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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
118/235

女たちの反撃


皆様、いつも感想をありがとうございます。

読むたび全力で腹筋の限界に挑戦しております。本編とは全然関係ないけれど、時代劇ファンの方が一定数いらっしゃるようで、私はとても嬉しい。水戸黄門ネタ振っときながら、「通じなかったらどうしよう……」とビクついていたので、暴れん坊将軍や遠山の金さんの文字を見て小躍りしておりました。大好きなんだよ時代劇!


さて、涼風の超個人的趣味の暴露はここまでにして(笑)

大奥の方々のターン、始まります。


 ――女たちは、動いていた。


「リタ。ディアナ様の覚え書きは、どういう意味なのですか?」

「クレスター家がよく使う暗号ですよ。えぇと……まずは、『名付き』のお三方とマグノム夫人、後宮近衛に連絡、ですね」

「それから!?」

「ソフィア様含む『紅薔薇過激派』の側室方が外宮に取られてしまわないよう、保護。この役目はライア様とヨランダ様にお任せするのが確実でしょう……と、よくもまぁあの一瞬で、ここまで頭が回りますね」

「感心している場合ですか!」

「そうよ、リタ。このままじゃ、ディアナ様が……」

「落ち着いてください、ユーリさん、ルリィ。どうコトが転んでも、あの馬鹿騎士が言ったように、ディアナ様が殺されるなんてあり得ませんから」

「……どうしてそう言い切れるんです?」

「ミアさんも、怖い顔で睨まないでくださいませ。――ディアナ様は、『クレスター家』のご令嬢ですよ? かの家は、愛する末娘様を助けるためなら、最悪国だって滅ぼします。ディアナ様をこのような目に合わせた『王宮』を、ご当主筆頭に誰も赦さない」

「まさか……」

「ですが、皆様もご存知の通り、ディアナ様はご自分の命と引き替えに国が終わるなんて、望んでおられませんので。……お人好しな主を持つと、苦労します」

「つまり、今から私たちは」

「クレスター家の方々が、悪人諸共に王国を滅ぼしてしまわないように」

「――悪人だけを吊し上げる証拠を、後宮内で揃えるのですね?」


「はい。私たちならできます、必ず。ディアナ様はそう信じて、私たちをここに残し、自らは囮として、敢えて敵の手中に落ちられた。主に託されたものを、私たちは全身全霊を賭して、成し遂げねば」


 ディアナが信じて託したものを、彼女たちは正しく理解し。一秒だって、時間を無駄にはしなかった。


「……なるほど」

「マグノム夫人。『これ』を証明できるのは、私たち後宮の人間をおいて、他にはおりません。特に夫人は女官長として、その全てを見通せる立場にいらっしゃる。……どうか、お力添えを」

「頭を上げなさい、リタ」

「夫人……」

「言われるまでも無いことです。ディアナ様……いいえ、ディアナが、あの優しい子が、拐かしと殺人の濡れ衣を着せられて無実のまま儚くなるなんて、絶対に認められません」

「……それは、どういう」

「後宮のために、国のために、『紅薔薇様』を救うのではないの。無実の罪によって一人の少女が殺される、それももちろんあってはならない。……けれどね、リタ。私が、そしてきっと、これからあなたが頭を下げる方々が動くのは、そんな建前や普遍的な価値観に因るものじゃない」

「建前や、価値観を超えるもの、ですか?」

「ひとが、真実動くのはね。頭ではなく心が揺さぶられたときなのよ。――最初はフィオネ自慢の姪っ子というだけの存在だったけれど、この短い間にあの子は、遠い昔に凍りついてしまった私の心までも、あのどこまでも深い優しさで溶かしてしまった」

「……ディアナ様は、本当に。人を包み込んで溶かすのが、お得意ですから」


「ディアナを喪う現実も、ディアナが泣く未来も、等しく避けねばならぬなら。そのために打てる手は、どんな手だって打ちましょう。女官長の椅子なんて、あの祝福された魂の前には、塵芥も同然です」


