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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
125/271

終わりと始まり


最初に言っておきますが、このお話はノーマルで、ついでにハーレムモノでもありません。


 丸一日と少しぶりに『紅薔薇の間』に戻ってきたディアナは、戻って来るなりきょとんと目を瞬かせる羽目になった。


「ディアナ様……!」

「ご無事でいらっしゃいますか。お怪我などはございませんか!?」


 ルリィを頭に、王宮侍女たちが涙ぐんでいるのはまぁ分かる。『星見の宴』で倒れて一晩、ようやく回復したかと思えば地下牢に連行されて貴族議会と、心労をかけ通しだったのだ。泣かれるのは困るけれど、お説教は甘んじて受ける。

 が。


「本当に。ほんっとうに、ディアナ様は……」

「良いですか。無礼にも王宮騎士に剣を抜かれるなんて非常事態が起こったら、まずは部屋を放棄して女官長に連絡し、合流するのです。その上で王宮の上層部に正式な抗議を入れて、騎士たちの方を連行してもらうのが当然でしょう。――侍女が危険だからって、あっさり牢に放り込まれる『紅薔薇様』がどこにいますか!」

「分かりますとも。どうせディアナ様のことですから、こんな血の気の多い騎士に下手に刃向かったら、『紅薔薇の間』だけでなく後宮全体が危ないと判断なさったのですよね。分かりますけど……それでディアナ様の身を危険に晒す私たちの身にもなってください。知らせを聞いて、生きた心地がしませんでした」


 呆れて声も出ない様子のライア、いつもの笑顔はどこへやら、開口一番真顔で説教開始のヨランダ、涙ぐんで切々と訴えてくるレティシアまで何故、『紅薔薇の間』に集結しているのだ。

 極めつけには。


「今に始まった話じゃありませんわ、ディアナ様の自己犠牲精神は。でも、本当に、今回ばかりは。――反省なさるまで逃がしませんからね!」

「どうしてここにいるんですかシェイラ様、わたくしにお説教の前にまずは休息を!」

「ほら、そうやってまた他人(ひと)のことばっかり!」

「誘拐されてた人の台詞じゃないですからそれ!」

「私の誘拐なんて、寝て起きたら廃小屋の中で、逃げるときだけちょっと危なかったですけど、帰路なんて安全この上ないものだった、ただの遠出です!」

「それはかなりイロイロ間違ってると思いますよ!?」


 目下いちばん休まないといけないはずの人が、当たり前のような顔をして『紅薔薇の間』にいるだけでなく、なんか変なことを言い出す始末だ。お説教は受けるから、えぇ何段構えでも受けるから、シェイラにはまず休んで欲しい、切に。

 と、主室(メインルーム)の扉が開き、リタがカートを引っ張って入室してきた。


「皆様、ひとまず落ち着きましょう。今お茶を淹れますので、どうぞおかけになってください」

「ちょっと待って、リタ。どうしてあなたが仕切るの?」

「ディアナ様に仕切る権利がないからですが、何か?」


 ……超良い笑顔で返された。これはリタが、最大級に怒っているときの顔だ。

 あれよあれよという間にソファに座らされ、両隣をシェイラとレティシアに挟まれ、正面に目が据わっているライアとヨランダがついて、どう頑張っても逃げられない最強布陣が完成する。……何だ、この一体感。

 全員の前にカップが置かれたところで、年長者らしくライアが口火を切った。


「さて、ディアナ様。怒られることをさんざんなさった自覚は、当然おありですよね?」

「いやあのえぇと、お説教は受けますので、とりあえず皆さん休んで落ち着いてから……」

「園遊会のとき、そう思って時間を置いたら、それどころじゃない大騒ぎが起こって有耶無耶になりましたから。シェイラ様も大丈夫だと仰いますし、リタに尋ねたら『一日牢に放り込まれた程度で疲れるほど、ディアナ様はヤワではいらっしゃいません』とのことだから、今日は後回しにしないことにしました」


