を開けた。開設当初は二十人ほどだった側室の数は、世継ぎを望む貴族たちの声の高まりとともに増加の一途を辿り、夏の頃、空月の末にディアナ・クレスターを『紅薔薇の間』へと迎えたことで、ひとまずの打ち止めとなる。
ディアナを含めた側室の総数は、初期の倍以上となる、四十八名。書類の上では同じ側室でも、実家の爵位や王宮での地位、その実績などで自然と位の上下が生まれ――。
「去年の後宮を一言でまとめれば、後宮が外宮で長年続いている勢力争いの縮図状態になったわけですが。諸々の処分等々が落ち着いたこの辺りで一度、この勢力争いの状態から整理したく思います。……まぁ正直なところを言えば、わたくし自身がそもそも把握し切れていない部分もありますので、その確認も含めてなのですが」
「大丈夫よ、ディアナ。おそらくこの中で、後宮と外宮の全てを把握できている人なんていないだろうから」
秘密集会の場所を提供したことで、必然的に進行役を務めることになったディアナの言葉に、ヨランダが苦笑しながら応答する。彼女の言葉に周囲が一斉に頷いた。
そもそも、とレティシアが挙手しつつ口を開く。
「この後宮の順位というか位付け? のようなものって、最初の頃はぼんやりしたものでしたよね? はっきりした上下があるのなんて、それこそ私たち『名付き』くらいで」
「去年の今頃のことよね? 当時はまだディアナがいなかったから、『名付き』は私たち三人と、『牡丹の間』のリリアーヌ様。後宮開設当初は後宮の運営もまだ伝統の色が濃かったから、『名付きの間』を与えられた私たちは正妃候補とされ、他の方々よりも高い位にあると示されたわ」
「その『名付き』の中でも、与えられた部屋によって明確な順位づけがされていたわね。これも伝統的に、上から順に『牡丹』『睡蓮』『鈴蘭』『菫』と。わたくしたちの場合、『睡蓮』のライアと『鈴蘭』のわたくしは、実質的にほぼ同格のようなものだったけれど」
「今更ヨランダに遜られてしまったら、何か怒らせたか、どんな裏が潜んでいるのかと、ひたすら戦々恐々する羽目になるわよ」
「――ちなみに、ここまでの話について行けてない人はいます?」
『名付き』三人の会話内容は一般常識ではあるが、その前にはあくまでも〝エルグランド王国の貴族にとって〟という前置きがつく。室内の面々は皆貴族かそれに連なる者であるが、今日の集まりには貴族でない者も天井裏にて参加しているのだ。
ディアナの確認に、忍び笑いとともに上から声が降ってきた。
〈ついて行けてないのって、たぶん実質俺くらいだよね? まぁ大体の見当はつくけどさ。――エルグランド王国の後宮は、伝統的に『名付きの間』って呼ばれてる五つの部屋が主に機能していたってこと?〉
「というかそもそも、エルグランド王国の『後宮』って、たぶん余所の国とは意味合いが大きく違うのよね」
〈ふーん……どういうこと?〉
微妙に声音が変わったカイの声を合図に、解説役をディアナからエドワードへ切り替える。単純に、この中でもっとも、国内外のあらゆる情勢に関して知識豊富な人物が彼だからという理由だ。
「これは、山向こうと海向こうの国々と国交が活発化したここ数十年で明らかになったことだがな。どうも異国における『後宮』というものは、王の妻を複数人以上、生涯に渡って留め置くためのものであることが普通らしい。一度入れば滅多なことがない限り出ることは叶わず、仕えた王の死か自身の死を以ってのみ、解放される場所であると」
〈……それって、今のこの後宮と何か違うところある?〉
「エルグランド史においては、今の――というより、ジュークの後宮の方が例外ってことさ。この国における『後宮』のもっとも重要な役割は、『正妃の選定』だ。後宮はあくまでも、『正妃候補』が一時的に住まう場所でしかなかった。後は、王と正妃の間に世継ぎができなかったり、正妃の選定の後に王が心奪われた娘が現れたりした場合にのみ、側室のために解放されたくらいだな」