 たった独り、『悪の娘』として後宮にやってきた少女は。知らぬ間に、その心と行動で他者を動かし、いつしか『独り』ではなくなっていた。


「ディアナ様を、殺す?」

「……あらあら」

「どこまで……どこまで愚かなのですか、外宮の方々は!」

「ディアナ様を救うためには、『紅薔薇の間』の力だけでは不十分なのです。どうか、」

「それ以上の嘆願は必要なくってよ、リタ」

「何から始めましょうか、ライア」

「後宮近衛の方々と、信頼できる侍女にお願いして、まずは外宮側の出入りを制限しましょう。そもそも、国王陛下の許可なく後宮に入り込んで、側室筆頭たるディアナ様を捕縛なんて、それだけで重罪ではありませんか!」

「レティシア様、落ち着いて?」

「嫌です!」

「……レティシア、さま?」

「初めて、だったのです。伯爵家が、それもアズール内乱前から続く血筋のキール家が事業を興していると聞いて、すぐさま『素晴らしい』と手放しで賞賛してくださるご令嬢、ディアナ様が初めてだった! 我が家の茶葉に合うハーブを真剣に考えてくださって、小難しい経済の話を振っても嫌な顔一つなさらなくて、『レティシア様は本当に商業がお好きなのですね』なんて笑ってくださる方、ディアナ様以外にはいらっしゃいません……!」

「……それを言えば、私も同じね。ストレシア家のややこしさを、古参貴族家のディアナ様が知らないはずはないでしょうに。最初に会ったときから今まで、まるで態度が変わらないご令嬢は、そういないわ」

「あの子は、どれだけ他者から蔑まれても、それで『人間』を怨んで澱んでしまわない。見限ることもしなければ、信じることを諦めて、人の輪から遠ざかることもしないの。……しっかりしているのに、自分のことだけは驚くほどに無頓着で。きっと今も、自分が囚われていることでこんなにもわたくしたちが嘆いているなんて、考えてすらいないのでしょうね」

「ヨランダ様……」

「レティシア様、泣いている場合ではないわ。汚い手を使ってディアナ様を陥れ、殺そうとまで企む愚か者たちから、わたくしたちのディアナ様を助け出さなければ。……そして今度こそ、分かって頂くのよ。わたくしたちがどれほどディアナ様を好きで、もっともっと仲良くなりたいと思っているか」

「はい!」


「……話はまとまった? とりあえず私たちは『名付き』として、『紅薔薇過激派』の側室たちの話を聞きに出向くべきだと思うのだけど」


 彼女(ディアナ)との未来を望み、幸福を望んで。『諦める』なんて選択は、最初から浮かばず。


「アルから連絡が来たよ。後宮近衛は二手に分かれて、片方は密かにシェイラ嬢の捜索だってさ」

「それは、陛下のご指示ですか?」

「うん。この状況で、いちばん動いて違和感ないのは、確かに後宮近衛だ。陛下の着眼点は正しい。……正しいけど、甘い」

「シリウス様が『闇』を動かされるのを躊躇うほどの『何か』が、裏側に潜んでいるのですものね……」

「部下をみすみす死なせるつもりは、ボクにはないよ。アルにはその場でクレスター家の見解を伝えて、専門外の『ボクら』が下手に動くのは邪魔にしかならないって言ってある」