 にっこり笑顔で宣言されたが、相変わらずライアの目は笑っていない。確かに睡眠不足なだけで疲れてはいないけれど、ここまで至急のお説教が開かれるほどのことをしただろうか。いや、宴で毒を飲んだのは無茶だったけど。


「……その様子では、お分かりでいらっしゃいませんね」

「いえ! 何の前情報もなく毒を飲んで、済みませんでした!」

「前情報があっても飲んではいけません!!」


 怒られた。まごうことなく全力で、ライアに雷落とされた。

 反射的に身を竦めると、ヨランダが深々とため息をつく。


「リタから聞いたわ。クレスター家の方々は、幼い頃から毒に身体を馴らす訓練を積んでいらっしゃるそうね」

「は、はい」

「加えてディアナ様は、毒の種類さえ特定できればすぐさま解毒薬を調合できるほど、そちらの方面に優れた才を有しているとか」

「才というより、ただ『分かる』だけですが」

「……だから宴のときも、ご自分なら毒の肉を食べても死ぬことはなく、解毒薬も作れると思って、あんな無茶をなさった」

「そう、です」

「はっきり言わせてもらうわね、ディアナ。――誰がそこまでして守ってくれと頼んだの?」


 緑の瞳を厳しく光らせて、ヨランダがディアナを強く射抜いた。

 敬称も敬語も消えたヨランダの言葉に、ディアナは咄嗟に言葉を返せない。


「確かにあのとき、シェイラ様の膳に毒が混入されているのではないかと、宴の席は疑惑に満ちようとしていた。疑惑が確信に変わる前に打ち消さなければ、王が開いた『星見の宴』に(きず)がついたかもしれない。後宮の、王も同席する場での毒殺疑惑なんて重大事だもの。外宮まで巻き込んで、大変な騒ぎになったかもしれないわね」

「その通りです。ですからあのときは、」

「あぁするのが最善だった? ……そうね。確かに、『毒の疑いを晴らして何もなかったことにする』ためには、あれ以上の手はなかったと思う。けれど、」


 言葉を切ったヨランダの、その瞳は鋭い。


「『最善』がいつだって『正解』とは、限らないのよ」

「ヨランダ、さま」

「……ずっとずっと、言いたかったわ。ディアナ、あなたの『最善』はしばしば、あなた自身を顧みない。園遊会のときも、降臨祭の礼拝で馬車が襲われたときも、今回だってそう。あなた一人が被ることで全部丸く収まるなら、あなたは一切の躊躇いなく、自分自身を差し出してしまうの」


 ヨランダの言葉に、ディアナ以外の全員が深々と頷いた。

 しかし、ディアナはそれに頷けない。


「似たようなことをソフィア様も仰っていましたけれど、わたくしはそこまで殊勝な性格はしておりません。園遊会では、陛下より采配を任された者として当然のことをしたまでですし。降臨祭の襲撃事件で逃げたのだって、今回だって、ほとんどわたくしの我が儘です」

「誰も死なせたくなかったから、怖ろしいことは何も起こってほしくなかったから、己自身を楯にした。その行動を、我が儘と言うの?」


 静かなライアの問いには、苦笑を返して。


「もしも、わたくしの行動が真実他者のためのものであるなら、ソフィア様や皆様の言い分は正しいと思うのです。けれどわたくしは一度だって、『誰かのために』なんて考えなかった。馬車と襲撃者を引き離さそうとして逃げたのも、宴で毒を呷ったのも、王宮騎士に大人しく連行されたのも全部、『私』がそうしたいと思ったゆえの我が儘です」


 誰かが――本当ならもっと生きられるはずだった人が、自分を庇って死んでいく。

 守りたかったのに、助けたかったのに、小さな手のひらで救えるものは無に等しくて。


『ダメ、ですよ。……ディアナ様が、死んでは』


 信じられないほどに優しい声と、残酷なまでに美しい微笑みを、ディアナはあの日から一度だって、忘れたことはない。

 もう二度と、あんな景色は見たくなくて。大事な人が目の前でいなくなるのも、たった少しの食い違いが悲劇を生むのも、絶対にごめんだったから。


「わたくしはただ、自分のために。わたくしが喪いたくなくて、動いたのです。皆様が仰るような、高潔な(こころざし)なんて微塵もなかった。……家族からはよく叱られますよ。『ワガママも大概にしろ』って」