〈あ、何となく話が見えてきた。だから、今の後宮で『名付き』に選ばれた人たちは、他の人たちとは最初から立場が違ってたってことか〉
この国の貴族の常識に疎いだけで、もともと頭の回転が抜群に早いカイは、ざっくりしたエドワードの説明だけで概要を理解したらしい。
暇さえあれば女をナンパしていそうな顔に、いかにも悪そうに見える笑みを浮かべ、エドワードは頷いた。
「そういうことだ。ジュークは独身で、即位時点で寵姫もおらず、当然世継ぎもいなかった。コイツに兄弟姉妹がいて、次代が既に生まれていたら話は別だったが、後継がいない独身の王太子が玉座に登った瞬間から、特に保守のお偉方にとっては、『次の王』を誕生させることが何よりの重大事案だったわけでな」
〈じゃあ今、そこの王サマがうっかり死んじゃったらどうなるの?〉
「うっかりで他人を勝手に殺すな……」
「縁起でもない話ではあるけど、人間、死ぬのなんて割と一瞬だからな。カイの疑問も理解はできる。――おそらくは、モンドリーア公爵閣下か、そのご嫡子に王位が回ってくるだろう。モンドリーア公爵家は、統一王アスト陛下の同母弟であらせられるルイ王子が興された、『第二の王家』とすら呼ばれる由緒正しいお家だからな。王女殿下が何度も降嫁していらっしゃるから、エルグランド王家と血筋も近い。確か、数代前の王女殿下も嫁いでいらっしゃっただろう?」
「俺から数えて四代前の方だな。高祖父の姉君で、当時のモンドリーア公爵家の嫡男に嫁いだと記録に残っている」
こういった系図が即座に出てくる辺り、腐っても王族だなと感じる。クレスター伯爵家は貴族であっても普通ではないので、長男以外の先祖がどこの誰と結婚してどんな生涯を送ったのか、きちんと残っている方が実は少数派だ。マメに連絡を寄越してくれた人のその後は記録に残っているが、基本的に知識欲が先行している一族なので、自分の興味だけをひたすら追いかけて生き、実家への連絡は綺麗に忘れたまま死んでいった人が圧倒的大多数なのだろう。
――それはともかく。
〈四代前って、結構遠いよね?〉
「遠いが、現状最も近くもある。ジュークの曾祖父君、三代前の陛下には弟殿下がいらしたが、彼は生涯独身を貫かれたので、お子はいらっしゃらないからな。そこから先は、ジュークを含めて兄弟姉妹がいらっしゃらない、いわゆるひとりっ子の国王陛下だ」
〈うわー。じゃあマジで、王サマがうっかり死んじゃったら、その時点で『エルグランド家』は終わりなんだ〉
「だからこそ、王家の血筋にひたすら拘る保守のお偉方は、後継の誕生を急務と考えておられるのさ。そこに、異国から伝わった新しい『後宮』の概念だ」
〈あぁ。奥さんを大勢囲って子どもを大量に作るっていう意味での『後宮』ね。よく考えなくても、女の人を馬鹿にしまくってるよね、それ〉
「この国の今の価値観に照らし合わせればそうだけど、あの辺りの国の『後宮』がそうなったのには、それなりの理由があるのよ」
歯に衣着せないカイの感想に対し、困ったように笑いながらもしっかりした声でライアが反論した。ライアは王国の古参貴族であるストレシア侯爵家の令嬢ではあるが、彼女の母親は海を渡った先にある砂漠の国、スタンザ帝国の出身だという。エルグランド近隣諸国の中で、最も規模の大きい後宮を持つ国だ。あくまでも噂だが、王の妃は百人を超え、それを世話する侍女たちを含めると、後宮の総員数は三千人以上なのだとか。
そんな後宮のある国が母国である母を持つライア曰く。
「スタンザ帝国はエルグランド王国と違って、国土のほとんどが砂で覆われた国なの。その厳しい環境の中で一族を次代へ繋いでいくためには、とにかく沢山の子が必要になる。そのため、女は子を産む神聖な存在として家の奥深くで囲われ、家の生計は男が稼ぐ。そういう考え方の国だと聞かされているわ」
「……なるほど。一理はある」
〈男と女じゃ、体力にも差があるしね。けどそういう国だと、男女比率が偏るんじゃない? 男ばっかり外に働きに出るんじゃ、死亡率も男の方が高くなるでしょ?〉