「では、捜索はされないのですか?」


「――『捜索』のフリして、できることなんていくらでもあるよ。王都に堂々と散れる絶好の機会だ、無駄にはしない」


『もう一人』の命だって、見捨てる気はさらさらなかった。


 後宮を舞台に起こった、この一連の出来事を。後宮抜きに『解明』しようとしていた男たちは、知らない。


 女の、強さ。――美しさと可憐さの中に秘められた、そのしなやかで折れることのない、したたかな心を。

 女の、友情。――築くことが難しいからこそ、確かに築かれたそれには、絶大な力が宿ることを。


 後宮を、単なる(まつりごと)の『装置』として、権力を争う『(ボード)』の一つとしてしか見ていなかった男たちは。

 後宮に住まう女たちを、『(ボード)』の上で自由に動かせる『駒』としか思っていなかった男たちは。


 彼女たちが、自ら考え、動くことができる『人間』だと。非力ではあっても無力ではないことを、考えてすらいなかった。

 ――ましてや。


「ただいま、戻りました」

「――シェイラ様!?」

「ご無事で。よくぞ、ご無事で!」

「私の無事など、今はどうでも良いのです。ディアナ様は? 議会までもう、時間がないはず」

「シェイラ様。……あなたは」


「私は。ディアナ様をお助けし、陛下の治世に仇なす存在を排するために、ここへ帰って参りました」


『紅薔薇処刑』の口実にするためだけに、何の感慨もなく『殺せ』と命じ、死を確信していた娘が。


「あのひとを死なせるわけにはいかない。その想いは、きっと皆様、同じのはず。――力を、どうか、皆様のお力を、私に貸してください!」


 後宮の『力』を一つに束ね、怯むことなくその『剣』を完成させることなど。

 ……きっと、想像すらしていなかった。



  ***************



 驚愕の坩堝によって、痛いほどの静寂に飲み込まれた貴族議会ではあったが、その沈黙は長くは続かなかった。


「な……何をしておる、女が!」

「ここがどこか、今何をしているのか、察することもできんのか!」

「そなたらの顔には見覚えがある。側室であろう。陛下の許可なく後宮から出ることを禁じられている側室が何故、ここに来ることができた!!」

「今すぐに後宮へ戻り、内務からの指導を待て!」


 主に右側、処刑(ギロチン)推進組が、我に返って騒ぎ出す。シェイラを先頭に、議会場へと入ってくる娘たちはといえば、素知らぬ顔で彼らの怒鳴り声を、その言葉を聞いて。


「あらあら。随分とおかしなことを仰いますのね?」

「そもそも、国王陛下の許可がなければ立ち入ることも赦されぬ我らの園に、礼儀も配慮もなく土足で踏み入り、誇り高き薔薇を略奪したのは、そちらの方ではありませんか」

「私たちはただ、私たちの大切な薔薇を、取り返しに来ただけですわ。……殿方にお任せしていては、薔薇が貴重な露を零すことになりかねませんから」


 現後宮にて側室たちの頂点に君臨する、花の名を冠する『名付き』三人が、シェイラの背後を固め、微笑みすら浮かべて言い切った。

 言い返されるとは思っていなかったらしい貴族たちの表情が、醜く歪む。