「そうね。ディアナのこれまでが、本気の本気で『ワガママ』なら、わたくしたちも遠慮なく怒れるわ」

「……聞いたことがありません。こんなに優しい『ワガママ』なんて」


 ヨランダの言葉を引き取ったレティシアは、ディアナの手をぎゅうっと握った。


「私、ディアナ様のこと、大好きなんですよ」

「レティシアさま……?」

「ディアナ様が私たちを喪いたくないと、そう思っていらっしゃるように。私だって絶対に、ディアナ様を喪いたくありません。……それなのにディアナ様は、ご自身のワガママばっかり優先して、私の気持ちを分かってくださらない!」


 目を丸くしたディアナの前で、レティシアの言葉は止まらない。


「宴のとき、私がどれだけ怖かったか知ってますか? ディアナ様はこんなところで死んだりなさらないって、自分に必死に言い聞かせて。解毒が成功したって一報が入るまで、気が気じゃなかった。――ようやく落ち着いたかと思えばディアナ様は、あっさり愚かな騎士たちの言い分を聞き入れて、地下牢なんて酷い場所に閉じ込められる!」


 感情が高ぶったらしいレティシアの目からぽろぽろ涙が零れ落ち、ディアナは真面目に焦った。怒られるのは想定済みだったけれど、こんな詰られ方は予定に入っていない。

『自分のヘマのせいで人に泣かれる』ことが非常に苦手なディアナにとって、レティシアの涙は狼狽するに充分すぎるものだった。


「お、おお落ち着いてください、レティシア様。地下牢は確かに勘定に入ってませんでしたけど、ホラ、私は元気ですから!」

「それって単なる結果論でしょう!? 毒を飲んだ後だって、人工呼吸とやらでかろうじて息ができていた状態だったくせに。どの口が元気とか言うんですか!」

「むしろ人工呼吸のくだりが初耳です! 確かに毒の種類からして呼吸はヤバいかもしれないとは思ったけど!」

「普通人間は、息ができなくなったら死ぬんです! それとも何、ディアナは魚でエラがあって、水中でも呼吸ができるとか言い出すつもり!?」

「呼吸器系の毒は大概、肺呼吸エラ呼吸関係ない……」

「だったら余計に毒飲んじゃダメ! あと、元気になったからって牢に放り込まれるのもダメです!!」


 結局レティシアを泣きやませることは叶わず、逆に話せば話すほどヒートアップしていく。

 途方に暮れて周囲を見渡せば、ライアとヨランダはもちろん、シェイラすら涼しい顔だ。


「レティシア、もっと言ってやりなさい」

「分からず屋なディアナには、それでもまだ足りないくらいよ」

「……私もこっちで泣こうかしら」

「頼むからやめて、そういうの」


 美少女二人に両側から泣かれるとか、何の拷問だ。

 握られたままの手を、ディアナはぎゅっと握り返した。


「――わたくしは、幸せ者ですね」

「ディ、アナ……」

「ごめんなさい。わたくしはきっとこれからも、大切な人を喪うくらいなら、どんな危険だって被ると思います。……でもそれは決して、自分を犠牲にしたいわけじゃなくて。ただわたくしが欲張りで、大好きなものを全部守りたくて、」


『きっと、それがディー、なんだよね』


 温かくて深い、紫紺の瞳が蘇る。

 ――分かっているのだ。たとえばディアナがこの二日間にしたようなことを、この部屋にいる誰かがしたとしたら。ディアナだって、その人に対して烈火の如く怒る。たとえばその人がディアナ以上に毒に精通し、耐性をつけていたとしても。ディアナ以上に戦闘に優れ、体力もあって、味方にだって恵まれていて、騎士団の恫喝なんか鼻で笑って受け流せたとしても。