「その通り。だからエルグランド王国と違って、スタンザやその周辺国では、一夫多妻が一般的だそうよ。一人の男に複数の妻がいて、男は外で稼ぎ、女たちは協力して家の切り盛りを行う。――ゆえに、妻の数はそのまま、家の豊かさの証。多くの妻を娶るためには、それだけ男が稼がなければならないからね。富めば富むほど妻が増え、子が増え、家を次代へ繋げる可能性が高くなる。そうして強い者、優秀な者が生き残り、ろくに金を稼げない貧弱な男は血を繋げず絶えていく。そういう摂理なんですって」
「何と過酷な……」
ジュークが呟き、男性陣が無言で頷いた。良い意味で平和、悪い意味で呑気なお国柄のエルグランド人にとっては、そんな世代をかけたサバイバルが海を渡ったすぐ向こうで繰り広げられていると聞かされても、なかなか実感はできないのだろう。
ディアナは何となく、立ちっぱなしのエドワードの方を向いた。
「ということは、クレスター家出身で数代前にスタンザ帝国に移住された方のご子孫にも、沢山の奥様とお子さんがいらっしゃるのかしら?」
「いや。去年末に開いた診療所関連で時々手紙のやり取りをするが、どうも彼はスタンザには珍しい愛妻家で、奥方は一人きりなのだそうだ。とはいえ彼の家はかなり裕福だから、今でも定期的に第二夫人を斡旋する人が訪れたり、外見に自信のある貧しい娘が『妾でも良いから』と押し掛けてきたりするらしいが」
「一夫多妻の国なのに、妾がいるの?」
「気にするのはそこなのか? 俺も詳しくは知らんが、正式に婚姻を結んだ女性が妻で、身分諸々が保証される代わりに厳しい貞節が求められ、夫以外の前で肌を見せることすら禁じられる。一方妾は婚姻関係を結ばないいわゆる愛人で、貞節は特に求められないが身分は通常の使用人よりさらに低く、妻から何をされても文句は言えない……とか、そんな感じじゃなかったか?」
「……女にとっても楽な国ではなさそうね」
「少なくとも、エルグランドの国風に慣れた女性がいきなり飛び込んで、すぐに順応できる国ではないでしょうね」
ライアが一つ頷き、少し肩を竦めて笑う。
「私にとってスタンザは母の母国で祖父母のいる国だけれど、残念ながら生涯を帝国で過ごしたいとは思わないもの。母も国では少し変わり者扱いされていて、だからこそエルグランド人の父と意気投合したのだろうし」
「ですが、考え方としては実にシンプルですよね。強い者がより多くの女性を得て子孫を残し、血を繋いでいく。女の方も、自身を磨いてより条件の良い男の妻となり、我が子を飢えさせることなく育てることで、己の血を残すことができます。種の継続という生き物の本能に則れば、ある意味合理的なのかもしれません」
〈逆に、国土のほとんどが砂っていう人間が生き伸びるには困難な環境だからこそ、まずは種の生存を第一に考える摂理になった、ってことかもね〉
「強い者がまず生き残るというのも、種をより長く存続させるには必要なことだものね。それは分かるし、そんな国を治める王なら、王国一妻がたくさん居ないと示しがつかない、ってことも理解はできたわ」
ところ変われば常識も変わる。エルグランド王国には王国の、スタンザ帝国には帝国の、それぞれ長い歴史の中で積み重ね、試行錯誤して育ててきた国のシステムがあるのだ。エルグランド王国から見てスタンザ帝国が過酷に思えても、理不尽さを感じることがあっても、それはあくまでも他所の国のこと。スタンザ帝国に生きる人々が、国で生きる日々に満足し、幸福であるのなら、他所の人間がそれ以上とやかく口を挟む必要はない。
――だから問題は、スタンザ帝国の婚姻システムにあるわけではなく。
「けど別に、国土のほとんどで農耕牧畜が可能、川と湖に恵まれ水も豊富、四季は巡るけど人死にが出るほどの熱波や寒波に襲われることは滅多にないエルグランド王国で、スタンザ帝国を真似る必要はひとっ欠片も無いわよね」
〈だよねー〉
「だな。実際、現王家は三代続けて子どもは一人きりだが、全員無事に成人してるわけだし、それ一つ取ってもスタンザの真似事が無意味だってことは分かる」