「生意気な!」

「女の分際で……」

「身の程を弁えろ、ここはそなたらが来るところではない!」

「――何故?」


 艶のある、少し低いライアの声が、喚くばかりだった男たちの声をたった一言で負かした。


「貴族議会は、貴族位にある者なら誰でも、自由に発言を許される場所のはず。そこに性別や、王宮での立場は関係ない。……左様でございましょう?」


 最後の確認は、議長席に座っている宰相、ヴォルツに向けてだ。

 問われた彼は、鷹揚に頷く。


「その通りだ。……して、そなたは?」

「現ストレシア侯爵が一女、ライアと申します。後宮にて『睡蓮の間』を賜っております」

「なるほど。そなたには確かに、議会で発言する権利がある」

「しかし、閣下。本人も申しておるとおり、その者は側室。後宮から出ることは、許されておりません!」

「ならば、お尋ねしますけれど。そちらにおわします我らが紅の薔薇、ディアナ様を後宮から連れ出す許可は、陛下からお取りになられたの?」


 柔らかく涼やかな声で、ヨランダがすかさず切り返した。宰相の視線を受けて、彼女は優雅に一礼する。


「宰相閣下に、ご挨拶申し上げます。現ユーストル侯爵が長女、ヨランダにございます。後宮にての座所は、『鈴蘭』」

「うむ。そうであったな」

「閣下。どうか、陛下にご確認をお願いいたします。紅薔薇様を後宮から連れ出される許可を、出されたのか否かを」

「確認するまでもない。此度の一件全て、陛下に一言の上奏もなく、一部臣下の判断によって執り行われたことだ」

「であれば同じように、我ら側室が後宮から出ますことも我らの判断によって為されることに、外宮の皆様はお目零すべきかと存じますが、いかがでございましょう?」


 実に貴族らしいヨランダの言い回し、要約すれば『側室筆頭を後宮から無許可で攫っといて、今更そんな建前ぐだぐだ言うな』になる。……にこやかに微笑んだまま、一歩も引かないヨランダはさすがだ。

 ヴォルツは少し考えて、頭上の王を仰ぐ。


「陛下。いかが思し召されますか?」

「鈴蘭の言葉に一理ある。常に後宮門を守っているはずの王宮騎士によって、私の許可も得ないまま、側室たちの頂点たる紅薔薇が囚われたのだ。彼女たちは後宮の者として、この一件に意見を述べる権利があり、そのために議会まで足を運ぶのは当然のこと」

「陛下!」


 泡を食ったように、貴族の一人が立ち上がる。


「いけません、陛下。いつの時代も、女の身勝手な振る舞いが王を惑わし、国を傾けるのです。確かに議会の発言権に男女は問われませんが、陛下の寵を競う女たちの言葉を、そう易々とお聞き入れになられては!」

「……そう思うのであれば、そもそも後宮など、開かなければ良かったのではないか?」


 何を今更、という雰囲気で返され、叫んだ貴族は言葉を失う。ジュークは肩を竦めて続けた。


「少なくとも、私はそなたより、彼女たちと関わった時間は長い。睡蓮も鈴蘭も、私の寵を得んがために見苦しく足掻くような女性でないことは、よく知っているつもりだ。――これほど大勢を引き連れて、何をしに来た?」