 それでもきっとディアナは怒るし、「無茶するな」と言い聞かせるに決まっている。今回はたまたま無事でも、次も無事でいられるとは限らないのだから。大切な人をそんな危険に晒し続けるなんて、耐えられるわけがない。


 ライアが、ヨランダが、レティシアが、……シェイラが。

 これほどまでに怒ってくれるのは、それだけディアナが好きだからだと思っても、たぶんそこまで自意識過剰ではない。

 ……全部分かっていて、それでもなお譲れない自分は、本当に我が儘で分からず屋なのだろうと思う。


「欲しくて欲しくて、たまらないだけなんです。大好きな人みんなが、それぞれの幸福を見つけてその先で笑う――『未来』が」


 好きだから。大切だから。幸せに笑って欲しいと思う。

 国の行く末が見えない、王の後宮に集められた『今』、それぞれが望む幸福に近付けないのなら。その障害を一つずつでも取り除いて、一歩一歩前に進んで、いつかは望みを掴めるように。

『未来』に全てが叶うように――。


「欲しいものが『未来』なのだから、わたくしはどれほど危険な目に遭ったとしても、この先だって絶対に死んだりしません。……そう約束しますから、そろそろ泣き止んで頂けませんか?」


 泣きじゃくるレティシアを前に、そろそろディアナは居たたまれなくなっている。

 しゃくりあげたレティシアは、そのくりくりとした可愛らしい瞳で、じっとディアナを見つめて。


「……イヤです」

「ええぇ……?」

「ディアナが、敬語をやめて、敬称だって外して、友だちとして接してくれないとイヤ。泣き止みません」

「そこ!?」


 ナナメにズレた返答が来た。思わず素に戻って突っ込んでしまう。

 周囲も呆れるかと思いきや、ライアとヨランダも同意とばかりに加勢してくる。


「そこよ、そこ」

「さっきからこっちは敢えて全部抜いてるのに、ディアナったら他人行儀なままで。そんなにわたくしたちと仲良くしたくないの?」

「いえあのその、百歩譲ってレティシア様、」


 真横から怨ましげな視線が飛んできた。そんなにすぐには切り替えられない、こちらの事情も汲んで欲しい。

 頭を振って言い直す。


「百歩譲ってレティシアには、敬語も敬称も抜かせても。……お二人は、爵位も社交経験もわたくしより上で、そんな方を呼び捨てにはし難いですよ。ましてやタメ口でなんて」

「……かなり前から思っていたけど、ディアナって意外と民の言葉を知っているわよね。タメ口なんて、貴族は普通使わないわよ」

「意外というか、わたくしにとっては貴族言葉の方が馴染みが薄いです。社交デビューするまで、貴族階級の方とはほとんど関わったことありませんでしたから。身近な貴族なんて、それこそ家族くらいで」


 その家族にしてもアレなので、所謂『貴族』の模範的態度とは、実は地味に縁遠かったディアナである。もちろん成長するに伴い『クレスター式貴族社会の泳ぎ方』は学んできたから、ネコはばっちり被れるけれど。貴族社会と普通の町暮らし、どちらに馴染んでいるかと聞かれたら、問答無用で後者だ。

 年長者二人は、やれやれと笑う。


「なるほどね。たまにディアナが『貴族らしくない』ときは、ネコが剥がれかかっているわけだ」

「民の生活の方に馴染んでいるのならそれこそ、貴族社会の年功序列なんて蹴散らせば良いのに」

「いやあの、民にも普通に年功序列はありますから。お二人とわたくしの関係って、民の生活で例えれば『職場の先輩後輩』が近いと思いますし。後輩は基本的に、先輩を呼び捨てにはしませんよ」

