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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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蔦の中のお茶会

ルリィとその友人たちの仕事は早く、確実だった。昼前には三人の『名付き』からの了承を取り付け、午後のお茶の時間に、人知れず東の中庭に集まることになったのだ。ディアナの名前は伏せながら、『後宮の現状を憂いていらっしゃるお方が、ぜひお会いして話がしたいと』と囁いて頷かせた、彼女らの手腕は相当なものだ。


ディアナはその場へ、リタとルリィを伴い少し早めに行き、お茶の準備をすることにした。もう使われていない中庭だ、軽く掃除もした方が良いだろうと、リタから侍女のお仕着せも借りる。


「目立たないように侍女の恰好を、ではなく、単に実用性を考えて、ってトコロがディアナ様らしいですよねー」

「目立たないし実用的なら、一石二鳥なんじゃない?」

「それ以前に、ディアナ様が掃除やお茶の準備をすることは、もう決定なんですか?」


良家の令嬢は普通そんなことしませんよね? と呆れるルリィ。三人でコソコソ中庭へ向かいながらも、そこだけはどうしても納得いかないらしい。


「あら、足手まといにはならないわよ? 昔からウチって人手が足りなくて、お茶を自分で入れるのは普通だったし、掃除だって気になるところは自分でやったし」

「特に庭掃除はお得意ですものね、ディアナ様」

「お母様がお好きだからね」

「……いえ、そういう問題ではなく。大体、伯爵家の人手が足りないって何なんですか?」

「『極悪非道のクレスター家』に仕えたいって人が、そうそういると思う?」


ディアナの問い掛けに、ルリィは賢く沈黙した。


「ウチに来る人って、大概先祖代々ウチに仕えているか、他にどこにも行く場所無くて切羽詰まって流れ着いた、かの二択だからね。人が増えるワケないのよ」

「たまに何も知らずにやって来た人は、面接段階で尻尾巻いて逃走か、根性出して頑張って一月、持つか持たないかですもんね」

「何も知らない人が来たら、貴女たち賭けをしてるでしょう。今度の人はどれだけ頑張れるか……って」

「きっと旦那様の真実に気がついてくれるはずだ! っていつも期待して、大枚スッてる家宰が哀れになりますよ」

「……そうだったの。大穴狙うにもほどがあるわね」


ディアナとリタの、笑い話のようで全然笑えない話を端で聞いていたルリィは、はぁ、と息を吐き出した。


「……なんだか、巷で騒がれている『クレスター家』の印象が、ガラガラ崩れる気がします」

「もう崩れてるでしょ? わたくしたち、噂と実状が違い過ぎるもの」

「最早名前と爵位しか合っていませんよね」

「ルリィみたいにちゃんと見てくれる人が、もっといたら良いのにねぇ」

「……難しいんじゃないですか」


ルリィの的を射た相槌。ディアナは頷き、けろりと笑った。


「ま、別に構わないけどね。人手不足はともかく、少ない人数でも不自由はしていないし。数少なくても、ちゃんと見て下さる方はいらっしゃるし」

「……『名付き』の方々が、それに加わると良いですね」

「本当にね」


そうであってくれなければ、本気で困る。


廊下は途切れ、行き着いた先は荒れ果てた中庭。かつて美しい場所であったろうその場所は、今は僅かに、寂れたテーブルと椅子が残るのみ。草木は生い茂り、何か出そうな雰囲気すらある。


「とりあえず、お茶会ができるようにしましょうか。リタ、ルリィ、お願いね」

「はい」

「畏まりました」


ディアナの号令で、三人は一斉に動き出した。






§ § § § §


王宮に勤めて長いルリィ、物心ついたときから侍女だったリタ、そして貴族の令嬢ながら、人手不足により事あるごとに手伝い要員に数えられていたディアナの三人が力を合わせれば、散々荒れ果てた場所でも、ひとまずは見れるようになる。幽霊屋敷がただの古びた廃屋になる程度だが、進歩は進歩だ。


古びたテーブルにクロスをかけ、椅子にクッションを敷いて坐り心地をマシにし、お茶会セットを並べれば、まぁそこそこオシャレな空間に見えないこともない。時間がなくて周りのツタなどは刈り取れず、テーブル周りの雑草だけ引っこ抜いた、まさに隠れ家的雰囲気だ。