 王に問いかけられ、ライアとヨランダは顔を見合わせて笑う。


「陛下。本日の私たちは、ただのお供ですのよ」

「えぇ。あれほど熱心に頼み込まれては、聞かないわけには参りませんもの」


 そうして二人が、視線を送った先には――。


「国王陛下に、ご挨拶申し上げます。カレルド男爵が一女、シェイラ。先ほど無事、後宮へ帰還いたしました」


 完璧な所作で、正式な礼を取る、『死んだ』と決めつけられていた『寵姫』の姿があった。

 安堵を宿したジュークの瞳は、しかしそれ以上の感情を、注目する群衆に気取らせることはなく。

 ゆったりと『王』として、彼は頷く。


「よくぞ、無事に戻った。……理由も分からず拐かされ、さぞ恐ろしかったことであろう」

「勿体ないお言葉にございます。恐ろしくはございましたが、私の不注意により窮地に立つことになってしまったお方のことを思えば、甘えたことは申せません」


 まっすぐに、顔を上げて。

 臆することなく、シェイラは。ディアナの瞳を、正面から射抜く。

 ――ここまで呆然と、状況を眺めていたばかりだったディアナは、シェイラの春空の瞳に覗き込まれた瞬間、現実に引き戻された。


「紅薔薇様。……いいえ、ディアナ様。私の注意不足によって、謂われなき罪を被せられましたこと、心の底から申し訳なく思っております」

「何を仰るのです」


 じわじわと、じわじわと。ディアナの心に、溢れてくるもの。

 ――安堵と喜びに、『紅薔薇』で居続けることは難しかった。


「ご無事でいらっしゃいますか、シェイラ様。お怪我はございませんか? 必ず無事でお戻りくださると、信じることしかできず……ほんとうに、良かった」

「……相変わらずですね、ディアナ様は。私よりもあなたの方が、危険な場所においでですのに」

「そのような。わたくしの身に起こることは全て、わたくしが引き起こしたようなものです。けれど、シェイラ様は違う。最初から全て、巻き込まれただけではありませんか」

「始まりは自らの意志でなくても。今ここに来たのは、紛れもなく、私自身の心に従った結果です」


 シェイラの瞳は、これまでになく強く輝き、はっきりとした『何か』を見据えている。

 ディアナが問い掛ける前に、シェイラの視線はディアナから宰相へと移っていた。


「宰相閣下。発言を、お許し頂けますでしょうか」

「許そう。誘拐事件の被害者であり、無事に生還したそなたの言葉は、何よりの証言になる」

「ありがとうございます」


 いつの間にか、議会場の中央は、後宮の娘たちで埋め尽くされていた。『名付き』の三人はもとより、シェイラの友人であるリディルにナーシャ、その他にも数名の『隠れ中立派』の側室たちの姿も見える。

 彼女たちの登場に、それまで話していたエドワードとデュアリスは、無言で場所を譲っていた。もとより彼らは『クレスター』、存在感を瞬時に消すことなど造作もない。さりげなくカートも脇に寄せ、娘たちが目立つように配慮している。

 場を完全に自分たちのものにした側室たちは、まるで合図のように、シェイラへ一斉に視線を送った。

 くるりと、シェイラは振り返り。議員席に向けて、語り出す。


「議会にお集まりの皆様。この度、大変なご迷惑をおかけしましたことを、まずはお詫び申し上げます。攫われたのは不可抗力とは申せ、きちんと警戒していれば防止できたこと。それを怠り、このような騒ぎを引き起こしてしまい、本当に申し訳ありません」

「……紅薔薇様もお尋ねになっておられたが、お怪我はないか?」

「お気遣い、痛み入ります。逃げ出すときに、少しぶつけたくらいですわ。怪我などと大袈裟に呼べるものはありません」


 ヨランダの父、ユーストル侯爵からの質問に対し、臆することなく答えるシェイラの姿に、議員席に座る貴族が一斉に目を剥いた。シェイラは男爵令嬢、しかも現在の『父母』は、王宮から謹慎を言い渡されるほどの貴族社会からの『鼻つまみ者』だ。そんな娘が、王国の貴族家当主が大集結した『貴族議会』の場でこれほど堂々と立って己の言葉を述べる状況など、エルグランド王国始まって以来なかった光景である。

 常ならば盛大な罵声がシェイラにぶつけられただろうが、彼女はこの場での発言を宰相より許可されている。ここで彼女を非難することは、宰相の決定に文句を付けるのと同じ意味で、ゆえに内心はどうあれ、シェイラの言葉を遮ろうとする動きは出なかった。

 つい先ほどまで地図らしき紙を広げて思案していたキール伯爵が、(レティシア)にさり気なく冷たい目で見られたからかどうかは定かではないが、懐に紙を片付けて咳払いした。


「無事に戻られて何よりだが。『逃げ出した』とはどういうことかね? 王宮騎士に救い出されたわけではないのか?」

「誘拐犯たちは、私を無力な、何もできぬ小娘と侮ったようで、縄すらかけられませんでした。それゆえに犯人たちの目を盗み、逃げ出すことができたのです」

「それは……随分と思い切ったことを」

「目を覚ましたとき、犯人たちはちょうど、私を殺す計画を立てておりました。確かに私は非力な女ですが、逃げなければ殺される状況でそのまま大人しく死を選ぶほど、生を捨ててはおりません」

「当然のことだ。よく決意された」


 キール伯爵がうむうむと頷き、ストレシア侯爵が身を乗り出す。


「しかし、カレルド嬢。まさか、逃げ出してそのまま、お一人で王都まで戻られたわけではあるまい?」

「無論のことです。私が囚われていたのは、どことも分からぬ森の中の、朽ち果てた小屋でした。何とか小屋から逃げ出すことはできましたが、正直あのままでは、すぐに見つかって殺されていたことでしょう」