ディアナ、カイ、エドワードの三連口撃に、先程から小さく小さくなっていたジュークが、ついにべしゃりと潰された。後宮開設は内務省が強硬に進めた結果ではあるけれど、心から愛する者を正妃に迎えたいと正妃の選定を拒否していたジュークが、内務省に干渉されないために『異国風の後宮』を認め、そこにわんさか側室を迎え入れた事実は無くならない。王の勅命がなければ側室の内示は降りず、その勅命の内示書に御璽を捺したのはジューク本人なのだから。
潰れたジュークを気の毒に思ったか、レティシアがちょっと笑って口を開く。
「ここまでの話をまとめると、ちょうど去年の今頃に開設された現後宮は、『正妃の選定』という従来の役割と、『王の子をできるだけ多く作る』という異国から取り入れた新たな概念、その両方を兼ねるものとして作られた――ということですね。常日頃から異国モノを毛嫌いしておいでの割には、こういう自分たちに都合の良い内容は積極的に取り入れられる辺り、保守の方々もちゃっかりしていらっしゃいます」
「エルグランド王国は長い時間をかけ、複数の国を緩やかに取り入れて半島統一を果たしました。異なる文化に寛容なのは、実のところ国民性のようなものなのですよ」
「……だとしたら、保守派だとか革新派だとか、いがみ合う必要はそもそもどこにも無い気がします」
貴族籍にあり、官吏として王宮で働いてはいても、家業はあくまでも各国の文化風土の研究であるハイゼット家の嫡男であるキースの解説に、シェイラがぽつりと言葉を落とした。『保守派だとか革新派だとかのいがみ合い』のとばっちりを食って酷い目に遭ったシェイラの言は、それだけに重いものがある。
何となく重くなりかけた空気の中、敢えてディアナは軽く笑った。
「堂々といがみ合っているだけ、様々な価値観が認められている証拠よ。それぞれが自由に考え、持論を述べることができるからこそ、異なる考え方の相手との間に諍いが起きるのだから。支配者が一つの思想だけを強要し、それ以外の考え方を持つ者を排除してしまえば、意見の相違は起こらない代わりに自由もない。――争いを憂うのは当然だけれど、その争いだって見る角度を変えれば、悪いことばかりではないわ」
「……ディーってホント、そういう視点の切り替えが上手よね」
「ネガティブばかりを気にしても、人生つまらないじゃない? 逆にポジティブしか見えていないと、すぐ足元にあるはずの大きな穴すら見落として、思わぬ惨事を招くかもしれない。だからこそ、いつだって頭を柔らかく、視野を広く持つようにしないとね。……って偉そうに言ってるけど、これ全部お父様の受け売りだから」
「クレスター流、領主一族の心得ってやつだな」
「分かる気がします。私も父から、交渉の際は利点と不利益点、その双方をしっかりと確認するようにと、いつも言われますもの。良いだけの話などあり得ないのだから、と」
「ですね。――その理屈に則れば、急速に深まる諸外国との交流を保守派の方々が危ぶむのも、まるで根拠のない話ではない」
冷静に、静かに、それでいてその場の全員を黙らせるだけの威力を持って、キースがある種の本質を鋭く突いた。レティシアとシェイラが――この中では、『急速に諸外国と交流を深めている』側にいる二人が、何となく視線を交わす。
「……その経緯については、私どもよりも陛下や、王宮の中心にいらっしゃる方々の方がお詳しいのではありませんか?」
「確かに私の実家は、諸外国との交易によって財を成した貿易商でした。しかしそれも、国が民間での外商を認めてくださったからこそ成り立ったのです。異国との急速な交流が危険だというのであれば、何故段階を踏まず、いきなり交易全面解禁のような国策を採られたのでしょう?」
相変わらず、シェイラの思考は根本的なところで実に論理的だ。聞き様によっては国の対応を責めているようにも受け取れるが、彼女の表情を見る限り、どうも純粋に訊きたいだけらしい。