三人が息も絶え絶えになった頃。太陽がやや傾き、午後のお茶の時間となった。


「こっち……で合っているの?」

「そのはずですが……ルリィ、いる?」

「いるわよ。どうぞこちらです、足元にお気をつけて」


まず姿を見せたのはレティシアだ。商売人の娘なだけあって、素晴らしい5分前集合である。


「貴女が、私たちを呼んだの?」

「はい。正確には、私がお仕えするお方が、ですが」

「あら。そのお方はどちらに?」

「皆様お揃いになられてから、ご紹介致しますわ」


席に着きながら、レティシアはきょろきょろ辺りを見回している。後宮内にこんな場所があるなど、多分今日まで知らなかったのだろう。


レティシアは若干不安そうだ。こんな場所に一人でいれば、それも当たり前かもしれない。

しかしレティシアの不安は、長くは続かなかった。


「あら、レティシア様」

「ヨランダ様、ライア様! お二人もこちらに?」

「本日こちらにお招き致しましたのは、『睡蓮様』『鈴蘭様』『菫様』お三方でございます。さぁ、どうぞこちらへ」


ルリィの案内で、新たにやって来たライアとヨランダも席に着く。『名付き』三人が揃ったところで、ルリィが完璧な所作で頭を下げた。


「このような非公式な作法で『名付き』の方々をご招待致しましたこと、幾重にもお詫び申し上げます。並びに、深く感謝致しております。おいで下さり、誠にありがとうございました」

「貴女が私たちを呼んだの?」

「いいえ、私の主が」


ルリィは微笑んだ。


「主に頼まれ、私が友人たちにお願いしたのです。秘密裏に、皆様とお話がしたいと」

「――そう。わたくしがルリィにお願いしたことです。ご不快な思いをなさったかと思いますが、彼女を責めないでやってください。責めるなら、わたくしを」


そう言いながら、ディアナは前に進み出て、頭に被っていた帽子を外した。纏めていた髪が解け、目にも鮮やかな金髪が背中を流れる。

『名付き』三人は、一様に息を呑んだ。


「ディ、ディアナ様……?」

「はい。このようなお呼び出しを致しまして、誠に申し訳ございませんでした。どうしても、わたくしが皆様とお会いしたと、他に知られたくなかったもので」

「……私たちは、『後宮の現状を憂いていらっしゃるお方』と聞いて、会う決心を致しましたのよ。それが……ディアナ様、貴女なのですか?」

「はい」


ディアナははっきりと頷いた。


「皆様が信じられないのも、無理はないと思います。端から見ればわたくしは、後宮に入るなり『紅薔薇派』を纏め上げ、『牡丹派』と競っているようにしか見えませんものね。ですが……これも後宮のバランスを保つため、必要なことなのです」

「『牡丹派』に勝つためではなく、負けないために……。『保守派』と『革新派』が均衡を保てるように、敢えてその立場にいらっしゃると?」

「そのとおりです。もともと、わたくしが伯爵令嬢でありながら側室筆頭の『紅薔薇』となったのも、後宮内での『革新派』の立場があまりにも弱くなっていたからなのです」

「つまりディアナ様は最初から、後宮内のいざこざを調律するために、送り込まれたのですか?」


ずばりと鋭いところを突いたのはライアだ。ディアナは苦笑し、頷いた。


「様々な思惑が働いたようですが、一部重臣の中には、それを期待した方もいらっしゃったようですわね」

「で、ですがディアナ様……。ディアナ様はもとから後宮入りを――陛下の正妃の座を望んでおられたと。クレスター家がとうとう中央掌握に乗り出したと、そういう噂になっているようですよ?」

「あ、その噂デタラメですから。むしろクレスター家に関わる噂は、八割嘘っぱちですから。本気になさらないでください」

「……どういうことですか?」

「レティシア様、ディアナ様は、噂とは違うお方でしたでしょう?」


微笑みながら話に加わったのはヨランダだ。優しく穏やかな美貌の彼女は、しかし瞳に面白がるような光を宿している。


「それは……えぇ、思いました。何度かお茶会でお話しただけですが、噂にあるような過激なところも、非道なところもないお方だと」

「裏で酷いことをしているとしても、後宮なんて場所では、すぐに噂になりますしね。けれどディアナ様に関する噂は、陛下が『紅薔薇様』を御寵愛なさっているというものと、さきほどレティシア様がおっしゃったものだけ。ディアナ様本人が何かなさったという噂はありませんわ」