「では民の間では、『後輩』は『先輩』をなんて呼ぶの?」

「普通はまぁ、名前に『さん』付けでしょうかねぇ……」


 ディアナの一言で何故か、隣のシェイラが見たことのない変な顔になった。「やってしまった」と不本意そうな、「でも他に言いようもないし」と自分を納得させつつやっぱり不本意そうな、そんな顔だ。

 何かあったのだろうかと心配になる前に、ライアとヨランダが大きく首肯した。


「じゃあ、それね」

「はい?」

「ディアナ、今自分で言ったんでしょう。名前に『さん』付け。これからはそう呼んで」

「……ライアさん、ヨランダさん、ですか?」


 恐る恐る口にしてみると、呼ばれた二人は。


「あら。……どうしてかしら、素敵ね」

「本当に。そんな風に呼ばれたことがないから新鮮で、すごく嬉しい」

「ねぇライア、たまにはわたくしたちも『さん』付けで呼び合ってみる?」

「えぇ? それどんな趣向(あそび)?」


 嬉しそうに瞳を輝かせつつ、くすくすと笑い合っていた。

 そんなたかが呼び方一つで、とは思ったが、そこに何となく泣き止んだレティシアが加わる。


「あ、の。私も、お二人のこと、そのように呼んでもよろしいでしょうか……?」

「あら、レティシア。そんな当然のこと、聞く必要はないでしょう?」

「そうよ。わたくしたち、もうずっとお友だちなのだから。言葉だって崩して大丈夫よ?」

「いえ。私はもともと、敬語がクセなのです。幼い頃から父の仕事に付き合って、あちこちの方と話す機会が多かったもので」

「あぁ、なるほど」


 思わず納得してしまった。道理でさっきの泣き詰り、詰られている割には言葉が綺麗だと思ったのだ。

 ぼそっと呟いただけなのに、さすがに隣で手を握られている状況は聞き流されなかったようで、レティシアがジト目で睨んでくる。


「何が『なるほど』なの?」

「……言われてみればレティシアの言葉は綺麗だな、って思っただけよ。てか、怖いから」

「当たり前でしょ、怒ってるんだから」

「死なないって約束したんだから、そろそろ矛を収めてくれても……」


 言った瞬間、周囲が真顔になった。しまったと気がついたときにはもう遅い。

 ライアが深々と、ため息をついた。


「リタから聞いてはいたけれど、本当にディアナは分かっていないのね」

「死にさえしなきゃどんな危険なことをしても良いって、あなたの理屈はそういうことになるんだけど」

「えっと、良い悪いではなくてですね。状況によっては、」

「――ディアナ」


 ヨランダが、静かに切り込んでくる。


「あなたがわたくしたちを好きで、守りたいと思ってくれているのは嬉しいわ。けれどね、レティシアも言っていたけれど、わたくしたちだってあなたのことが大好きで、幸せになって欲しいと思っているの。……一方的に、守られたままでいたいとは思わない」


 優しい言葉と真摯な瞳に、返す言葉を失う。

 守りたくて支えたくて、けれど相手がそれを望んでいないなら。


「誤解しないで」


 黙ったディアナに何を思ったか、ライアが続けてくれた。


「ディアナに守られるのが嫌なわけではないのよ。あなたの素直さはとても心地がよくて、優しさは愛おしい。そんな子に全力で守られたら、誰だって嫌な気はしないわ」

「ですが……」

「私たちが嫌なのは、つまるところ、守られてばかりの『自分』なの。守られたら守られた分、あなたのことを助けたいし、支えたい。そう思うのは自然なことでしょう?」


 問われてディアナは、大きく首を横に振った。


「それならば、充分ではありませんか」

「ディアナ?」

「ライアさんも、ヨランダさんも、レティシアも。いつだってわたくしを助けてくれます。後宮に入って、皆さんの存在にどれだけ救われたか。……今回だって、無関係を装おうと思えば簡単だったはずなのに、議会まで乗り込んでくださって。驚いたけど、嬉しかった」