「つまり、あなたを助けた存在がいたわけだ。……その者は?」

「貴族とは関わりのない、王国全土を渡り歩く旅のお方と伺いました。森の中で途方に暮れていた私を見かけ、『どうしたのか』とお声を掛けてくださったのです。事情を伏せて、何とか早急に王都へ帰らねばならないのだと説明すると、『ついでなので案内する』と親切にも仰ってくださって」


 シェイラの説明を聞きながら、ディアナは心なしか遠い目になった。困っているところに都合良く現れる『旅人』には、ディアナもものすごく覚えがある。この『設定』作成は十中八九、クレスター関係者だ。


「なるほど。親切な民に救われたのだな」

「左様です。……残念ながらそのお方は、王都に到着し、私を捜してくださっていた近衛騎士の皆様と合流したところで、何となくこちらの素性を察されたようで、姿を隠してしまわれましたが」


 その流れにも、ものすごく覚えがある。というか、誰が中心になって作った(シナリオ)かは不明だが、確実に狙っているだろう。いかにもワケ有りそうな娘を親切に助け、目的地まで送り届けた上で、褒美や礼も受け取ることなく姿を消す『旅人』が、そう頻繁に転がっていてはたまらない。……ホラ、案の定、ジュークが何か言いたげな目で、デュアリスとエドワードを眺めている。


「ほほぅ。随分と怪しげな『旅人』だな?」

「その者の素性は定かなのかね? 誘拐犯から逃げ出した側室を助け、褒美も要求しないとは、何か王家に対し企んでいるやも……」


 つつけそうな部分はすかさずつつく、処刑推進組の貴族たち。ひとまずの矛盾はなくても客観的に見て突っ込みどころ溢れた『旅人』なので、彼らの気持ちもまぁ分かる。

 ――が。


「彼からシェイラ様を引き取ったのは、後宮近衛騎士団の団長たる、この私。クリステル・グレイシーにございます。もちろん私も、シェイラ様を連れてひょっこり現れた彼を怪しみ、素性を正しました」


 (シナリオ)をそのまま『つくりもの』で終わらせるような甘い真似、『クレスター』はしない。

 進み出たクリスは、朗らかに笑う。


「彼は流しの商人で、あちこちの商家と繋がっておりました。王都には、ノーラン商会との商談のために訪れたそうです。我々から逃げた彼を追って話を聞いたところ、『貴族様のややこしいゴタゴタに巻き込まれるのはゴメンだが、下手に疑われるのも腹立たしい。自分の身元はノーラン商会の総会長が証言してくれるので、何かあれば商会へ』とのこと。すぐさま商会へ問い合わせ、総会長が彼の身元保証人になる旨を承りました」


『ノーラン商会』は王国全土に支店を持ち、顧客層も貴族から庶民まで幅広い。身分こそ一般の民ではあっても、その影響力は絶大だ。そこの総会長に身元を保証されるということは、『旅人』の背後に商会がいることを示す。『旅人』を攻撃したいなら『ノーラン商会』を敵に回す覚悟をしろと、クリスは遠回しに宣言したのだ。


(叔母様だけでなく、叔父様も本気ね……)


 貴族社会に知られてはいなくても、フィオネは現『ノーラン商会』総会長の妻。つまり、『旅人』の身元を保証した『総会長』はディアナの義理の叔父である、ジンだ。普段は冷徹な商人らしく、クレスター家との繋がりなど一切匂わせないジンなのに、この大事な場面で出てくることを躊躇わない辺り、相当に怒っているらしい。

 にこやかに、冷ややかに笑うクリスに、シェイラが微笑みかける。


「まぁ。では、ノーラン商会にお伺いすれば、あの方にお礼を申し上げることが叶うのですね?」

「左様でございます、シェイラ様。……あの者の様子を見るに、素直に『礼』を受け取るかは疑問ですが」

「ふふ、確かに。そうかもしれませんね」


 義姉(クリス)親友(シェイラ)の含み笑いが、何故か怖い。クリスの様子を見るに、彼女が『旅人』――カイと接触したのは確実と思われるけれど、そう深い話をする時間はなかったはず。なのにこの、見通している感は何だ。