「はい……それは、つまり?」

「これはあくまでも、わたくしとライアの推測でしかありませんが……。ディアナ様、並びにクレスター家の皆様が悪いお方だというのは、ただの噂。真実は別なのではないかしら?」


ヨランダの推測に、ディアナ、リタ、ついでにルリィは、ぱちぱちと手を叩いた。


「素晴らしいですわ、ヨランダ様。いつから気付いていらしたの?」

「ディアナ様が社交界デビューなさった当時から、何か変だとは思っていましたのよ。噂で言われているほど、ディアナ様は男漁りに夢中なようには見えませんでしたし」

「むしろ、寄って来る中身のない方々を、軽くあしらっていらっしゃいましたしね。それがまた、とんでもない大物を狙っているのだと、変な噂を呼んでいましたが」

「わたくしもライアも、『社交界の花』と呼ばれるだけあって、場数は踏んできましたわ。本当に大物狙いのご令嬢方は、もっと目がギラギラしていますもの。ディアナ様がそうでないことくらいは、分かります」


で、観察を続けるうちに、その推測に至ったというわけだ。『社交界の花』と言われる二人は、その名に恥じない冷静な観察眼の持ち主だった。


ただディアナは、ライアとヨランダの二人が自分をそこまで恐れていないということには気付いていた。自分を遠巻きにする令嬢が多い中でこの二人は、会えば普通に挨拶をして世間話をしてくれる。ディアナより年上ということもあり、色々親切にもしてくれた二人が『クレスター家』の真実に感づいていたとしても、そこまでの驚きは感じない。ありがたいことだとは思うが。


「わたくしの顔に惑わされず、そのように見て下さって……嬉しく思いますわ」

「ディアナ様って、誤解されやすいお顔ですわよね。お父様も、お兄様も」

「そういう家系なのですよ。もう諦めてます」

「……ってことはつまり、『クレスター家』が裏で悪いことしてるとか、王国の悪行のほとんどに関わってるとかの噂は、全部嘘、なんですか!?」

「レティシア様、冷静に考えてください。そんな博打みたいに不安定で面倒ばかりなこと、誰が好き好んでやるんですか?」


目を見て真剣に問い掛ければ、レティシアはへなへなと脱力した。


「……お父様の努力は何だったのかしら…」

「あら、何かなさっていらしたの?」

「儲け話を横から掻っ攫う、なんて噂もありましたから。新たな作物や特別な栽培法などが漏れないように、必死でした」

「気候風土が全く違う他人様の領地の作物を掻っ攫うなんて、無駄極まりないですよ。上手くいかないことに時間かけるほど、ウチもヒマじゃありません」

「レティシア様、良うございましたわね」


ねぎらいの言葉に見えて、ヨランダは完璧に面白がっている。レティシアは何となく頷きながら、ディアナを見た。


「では、クレスター家の方々は、ディアナ様の後宮入りを、望んではいらっしゃらなかったということですか?」

「望まないどころか、その通達を持ち帰った父の頭を、母は花瓶でかち割ろうとしていました」

「あら、エリザベス様……。そのようなことをなさっても、通達が取り消されるわけではありませんのに」

「当主の首一つで回避できる事態でもありませんものね」


ヨランダとライアの感想は尤もだが、同時にどこかズレている。レティシアは微妙な顔をしたが、そこには突っ込まず、先を続けた。


「ディアナ様も、正妃の座は……」

「願い下げです。面倒ですし、第一愛してもいないお方の妻になるなど、わたくしの矜持が許しません」

「あら、陛下のことはお好きでないの?」

「夜会では、良い感じに見えましたよ?」


ライアとヨランダには、この際だからきっぱり宣言しておくことにする。


「あれは単に、初対面ではまるでわたくしの話をお聞きにならなかった陛下が、少しずつ人の話を聞けるようになっていて、微笑ましく思っていただけです。陛下の成長を喜ぶことはあっても、男性として愛することなど有り得ません」