 後宮にて『名付きの間』を与えられている、貴族の中でも著名な令嬢三人が、あの場ではっきりとディアナの側に立った。三人の揺るぎない態度が、ディアナの疑いを晴らす一助になったことは確かだ。

 外宮の、保守派のどんな言いがかりにも一切引かずに、――『後宮』は。


「宴の『毒殺未遂事件』を議会の場で立証してまで、わたくしを守ろうとしてくれた。……充分どころか、おつりが必要なほどです」

「……そもそも、ディアナに全てを被せて『なかったこと』にしようとした、それ自体が間違っていたのよ。わたくし、言ったでしょう? 『最善』がいつだって『正解』とは限らない、って」


 遠い目をして呟くように、ヨランダは言う。


「今回の件だって、結局のところあちら方に、王も同席する『宴』の場に毒の疑いが持ち上がれば、ディアナがどんな無茶をしてでもくい止めると予想されていたからこそ、シェイラ様の誘拐まで一足飛びだったの。確かに、陛下が催した宴の席での毒騒ぎなんて、あってはならないことだけど。……実際に起こってしまった以上、取り繕うべきじゃなかった」

「ヨランダさん……」

「もちろんディアナに、ソフィア様たちをあのまま放っておくつもりがなかったことは分かっているわよ。毒の入手経路だってきっちりと調べて、そこからココット候やマーシア様の関与に辿り着いて、黒幕を裁くと同時に『実行犯』となったソフィア様やベルに対しても、然るべき対処をするつもりだった。違う?」

「……はい、その通りです」


 昨日、明け方前に目覚めて騎士たちに踏み込まれるまでは、頭の中でその段取りを組んでいた。表向きは『なかった』ことにできても、殺意を以て毒を他者へ与えようとした『事実』がある以上、それを咎められないのはソフィアたち自身のためにならない。デュアリスの口癖の一つに、「子どもを叱らないのはある意味、褒めない以上の虐待だ」というものがあって、善悪の区別がある程度つくようになった今だからこそ、この言葉の重さが分かる。

 人は、どうしたって間違う生き物だから。そしてなかなか自分では、間違ったことに気がつけない生き物だから。

 間違いを指摘してもらって、ときにはこうして怒られ叱られて、学びながら生きていくのだ。

 その根本を、幼い頃に教えてもらえなかったとしたら、それは大きな不幸でしかない。


 言葉を尽くしても伝わらない絶望を、ディアナは知っている。それでもソフィアたちが、ディアナへの好意が原因で暴走しているのだとしたら、まだ伝えられることはあると信じたかった。

 ディアナの欲しい『未来』は、大切な人たちが幸福に満ちて笑う光景は、命が零れていくほどに遠ざかるのだと。正妃云々は関係なく、誰かが死ねばディアナが喜ぶと思うことそのものが間違いだと、今度こそきちんと話をしようと思っていた。

 ――あなたたちの行動は、法に照らして罪になるだけでなく、『ディアナ』を傷つけるものでもあったのだと。


 思い返すほどに心が痛い。俯くディアナに、低く落ち着いた、ライアの言葉が響く。


「後宮を守った上で、裁くべき者を裁く。そのためにシェイラ様の膳をひっくり返して、その直後に起こった『毒』の疑いだって、あなた自身で晴らしてみせた。それは十二分に分かっているのよ。……けれどね、ディアナ。誰かが命をかけて歪みを是正しなければ成り立たない『平穏』なんて、そもそもまやかしでしかないわ。そんなまやかしの上に守られたって、嬉しくも何ともない。ただ、虚しいだけよ」

「……ライアさん」

「あなたが後宮に来たことで、後宮も国も救われた。陛下も変わられたわ。きっかけがあなただったから、そしてあなた自身が優しくて、困っている人を放っておけないお人好しだから。あなたが『背負う』のが当たり前みたいになってしまっていたけれど」