ディアナはシェイラの疑問に直接返答はせず、まずはキース、ライア、ヨランダをちらりと見た。だが、三人もどちらかといえば疑問符を浮かべた顔で、ディアナたちクレスター組を見返してくる。
そして、もう一人も。
「……言われてみれば、これほど急速に外つ国との交流を深めなければ、国内の派閥争いは避けられなかったにせよ、もう少し穏やかだったかもしれないな」
国の頂点たる、国王陛下その人も。
思わずディアナは深々とため息を吐き、エドワードとアルフォードにジト目を向けた。
「他の方々はともかく、なぜ陛下まで、事の次第をご存知でないのですか? いくら陛下の生育環境がマトモでなかったとはいえ、即位された後ならば、いくらでも真実をお伝えする機会はあったでしょう。アルフォード様もですが、ヴォルツ小父様も何をしていらっしゃったのです」
「いや、そうは言うけどな、ディアナ嬢! 俺がジュークと腹割って話せるようになったのって去年の園遊会くらいからだし、その頃といえば後宮の問題を何とかするのが最優先で、ぶっちゃけ他のことは後回し状態だっただろ!」
「では、ヴォルツ小父様は?」
「閣下こそ、ジュークが即位した頃から過激保守派に睨まれまくりで、必要最低限の接触しかできなかったんだって! 後から聞いた話だが、ジュークの即位を機にそれまでの世話係と教育係を一斉排除したことで、さすがに目を付けられたっぽいな。ついこの間まで、マジで監視の目が絶えなかったらしい」
……なら、仕方ないといえば仕方ない、のか。しかしいくら何でも、現在の王国国防における最大の難局が現王に伝わっていないのは、薄氷の上の綱渡り状態過ぎないか。
「……お父様とお兄様の不手際ですよ、これは。それこそ、三代に渡るエルグランド家のご苦労が水泡に帰す寸前ではありませんか」
「いや、悪い。言い訳になるが、正直俺も今まで、ジュークが知らないことを知らなかった」
「まぁ、普通は思いませんよね。――王国が、今まさに侵略の危機に晒されているなんて重大事を、国王陛下その人が知らないなんてことは」
ディアナが軽く発した爆弾は、事情を知らない面々を見事に凍りつかせた。驚かなかったのはそれこそ、未来のクレスター夫人として王国の裏事情を聞かされていたクリスと――。
〈へぇ、侵略? この国って、どこかから狙われてるんだ?〉
国難なんて知ったこっちゃない、自由気ままなこの男くらいだ。カイはもともと捨て子で、諸事情あって異国から流れ着いたソラに拾われ育てられたゆえに、エルグランド王国民として登録されていない。王国に縛られる必要などこれっぽっちもない彼だけは、王国がどうなろうが正しい意味で対岸の火事だ。
頷いて、ディアナは上を見る。
「割と長い間、ね。この話、詳しく掘り下げると長くなるけど」
〈けど、シェイラさんの疑問に答えるには、その辺の説明が必要なんじゃないの? 王国の急激な国際化と侵略危機には、話の流れ的に何か関係あるんでしょ?〉
「関係あるというか、侵略の危機に晒されているからこそ国際化を急いだというか」
「――その話、詳しく頼む」
凍りついた面々の中、さすがにいち早く立ち直ったのは、王国の頂点に君臨する国王陛下その人だった。一瞬で〝王〟の顔になった彼に見据えられ、ディアナの背筋も自然と伸びる。
「承知致しました、陛下。長くなりますが、よろしいでしょうか?」
「構わぬ。国の大事だ、可能な限り仔細に頼みたい」
「お願い致します」
ジュークに続き、シェイラにも頭を下げられる。未来の国王夫妻を前に、ディアナは一度目を閉じて。
「では、僭越ながらわたくしからお伝え致します。エルグランド王国の近代史――その裏側の一端を」
美しい蒼海の瞳に、クレスターが継ぐ『賢者』の輝きを宿し、改めて口を開くのであった。
そろそろ文字数に合わせて話をぶつぶつ切るのが面倒になってきたので、次回くらいから文字数関係なく、キリ良いところで終わらせます(短い一万字制約期だったな……)。