「そうねぇ。確かに陛下は、見た目だけなら良い男だけど。気遣いが足りていらっしゃらないお方だから」

「あらヨランダ、もっとはっきり言えば良いのに。デリカシーがない、思いやりがない。裏読みができない、独りよがりに突っ走る……。良い男とは、私は思わないわね」

「ライア……。いくら人気がないからって、はっきり言い過ぎよ」


ていうか貴女方、一応仮にも陛下の側室なのでは……というツッコミが聞こえてきそうな会話である。ディアナは同意見に安堵し、常識人な令嬢レティシアは、あんまりな言い分に笑みが引き攣った。


「ライア様、ヨランダ様……。いけませんわ。いくら本当のことでも、言って良いことと悪いことがあります」

「レティシア様、それフォローのおつもりですか? なってません……というか、ある意味一番失礼ですよ?」

「え……、そ、そうですか?」


……どうやらレティシアは、常識人な天然娘のようである。新たな人物情報を入手し、ディアナは話をもとに戻すことにした。


「――そういうわけで、わたくしの後宮での役割は、あくまで勢力バランスの調整なのです。陛下の寵愛も、正妃の座も、むしろ要りませんから」

「お話、大変良く分かりましたわ。……ですが、それを宣言するためだけに、わざわざこのような回りくどいことをしたわけではありませんでしょう?」

「はい、ライア様。皆様には――『名付きの間』を頂いていらっしゃるお三方には、このわたくしの役目に、協力して頂きたいのです」


ライア、ヨランダ、レティシアの三人は、強い光を宿した視線を返してきた。さすがは『名付き』を与えられた令嬢、話の肝は予想できていたらしい。


「協力、ですか? 具体的にはどのように?」

「『紅薔薇派』に入れとおっしゃるのですか?」

「いいえ、入って頂いては困ります。勢力が大きく崩れますから。皆様は今のまま、『紅薔薇』にも『牡丹』にも付かないという姿勢を貫かれてください。そして裏で、このような派閥争い自体望んでいないという側室の方々を探り、わたくしに知らせて欲しいのです」

「それは、派閥に関係なく?」

「はい。『牡丹』にも『紅薔薇』にも、本心では争いを望んでいないけれど、周囲の流れに抗えずしぶしぶ派閥に属している、という方はいらっしゃるはずです。少なくとも、わたくしは心当たりがあります」


ディアナとて、ただぼんやりと暮らしていたわけではない。『闇』たちの情報のおかげもあって、争いを望まない『紅薔薇派』の側室たちは、一応把握済みだ。もともと『紅薔薇派』は、『牡丹派』に蔑まれた怒りが爆発してできた一団なだけあって、通常時は争いを好まない令嬢が意外と多い。


「そのような考えのご令嬢を纏め上げてくだされば、いざ後宮が荒れたとき、その方々をいち早く保護できます」

「……荒れるという確証が、おありなのね?」

「出来る限り引き延ばしたいですが、確実に来ます」

「それは、昨晩の夜会で、陛下がお一人の令嬢を、違った目でご覧になっていらしたから?」


ヨランダの言葉に、この場の誰も驚かない。それは即ち、シェイラのことが、少なくともこの場にいる者たちには知られているということだ。

隠していても仕方がない。ディアナは潔く、頷いた。


「――シェイラ・カレルド男爵令嬢様。新興貴族の家からいらした、側室のお一人です。『紅薔薇派』には今のところ、入っていません」

「……厄介ね。夜会でのご様子を見るに、陛下が我慢できるとも思えないし」

「派閥の守りもなく、陛下の密かな寵愛を受けていらっしゃって、昨晩それが明るみに出た、わけですね……。リリアーヌ様に知られたら、激しい排斥活動が始まるでしょう」

「シェイラ様は、新興貴族のお方。『紅薔薇派』としては、守りに動かざるを得ないけれど……」

「『紅薔薇派』の中にも、陛下の寵愛は派閥の頂点たるわたくしに注がれるべきと考える、過激な者たちが存在します。彼女たちが暴走しないように抑えるので、こちらが手一杯になる可能性もあるのです」

「……となれば、『紅薔薇』でもなく『牡丹』でもない、第三の密かな勢力が必要になるわね」


伊達に『名付きの間』を与えられてはいない。四人の会話は実にスムーズだ。要点が分かっているだけに、口に出して確認という意味合いが強くなっている。


「第三の勢力が、表に出てはいけません。三つ巴の争いになり、ますます後宮は混乱します。あくまでも、裏で。争いを望まず、シェイラ様を守り、後宮の秩序を保つ勢力を。皆様に、お願いしたいのです」