 話が一段落したと見て、ユーストル侯爵が問い掛ける。


「それで、カレルド嬢。あなたはこの誘拐事件について、何を我々に伝えてくださるのかね?」

「ゆ、誘拐犯共は、側室『紅薔薇』と繋がっていた! そうであろう?」


 側室たちが場を支配してから、存在を忘れ去られていた、ハーライ侯爵が叫んだ。

 そんな彼を、シェイラは。


「――それを『あり得ない』と証明するべく、私どもはこちらに、足を運んだのです」


 凍えるような冷たい眼差しと、静かで丁寧なのに、はっきりと相手を侮蔑していると分かる言葉で、確実に刺し貫いた。

 驚愕が怒りに変わる前に、シェイラは再び、視線を正面に戻す。


「現『紅薔薇の間』ご側室、ディアナ・クレスター様が、陛下の寵愛を独占すべく他者に危害を加えるなど、天地が逆さまになろうともあり得ぬこと。それは私だけでなく、後宮に住まい、常日頃からディアナ様と接しておれば、誰にでも分かる自明の理にございます。……しかしながら外宮には、その程度のこともお分かりにならない方々が、随分と多くいらっしゃるご様子」

「そなた、無礼であろう!」

「礼を尽くさねばならぬ方には、無論尽くしますとも。ですが、我らがディアナ様を卑劣な手段で追い詰め、そのお命を摘み取ろうなどと企む方々に何故、我ら後宮の女が礼節を弁える必要があるのです」


 この場でいちばん驚いているのは、ひょっとしたら処刑推進組ではなく、庇われているディアナ本人かもしれなかった。気を抜くとぽかんと口を開けてしまいそうな成り行きに、全力で無表情を取り繕う。


(えぇと……?)


 彼女たちが、自分を、側室『紅薔薇』を助けに来てくれたことは分かる。とてもよく分かる。実際ディアナも、後宮でしか手に入らない証拠や証言を集めてくれるよう、捕まる前にメモにしてリタに託した。

 が、それはあくまで、リタとクリスを通じてクレスター家と連携することが前提。こんな風に議会がドレスで埋まる状況を作り出してくれと、頼んだわけではない。殺風景な議会が色とりどりのドレスで染まり、場が華やかになって目には楽しいけれど。

 仮に側室の皆が乗り込んでくるとしても、だ。『名付き』の三人やマグノム夫人が先頭に立つならまだ頷けるのに、どうして矢面にシェイラが立っているのだろう。誘拐されて、命からがら帰って来た彼女は、本来なら部屋で安静にしているべきではないのか。

 しかも、シェイラは。その様子を見る限り、『被害者』という名の証言者で終わるつもりはさらさらなく、この議会の主題である『側室『紅薔薇』による『寵姫』誘拐及び殺人の罪』を、真っ向から叩き潰す気満々だ。誘拐の被害者がほぼ自力で帰還を果たし、その足で裁きの場に乗り込んできて『犯人』を庇うなんて話は、ちょっと聞かない。……それも。


「私たちの敬愛する、至上の薔薇を。浅ましい欲望で汚し、摘み取り、枯らそうなど、赦せることではありません。――お覚悟なさいませ」


 こんなにカッコ良く、宣戦布告するなんて。

 シェイラにいったい何があったのか。今度こそディアナは唖然と、議会を見下ろしたのだった。






いつから 百合が シェイラ だけだと 錯覚 していた ?


次回は、ここまで裏方に徹していた女傑たちの本気が炸裂しますよ!

あ、今週は折角のクリスマスなので、いつもお世話になっている読者の皆様方へ、本編のプレゼントを。25日の朝九時にこの続きを投稿しますので、お時間あるときにでも覗きに来て頂ければ嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] MVPはキール伯爵のすっと紙を戻し咳払いをした場面でした! おめでとうございます!!
[一言] 咲き誇る百合の花
[一言] 百合の花が咲き乱れてますね!
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