「そんなことは、」

「あるのよ。あなたが自覚していないだけ」


 ライアは、寂しそうに微笑んだ。


「きっと、最初から間違っていたの。あなたが全てを変えてくれたから、私たちはあなたを主軸に『支えよう』と思った。おかしいと思わない? ディアナが抱えたものは、本来なら私たちも持つべきなのに。ディアナに全て預けて、私たちは支えるだけ。――『支える』のではなく『分け合う』のが、本来の対等な協力関係でしょう」

「……そんな簡単な、当たり前のことに、ディアナが毒を口にするまで、私たちは気がつかなかった」


 レティシアがふるふると首を横に振って、重い息を吐いた。


「思ったんです。ディアナが引き受けていた荷物を、少しずつでも引き取って、一緒に抱えていれば。たとえ『毒』の疑いを晴らすにしたって、もっと他のやりようがあったと」

「レティシア……」

「全てをディアナが背負っていたから、『毒』だってディアナが一人で引き受けるしかなかった。そうやって結局、危ないところは全部ディアナに押しつけて。私たちは矢面に立たない安全な場所で守られながら、ちまちまディアナの手伝いをするだけ。こんなの全然対等じゃないし、おこがましくて『友人』なんて言えません」

「そうして欲しいとお願いしたのはわたくしよ。『名付き』のあなた方が派閥に加わるのは混乱しか生まないから」

「最初の頃はそうでも、マグノム夫人がいらっしゃって空気が変わったあの頃に一度、仕切り直す機会はありました。『名付き』としてのあり方だって、見直そうと思えば見直せたわ。それをしなかったのは……気付かないうちに、ディアナの陰に隠れて動く楽さに甘えてしまっていたからよ」


 静かに過去を振り返るレティシアには、どこか不思議な強さがあって。「そんなことはない」と無責任に否定することは、ディアナにはできなかった。

 レティシアの分析に頷いていたヨランダが、ゆったりと唇を動かす。


「宴での『毒殺未遂事件』を議会の場で公にしたのは、その欺瞞を取り払うため。たった一人を犠牲に『平穏』を取り繕う、今までの後宮を終わらせる必要があると、わたくしたちは判断したわ。――何より議会で己の罪を告白するのは、ソフィア様ご自身の望みでもあったの」


 思ってもみない言葉に、ディアナの目は大きく見開かれた。


「ソフィア様が……?」

「図らずも己の殺意で、尊敬する大切な人の命を危ぶませた。加えてもっとも信頼する侍女が、側室の誘拐なんて大罪を犯して。……ずっと『殺して』と錯乱していらしたソフィア様を、シェイラ様が叱り飛ばしてくださったの」


 先ほどから、想定外の連続だ。思わずシェイラに視線を向けると。


「宴のときから、腹が立っていたものですから。『紅薔薇様のために』と言いつつ、ソフィア様には『ディアナ様』が見えていらっしゃらなかった。挙げ句現実に耐えきれずに『殺せ』なんて、甘えるにもほどがあります」

「えぇと……?」


 淡々と話すシェイラの無表情が怖い。

 こんなに怒っているシェイラは、さすがにディアナも見たことがなかった。


「ソフィア様が亡くなればその分、優しくてお人好しなディアナ様は苦しまれる。悲劇のヒロインを気取る暇があるならば、ソフィア様のお立場でディアナ様をお救いする方法の一つでも考えたらいかがですかと、そう申し上げたまでですわ」

「……原文ママですか?」

「原文より、もうちょっと控えめな表現ね」


 ライアの注釈に頭が痛くなった。殺そうとして失敗し、自分の侍女に誘拐されて生還は絶望的と見なされていた人物が、ひょっこり目の前に現れて過激に説教なんて、そりゃあソフィアもショックで正気に戻るだろう。

 シェイラに、こうと決めたら一直線な思い切りの良さがあることは分かっているから、その行動そのものには驚かないけれど。そこまで激しくソフィアに出たのは、意外と言えば意外だ。