『名付き』三人の目を順に見て、ディアナは深々と頭を下げた。ややあって、ふっ、と笑った気配がする。


「当たり前ですわ、ディアナ様」

「後宮のバランスを保ち、争いを鎮めるためならば。協力しないわけにはいきません」

「ディアナ様お一人が、背負われる必要などありませんもの。どうかわたくしたちにも、お手伝いさせてくださいな」


顔を上げれば、そこには頼もしく微笑む、三人の令嬢たちがいた。


「ありがとうございます……! 本当なら、陛下の一言で解決できる問題が結構あるんですけど」

「陛下に期待するだけ無駄でしょう。後宮は、女の園。ここはわたくしたちの手で、何とかしませんとね」

「そうですわ、ディアナ様!」

「私たちで力を合わせ、後宮を上手く回していきましょう」


やる気満々な、側室たち。ふとヨランダが、首を傾げた。


「そういえば、ご寵姫のシェイラ様……。彼女は陛下のことを、どう思っていらっしゃるのかしら?」

「そうね。もし陛下を嫌っていらっしゃるのなら、陛下からもお守りしなければ」

「いえ、嫌い、とまではいかないと思いますよ。ただ……」


『分からないのです。陛下が何を考えていらっしゃるのか』


夜会の夜、廊下で聞いたシェイラの声が蘇る。


『思慮深く、お優しい方なのだろうと思います。陛下は、私が怯えているのを見て、服の紐を解かれなかった。『シェイラがそういう気持ちになるまで待つ』とおっしゃったのです』


え、それ誰のハナシ? と思ったのは、ここだけの秘密だ。


『側室の務めを果たすわけでもないのに、陛下は毎日のようにおいでになって……お優しくて。ただの気まぐれだとは、分かっていましたが』


それ、優しいというより、単に初恋に戸惑ってどう接したら良いのか分からず、結果ヘタれただけなんじゃ……という予想は言わぬが花だった。


『もう、陛下の考えていらっしゃることが分からないのです。何故、あのような目立つ場で、私に話し掛けたりなさったのでしょう? 『クレスターには気を許すな』などと……。陛下が『紅薔薇様』を想っていらっしゃるのは当然でしょうが……私のことは単なる気まぐれ、一時の暇潰しだと? だから私が『紅薔薇様』とお話するのがお気に障ったのかと、そう考えると…』


考え過ぎではありません? とやんわりストップかけながら、あの時のディアナは内心、ツッコミの嵐だった。


大丈夫、何も考えてないから。思いつくまま動いて自重しない、アレが陛下の素ですから。

『クレスターには気を許すな』? そんなコト言ったのあのヒト……これでますます、声替えしなきゃシェイラ様と話せなくなっちゃったじゃない!

そしてシェイラ様、考え過ぎ考え過ぎ。陛下は裏も表もない物言いしかできない人だから。言葉どおり、クレスター家が危険だと思い込んでて、忠告したかっただけだから。


『『紅薔薇様』にも申し訳なくて……。陛下のお気持ちも、私自身の気持ちも、もう何も分からないのです』


とりあえず、全然申し訳なくありませんからね。

内側でそう言い置いて、ディアナはありきたりなアドバイス、『とりあえず考えるの止めて棚上げして、落ち着いてからもう一回考えてみたら?』を提案したのだ。


大変だったなぁ……ディアナがしみじみ、思い返していると。


「ただ……何です?」

「何かご存知なの?」


三人がディアナの続きを待っていた。


「あ、すいません。そうですねー。嫌いではないけれど、好きになるには不安要素が多過ぎて、踏み出すことができない……って感じでしょうか」

「へぇ……。それならひとまずは、経過観察ね」

「そのうち陛下がアホやらかして、決定的に嫌われそうな予感もしますが」

「はっきりおっしゃるわねぇ、ディアナ様も」


和やかな笑い声が響いた。笑っている内容が内容ではあるが。


蔦の中、隠れた場所でのお茶会は、この日を境に頻繁に催され、情報交換が行われるようになったのだった。




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