 目を忙しなく瞬かせるディアナに、ヨランダが苦笑する。


「シェイラ様のお説教で目が覚めたらしいソフィア様から、議会に乗り込む直前に、毒殺未遂についてきちんと議会で証言したいと申し出があってね。そのときには『紅薔薇の間』の侍女たちの活躍で、ソフィア様の持っていた毒の瓶がマーシア様の化粧品として運び込まれたことは分かっていたから、ココット侯への最終通告にできるとも思ったし」

「だから皆さん、ソフィア様の唐突な告白にも動揺されなかったのですね……」

「それもあるけどやっぱり、ディアナを楯に事を運ぶ今までのわたくしたちと決別したかったことが、いちばん大きいわ」


 言い切ったヨランダが、ふわりとソファーから立ち上がった。同時にライアと、少し遅れてレティシアも立つ。


「ディアナ。――一人で全て背負うのは、もうおしまいにしましょう」

「ヨランダさん、」

「私たちを守りたいあなたの気持ちを、否定も拒絶もしないから。あなたが私たちを守る分、私たちにもあなたを守らせて」

「ライアさんまで」

「私たちだって、その気になれば戦えるんです。……議会で、見たでしょ?」

「レティシア……」


 最初からずっと、カイには言われていた。『どうしてディアナがそれを背負うの?』と。

『貴族だから』『紅薔薇になっちゃったから』『私が――みんなを守りたいから』……告げてきた言葉は全て、間違ってはいない。

 ただ、ディアナは忘れていた。ディアナがそう思うように、同じように『貴族』で『名付きの側室』、そして自分を『守りたい』と思ってくれる、目の前の頼もしい女性たちを。

 一人で抱え込んで、一人で無茶して突っ走るのではなく。みんなで抱え合って、みんなで無茶を分担して、そうして『未来』を目指す方法もある。


 ……ゆっくりと、ディアナもソファーから立ち上がった。


「いつの間にかわたくしは、後宮の安定も欲しい『未来』も全て、わたくし一人の肩にかかっていると、思い込んでいたのかもしれませんね。……そんなこと、あるわけがないのに」


 謝罪の代わりに、大切な友人たちに手を伸ばして。


「――一緒に、目指してくださいますか。後宮の女性たちが、陛下が、わたくしたちの大切な人みんなが幸福に笑える、未来を」


 ――たおやかな三本の腕が、伸ばした手に重なっていく。


「ディアナが欲しいものは、私たちも願ってやまない世界よ」

「互いの幸福のために、互いを支え、守り合って進みましょう」

「道は険しいかもしれないけれど、一人じゃなければきっと大丈夫」

「――ライアさん、ヨランダさん、レティシア。改めてこれからも、よろしくお願いします」


 力強く頷き合って、四人は笑った。

 厳しい空気を取り払って、いつものようにヨランダがほんわか笑う。


「さて、言いたいことも言ったところで、そろそろお暇しましょうか」

「そうね。ここから先はシェイラ様に、がっつりディアナを叱って頂きましょう」

「はい?」


 目を点にして、ただ一人ソファーに座ったままだったシェイラを見下ろすと。


「……まさかお説教があれだけで終わりなんて、思ってないでしょう?」


 完全にスイッチが入っている声で言い返されてしまった。反射的に取ろうとした退路は、後ろにいたレティシアにちゃっかり塞がれる。


「シェイラ様。ディアナは意外と、泣き落としが有効みたいですよ」

「そのようですね、レティシア様。せいぜいこれまでの山のような無茶を、全力で反省してもらいます」

「えっと、やめよう? 怒ってるのは分かったから、泣くのはやめよう?」

「――いいから座って」


 据わった目で『座って』と言われるのは、非常に、とっても、ひたすら怖い。

 小さくなって再びぽすんと腰掛けたディアナを横目に、すっきりした表情の友人たちは手を振りながら去っていった。


 ……どうやらここから、お説教第二幕の始まりのようである。






友情って素晴らしい。そうは思われませんか?(すっとぼけ)


お待たせしました。次回、『ディー』を愛する方々のターンです。

言うまでもありませんが、片方は友愛ですよお間違えのないように!


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